第6話 試験とイザベラ
闘技会までの大きな学園のイベントとして、授業科目の試験があった。
試験科目は、言語学、歴史学、地理学、数学、倫理学、政治学、礼儀作法といったこれまで学んできたはずの学問についてだった。
(転生してすぐに試験なんて、どんな罰ゲームなのよって思ってたけど……)
正直、今回の試験については、ミュウは半ば諦めていた。
なにしろ試験勉強としては何もしていなかったのだから。
だが、いざ試験が始まってみれば、自分でも思いもよらぬほどすいすいと問題を解けてしまった。
数学のような美夕としての知識も活かせるような学科は解けて当然かもしないが、歴史や地理などについては転生前の知識はなんの役にも立たない。そのため、できなくて当たり前だと思っていたのだが、どうやら今までのミュウはかなり勉学については優秀だったようである。
そのミュウとして学んだ知識を記憶の中から引きだして、答案用紙をどんどん埋めていくことができた。
(学生時代でも取ったことのない点数を取っちゃいそうな気がする……)
すべての科目を終えて、ミュウは机の上で一息つく。
「ミュウさん、随分余裕のご様子ですけど、そんなに自信がありますの?」
終わった早々に隣のイザベラに声をかけられ、やりきった満足感に包まれていたミュウは、その気持ちに水を差されたようで、険しい目を彼女の方に向ける。
(そういえば、イザベラはいつも試験ではトップだったっけ)
ミュウの今までの記憶を思い返すと、過去の自分はせっかく頭がいいのに、試験では手を抜いていたようだ。
イザベラより優秀な点数を取ってしまうと、彼女の嫉妬を受けてしまうかもしれない。ただでさえ普段からイザベラから嫌味を言われていたミュウはそれをいやがって、わざとイザベラの点数を上回らないよう適度に間違いながら回答していたのだ。
以前のミュウが本気で挑んでいたら、果たしてイザベラがトップだったかは怪しい。
(言っておくけど、今の私はイザベラに気を使ってあげるつもりなんてないんだからね!)
今回、ミュウは、元々のミュウの実力に加え、美夕としての知識と経験まで総動員して試験に挑んだのだ。
「悪いけど、トップから落ちも泣かないでね」
「――なっ!?」
いつもなら困ったような顔で愛想笑いを浮かべてくる隣の席の女子が、予想だにしない強気の姿勢を見せてきたため、イザベラの目が普段以上に吊り上がる。
「あ、あなたが私に勝てるつもりですの!?」
「いやぁ、さすがに負けないでしょ」
(10歳の子に負けたとあってはさすがに私も恥ずかしいし!)
「そ、その言葉忘れないでいなさいよ! 明日の結果発表が楽しみですわ!」
怒ったように吐き捨てると、イザベラはらしくない大きな足音を立てながら教室の外へ向かって歩いて行った。
「まぁ、今のうちに天狗になった鼻を折っといてあげるのも大事なことよね。年上のお姉さんとしては、大人げないような気もするけど、上には上がいるってことを今のうちに教えてあげようじゃないの」
もうすでにイザベラの姿が見えなくなった廊下の方を見ながら、ミュウは自信満々に一人つぶやいた。
◆ ◆ ◆ ◆
翌日の放課後、試験結果が廊下の掲示板に張り出されていた。
ミュウの学年は1クラスが16人で、2クラスあるため、合計で32人の貴族令嬢が在籍している。
掲示板には、教科ごとに点数順で全員の名前と点数が記載され、最後に合計点による総合順位も記載されている。
ミュウが見に行ったときには、先に来ていたイザベラの姿が見えた。身体が小刻みに震えているように見えるが、ミュウは彼女のことを気にせず、順番に張り紙を見ていく。
(まずは言語学ね。……おっ、1位じゃない!)
(歴史学も1位! やるじゃん、私!)
(地理学も1位ね!)
(数学なんて満点で1位じゃない!)
(倫理学も1位かぁ。……ちょっとやりすぎてない?)
(やばっ。……政治学も1位取っちゃってる……)
(ああ、残念! 礼儀作法は2位だ! もうちょっとでオール1位取るとこだったのに! でも、逆にこれくらいは1位じゃなくてよかったかも)
(総合は――当然1位だよねえ。……もしかしてやりすぎちゃったかな?)
ミュウは総合順位1位として掲載されている自分の下にある名前に目を落とす。
(おっ、2位はイザベラなんだ。礼儀作法の1位もイザベラだし、頭自体はいいんだろうな)
気が付けば、ミュウの隣にはイザベラが立っていた。
とはいえ、イザベラがミュウのそばに寄ってきたわけではなく、イザベラは最初からそこにいて、順位表を順番に見てきたミュウの方が、気付かぬままイザベラの隣に行ってしまったのだが。
総合得点でのイザベラの順位は2位だが、ミュウとの点差は実際のところ圧倒的だった。
もう少し何かをどうにかすれば逆転できるというレベルの差ではない。
(あー、なんかちょっとイザベラに悪いことした気がしてきた……)
あまりに圧勝しすぎて、イザベラのことがちょっと可哀そうに思えてしまう。
なんだかんだ言っても相手はたった10歳の女の子なのだから。
(大人の女としては、こんなときくらいは慰めてあけようかなぁ)
「あー、イザベラ。2位ってなかなかすごいじゃない。ちょっと見直したかもしれないよ」
ミュウとしては慰めの言葉をかけたつもりだった。
だが、状況と受け手の心境によっては、悲しいことに、本気の慰めの言葉も、時として煽りに聞こえてしまうことがある。
「たまたま1位になったからと言って、調子に乗っていらっしゃるようですね……」
明らかにプルプルと震えだすイザベラ。
さすがにミュウもこれにはかける言葉を間違えたかと心の中で後悔する。
「あー、ごめん。そういうつもりじゃなかったんだけど……」
「いいですこと! 明日の闘技大会では力の差というものを、はっきり見せてあげますわ!」
それだけ言い残すと、イザベラは大きく肩を振りながら、歩いて遠くの方へと行ってしまった。
(力の差って……私たちが戦うわけじゃないのに……)
イザベラを横目で見ながら、ミュウは心の中で溜息をつく。
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