第9話 闘技会決勝
1回戦を勝ち上がったシャザークは、続く2回戦、3回戦、そして準決勝戦にも勝利し、決勝進出を果たした。
ミュウの決勝の相手は、イザベラだった。
剣闘士たちは一戦ごとに控室へと戻るが、生徒たちは闘技場の横に今回のために設置された観覧席にて、ほかの生徒たちの戦いも見守ることになっている。
その観覧席で、ミュウはイザベラとは離れた席に座っていたが、決勝戦を前に、イザベラの方がわざわざ近づいてきた。
「まさかミュウさん、あなたが決勝の相手だとは思いませんでしたわ」
(……頼んでもいないのに、どうして絡んでくるのかなぁ)
いつものように尊大な態度で話しかけてくるイザベラには目も向けず、ミュウは溜息をつく。
「でも、あなたの勢いもここまでですわ。私の剣闘士であるレイモンドは貴族出身の騎士よ。公式の闘技会にも出ている本物の戦士なんですからね! あなたの剣闘士がちょっとくらい強いからって、私のレイモンドにかなわないってとこを見せてあけますわ!」
「……はいはい。わざわざ剣闘士の紹介ありがとう。金と権力使ってそんな剣闘士を用意しておいて負けても泣かないでね」
ミュウはまともに相手をするのも馬鹿らしいと、席から立ち上がり、自分のお立ち台の方へと歩き出す。
「な、泣くわけないでしょ! それ以前に、そもそも負けませんから!」
ヒステリックに言い返してくるが、ミュウは相手をする気はないので、足を止めずに歩みを進めていった。
イザベラは反対側のお立ち台につく必要があるため、さすがに追いかけてきはしなかったが、はしたなくその場で地団太を踏んでいる。普段の貴族然とした振る舞いからかけ離れたその姿に、周りの令嬢たちが目を丸くしていた。
(ホント、いつも鬱陶しい子だよねぇ。……でも、あの子、シャザークが悪魔憑きなのに、そのことについては何も言ってこなかったな)
ミュウは悪魔憑きをネタに嫌味を言ってこなかったことに関しては、イザベラを少し見直していた。
◆ ◆ ◆ ◆
二人の剣闘士――シャザークとレイモンド――が闘技場に上り、続いて、それぞれの
二人の剣闘士は闘技場の両端で、片膝をつき、剣を掲げて互いの主へと勝利を誓う。
イザベラは堂々たる態度でレイモンドからの誓いを受けているが、一方でミュウのほうは何度経験しても慣れないのか、照れくさいといった顔をシャザークに向けていた。
「……相手は公式戦の経験もある剣闘士らしいから、気をつけてね」
「ああ、わかってる。あれは相当強い」
シャザークの声は、いつになく真剣で、言葉にも重みがあった。
剣闘士たちは自分の試合以外のときは控室に戻っているため、レイモンドの試合をシャザークは見ていない。それにもかかわらず、シャザークがここまで言うからには、何か感じるものがあるのだろうとミュウも察する。そして、悲しいかな、自分にできることは何もないということも実感する。
シャザークは立ち上がるとミュウに背を向け、審判の待つ闘技場の中央へと向かい、一歩一歩歩みを進めていく。
その背中を見つめるミュウは、自然と両手を合わせて、勝利ではなく、シャザークの無事を祈った。
◆ ◆ ◆ ◆
闘技場の中央で二人の男が視線を合わせる。
「なんとなく、あなたが勝ち上がってくるような気がしていましたよ」
先に口を開いたのはレイモンドだった。
「うちのお嬢に勝ちをプレゼントしたいんで、本気で行かせてもらうぜ」
「望むところです。私もイザベラ様に勝利を約束していますので、全力で行かせていただきます」
二人の男が、静かに燃える炎のような闘志を宿しながら木剣を構える。
シャザークの構えは我流のもの。両手で木剣を構え、右足を前に出す。
一方、レイモンドの構えは正式に学んだ騎士の構えだった。右手に木剣を持ち、半身の姿勢で、右手と右足を前に出し、左手は後ろに回して腰のあたりに構えている。
「はじめっ!」
決勝の開始を告げる審判の声が闘技場に響いた。
◆ ◆ ◆ ◆
素人のミュウの目から見ても、シャザークとレイモンドの剣技の差は明らかだった。
今までの戦いではミュウは気付かなかったが、こうしてレイモンドの美しい剣技と比べると、シャザークの剣は身体能力を活かして武器を振っているだけに過ぎないとわかってしまう。ここまで勝ち上がってこられたのは、その優れた身体能力のおかげだったのだと思い知らされる。
