第11話 危機
表彰式を終えて、一同は解散となった。
闘技場の外に向かって、ミュウはシャザークと並んで歩いていく。
「凄いじゃない、シャザーク! 私、あなたがあんなに強いとは思ってなかったよ!」
ミュウから素直な羨望の眼差しを向けられ、シャザークの顔がほころびそうになるが、すんでのところで表情が崩れるのを防いだ。
「俺のせいで、おまえの成績が下がったと言われるのもしゃくだからな」
「言わないわよ、そんなこと!」
微笑んでいたミュウの顔がむっとしたものに変わる。
シャザーク自身、本気で言ったものではない。たとえ初戦で負けていたとしても、ミュウがそれを責めなかったことくらいシャザークにもわかっていた。むろし、まず怪我をしてないかどうか不安げな顔で走り寄ってくる姿が浮かんでくる。
しかし、そんなミュウのためだからこそ、負けるわけにはいかなかった。
シャザークは、受け取ったトロフィーを見ながら、柄にもなく自分が相当気合いを入れて戦いに臨んでいたことに気付いた。
「ほら、これ」
自分の気持ちに気付いたシャザークは、なんだかふいに照れくさくなり、持っていたトロフィーをミュウに押し付けるように突き出した。
急にトロフィーを向けられたことに驚きながら、ミュウは反射的に受け取る。
「ちょっと、なに? シャザークが貰ったものでしょ?」
「……俺はおまえの
(ひ、姫って!?)
シャザークの言葉にミュウの顔は一瞬で赤くなった。受け取ったトロフィーを眼前に持っていき、ミュウその顔を隠す。
闘技場でもシャザークには儀礼的に姫と呼ばれていた。だが、それは定型文的なものであり、その時はミュウも何も感じていなかった。
だが、プライベートな場での姫呼びはさすがに心にグッとくるものがある。
(急にそんな呼び方するなんて!)
ミュウもシャザークが本気で言ったわけではないことくらいはわかっている。
とはいえ、外見は10歳だが、中身はアラサー女子。お世辞でも姫だなんて言われなくなって久しい。そのうえ、普段おまえ呼ばわりされている男から、急に姫と呼ばれてしまったのだ。そういう言葉への抗体がないミュウには、クリティカルヒットしてしまう。
(これって、よく考えたらプレゼントってことだよね。……嬉しい)
ミュウのトロフィーを掴む指に力がこもる。
顔が自然とほころんでしまっているのが自分でもわかった。
表情を元に戻そうとしても、顔の筋肉が言うことを聞いてくれない。
(ああ、ダメだ! 今の顔、あいつに見せられない!)
「シャザーク、私、ちょっと先行くね!」
ミュウは顔を覗かれないで済むよう、一人駆け出した。
「あんまり離れるなよ」
シャザークの声を背中に受けながら、ミュウは先に競技場の外へと向かった。
◆ ◆ ◆ ◆
「それで、ターゲットのランフォード家のお嬢様ってのはどんな娘なんだ?」
「それが……手に入れた似顔絵をなくしてしまって……」
「おいおい、それでどうやってそのお嬢様を見つけるっていうんだよ!」
「なーに、ランフォード家の剣闘士なら大会で優勝している違いありませんよ。優勝トロフィーを持ってる娘がランフォードの娘ってもんです」
「ホントかよ……」
幌馬車の陰で、競技場から出てくる女生徒たちに目を向けている二人の男がそんな間抜けな会話を繰り広げている。
そんな折、大会の優勝トロフィーを持った女生徒――ミュウが門をくぐって姿を現した。トロフィーをどこか誇らしげに見ながら顔をにやけさせている。
近くに護衛らしき者の姿は見当たらない。
「ランフォード家の息女なのに護衛の姿が見えないのは妙だな?」
「護衛をなんとかする手間が省けるからラッキーじゃないですか」
「まぁ、それもそうか」
二人の男は幌で覆われた馬車の荷台の中に乗り込む。
「馬車を出してくれ」
もう一人の仲間である御者の男に声をかけると、馬車はミュウに向かって進み出した。
◆ ◆ ◆ ◆
トロフィーに何度も目を向けながら歩くミュウは、周囲を警戒する様子など微塵もない。
そのすぐ横に馬車が止まっても、気にした様子も見せなかった。
突然、馬車の荷台の幌の中から、二人の男が飛び出し、抱えるようにミュウの体を掴む。
「ちょっと!? あなたたち、なにっ!?」
ミュウが自身の窮地に気付いた時には、すでに二人の大人の男に身体を抱え上げられていた。
こうなってはわずか10歳の女の子にできる抵抗などほとんどない。
全力で暴れても、二人がかりで拉致しようとする男たちにはかなわず、あっさりと荷台の幌の中へと連れ込まれてしまう。
「馬車を出せ!」
ミュウと共に馬車に入った男たちからの指示を受け、御者が馬車を勢いよく走り出させた。
「シャザーク、助けてぇ!」
咄嗟にミュウが叫んだのは、今はそばにいない男の名前だった。
「黙らせろ!」
男の指示を受け、もう一人の男がミュウに猿轡をかませる。
さらに、暴れられないように、両手を後ろ手に縛ると、同様に両足も足首のところで縛り上げる。
