第13話 救出劇

 御者の男は幌の隙間から中をうかがい、自分の仲間がすでに倒されていることを確認する。

 自分を馬車から落とした男は、背を向けながら拉致した女とくだらない会話をしていた。男は、今なら確実に不意をつけると確信し、腰から短剣を抜いて構える。


(このまま一気に中に突入してぶっ殺してやる!)


 殺意の炎を灯し、男は幌の中へと一気に突入する。

 そのわずかな音に気付いてシャザークが振り向いた時には、すでにかわせるような距離ではなかった。

 シャザークは、なんとか急所だけは避けようと身体を捻ろうとするが、それさえ間に合うかどうか。


 だが、シャザークよりも先に、御者の男に気付いた者がいる。

 シャザークと違って馬車の後方を向いていたミュウは、男が突入してきた瞬間にその存在に気付き、身体を動かしていた。

 ミュウは、ほとんど無意識に足もとにあったトロフィーを掴み、それを盾にするようにシャザークと男との間に割って入る。


 トロフィーと短剣が衝突する乾いた音が響いた。

 男の短剣がミュウの身体でなく、トロフィーに当たったのは、ミュウが狙ってやったことではない。単に運が良かっただけだ。

 10歳の女の子の身体では、大人の男の突撃の衝撃に耐えられるはずもなく、ミュウはそのままトロフィーごと吹っ飛ばされ、荷台に倒れる。


(だめっ! 私の力じゃ相手の動きを一旦止めただけでしかいな! このままじゃ次の攻撃は防げないし、シャザークの盾になることもできない!)


 ミュウは自分の無力さに歯噛みする。

 だが、シャザークにとってはそれで十分だった。

 不意の一撃さえ無効化してもらえれば、振り向くのには時間はかからない。

 シャザークは目に見えないほどの手刀を繰り出し、男の手から短剣をはたき落とすと、その顎を思い切り蹴り上げた。

 男は一瞬で意識を失い、受け身もとれないまま綺麗に後ろへ吹っ飛ぶように倒れる。


(……本当に……強いんだ)


 ミュウはシャザークの流れるような動きに見とれ、自分たちの危機が去った安心感よりも、シャザークの動きにただ感嘆していた。

 しかし、シャザークのほうはそうではなかったようだ。


「おい、大丈夫か!?」


 たださえ白い顔をさらに白くしたシャザークが、ミュウに駆け寄って肩を力強く掴んでくる。

 ミュウはいつもと違うシャザークの様子に戸惑い、目を逸らすように自分の手にあるトロフィーに目を向ける。


(あっ!? シャザークからもらったトロフィーが!?)


 気づけば、金色に輝く塔を模した形のトロフィーにはっきりとした刃の痕がついてしまっていた。


「……ごめん」


「なんだ!? どうした!?」


「……もらったトロフィーに傷つけちゃった」


 あまりに必死な顔のシャザークに気圧されながら、ミュウは恐る恐るトロフィーを、両肩を掴むシャザークの腕の間から顔の前に掲げる。


「そんなもんはどうでもいい! おまえの身体は大丈夫なのか!?」


「……それは大丈夫……全然問題ない」


「そうか……それはよかった」


 ミュウは肩を掴んでいたシャザークの指から力が抜けるのを感じる。

 それと同時に、シャザークの強張っていた顔が一気に緩んだ。

 ミュウはその顔を見て、自分の胸が高鳴るのを感じる。


(なんでそんなに私のこと心配してくれてるのよ。それじゃ、まるで私のこと、凄く大事に思ってくれてるみたいじゃない……)


 シャザークはミュウの肩から手を離して立ち上がり、気絶させた男達の服やベルトをはぎ取ると、それを使って男達の手と足を拘束していく。

 ミュウはそのテキパキとした様子を見ながら、先ほどのシャザークの様子を頭の中でもう一度思い返す。


(……違う。大事に思ってくれてるみたいじゃなくて、本当にそう思ってくれたんだ!)


 ようやくそのことに気付いて、ミュウは一人で顔を赤くし、その顔を見られるのを隠すようにトロフィーを自分の顔の前に掲げていた。


◆ ◆ ◆ ◆


 しっかりと拘束した三人の誘拐犯を荷台に放り込むと、ミュウとシャザークは御者台に並んで座り、街に向かって馬車を走らせていた。

 手綱はシャザークが握り、ミュウはトロフィーを抱えながらその左側にちょこんと座っている。

 二頭立て馬車のため、二頭の馬を同時に操る必要があり、最初はシャザークも勝手がわからず、二頭の制御に戸惑いも見せていたが、馬を一旦走らせれば、そのあとは問題もなく器用に手綱を捌いてみせていた。


(戦いだけじゃなくて馬も器用に操るとか、なんかすごい……)


 ミュウは盗み見るように隣のシャザークにチラチラと視線を向けた。

 能力を強化する必要がなくなったので、シャザークはすでにいつもの青い目と銀髪に戻っている。


(……馬を操る男の子って思ったより格好いいじゃない。これで年下じゃなければなぁ……って、今は年上だったわね)


「……俺の顔に何かついてるか?」


 さすがにチラ見されているのに気付いたのか、シャザークが、前方を向いたままミュウの方へは視線を向けずに話しかけてきた。

 見ていることに気付かれているとは思わなかったミュウは慌ててしまい、口に出すつもりもない言葉をつい吐き出してしまう。


「あっ、いえ、シャザークって年上と年下とどっちが好きなのかなと思って……」


「はぁ? 何言ってんだよ、おまえ?」


 シャザークの顔が露骨に歪む。

 ミュウも頭では考えていても、まさか本当に口にしてしまうとは思わなかった自分の言葉に焦り、口をパクパクさせながら目を白黒させる。


「言っておくけどな、俺はどっちかと言えば年上の方が好みなんだからな!」


 それは、シャザークにしてみれば、ミュウのことを意識していないと言うがための言葉であった。

 だが、その言葉はかえってミュウに衝撃を与えてしまう。


(年上の方が好みって! ちょっと! 何を言うのよ! 年下にそんなこと言われたら、意識しちゃうじゃない!)