そんなシャザークに比べて、レイモンドの剣は、剣を最も効率的かつ有効に使うために体系化された先に生み出されたものなのだと、剣の知識のないミュウにもわかった。
シャザークの攻撃はすべて最小限の木剣の動きで受け流され、いまだ一度もレイモンドの身体にかすりさえしていない。
一方、レイモンドの攻撃に対して、シャザークはその目の良さと持ち前の反射神経で、なんとか対応をしているが、レイモンドのように完全に受け流すには至っていない。腕にも身体にも幾度となく木剣がかすめ、痛々しい打撃痕が身体に刻まれ続けている。
致命的な有効打だけは受けていないため審判は流しているが、本物の剣ならば、かすめたところから出血し、シャザークはいまごろ体力を奪われて勝負が決しているのは間違いなかった。
「よくそこまで粘りますね……。剣術などまともに学んだこともないでしょうに」
レイモンドの言葉は素直な称賛の言葉だった。
シャザークの構えを見たときから、レイモンドはシャザークが剣については素人同然であることを見抜いていた。それゆえ、油断こそしないものの、勝負は簡単に決するものと思っていた。
だが、実際打ち合ってみれば、確かにシャザークの剣技は未熟であるものの、身体能力のみで、自分の剣技に対抗してみせているのだ。それは、レイモンドにとって驚嘆すべきことであった。
(うるせえよ……。剣なんてまともに握ったのは今日が初めてなんだよ)
シャザークもここまで打ち合って、剣技では自分がこの男にかなわないということを痛感させられていた。そう、少なくとも、剣技に関しては。
シャザークには、奥の手とも言えるものがあった。それを使えば、さらに運動能力や反応速度を上げることができる。そうすれば、今ある剣技の差を覆すことができることを確信していた。
だが、シャザークはその奥の手を使う気はなかった。
その力を発揮するためには、ほかの人間に忌み嫌われ、恐れられている悪魔憑きの本当の姿を晒すことになってしまう。自分の命がかかっているような状況ならともかく、今行っているのは模擬戦のようなものにすぎない。
加えて、ほかの者はともかく、ミュウにその姿を見せることに抵抗があった。ミュウが自分のその姿を見たときに、畏れで顔を歪ませるのを想像すると、シャザークはどうしてもその方法を取るという選択肢を取ることができなくなる。
(……とは言え、このまま負ける姿をお嬢に見せるのもおもしろくねぇ)
シャザークは両手で握っていた木剣を、左手だけで握る。そして、剣を持った左手を前に出し、右手を引く半身の姿勢になり、腰を落とした。
急に構えを変えたシャザークに、レイモンドは油断なく、警戒しながら一旦距離を取る。
(見慣れぬ構えだ……。しかし、私の攻撃にここまで耐える男。こけおどしと言うことはあるまい)
レイモンドは基本の構えを変えず、様子を見る。
構えを変えたからには何か仕掛けてくるだろうと、受けの気持ちのまま待ち構えていたが、シャザークは目でレイモンドを追うだけで、微動だにしない。
(攻めのための構えではないのか?)
シャザークの意図を図りかね、レイモンドは自ら仕掛けることに躊躇する。
しかし、これまでの試合展開は明らかにレイモンドが押している。この状況で優勢な側が待ちに入ったとしても、ルール的には問題はない。だが、観客のいる公式な試合でなら、そのような行為は騎士道に反する行為としてブーイングを受けかねない。
レイモンドという男は、学園内の闘技会の試合であっても、公式戦と変わらぬ意識で挑んでいた。
そのため、何かあると感じていても、自ら仕掛ける。
右から、左から、右上から、連続して木剣で切りつけた。
シャザークは左手に構えた木剣でなんとか受け流すが、片手、しかも利き手でない方の手だけになったため、その動きは先ほどまでのようなスピードも力強さもない。
受けきれず、身体をかすめるレイモンドの剣戟の数は、確実に増えていった。
(本当は左利きという可能性も考えましたが、どうやらそういうわけではなさそうですね。右手を負傷でもしたということでしょうか?)
