第19話 新月の夜
イザベラを背負ったシャザークが前を歩き、シャザークが持ってきた灯りを手にミュウがそのあとに続く。すでに辺りが暗くなっていたため気付いていなかったが、ミュウとイザベラが休んでいた場所は、登山道のすぐ近くだった。
三人はシャザークの案内で間もなく登山道に戻り、比較的歩きやすい山道を下っていく。
シャザークにとっては昼間と変わらないくらいには見えているので、灯りなしで先頭を歩いても問題はない。また、ミュウの方も灯りで照らしながら、シャザークと背負われたイザベラの背中を追うくらいなら、それほど難しいことではなかった。
そうして、三人は無事下山を果たした。
貴族令嬢が二人も戻っていないという事態だったため、麓では早朝からの捜索に備えて多くの人が準備をしていたが、二人の無事の帰還に彼等は大いに沸き立った。
無論、シャザークが彼らに見られる前に身体の変化を解いていたことはいうまでもない。
翌日も授業があったが、ミュウとイザベラは大事を取って学園を休んだ。
ミュウに至っては、昼過ぎまで眠っていたくらいだ。
そのせいもあって、その夜はなかなか寝付けなかった。
(ああ、もうすぐ日付が変わるっていうのに、全然眠れないんだけど! 明日は学園に行かなくちゃいけないのに!)
ベッドの中で無理やり目を閉じるが、眠気が訪れる気配は全くない。
そんなミュウの身体に突然異変が訪れる。
身体がむずむずし、全身をまさぐられるような気持ちいいようで気持ち悪い奇妙な感覚が襲ってくる。
(な、なにっ!? 私、どうしちゃったの!?)
急に着ていた寝間着がきつく感じられる。
ミュウはたまらなくなって、ベッドから起き出した。
立ち上がるとなぜかいつもより視線が高いような気がする。見慣れた部屋も見る角度が違うのか、ちょっと違う景色に思えてしまう。
服を見れば、胸が特にきつく、丈が短くなったのか足が出てしまっていた。
だが、ミュウはすぐに気付く。服が小さくなったのではないことに。
(これ、私の身体が大きくなってるんだ!)
ぺちゃんこだった胸が明らかに膨らんでいるし、背も伸びてしまっている。
慌てて鏡を覗けば、10歳のミュウの顔とは違う顔がこちらを見ていた。
少女のミュウの面影は残っているが、そこにある顔は色気さえ漂う魅力的な女性の顔だった。
そばかすはすっかり消え、二重のまぶたはくっきりしていて、大きめだった目がさらに大きく見える。鼻筋は通っており、小さめの口はそのままで、唇だけはぷるんとした大人の魅力はそなえている。
(……これが私なんだ、自分でもびっくり。見た感じだと高校生、あるいは大学生くらいかな?)
ついつい鏡でいろんな角度の自分の顔を見てしまう。
貴族の血筋のおかげか、転生前の自分よりも遥かに整ったその顔に、思わず見とれそうになる。
(おっと、こんなことしてる場合じゃない!)
散々自分の顔を堪能したあと、ミュウはようやく我に返る。
(なに、これ!? この世界ではこれって普通のこと? って、そんなわけないよね! ……とにかく、シャザークに相談してみよう)
ミュウが最初に頼ろうとしたのは父でも母でもなく、子供の頃からずっと世話をしてくれている執事のジェームズでもなく、まだ出会って一カ月ほどの剣闘士だった。
けれども、ミュウ自身はそのことに疑問さえ感じていない。なぜシャザークの顔が一番に浮かんだのか、その理由さえ考えもしなかった。
ミュウは部屋を出て、シャザークの部屋の前に向かう。
だが、扉をノックしようと手を上げたところでその動きを止めた。
(この状況をどう説明しよう……。そもそも私だって気付いてもらえるのかな? ……だいたい、こんな時間に無理に起こすのもどうなんだって話だよね!)
何も考えずに一方的にシャザークを頼ろうとしてしまった自分の非常識さを恥じ、ミュウは上げた手を下ろす。
そして、自室で一旦頭を冷やそうと、体の向きを変えて、元の部屋に向かって歩き出した。
「――――!?」
数歩歩いたところで、背後から片腕で、腕ごと体を抱くようにつかまれ、もう片手で口を押さえられてしまった。
突然のことにミュウはパニックになりそうになるが、すぐに耳元で呟く男の声が聞こえる。
「大人しくしておけ。……何者だ?」
それはシャザークの声だった。
ミュウが全く気づかぬうちに、シャザークは扉を開けて部屋から出て、ミュウの背後を取っていた。
(ああ、そっか! こんな大きくなってるから、私だってわからなくて不審者だって思ってるんだ! ううっ、説明したいけど、口を塞がれてるからそれもできないじゃない!)
下手に暴れたら余計に制圧されてしまうのは、これまで目にしてきたシャザークの実力から言って間違いない。
さてどうしたものかとピクリとも体を動かさずに頭の中をぐるぐるとかき回す。
「……もしかして、ミュウか?」
ミュウがなにか考えを思いつく前に、体を拘束していた腕と口を抑えていた手が離れて体が軽くなった。
(え? 気付いてくれたの!? どうして!?)
体が自由になったミュウが振り向くと、シャザークは紅い目に紅い髪の、悪魔憑きとしての本当の姿になっていた。
ミュウがいつもより高い位置からシャザークを見上げると、シャザークは妙にそわそわした様子で、なぜか視線をそらす。
不審者でなくミュウだとわかっても姿を元に戻すそぶりも見せないシャザークに、ミュウはどこか違和感を覚えずにはいられない。
「……どうしたの? なにか変だよ?」
ミュウは一歩前に進み、シャザークに顔を近づける。
いつもはかなり下から見上げるようにしか見られないシャザークの顔だったが、今のミュウからは少し下からのぞき込むような角度でその顔を見ることもできるため、顔と顔の距離がいつもよりかなり近くなる。
(……改めてこうして見ると、シャザークって本当にイケメンだよね。まぶたは二重で目が大きいし、睫毛も長いし、羨ましいくらい……。鼻も高いし、何より形がすっとしてて綺麗……)
「そんな近くで見るなよ」
シャザークに肩に手を当てて押し返され、ミュウは距離を離されてしまう。
「お前の方こそ、明らかに変だろうが! なんなんだよ、その身体は……」
相変わらずシャザークは顔をそむけたままだった。
シャザークに言われて、ミュウは自分の身体の異常を思い出す。
「そうだった! この身体のことをシャザークに相談しようと思って!」
「わかった、わかった……。とりあえず、場所を変えよう。……バルコニーだ、バルコニーに行こう」
ミュウはなぜシャザークが場所の変更を提案してきたのか、その意図を読み取れなかったが、つい先日その場所でシャザークと語り合ったのを思い出し、少し顔を赤らめながらその言葉に素直に従った。
先ほどから意識的にシャザークはミュウの方を見ないようにしているが、ミュウ自身は自分の服のことに気付いていない。
身体が成長したため、寝間着がミニスカートのような丈になり、脚が出ていることに。そして、まだブラジャーをつけていなかったため、体にぴっちりなサイズになった寝間着がはっきりとしたミュウの胸の形を示してしまっていることに。
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