第14話 事件後の初登校
誘拐事件の翌日は休日だったため、ミュウは一日ゆっくり休むことができた。
肉体的疲労はたいしたことなかったのだろうが、精神的には相当疲労していたようで、目が覚めた頃にはもう日が暮れかけていた。
朝昼夕兼用の食事を取り、しばらくくつろいだ頃にはもう夜になっていた。
さっき起きたばかりだと思いながら、ミュウは再び床に就く。
あれだけ寝ていたのだから、なかなか寝付けないのではないかと危惧したが、ベッドに入って間もなく、ミュウの意識は夢の中へと落ちていった。
翌日、誘拐事件以降で初めての登校日。
ミュウはいつものように登校するつもりだったが、屋敷を出たミュウの横にはなぜかシャザークが立っていた。
「どうしたの?」
いつもは見送りにさえ来てくれない男の行動の意図が読めず、ミュウはシャザークを見上げながら首をかしげる。
「……おまえ一人だと、またいつ連れ去られるかわかんねーからな。学園まで俺がついていってやるよ」
ミュウの方には目も向けず、いつもより早口で呟くように言うシャザーク。
普段と同じ彫刻のような表情に見えたが、ミュウにはその中の微細な違いに気付いていた。
(ちょっと! なんか照れてるじゃない! 照れながらそんなこと言わないでよ! こっちまで恥ずかしくなるじゃない!)
シャザークの表情と言葉に、ミュウも少し顔を赤くする。
けれども、恥ずかしさと同時に、それ以上の嬉しさがこみあげてくる。
「……ありがとね」
今の自分の顔を見られたくないミュウは、シャザークのほうには顔を向けず、前を向いたまま、先に歩き出した。
シャザークはすぐにミュウに追いつき隣に並ぶと、そこからは歩みを緩め、同じ速度で歩いていく。
二人の間に特に会話はなかった。
相変わらず、シャザークにはすれ違う人から奇異の目が向けられている。
だが、中には少し違う視線を向ける人もいるようだった。恐らく、一昨日の誘拐事件の話を耳にした人がいるのだろう。 畏怖や嫌悪だけでなく、どこか好意的な視線もわずかながらに感じられた。
ミュウにはそのことが自分のことのように嬉しく思えた。
(シャザークも視線の違い、感じてるのかな?)
ミュウは下からのぞき込むように、隣を歩くシャザークに目を向ける。
だが、シャザークの視線とその雰囲気で、彼が自分のように呑気に歩いているのではないことをミュウは察する。
(周囲を警戒してくれてるんだ! ……私のために今もこうやって周囲に対して気を張ってくれてる)
イザベラと勘違いされての誘拐だったことは、シャザークにも、衛士たちにも説明してある。しかし、それをわかった上で、ミュウが二度と同じような危険に合わないよう、シャザークは気を配っていた。
ミュウはその事実を実感し、胸が熱くなる。
(男の人に守ってもらうのって、こんな感じなんだ……。一昨日は色々なことがありすぎてそんなこと考える余裕もなかったけど、こうやって改めて感じると、恥ずかしいような、嬉しいような……)
ミュウはただの登校なのに、すでにもう頭がいっぱいいっぱいになってしまいそうだった。
◆ ◆ ◆ ◆
学園に着くと、門のところでミュウはシャザークと別れた。
一人になったシャザークは、それまでの警戒態勢を解き、普段と変わらぬ様子で屋敷へと戻っていく。
残されたミュウはその場から動かず、帰り道へ進み行くシャザークの背中を見つめていた。
ミュウは自分でもなぜその背中から目を離せないのかわからないまま、シャザークが曲がり角を折れてその姿が見えなくなるまで黙って見送ると、もう視界のどこにもシャザークの姿がないことを改めて確認してから、校舎の方に向きを変えて歩き出した。
教室まで来ると、一昨日の体験のせいか、再びこうしていつもの教室に戻ってこられたことがちょっと嬉しくなる。見慣れた景色も、どこか新鮮味をともなって感じられた。
ミュウの席の隣にはすでにイザベラがついていて、どこか不機嫌そうな表情を浮かべている。
(朝から見たい顔じゃないなぁ)
イザベラを視界に入れないようにしつつ、ミュウは自席に向かった。
「……一昨日は大変だったみたいですね」
ミュウが席につくと、イザベラの方から声をかけてきた。
また嫌味でも言われるのかと思ったが、どうやら今回は少しばかり様子が違うようだ。
「私の代わりに誘拐されたそうね……ごめんなさい」
まさかイザベラの口から聞くことがあるとは思いもしなかった謝罪の言葉に、ミュウは高速でイザベラの方へと首を振る。
「……その顔はなんですか? 変なものでも見たみたいな顔して」
ミュウは自分でも意識しないうちにそんな顔をしていたのかと、イザベラの指摘で自覚する。
一瞬、自分はまだベッドの中で夢を見ているのではないかと疑いもするが、自分の夢ならこんな展開は間違っても作り出さないだろうと思い直す。
「別に、あなたが指示したわけではないんだから、気にしなくていいわよ」
嫌味を言われたのならそれ以上の嫌味で返してやろうと思っていたが、さすがにこんな殊勝な態度を取られては、ミュウもそんな気にはならない。
目には目をではないが、相手が敵意を向けてくるのならこっちだって対抗してやるというのが、ミュウの性格だ。逆に言えば、相手が誠意ある態度をとってくるのなら、ミュウも誠意を持って返すだけだった。
「……そういうわけにはいきませんわ。これでも私はランフォード家の淑女ですもの。借りを作ったままにしはしておけませんわ」
イザベラの顔は、いつものような険のある表情ではなかった。
自分の代わりに、クラスメートが誘拐されたことに対する申し訳なさ。そして、本当なら誘拐されていたのは自分だったという不安。そういうものがすべてあわさったような、悲壮感のある表情だった。
(そっか……この子もまだたった10歳の女の子なんだよね。ランフォード家なんていう貴族の看板を背負わされて、それでもなんとかそれに向きあおうと必死な……きっとそういう子なんだね)
ミュウは10歳の子相手にむきになっていた今までの自分が少し恥ずかしくなった。
そして、それと同時に、嫌なところばかりに目を向けてきてしまったイザベラの、いいところを少し見つけられたようで、ミュウは少し嬉しくなる。
「じゃあ、今度、何かあったときは頼らせてもらうから、よろしくね」
「よろしくてよ! その時はランフォード家の力をたっぷりと見せてあげますわ!」
ミュウが向けた笑顔に、ほっとしたような満足げな顔で応えるイザベラを見て、ミュウは初めて彼女のことを可愛らしいと思えたのだった。
そして、そんな二人が一緒に行動する機会が、早々訪れる。
その日、今度アルガサ山で行うフィールドワークのペア決めのくじ引きが行なわれたのだが、何の因果か、ミュウとイザベラとがペアとなってしまったのだ。
二人は互いの手にある同じ数字の書かれたくじを、お互いに何度も見直す。当たり前だが、いくら見たところで、見間違いということもなければ、数字が変わるようなこともない。
「ふふふ、早速よい機会ですわね。私がしっかり引っ張ってあげますから、安心してついてきてください」
妙に自信満々の笑顔を向けてくるイザベラ。
ミュウはその顔に、少し引きつった笑顔で応えるのだった。
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