第22話 ラブレター?
ミュウとイザベラが再登校をしてからしばらくは、クラスメートたちも遭難という大きな出来事に興味津々で、二人に群がるようにその話を聞きたがったが、子供は熱が冷めるのも早いようで、数日もすればその話は教室内でもほとんど話題に上ることはなく、1週間経った頃にはすっかり以前と変わらない日常が戻っていた。
(そう、戻っていた――はずなのに、今日のイザベラ、なにか変なんだけど!)
妙にソワソワと机の中を覗いたり、隣のミュウの方をチラチラ見てきたり、朝からイザベラの行動が妙だった。
単に行動が変なだけなら、イザベラの個人的な問題なのかもしれないので、下手にかかわらないほうがよいのかもしれないが、その様子から何かミュウにも絡んだ事柄のようで、ミュウとしては、なかなか無関心ではいられない。
(今更遭難絡みの話? それとも、もしかしてシャザーク関連とかじゃないよね?)
いつか何かアクションを起こしてくるかとミュウは待っていたが、イザベラは隣であたふたしているだけで、とうとう授業もすべて終わってしまった。
下校時間になっても、イザベラはおかしな様子のままで席を立つ様子もない。
ミュウは筆記用具などを鞄にしまい、後はその鞄を持って席を立つだけだった。
それでもイザベラは、チラチラとミュウの方を見てくるだけ。
(ああ、もう、なんなのよ! このまま帰ったら、家でもイザベラのことが気になったままじゃない! シャザークのことかもって思ったら気が気でないし、もう待ってられない!)
ミュウは椅子に座ったまま体ごとイザベラの方を向く。
「なにか私に言いたいことあるんだよね?」
まどろっこしいことが好きじゃないミュウは、ストレートにぶつけた。
「えっ、あっ……」
ミュウの方からそんなことを言われるとは思っていなかったのか、あるいは、そもそも自分のおかしな様子に気付かれているとは思ってもいなかったのか、イザベラはこの期に及んで戸惑い、ミュウの方には顔を向けず、机の中に視線を落としている。
「机の中に何かあるの?」
そういえば、イザベラがチラチラ見ていたのはミュウの顔だけでなく、机の中もだったことをミュウは思い出す。
気になったミュウは体をイザベラの方に倒し、机の中を覗き込む。
「ちょっと、ミュウさん!?」
イザベラの机の中にある、白い封筒のようなものがミュウの目に留まった。
(手紙かなにかかな? ……ん? 机の中に手紙って、もしかしてラブレターとか!? 誰かからもらって私に相談しようとしてたってこと?)
封筒を目にしたミュウの、恋愛脳が急に活性化する。
(相談ならほかの取り巻き連中にもできそうなものだけど、隠していてもにじみ出る私の大人の女の部分にイザベラが気づいて、恋愛相談するら私しかいないって思ってたのかも! 初めてのラブレターなら、イザベラのこの反応もわからなくもない! 私は転生前も含めてもらったことないけど、もしもらったらあんなふうになるかもしれないし!)
恋愛経験ならイザベラと変わらないはずのミュウだったが、自分では大人のつもりだった。
急に沸いてきた恋愛話に、教室の隅で憧れていただけだった青春時代のくすぶっていた想いが再燃する。
そして、ピンクに染まったミュウの脳は、イザベラの封筒のもう一つの可能性に思い至る。それは、その手紙が、イザベラがもらったものではなく、イザベラがこれから渡そうとしているという可能性だった。
(イザベラが渡そうとしているとしたら誰? 私のことを気にしていたからって、さすがに私にってことはないよね。だとしたら、直接渡せないから、私に渡すように頼みたいってことかな。でも、そんな相手って誰? ――――!? ちょっと待って! その条件にあてはまる相手なんて、シャザークしかいないじゃない! イザベラがシャザークにラブレター!? 困る! それは困る! 何が困るって言われても困るけど、困る! しかも、私からシャザークに渡すって、そんなの絶対無理!)
