第4話 町の闇

セルは部屋のベットに横たわり目を覚ました。


見慣れた天井、寝心地の良い寝具、着慣れた服、すぐに自宅の寝室だと分かった。


「起きたか、セル」


「父様、見つけていただいたのですね。お手数をかけました」


セルは声の方に顔を向けると、少し離れて父が書物を読んでいた。セルは上半身を持ち上げようと体を動かすと、父はスッと手で静止する。再び横になったセルに語りかけた。


「駆けつけた時にな、お前とラテスという少年だけが倒れていて、他には誰もいなかったんだ。お前も縄で縛られていたし、一体何があったというのだ?」


セルは包み隠すことなく、事の真相を父に伝えた。しばらく考えている父の姿は珍しい。大抵のことは直感で察する父が考えることは、なかなか見られない。


「情報が錯綜しているな。その記憶をなくす薬をお前は飲んだのだろう。だが、事細かに昨日の出来事を話しているではないか」


「確かにそうですね。何故でしょう…ですが、頬の傷も残っていますし。それよりも。彼は…倒れていた彼はどうなってしまったのですか?」


「落ち着きなさい。客室で休ませているよ。先程、目を覚ましてな。身体には異常はないようだが、ここ1ヶ月ほどの記憶が欠落しているらしい」


父の言葉に、セルは耳を疑った。


聴いた話ではトキシラズは摂取すれば数年単位で記憶が欠落する筈だ。しかし、一か月のみ、セルに至っては記憶を失っていない。父が困惑するのも理解できた。


「ただ、いつくか気になる点がある。一つはシャル王子のことだ。確かに彼の…彼らの噂はまことしやかに囁かれていたりもする。私も今朝、学園に赴いて調べてみたが退園者リストや帳簿に違和感を感じた。ラテス君もそれに気がついたのかもしれないな。その渦中の王子は現在、行方不明だがな」


「行方不明、ですか?」


「倅に手を出したやつのことなど知らん。まあ、王宮は王子探しでてんやわんやの様だがな。こんな末端貴族に通達する余裕すらないようだ」


父は溜息をつくと、ティーカップを手に取り茶を飲む。「あっつ...」とこぼす様子、今日も変わらず猫舌のようだ。


「まあ、王子は王宮の者に任せて、私は仮説を立ててみたんだよ。お前の魔法と、毒に関してな」


「僕の魔法、ですか?」


ドクンと、心臓が跳ね上がる。魔法が使えず、肩身の狭い思いをしたのは自分だけでなく、父親もだろうと、セルはずっと気に掛かっていた。


「もしかしたら、お前の魔法が今回の一連の事件に関係しているのではとないかと思ってな、調べたんだ」


父の手元には古代魔法の書物が置かれている。再び紅茶をすすりながら、話が続く。


「解毒ができる魔法がないかと調べるうちに、古代の魔法書にこんな記述があった。“真に人の理を知る者にのみ授ける天の加護。負を討ち屈折を正す光となれ”と。この負という点に毒が含まれるのではないかと。入学試験の時の莫大な魔力反応という点もこの仮説なら合点がいく。それで王宮の専属教師も勤めている方にも序言を戴いたのだが、その可能性は十分にありえると言われた」


「つまり、どういうことですか? 少し、難しくて…」


「つまりだ」


父はセルの肩にずっと手を置く。


「お前は古代の秘術、漂白の魔法の使い手なのではないか?」






忘れもしない。あの日から、私は染まったのだ。この国をいつか滅ぼそうという、黒い野望に。


「旦那、これ以上は問題になります。戻りましょう」


太陽はすっかりと空を登り始め、国民が働きに出る時間となっていた。シャルは現在、服装を変え、街の裏路地へと身を潜めていた。


「これは必要なことなんだ。私は見なければならない」


(一体、どうしてまったんですか...?)


あの部屋で、光を浴びた瞬間からだった。シャルは秘密の通路で学園を出た後、一度厩舎に寄り、服を着替えると再び地下通路を通って城下町へと来たのである。


街の南部にある仕立て屋の一番奥から一つ前のドア、そこが地下通路と繋がっている。シャルは朝食を頬張っていた店主に急用のためと断り店を後にした。外にはまばらに寝ぼけ眼の住民が顔を出し始め、空は薄らと太陽の光が水彩絵の具のように溶け広がってきていた。


「これから、色々と見て回る。ついてきてくれ」


シャルはそれ以来、何も発さず、ただ移動と観察を繰り返した。


まずは情報屋、金貨と共に羊皮紙にメモをびっしりとしている。それからは街中の店や住居、住民の仕事の斡旋所など、ありとあらゆる場所を見て周った。


「今、物価はどうなっている?」


「我ら領土は海と作物の生産資源が豊富な故、貿易上は黒字と見えますが、やはり魔物の被害は見られるようです。移動、栽培中の物が主に狙われてしまい被害は多いとのことです」


「そうか、しかし、それだけではなさそうだな」


シャルが建物に身を隠しながら覗き見る先には、身を隠した男が裏路地で金と紙袋に包まれたものを交換している。いわゆる違法な取引であった。


「まさか、様々な場所であのようなことになっているとはな」


「ええ、少なくとも今日見た以上に多くの闇取引や談合はあるのでしょうね」





2人は町から離れた高台への入り口前にて、腰を下ろし一息ついていた。人々の営みを視察したが、活気溢れる姿と反対に、法に背いた行いもあった。大きい国になればその歪みも起こりうるが、シャルの心にはどうにも引っかかったのだった。


太陽が天辺で一息をついた頃、高台を上がり最後にシャルが行き着いたのは墓場だった。


この国の一般葬儀は火葬である。魂は天に登り、体は地へと帰り、巡り巡って再び現世にて魂と身体が融合するのだと考えられている。そのため、墓場は花壇で縁取られ、その年亡くなった者の灰が溜められる。一年に一度、土還祭(どかんさい)を行い、故人が住んだ町の周辺の地面に遺族が巻いて回る風習がある。墓標がないことから、受付口にある本に死者の名が記入され、各街の年間リストとして保管されている。


その本を、シャルは食い入るようにめくる。本を閉じるたびに、安堵と、哀しみを持って見続けていた。


「この子な...」


ふと、シャルがつぶやく。


「私がこの子の父に色々と手伝ってもらっていたんだ。ところが色々発覚してしまってね。追い詰められた中で自殺してしまったんだ。それからしばらく経った頃、彼女もまた病に罹ったんだ。私も手がつかないようにやれることは尽くしてみたが、虚しく…」


シャルの目から涙が溢れていた。静かに、喚くこともなく、ただ後悔に打ちひしがれながら泣いていた。


「私が殺したようなものだ。この子も父の死の後、私の助成を受けつつ懸命に働いたようだが、それが祟ったのかもな。私が狂わしてしまった人生なんだ」


「違いますよ、病気は誰だってなります」


付き人がそう言うなか、シャルは本を閉じ、歴代の本棚に戻す。


「そうかもしれないな。だが、決してこの子だけでない。今日ずっと見てきた者たちは、大なり小なり間接的に私が人生を狂わしてきた人達もいるだろう。他の街へと逃げた人たちもいる。それに私が絡んでいた以上に、兄たちの問題もあるようだ。だから、私は決めたよ」


かつて、付き人が彼を知った頃、同じ目をしていた記憶が不意に蘇った。


シャルは唐突に腰の短剣を引き抜いた。付き人が止める前に自身の長髪に添え、一瞬にして切り抜いた。


「この国の、全ての癌腫を根こそぎ取る。どの国民も笑って過ごせる国に、私が作り直す」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る