第7話 思惑

「これにて、旅立ちの儀を終了とする。国王のご退席である」


王が席を立ち、姿を消すと儀式は筒がなく終わりを迎えた。程なくしてセルはシャルに連れられ、旅の詳細を話すと自室へと向かった。


そうして参列していた大臣たちがそれぞれの持ち場へと戻る中、誰もいない廊下では大臣ともう一人の人物がヒソヒソと話をしていた。


「今回の王子の行動をどう思う? ただの左遷か?」


大臣は周囲の人の気配に気を配りながら囁くように尋ねる。ヒョロヒョロと痩せ細長く、褐色の肌で目の下にはクマがみられ、考える際に歯を嚙み合わせる癖があり、ギリリという音が辺りに響く。


「いや、それにしてはあまりに急すぎます。私の所にもこのようなことがあると情報が一切入って来なかった。先日の王子失踪の件もある故に、何かが突発的に起きたとしか思えませんねぇ」


隣にいた男はそう答える。でっぷりとおなかを太らせ、額からあふれる脂汗をハンカチ拭き取っている。


「だとすると、我々の仕事に手を回すようなことは…」


「まずない、と私は感じています。ですが今回のように、いつ何が起こるかはわかりません。なにせ、あのエルフが側に付いていますからね」


「…あのエルフか。あれは危険な存在だ。そもそも人間ではない存在に信頼はおけん。まあ、人間よりはマシかもしれんがな」


2人はクックックを笑いを漏らす。


「とりあえず、しばらくは行動を小規模にしておこう。様子を見るべきだ。奴の種族ほど草の知識や解毒の扱いには長けているだろうし、下手に出回るのも足がつきやすい」


「そうですなぁ。まあ我々が何もせずとも、我々以上に疎ましく思う連中もいます。そちらがなんとか手を打つことを望みながら、慎ましくいきましょうではありませんか」


「慎ましく、まさに我々とあの植物に相応しい言葉だな」


「商売の基本なんですよ、薄利多売と見せかけて、上手い汁を吸うのはね」






「オル、盗賊ギルドの方はどうだった?」


「あぁギル兄さん、やはり王子ともなると幹部クラスでは実力不足と踏んだようだ。ギルド長の娘が選ばれたよ」


「そうか、だとすると並大抵の刺客では到底太刀打ちできんな」


王族のみが入室を許される秘密の部屋にて、ギルとオルはそれぞれの状況を話し合っていた。辺りは蝋燭で灯されるのみで薄暗く装飾もない、王族の部屋と思えない質素な作りであった。


「刺客は直接的すぎると思うんだよね。僕たちからの直接的なアプローチは避けたいところだよ。むしろ、欲しいのは時間の方だろう?」


「その通りだ。なるべく時間を稼げるよう仕向けよう。それなら我々はしらを切り続けられる。そういえば、私が送った彼、いただろう?」


「ああ、あの馬鹿みたいに察しの良い彼だろう? 魔法学園に兄さんが推薦してなおかつ、シャルの不正の情報を握らせた。確か何かされて病院送りになったのでは?」


「それが、どうもシャルの旅一座の一員に加わるそうだ」


「なんだって?」


普段は物静かで思慮深いオルが、珍しく声を上げた。ギルは落ち着いた様子で座れと指示し、再びオルは席へと腰を下ろす。


「経緯はよく知らんがな。彼はどうやらここ数ヶ月の記憶がないようだ。おそらく薬を持ったのだろう。記憶を消した上で自分の駒にするなんて、シャルのやり方も罪作りだな」


「それはまた運命的な。それにあのエルフとミュール家の息子か、随分とちぐはぐな人員だね」


「全くだ。まあ連携のない方が時間の確保はしやすい筈だ。 ...夜会の準備はどうなってる?」


「滞りなく、と言いたいけれど、まだまだ下準備の段階さ。少なくとも暦が変わることはあるだろうね」


「まあ、貴族達が味方にも敵にもなりえるからな。時期尚早、焦ることはない。だからこその時間稼ぎさ。じっくりと地を慣らしていこう。我々の王国となるこの地を...」






「そうか、あの国でもその現状か。なかなか進まぬな、意識の改革というのは」


式場を去り、王は自室にて凝り固まった首を左右に曲げながら呟いた。テーブルの上には水晶玉があり、玉から声が聞こえて来る。


「今に始まったことじゃないさ。昔からそういうものだ」

 

「…そうだな」


王は溜息をつくと振り向き、窓から外を見上げる。街の最も高台にあるこの場所からは、外の光景がよく見える。貴族街、城下町、スラム、遠くにはバラック群が見え、その奥には小さく見えるが、城壁が水平線全面を覆っている。


「随分とこの国も繁栄したものだ。おかげで良くないものが蔓延ってばかりで困るが。お前がいなかったらここまでくるのにも時間が掛かったはずだ。礼を言うぞ」


「王よ、これはまだ序章に過ぎない。我々の見通す先はまだ先にある」


「わかっておる」


王は一喝し、グラスの水を一気に飲み干した。


「一度は乗った船だ、降りることはせん。頼んだぞ」


それを最後に、水晶玉は輝きを失いこれも消えたのであった。

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