ミュウの恋愛脳は、思い込んでしまったらほかの可能性をすべて排除し、一つの答えしか見えなくしてしまう。
「……ごめん、イザベラ。私は協力できない。イザベラの気持ちもわかるから、それを邪魔しようとは思わないけど……でも、私は……」
イザベラがまだ何も言っていないのに、ミュウは勝手に一人で喋り出す。
「ちょっと待ってください、ミュウさん!? 何をおっしゃっているんですか!?」
「いや、だから、ラブレターを渡すように頼まれても、私は……」
「ラ、ラブレターって急に何の話ですか!?」
「だって机の中のラブレターを、私に渡して欲しいって言いたいんでしょ?」
「ち、違います! だいたいどうして私がミュウさんにそんな恥ずかしいことを頼む話になってるんですか!」
「どうしてって、イザベラがシャザ――」
「私が渡したかったのはこれですよ!」
顔を赤くしたイザベラが、慌てて机の中から二つの封筒を取り出し、叩きつけるようにミュウの机の上に置いた。
「ラブレターが2通?」
「ラブレターから離れてください! 招待状ですよ!」
「……招待状?」
ようやく恋愛脳から脱したミュウは、二つの封筒を手に取る。
封筒は2通とも、ランフォード家の家紋の入った封蝋で封じられている。
子供のラブレターで家紋まで入れて封蝋をするようなことなど、さすがに考えられない。少なくとも、ランフォード家から出された正式な文書であることは間違いなかった。
ミュウが封筒の表を確認すると、1枚はミュウの名が、そしてもう1枚にはシャザークの名前が記載されてあった。
「私とシャザーク宛て? でも、招待状って何の?」
「……来週の私の誕生日パーティの招待状ですわ」
ランフォード家の娘の誕生日であれば、毎年誕生日パーティが行われていても不思議ではない。けれども、ミュウがイザベラの誕生日パーティに招待されたのはこれが初めてのことだった。
娘の誕生日パーティともなれば、将来のそなえての娘のお披露目だけでなく、家が持つ権威の示威や他の貴族との関係構築という意味もある。その点において、同性であり没落貴族でもあるミュウを招待する意味はランフォード家にはほとんどなかった。しかも、剣闘士奴隷であるシャザークまでともなるとなおさら。
「どうして私を招待しようなんて……」
戸惑いながらミュウはイザベラに視線を向ける。
だが、それまで赤い顔で照れて視線を外していたイザベラは、急にそのまっすぐな瞳をミュウに向けてくる。
「お友達を自分の誕生日パーティに誘うのっておかしなことですの?」
照れてはいるが、イザベラの言葉は裏表のないものに聞こえた。
むしろ、ミュウのほうが恥ずかしくなって顔を背けてしまう。
(山でのイザベラの友達って言葉、本当の本当に本気だったんだ。……ああ、もう、大人になってくすんでしまった自分の心を思い知らされるようで情けないよ!)
今は没落しているとはいえ、ミュウのウインザーレイク家はかつては名門。その家のミュウを招待するだけなら、イザベラが親に口添えすればそれほど問題ではないだろう。だが、シャザークは剣闘士奴隷だ。貴族の剣闘士ならともかく、剣闘士奴隷が貴族のパーティに参加することなんて、この世界の常識ではありえない。冷静に考えれば、シャザークの招待状を用意するのに、イザベラが家の中でどれだけ頑張ったのかがわかるというものだった。
「ありがとう、イザベラ。シャザークのぶんまで……」
「シャザークさんは命の恩人ですもの」
優しい笑顔だった。
どうして最近までこの子のこの魅力に気付かなかったのかと後悔してしまいそうな、眩しいほどの可愛さがそこにあった。
(私もだけど、以前のミュウも見る目ないなぁ、ホント。でも、イザベラの誕生日か……ん? ということは、もしかしてイザベラ11歳になるの? 私より先に? え、私の方が年下になるってこと?)
誕生日パーティに招待されて嬉しい反面、ミュウはなぜか敗北感のようなものを感じてしまうのだった。
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