第5話 3人の王子
「失礼します、父上。シャル・ル・オスラ、ただいま戻りました。城内を騒がせてしまい面目次第もございません」
強い日差しが徐々に弱まり太陽が地に向けて落ちていく頃、城へと戻ったシャルはその足で王室へと向かった。
城内はようやく落ち着きを取り戻していたが、付き人には経緯の説明と共に非難の目が向かうに違いない。シャルは周りの大臣に彼を助けるよう言付けをしていた。すべての彼の責任を私が負うと。これで彼への処罰もなくなる、あるいは最小限になるだろう。
「うむ、説明したまえシャル。何故に失踪したのだ。おかげで城にはクマをこしらえた人間ばかりになってしまったぞ」
そういう王の目元にも、薄らとクマが見える。多忙な父上のため、普段からかも知れないが、シャルのことも心配していたのは事実だろう。
「父上、かつて私の乳母をしておりました者はご存じでしょうか?」
「藪から棒だな、ああ、覚えているとも」
「私は彼女に全幅の信頼を寄せておりました。しかし、彼女は突然にいなくなった。その時からでしょうか...私は心のどこかに穴が空いてしまったのです。ものの道理がなんとなく理解出来てきた頃、何故彼女が消えてしまったのか調べ回りました。やがてある理由に気づき、心が黒に染まりました。あまりに毒々しく、猛烈な怒りと恨みが私を襲いました。しかし、私はまだ弱かったのです」
捲し立て話すシャルに、王は止めることなく耳を傾けている。
「同時に恐怖が脳裏を過ったのです。このままでは、私も彼女と同じ末路を迎えるのではないかと。それからは身の保身を考え、水面下での戦いの毎日でした。裏工作をし、抑止と牽制を繰り返し、様々な人を巻き込んだ…いつしか、それが当たり前となってしまった。本当の自分など、当に死んでしまったと思っていました」
シャルは鋭い眼光で王を見た。その目には一切の澱みがなく、ギラギラと照りつくような己の意志を曲げんとする確固たる決意が見て取れた。
「何があったかは説明を致しません。ただし、私はこれまでの責任を取りたいと思います。父上、私にしばしの暇をくださいませんか?」
「うむ...」
王は逡巡していた。一体、この一夜に息子に何があったと言うのか。確かに、ここ最近の息子達にはあまり良くない噂も流れている。だが貴族には噂など日常茶飯事、本当も嘘もごった返している。それを鵜呑みには出来ない。
しかし、シャルは聞かれれば自身の罪を全て私に告白するつもりだろう。そして、その上で何かをしたいと望んでいるのだ。まるで何かをやり直そうとする様に。
「好きにさせてあげれば良いではないですか、父上」
不意に別の声がドアを開く音と共に部屋に現れる。二人が振り向くと、そこには二人の男が立っていた。
「...ギル兄上、オル兄上」
「無事で何よりだよ、シャル」
シャルはどの口がと言いたい思いをぐっと堪え「ご心配をおかけしましたか?」と返す。それはシャルの実の兄達だった。
「お前たち、盗み聞きとは関心ならんな」
「すみません父上。不出来な兄なれど、私とて弟が失踪したとなれば心配なのですよ。そうだろう、オル?」
ギルがそう隣に目を向けると、オルは何も言わずに、コクリと一度頷く。一見、心配の装いを見せる兄であるが、シャルにとってこの世で最も嫌な者がこの兄達であった。この二人は表面上では善意の塊で通っているが、国の至る暗部に精通している筈である。そう確信した事件も幼き頃にシャルは情報を掴んでいた。
「話を戻させて頂きますが、まずはシャルの提案を一度聞いてあげればよろしいのではないですか? 決定はその後でも遅くはないのではないかと」
「ふむ、それも道理か。シャルよ、お前はこれから何を成したいのか聞かせなさい」
この二人がシャルの後押しをするなんて、何か意図があるに違いないと、シャルは訝しみながらも、片膝を突き、こうべを垂れる。
「今朝から街を見てきました。正直に言って、私には王家たる見聞が足りません。そこで、数人の付き人を連れ、国中の街を見て回りたいのです。また街で困り事があれば力になり、国力を高めるべく尽力したいと思います。私たち王家と貴族は、領民がいてこそ成り立ちます。彼らの日常を知り、街のことを知ることこそ、国を知ること。そのためのお時間をいただけませんか」
「素晴らしい!」
ギルは拍手と共に、シャルと同じ体制をとり王に跪く。
「父上、どうかシャルの提言を受け入れてもらえないでしょうか。王族として、立派な努めではありませんか。学園でぬるま湯に浸かっているよりも余程身になります。可愛い子には旅をさせよ、どうかこの通り…」
「しかし、外に出れば危険が多い。その点はどうする」
「ならば、僕が盗賊ギルドに話しておきましょう」
オルが頭からフードを外しながら、シャルを見て言った。気だるそうな表情はいつもと変わらなく、ボソボソと話を続ける。
「盗賊ギルドなら情報が早い。シャルがどこの街にいるのかも、ある程度は父上の元に情報が入ってくるでしょう。ついでにボディーガードもつけといてもらいますよ。あと、あのお抱え教師も連れて行けば、ある程度の危険は避けられるでしょう?」
「ふむ、彼か…なるほどな。確かにその目的であれば否定することは出来ぬか。シャルよ、その目でこの国を、そして民と今を見てきなさい」
「ありがとう、ございます」
シャルは感謝を述べ、深々と頭を下げたのであった。
「全く、あいつは私の邪魔ばかりしてくれるな。昨日は大事な話し合いがあったと言うのに、失踪騒ぎで流れてしまったではないか」
深夜、王宮の部屋にてギルとオルはひそひそと酒を酌み交わしていた。テーブルに蝋燭の火を灯し、チーズを口に放り込む。シャルの行動にくさくさしていた様子でやけっぱちにワインを一瞬で飲み干す。
「それよりも、明らかに様子がおかしい。まるで憑き物が落ちたようにまっすぐなバカになってる。父に頼むのだって以前ならもっと外堀を埋めて周りくどい方法を取っていたはずさ。僕たちに気づかれない様にタイミングも計ってね」
ギルは手で口を塞ぎしばし考察する。確かにこれまでの弟の人となりとは打って変わって別人になっている。私の計画を知っては手を打ち、抵抗するべく立ち位置を着々と構築していたあの片鱗は、今は全く隠れている。
「何か起きたとするなら、昨日だな。...そういえば、ミュール家の息子も昨夜見つからなかったとか。城内はシャルの捜索でそれどころではなかったが」
「あの無能息子と呼ばれてる子息が? …いや、待て。僕の部下から聴いたのだが、早朝にミュール子爵が王城のエルフに会いに行っていたとか。確か古い魔法の書物を預かったそうだ」
「それは、なにか関連がありそうだな。あの無能息子は使える魔法がわかっていないらしいが、裏を返せば能力が開花していないということ。まさか、古代の魔法でも手にしたか?」
「とんだ絵空事だね。と言いたいが、ギル兄さんの嫌な予感は当たるからなぁ。彼、引き離しといた方がいいよ。僕らまでシャルと同じになったらたまったものじゃない」
確率はあてもなく低い。だが弟のまるで神から啓示を受けたかのような人の代わり様は、少なくとも貴族共の法螺話を信じるより信憑性を感じたギルは賛成した。
「セルの息子はシャルと共に地方に流して様子を見よう。我々の計画まで白紙にされては敵わないからな。状況によっては…」
ギルは手元のナイフを取り、チーズの塊へと突き立てた。
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