第23話 パーティに誘われて
イザベラから誕生日パーティの招待状を受け取ったミュウだが、彼女は問題を抱えていた。
帰宅したミュウは、シャザークを前に、真剣な顔を向ける。
「パーティに着ていく服がない」
「……どうしたんだ、いきなり?」
唐突なミュウの言葉に、シャザークは心配そうな顔でミュウを見つめる。
そのシャザークにミュウは2通の封筒を差し出した。
「なんだそれは?」
「イザベラの誕生日パーティの招待状よ」
「なるほど、それでそのパーティに着ていく服がないということか。……ん? けど、礼儀作法の授業では、ドレスを着ているんじゃなかったか?」
シャザークの言うとおり、学園で行われる礼儀作法の授業では、実際の状況に合わせてドレス着用にて行われていた。そのため、ミュウも授業用にドレスを持っていることは持っている。もっとも、ほかの令嬢たちが毎回違うドレスを着ているのに対して、ミュウが所有しているのは1着だけであるが。
ミュウはまだまだ成長期であるため、わざわざ用意しても、近いうちにサイズがあわなくなってしまう。ほかの貴族なら合わなくなればまた買えばいいというものだが、貧乏貴族ではそう簡単にもいかない。サイズ的に着られなくなるギリギリまで着倒して、もう無理となったところでようやく新しいのを買うというのが、ウインザーレイク家の財政事情だった。
とはいえ、シャザークの言う通り、1着とはいえ、ミュウがパーティに着ていけるドレスを持っているのもまた事実だった。
「私じゃないって。着ていく服がないのは、シャザークだよ!」
「は? そんなパーティ、剣闘士の俺には関係ないだろ?」
「封筒の宛名を見てみなさいよ」
言われてようやくシャザークはミュウから差し出されていた2通の封筒を手に取り、その表の宛名に目をやる。
「ミュウ宛と……はぁ? 俺の名前が書いてあるんだが?」
「そうだよ。私とシャザーク、二人が招待されているんだから」
その言葉に、シャザークはキョトンとした顔でミュウを見つめる。
「なぜ俺まで?」
「イザベラはシャザークのことを命の恩人って言ってたわ。だから、あの子なりの誠意なんだよ」
「お前のついでに助けたようなものなんだが……」
「それでも、シャザークがイザベラを助けたことには変わりはないわ」
「そういうものなのかよ……」
つっけんどんな物言いだったが、シャザークの顔には誇らしさと照れ臭さが浮かんでいた。
シャザークの口と心とでは、言っていることが違うことを、ミュウもだいぶわかってきていた。
「そういうものなの! だから、シャザークの着ていく服を用意しないといけないのよ!」
「いや、せっかくの招待だけど、俺は行くつもりないんだが……。貴族ばっかりの集まりだろ? さすがに場違いすぎる」
シャザークの言うことはもっともだった。正直言えば、これがイザベラからの誘いでなければ、ミュウも行きたくないのが本心だった。有力貴族の集まるようなパーティに、没落貴族が行っても肩身が狭いだけ。コネが作れるとも思えないし、将来のお相手探しにはまだまだ早すぎる。
だが、ミュウには、友達のイザベラからの誘いだからという理由以外にも、この招待を断れない理由があった。
「いい、シャザーク。貴族の世界で招待を断るなんてことは、無礼なことなの。先に別の招待を受けているとか、王宮から来城の命令が来たとか、そんな正当な理由でもあればいいけど、そうでもないのに断ろうものなら、自分が行けない代わりに、それ相応の贈り物を届けないといけないのよ! 考えてもみて、そんなことができるお金が、うちにあると思う!?」
「顔が近いって! わかった、わかったから!」
なぜか興奮して顔を近づけながら力説してきたミュウを両手で押しとどめ、シャザークは大きく何度もうなずく。
「……ごめん、ちょっと熱くなっちゃった」
「頼むから落ち着いてくれよ。あんまり顔を近づけられると……」
シャザークが妙にソワソワしながら赤い顔を背けるが、まだ興奮冷めやらぬミュウは、頭の中にまだ課題を抱えていることもあり、そのシャザークの様子に気付かない。
「とにかく、二人で行くのはもう決定事項なのよ」
「行くのはいいけど、俺はどんな格好をすればいいんだ? フランツさんのお下がりの服しか持ってないぞ」
「パーティなんだから男性はタキシードに決まっているわ。……そうね、お父様のタキシードを貸してもらいましょうか。試しに一度着てみて」
「……まぁ、いいけど」
二人は事情をフランツに話し、若い頃に着用していたタキシードを一着借り受けた。
◆ ◆ ◆ ◆
自室でシャザークが着替えるのを、廊下でミュウは一人待つ。
「どう、シャザーク。着替えた?」
「……とりあえずは」
なんともはっきりしない返事だった。
着なれない服に着替えて照れているのかと解釈し、ミュウはドアノブに手をかける。
「入るわよ」
「あ、ちょっと待て――」
ミュウはシャザークの返事を待たずに、ドアを開いてしまう。
もしかしてまだ着替え中だったかと、ミュウは一瞬焦りを覚えるが、部屋の中にどこか所在なさげに立っているシャザークは、しっかり着替え終わった後だった。
「なによ、ちゃんと着替え終わっているじゃな――いヒヒヒヒっ!」
失礼にもミュウは、シャザークの姿をしっかり目に捉えると、言葉の途中で吹き出してしまった。
「だから待てって言っただろうが!」
シャザークは眉を吊り上げて怒りをあらわにするが、そんなシャザークが余計におかしく見えて、笑いを止められないでいる。
シャザークには気の毒な話だが、ミュウの反応もいたしかたないものだった。
フランツのお下がりの普段着はなんとか着ることができているシャザークだが、その背丈はフランツよりも一回り大きい。加えて、胸板も腕も脚も、若い頃のフランツと比べて一回り以上大きい。