 ミュウの顔がみるみる赤くなり、恥ずかしげに俯いてしまう。

 その反応に、今度はシャザークが驚く番だった。


「ちょっと待て! 年上が好みと言って、なんでおまえが顔を赤くしてるんだよ!」


「あ、赤くなんてしてないわよ!」


「いや! どうみても赤くなってるだろうが!」


「う、うるさいわね! 本人が赤くなってないって言ったら、赤くなってないの!」

(私は今はシャザークの年下なのに、どうして意識しているのよ! 中身が年上だからって、素直に反応しちゃうなんて、私のバカっ! もう! こういうのに慣れてない自分が恥ずかしいよ……)


 一転して、今度は二人して黙りこくる。

 心なしかシャザークの白い顔に赤味がさしているように見えたが、自分のことでいっぱいいっぱいになっているミュウに、それに気付く余裕はなかった。


 しばらくして、シャザークの顔がいつもの白さに戻った頃、再びシャザークが口を開く。


「なぁ……そのトロフィーなんだが……」


「あ、ごめんなさい! せっかくシャザークが取ってくれたのに、傷なんてつけちゃって……」


 傷つけたことでいつものように嫌味の一つでも言われるのではないかと、ミュウは先手を打って謝った。実際、ミュウもそのことに責任を感じていたので、それは素直な気持ちによる言葉でもあった。


「あ、いや……そうじゃなくて……」


 しかし、シャザークの様子を見るに、どうも言おうとしてることは違っていたようだ。

 らしくない様子で頭をかきながら、言いたいが言えない、そんなもどかしそうな顔をしている。


「……どうしたの?」


「お前にやると言ったんだが……やっぱりそれは俺にくれないか? 代わりに、今後俺が手に入れるトロフィーは全部おまえにやるから……」


「――――? シャザークが手に入れたものなんだからそれは構わないけど……。でも、傷がついてるのよ? 本当なら直してあげたいけど、うちの家計を考えると……」


「いや、直さなくていい! ……そのままがいいんだ」


「このままでいいのなら、私は全然構わないんだけど……」


 ミュウは自分が手にしているトロフィーを改めてまじまじと見つめる。


(やっぱり最初にもらったトロフィーだから大事にしたいのかな? とっさのこととは言え、傷つけちゃって悪いことしちゃったなぁ)


 申し訳なさそうな表情でトロフィーを見ているミュウを見ながら、シャザークは自分の思惑に気付かれていないことに安堵しつつ、心のどこかではまったく気づかれていないことに多少のいらだちも感じていた。


(……その傷は、おまえが自分の身も顧みずに俺のことを庇おうとしてくれた証だから、直さなくていいし、自分で持っておきたいんだよ。……そんなことされたの、初めてだからな)


 シャザークは、照れくさくてミュウには絶対に言えない言葉を心の中で呟きながら、手綱に力を込め、馬車の速度を上げた。


◆ ◆ ◆ ◆


 街に戻ったミュウ達は、そのまま衛士達の詰め所に向かった。

 ミュウの誘拐については目撃者がいたため、詰め所では丁度その対応のため、衛士達がせわしなく動いてるところだった。

 ミュウの両親もその中にいて、青ざめた顔をしていたが、シャザークとともに戻ってきたミュウの姿を見ると、二人は涙を浮かべて喜んだ。

 詰め所の前で馬車が止められ、ミュウが御者席から降りるやいなや、二人はミュウに駆け寄って、強く抱きしめる。

 衛士たちも、ミュウの無事の帰還と実行犯全員の捕縛の事実に、驚きとともに安堵の声と歓声を上げた。


 とはいえ、ミュウとシャザークは、この後すぐに家に戻れたわけではなかった。

 事情聴取に二人は付き合う必要があった。


 それを終えて二人が屋敷に戻れたのは、もう夜になってからだった。

 さすがに疲労感でいっぱいのミュウは、夕食も取らずに、自室のベッドに潜り込む。


 一方、シャザークも同じように自分の部屋へと戻っていた。改めてミュウから手渡されたトロフィーとともに。

 シャザークの部屋に荷物はほとんどない。置いてある家具は、最初からこの部屋に備え付けられていた机と椅子、それにベッドと小さめのクローゼットのみ。

 シャザークはトロフィーをどこに置こうかと悩んだが、部屋の中で一番目立ち、どこからでも目に留まるところとして、机の上に飾ることにした。


 よく考えて見れば、それは人から与えられたものでもなく、人から奪い取ったものでもなく、シャザークが初めて自ら勝ち取って得たものだった。

 そして、誰かが自分のために体を張ってくれた証が刻まれたものでもあった。


 シャザークはトロフィーに刻まれた短剣による傷に指で触れる。

 トロフィーの外見を損なう不格好な傷――だが、それがなによりもシャザークには美しいものに思えた。


 その夜、シャザークはいつまでもその傷を撫でながらトロフィーを見つめ続けていた。

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