ミュウは声も上げられず、身動きも取れない状態にされてしまった。
ミュウは頭がパニックになりそうだったが、少なくとも今のところは危害を加えることが目的ではなく、拉致することが目的であると判断し、ひとまず命の危険はないと自分を落ち着かせる。
(これって私を誘拐しようとしてるってことだよね……)
ミュウは抵抗して男たちを逆上させるのは得策ではないと判断し、おとなしくしながら、少しでも情報を得ようとあたりを探る。
荷台は幌で周囲すべてを覆われているため、外の様子はわからない。どこを走っているのか、どこに向かっているのか見当もつかない。
幌の中の荷台に荷物などはなく、乗っているのはミュウと二人の男だけ。
ミュウの横にはトロフィーが転がっている。ミュウ自身意識していなかったが、連れ込まれて手を縛られるまでトロフィーを手放さなかったようだ。
ミュウは連れ込まれる前に落としてなくしてしまわずに済んだことに一安心するが、このまま無事に戻れなかったら意味はないと、自分をここに連れ込んだ男たちに目を向ける。
一見して商人と見える格好をしているが、その腰には商人には似つかわしくない短剣が吊るされている。商人の格好は、馬車のそばにいても怪しまれないためのものであろう。彼らの本職がその見かけの通りの商人でないことは、ミュウにだってわかった。
ミュウは改めて、自分を連れ込んだ二人の男の顔にじっくりと目を向ける。
(二人の顔に見覚えはないかな。見たことある顔なら、なにかヒントになったかもしれないけど……)
御者台の方にも目を向けるが、幌のせいで何もわからない。
なんとかわかったのは、御者台に座っているのは恐らく一人だけだということくらいだった。
(全部で三人か……。女の子一人では隙をついて逃げ出すなんてこともできそうにはないよね)
ミュウは下手に逃げ出して男たちを刺激するよりは、おとなしく捕まっているほうがよさそうだと判断する。もっとも、手足を拘束された今の状態では、まともに逃げ出すことはできそうにないが。
(誘拐と言ったら、やっぱり普通は身代金が目的だよね。でも、うちが貧乏貴族だってことわかってるのかなぁ? 無茶な金額を要求しても、ホントに払えないんだからね!)
自分の家の台所事情を考えて不安に思うミュウを見て、男たちは恐怖に怯えていると勘違いをした。
「安心しな、お嬢ちゃんに危害を加えるつもりはない。ちゃんと身代金さえ用意してもらえれば、無事におうちに帰してやるよ」
(やっぱり身代金目的なのね。でも、それならちゃんと相手を選んでよね! どうしてうちみたいな貧乏貴族なんて狙うのよ!?)
「ランフォード家なら、娘のために喜んで金を用意してくれるだろうから、それまではまぁ、大人しくしててくれや」
(ん? ランフォード家? どうして、私を誘拐してるのに、あのイザベラのランフォード家が身代金を出してくれるっていうのよ?)
疑問に思うミュウだったが、すぐに一つの可能性に気付いてしまう。
ミュウにとっては悪夢のようなその可能性に。
(こいつら、もしかして……イザベラと間違えて私を誘拐してるんじゃ!?)
「しかし、ランフォード家のお嬢様が護衛もつけずに出てくるとは思わなかったぜ。おかげでこんなにスムーズにあんたを連れ去ることができたよ」
(だめだ、こいつら! ホントに私のことイザベラだと思ってる! 私とイザベラなんてちっとも似てないのに、なにをどうやったら間違うっていうのよ! あんたたちの目は節穴なの!?)
「お嬢ちゃんが優勝トロフィーを持っててくれたから、すぐにランフォード家の娘だとわかったのも俺たちにとってみればラッキーだったぜ。あそこの家の剣闘士なら、学園内の剣闘士戦で負けるようなことはないからな」
(……ああ、そういうこと。私がトロフィーを持ってたせいで勘違いしたってわけね。……それにしても、イザベラのとこの剣闘士ってそんなに強いんだ。それに勝つって、シャザークってもしかして凄く強いんじゃないの?)
ミュウは、改めシャザークの勝利が自分のことのように嬉しくなってきた。。
だが、すぐにそんなことを喜んでいる状況でないことに思い至る。
(そうだ、喜んでる場合じゃなかった! これってものすごくまずいよ! このままランフォード家に身代金要求したって、イザベラは無事なんだから無視するに決まってる! 身代金が用意されないってことは、私は解放されないってことで、それを犯人が金のために娘を見捨てたって判断されたら……一巻の終わりね。あるいは、それ以前に、私が本当はランフォード家の娘じゃなくて、貧乏貴族のウインザーレイク家の娘だってバレたら……やっぱり一巻の終わりじゃない!)
自分が絶望的なほどに最悪な状況にあることを、ようやくミュウは理解した。
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