そんなわけで、今のシャザークはタキシードになんとか腕や脚を通してはいるが、袖も裾もちんちくりんの上、胸も腕も脚もパンパンに膨らんだ、なんとも滑稽な姿になっていた。
「急に成長期迎えて制服があわなくなった学生みたいなことになってるね」
「……何を言っているのかイマイチわからないが、バカにされていることはわかった」
シャザークが不機嫌そうな顔でミュウを睨んでくる。
「バカにしてるわけじゃないって。でも、気を悪くさせたお詫びに、サイズの合う服を作りに行きましょうか」
「そんな金があるのかよ」
ウインザーレイク家の財政事情はもうシャザークの知るところとなっているようで、心配されてしまう。しかし、剣闘士奴隷の身の回りの面倒をみるのも貴族の務め。パーティでシャザークにおかしな格好をさせるわけにもいかなかった。
「大丈夫。うちの財務状況はしっかり把握しているわ。これでも事務所では経理の事務もやってたんだから」
「事務所? 経理?」
「あ、いや、こっちの話。とにかく、シャザークの礼服の一着くらいはなんとかなるから! ……たぶん」
言いながら、ミュウは頭の中で帳簿を思い出し、改めてやりくりを計算する。
◆ ◆ ◆ ◆
翌日、学園からミュウが帰宅すると、二人は早速街の仕立屋へと足を運んだ。
大量生産できる現代とは違い、服屋に行けば大量に服が並んでいるなんてことはありえない。
大衆が着る簡易な服ならともかく、タキシードともなると採寸から始めて一から作る必要がある。
そのため、それなりに費用がかかる上、来週のイザベラの誕生日までに用意しなければならないという時間的制約もあった。
それでもミュウは、仕立屋のおじさんがついに諦めて白旗を上げるまで交渉を続け、期日までに最低レベルの金額で作ってもらうことを納得させてしまった。店で売れ残っている古い生地を使うなど妥協した点もあるが、ミュウにとっては大勝利といえる成果だった。
「あのおっさん、最後はもう涙目だったぞ……」
帰り道、シャザークが呆れたような声をかけてくる。
「大丈夫よ、向こうも損してるわけじゃないから。それに、今は閑散期だし、遊んでいるくらいなら少ない儲けでも仕事してるほうがいいんだって」
これでも転生前のミュウは、仕事では土木系の男たちとやりあってきたのだ。気の良い仕立屋のおじさん相手に、一歩も引かなかった。むしろ、見かけはどう見ても子供な相手に畳みかけられ、オジサンの方がたじたじだった。
「それに、私の身体が大きくなって新しいドレスが必要になったら、あのお店で仕立ててもらうよう約束もしたし、長い目で見ればおじさんも得したって思ってるって」
ミュウは、今回のシャザークの服を作ってもらうにあたって、今後のミュウのドレスの仕立てを取引材料にしていた。とはいえ、それは単に今回の値引を引き出すためだけではない。
ミュウ自身、先ほどの仕立屋のおじさんにはかなりの好感を持っていた。というのも、今の店に行く前に寄った別の仕立屋では、シャザークの服を作ると言った時点で露骨にいやそうな顔を向けられたのだ。悪魔憑きのために服を作る、しかも庶民が着る機会もないタキシードを――という時点で、ある程度予想できたことだったが、仕立屋のその態度に憤ったミュウは、抗議するようにすぐにその店を後にした。
だが、次に入った先ほどの仕立屋では、商売だからと割り切っていると言ってしまえばそれまでかもしれないが、シャザークの服を作ると伝えても表情を変えず、シャザークの採寸についても抵抗もなく粛々と進めてくれた。
それだけで、ミュウにとってはおじさんの好感度は爆上がりで、自分の服もこの人に作ってもらおうと思うのには十分すぎる理由だった。
「まぁせいぜいあのおっさんにも儲けさせてやってくれ」
「ええ、そのうちウインザーレイク家を再興させて、今日シャザークの服を作る依頼を受けよかったって思わせてみせるわ」
「そりゃ頼もしいな」
「他人事みたいに言ってるけど、シャザークにも私の剣闘士として頑張ってもらわないといけないんだからね!」
「はいはい……。で、パーティとかの準備はもうこれでいいのか? 貴族のしきとりとかはよく知らないが、誕生日のプレゼントとかそういうのは必要ないのか?」
「――――あ」
思わずミュウの足が止まる。
(しまったぁぁぁぁ! 完全に頭から抜けていたぁぁ!)
街中だというのにミュウは青ざめた顔で頭を抱える。
「あー、これは完全に忘れてたみたいだな」
「……まずいわ」
単なるパーティの招待だったのなら特に手土産は必要ない。しかし、誕生日パーティともなると、そうもいかない。何かしらの祝いの品を持参するのがマナーだった。
裕福な貴族なら、高価な品物を用意し、自分の力を見せつけたりもするが、必ずしも高価で価値のあるものを用意する必要はない。ミュウも見栄を張ってそんなものを用意するつもりは毛頭ない。とはいえ、それにも限度がある。そのへんの店で売っている二束三文な物をプレゼントするわけにもいかない。家の名誉の問題もあるが、それ以上に、イザベラががっかりするのを想像すると、ミュウとしても心が痛む。
(シャザークの服の費用でいっぱいいっぱいでプレゼントに回せる余裕はない……。何か良い手を考えないと……)
「シャザーク、家に戻って対策を考えるよ!」
ミュウは止まっていた足を再び動かすと、足早に家路を急ぐ。
「はいはい」
そんなミュウを微笑ましく思いながら、シャザークは長い足でその小さな背中を追いかけた。
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