レイモンドは再び基本の構えをとり、力を溜める。
シャザークの左手に先ほどまでの精度がないとわかった以上、レイモンドにとってこれは勝負を決める絶好の機会だった。
胴体を狙った全力の突き、この技は両手で構えていたときのシャザークでさえギリギリで受け流すことしかできなかった技だ。それ以下の動きしかできない今のシャザークに、完全回避ができるとは思えなかった。
レイモンドは一つフェイントを入れる。
シャザークの身体は崩せなかったが、視線をわずかに逸らすには十分だった。
その隙をレイモンドは見逃さない。
溜めた力を一気に開放し、力強い踏み込みと同時に神速の突きを繰り出した。
だが、それこそがシャザークの狙いだった。
(――きたっ!!)
左手に持ち替えたのは、右手を自由にするため。
とはいえ、左手の木剣でこの突きを受け流しきれなかったら、そこで終わる。
(かわしきれるとは思っていない! 軌道をずらし、致命的な一撃さえ避けられればいい!)
まともにやっては、両手持ちでもしのぐのがやっとだったこの一撃は防げない。
しかし、最初からこの突きだけに集中していれば、一撃だけならなんとか受け流すことは不可能ではなかった。その分、ほかの攻撃の回避力は落ちるが、ダメージは受けても負けにさえならないのならよしとシャザークは割り切っていた。
持てる動体視力と筋力を総動員して、シャザークの突きを左手の木剣で受け、左側に流す。
まともに食らえば骨まで折れそうなその一撃が脇をかすめ、強烈な痛みが身体に走るが、負けを宣告されるほどの当たり方ではない。
シャザークはレイモンドの突き出した右手を、空いていた右手で掴むと、曲げていた膝を一気に開放して飛び上がる。振り上げた左足をレイモンドの首を刈るようにかけ、右足はレイモンドの左脇の下に入れる。そしてレイモンドの右腕に、逆さまにぶら下がるような態勢のまま、シャザークは自分の頭をレイモンドの股の間に潜り込ませる。
右腕を掴まれたままシャザークの全体重をかけられたレイモンドは、そのまま前のめりに転がるように倒れてしまう。ただでさえ突きの一撃を繰り出すために前方に体重をかけていたのだ。踏みとどまれるはずがなった。
レイモンドが前転するように転がり仰向けに倒れたときには、すでに木剣を持つ右手は、シャザークの両脚で挟まれたまま、まっすぐに伸ばされている。
シャザークは一か八か、関節技の飛びつき十字固めを仕掛け、ものの見事に成功させていた。
あくまで剣術のみを警戒していたレイモンドに、関節技の想定は頭の片隅にもなかった。
それもそうだろう。ルール上禁止されてはいないが、それは剣と剣との戦いにおいて、関節技など想定していないからにすぎない。
シャザークは木剣を握ったままの左手と、自由な右手を器用に使い、レイモンドの右手の肘関節に対して、本来曲がるのとは逆方向に圧をかけていく。
「――――!!」
レイモンドの顔が苦痛に歪む。
「早く降参しろ! 腕が折れるぞ!」
ここまで腕が極まってしまっては、レイモンドにもはや脱出は不可能だった。我慢しても腕が折れるだけでしかない。
シャザークとしては、このレイモンドという男に恨みはない。むしろ、多少なりとも好感を覚えている。その男の腕を折りたいとは露ほども思っていない。
そのため、降参を促すが、レイモンドの口から降参を告げ声はいまだ発せられない。
「私はイザベラ様の
(ちぃ! 面倒くさいやつだ!)
我が身可愛さにとっとと降参するような相手なら、どれだけ楽だっただろうか。
だが、こういう男だからこそ、シャザークはなおのこと腕を折ってしまいたくはなかった。
とはいえ、この関節技を解いてしまえば、もう二度と自分に勝機が訪れないことをシャザークもわかっている。
折ってしまうほどの圧もかけられないまま、どうしたものかと戸惑うシャザークだったが、ふいにその耳に勝負を決する声が届いた。
「勝負あり! そこまで!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます