第26話 イザベラの誕生日パーティ

 レイモンドに先導され、二人はランフォード家の屋敷の広間へと案内された。

 すでに広間には数十人の招待客や給仕の使用人の姿があったが、それでも全く狭さを感じさせな広さの部屋だった。その部屋が、嫌味にならないように派手に可愛く飾り付けられている。


「……すごいな。本物の貴族の屋敷っていうのは」


「本物の貴族という言い方がひっかかるけど……私も同意見だよ」


 シャザークとミュウは二人して、ウインザーレイク家の屋敷との違いにあ然としてしまう。


「イザベラお嬢様はあちらです」


 広間に入って足を止めていた二人に、レイモンドが声をかける。


「あ、はい!」


 慌ててミュウはレイモンドの方に足早に歩み寄り、シャザークはそんなミュウを微笑ましく見ながらゆっとくりとした足取りでそれに続く。

 レイモンドが向かう先では、学園でまとっているドレスよりもさらに数段階は上品な上に洗練された赤いドレスに身を包んだイザベラが、クラスメートの女子たちと談笑していた。


(いつもイザベラのそばにいる取り巻きの子たちか。……でも、思ったよりクラスの子たちって少ないのね)


 改めて招待客たちの姿に目を向けると、子供の数は大人たちと変わらないくらいいるが、ミュウの見覚えのある顔は少なかった。取り巻きの子たちのほかに何人かいる程度で、あとは立派な衣装の見慣れない顔ばかりだ。男の子たちとは学校が違うので見たことないのも当然だが、女の子でも知らない顔を見かける。家としての付き合いのある、年齢の違う子たちなのだろう。

 そういう意味では、クラスメートとしてこの誕生パーティに呼ばれた子は決して多くはなく、その少ない中にミュウが選ばれたということになる。


(……ちょっとこそばゆい気もするけど、なんか嬉しいかも)


 わざわざ自分とシャザークに招待状をくれたことを嬉しく思いつつ、ミュウがイザベラの方に目を向けると、彼女の後ろのテーブルには、贈られたであろうプレゼントがいくつも並んでいる。包装されたままのものもあるが、煌びやかなアクセサリーや大きなぬいぐるみなど、そのどれもが、子どものおもちゃ程度で済まないお金をかけたものであることは、誰の目にも明らかだった。

 ミュウは自分のバスケットに目を向けると、急に恥ずかしくなり、バスケットを体の前にもっていきついつい腕で覆い隠してしまう。


(……みんな豪華なプレゼントばかり。こんな手作りプレゼントなんて私だけだ……)


 貴族の娘の誕生日パーティに参加するのは、ミュウにとってこれが初めてのことだった。人から話には聞いていたが、ランフォード家クラスの有力貴族の子供のパーティになると、ここまでのものになるとは思っていなかった。前の世界の友達の誕生会を基準に考えていた自分の浅はかさを呪いたくなる。


 ぽん


 ミュウの肩にシャザークの手が乗せられた。


「大丈夫だ。お前のプレゼントが、一番心がこもってる」


 見てないようで自分のことを見ていて、気遣ってくれる剣闘士に、ミュウの胸が温かいものがこみ上げてくる。シャザークの言葉で、ミュウの中の恥ずかしい気持ちがすっと消えて行く。


「……ありがと。でも、私のプレゼントじゃなくて、私たちのプレゼントだよ」


「そうだな」


 隣で笑うシャザークの笑顔がミュウには何より心強い。


「イザベラ様、ミュウ様とシャザーク様がお見えです」


 ミュウとシャザークに先だってレイモンドが、クラスメートと話しているイザベラに近寄り、二人の来訪を伝える。その言葉を受けて、二人に目を向けたイザベラの顔が自然にほころぶ。

 イザベラは周りの子たちに断りを入れると、ミュウたちのほうに駆けるように近付いてきた。


「お誕生日おめでとう、イザベラ」


「おめでとさん」


「ミュウさんもシャザークさんもありがとうございます。今日はお越しいただき、ありがとうございます」


「こっちこそ、招待してくれてありがとう。……これ、プレゼント。ほかの人たちのプレゼントに比べると見劣りするかもだけど……」


 シャザークの言葉で勇気を得てはいたが、それでもいくらか気恥ずかしそうにミュウがコーラの入ったバスケットを差し出す。


「ありがとうございます」


 イザベラは笑顔のままバスケットを受け取り、中の黒い液体の入ったビンに目を落とす。


「これは……飲み物でしょうか?」


「うん。コーラって言うの。私とシャザークとで作ったの。」


「手作りですの?」


「あ、うん、そうなの。……ちゃんと毒見というか味見もしてあるから、安全性は問題ないからね。変わった味わいだから、喜んでもらえるといいんだけど……。冷やして早い目に飲んでもらえるといいかなって……」


「冷やして早い目にですか」


 イザベラがバスケットの中に手を入れ、ビンに手を触れる。


「あら。思ったより冷たいですね」


「出かける前まで冷やしていたから……」


「わざわざ冷やしてくださっていたんですね」


 ビンの冷たさに触れながら、イザベラがゆっくりと目を閉じる。


(私のためにわざわざ……)


 ビンの冷たさに反比例するようなミュウの心に温かさを、イザベラは噛みしめる。


「でしたら、今、一緒に飲みましょうよ」


「え? 今ここで? パーティで用意されてる飲み物のほうが高価で値打ちがあるけど……」


「でも、いくらお金を積んでも、ミュウさんからのこのプレゼントは手に入らないでしょ?」


「それはそうだけど……」


 元の世界のように、この世界に明確な飲酒可能年齢のルールがあるわけではないが、それでもミュウたちのような年齢の子供にお酒が提供されることはない。その代わりに、様々な種類の果物から作られた果汁飲料が用意されている。それらと手作りコーラを飲み比べられるようで、イザベラの言葉は嬉しかったが、さすがにミュウは臆してしまう。

 しかし、イザベラは気にした様子もなく、コーラの入ったビンを2本レイモンドに渡している。


「これで4人分のグラスを用意してもらってもいい? もちろんレイモンドの分もね」


「もちろんです、お嬢様」


 そんな二人のやりとりを見て、ミュウは不安と期待とが入り混じった気持ちの詰まった胸を押さえる。


「お嬢さんの感想も直接聞けるし、いいじゃないか」


「それはそうかもしれないけど……」


 心配するミュウを励ますかのように、シャザークはミュウに寄り添う。


 しばらくして、レイモンドがコーラの入った4つのグラスを盆に乗せて戻って来た。

 イザベラ、ミュウ、シャザークにそれぞれグラスを渡し、自分も一つ手にする。


「……なんだか泡が出てしゅわしゅわって音がしてますね。香りも初めて嗅ぐ香りで、どんなフルーツの香りとも違いますね」


 イザベラは目の高さまでグラスを掲げ、不思議そうに黒い液体を見つめる。


「舌に刺激があるから飲むとき注意してね。一気に飲むとびっくりすると思うから、ちょっとずつ飲むといいよ」


「舌に刺激……なかなか怖いことをおっしゃりますね」


 イザベラは首をかしげるが、決して怪しむような表情ではない。それはミュウへの信頼の表れでもあった。

 イザベラとレイモンドは互いに視線を合わせ、うなずき合うとグラスに口をつける。


「んんっ!?」


 口の中にコーラを含んだままイザベラが驚きの呻き声を上げる。

 イザベラの白くて細い首が動き、初めてのコーラがその喉を通っていく。


「な、なんですの、これ!? 舌がチクチクしましたわよ!?」


「しかし、お嬢様。飲んだあとはその感覚がむしろ不思議な爽快感に変わりませんか?」


「……確かに、そうですわね。それに不思議な味わい。さっぱりした甘さがクセになりそうです」


「ええ。私も初めて口にしましたが、これは不思議な飲み物ですね」


 互いに感想を口にしながら、イザベラとレイモンドは何度もグラスに口をつけていく。

 そんな二人を見ながら、ミュウとシャザークは視線をかわし、やったとばかりに笑いあい、自分たちもグラスに口をつけた。


「もうなくなってしまいました……」


 あっという間に空になったらグラスを見ながら、イザベラが残念がるようにぽつりとつぶやく。


「もっと飲みたいのですが、残りはあと2本しかないですし……。ああ、もどかしいです!」


「気に入ってもらえたみたいで良かったよ」


「はい! とっても不思議な飲み物で、とても気に入りましたわ! でも、あと2本しか残っていないのがとても残念で……」


「良かったら、作り方教えようか?」


「ホントですか!?」


 イザベラの顔が、広いおでこ以上に輝く。


「そんなに難しくないからたぶんイザベラでも作れるよ」


 ミュウは隠すこともなく、イザベラに丁寧に手作りコーラ作成法を伝える。

 イザベラは真剣な顔でコクコクとうなずきながらその手順を頭に刻み込んでいく。

 これをきっかけに、二人はお互いのことなど、今まで話せなかった様々なことを語り始める。

 山での遭難を機に近づいた二人の距離が、さらに縮まったことは言うまでもない。


◆ ◆ ◆ ◆


「お嬢様、そろそろ御挨拶の時間かと」


 レイモンドの声で、イザベラが会場を確認すると、いつの間にか招待客も揃い、パーティの始まりを待っていた。


「あ、本当ですね。ごめんなさい、ミュウさん。また後でゆっくりお話ししましょう」


「こっちこそごめん、パーティの主役を足止めしちゃって」


 手を振りながら会場の前の方へと進んでいくイザベラを、ミュウも手を振りながら見送る。


「あはは、すっかり話しこんじゃったよ。……ん? シャザーク、どうかした?」


 隣のシャザークが、イザベラともレイモンドとも違う方向に視線を向けているのに気付き、ミュウがシャザークの顔を見上げる。


「いや……、お前とお嬢さんが話している間、ずっとお前たちを見ている男がいたから気になってな」


「え……もしかして、私に注目している人がいたってこと?」


「いや、俺もお前のことが気になってる見てるのかと思ったが、どうやら見てたのはお嬢さんの方だったようだ」


 自分が注目を浴びていたわけではないことに少しがっかりするが、シャザークも嫉妬しかけてくれたようで、ミュウはがっかり以上に嬉しくなってしまう。


「パーティの主役なんだから、イザベラが注目されるのなんて当然でしょ。……ちなみに、どんな人?」


「あそこにいるおっさんだ」


 ミュウも目も向けると40歳近い男だった。確かに今もイザベラのほうに熱い眼差しを向けている。もっと若い男なら、イザベラに恋する男性かもと、ミュウの恋愛脳が呼び起こされるかもしれないが、さすがに年齢差がありすぎる。


「自分の息子の相手として見定めようとしているのかもしれないね」


「そういうものなのか? 貴族様ってやつはなかなか大変だな」


「……そうね」

(そして、私もその貴族なんだよね。……シャザークとは剣闘士と貴族の娘という関係。これはどうやってくつがらない……)


 楽しい気分に浸りながらも、ミュウは改めて自分の立場というものについて考えてしまう。

 前の世界とは違う、この世界での貴族令嬢として生きていくこれからの自分のことを。


 イザベラのパーティはつつがなく進み、イザベラは忙しく多くの招待客の相手をしながらも、ミュウと話す時間を作ってくれた。

 シャザークはさすがに貴族たちから白い目を向けられていたが、常にミュウがそばにおり、レイモンドもなにかと気にかけ、話し相手となってくれていたので、退屈することなく過ごすことができた。


 そんなこんなで、イザベラの誕生日パーティは盛会裏に終わったのだった。

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