第7話 毎日この料理を食べたい
橋岡の胸を借りて思い切り泣いた後、昼休みの時間が残り10分しかないことに気づき、コンビニで買ったサンドイッチを急いで頬張った。橋岡も自身の手作りの弁当を食べていた。
それぞれ教室に戻り授業を受けるわけだが、5時限目も6時限目も睡魔に襲われ、授業内容が頭に入らなかった。
泣き疲れたせいなのか、教室が程よい日差しに照らされているせいなのか。いや、どちらでもない別のものが原因なのかもしれない。
ホームルームを終えてすぐに学校を出る。西山と帰ろうとも思ったが、あいつは今日は部活があるから一人で帰ることにした。
―――――――
家に帰る前に、近くのスーパーに寄った。ご飯を買うためだ。ご飯と言っても安いお惣菜を適当に買うだけだ。
自立したいからと一人暮らしを始めたものの、まだまだ料理は覚えていないし、洗濯も洗剤の量は適当だ。
さらには、まだ家の中は全然片付いておらず、ダンボールだらけである。家の中を整理したいところだが、まだ新しい生活にはあまり慣れていない。
だからと言って、いつまでもスーパーに頼り、自炊をしないというわけにもいかない。
そんな事を思いながら揚げ物コーナーで安いものを適当に探していると、後ろから声が聞こえてきた。最近よく耳にする、なぜだか心地のいい声だ。
「高宮くん」
「え?」
「え?って何よ。私がここにいることがそんなに不思議?」
「いや、別にそうは思わないですけど…家はここら辺なんですか?」
「そんなところかな」
放課後に同級生とばったり会ってしまう事ほど気まずいものはないが、幸にもばったり会ったのが橋岡だからいいとしよう。
とはいえ、やはり今日の昼休みだけで色々あったわけだから、もちろん全く気まずくないと言うわけではない
「高宮くん、一人暮らしなんだよね?」
「ですね」
「もしかして…スーパーのお惣菜だけで夜ご飯済ませようとしてる?」
「うっ……そんなことはないですよ…」
「あ〜!嘘つき!今絶対嘘ついた!」
「で、でも食べられれば何でもいいと」」思いません!」
言い終える前に一瞬で否定されてしまった。まだまだ料理は出来ないから仕方がない。
「どうせご飯とお惣菜だけ食べて、味噌汁とか飲んでないんでしょ」
「はい…」
誤魔化そうにもこれ以上誤魔化しきれない気がしたから即答した。
「じゃ、お惣菜は全部元の場所に戻して!」
「えぇ…それって料理を覚えろってことですか?」
「覚えて欲しいところだけど、今日は仕方ないから私が作ってあげる」
ん?今なんて言った?
「何よその顔。私が料理作ってあげるって言ったんだけど、嫌かな?」
「い、いやでも、俺は年頃の男子ですよ?いくら橋岡さんだからと言って…」
「あれれ〜?親友が家に来るだけなのにそんなにおかしいのかな?」
「っ…」
橋岡はいたずらっ子のような表情でこちらを見てくる。確かに親友という関係でいられることはこっちとしても嬉しい。
だが、生憎こっちは女子の友人の一人も今までは出来なかった、というより異性を避けていたから、たとえ親友であろうと橋岡を家にあげるのは少々気が引ける。
だが、美少女に料理を振る舞ってもらえること自体、思春期の男子高校生にとっては夢のようなものではあるはずだ。悪い気は全くしない。
「……………ます」
「ん〜?はっきり言ってくれないと聞こえないなあ」
「お、お願いします!ぜひ料理を作ってくれませんか…!」
「しょうがないなあ」
多分俺は将来、尻に敷かれるタイプなのだろう。だが、そっちの方が男性にとっては幸せなのかもしれない。
俺の場合、今後自ら料理を覚えようとするかは分からないし、下手すればいつまでも家の中を整理できない可能性だってあるわけだ。
そんなことを考えながら、俺はカゴを持って橋岡と食材などを集めていく。
――――――――
買い物を終え、スーパーから5分ほど歩いたところにある俺の家に着いた。オートロック式のごく普通のマンションの3階だ。
「え、ここに住んでるの?」
「はい」
「私の家の隣だったんだ」
「え、橋岡さんの家って隣のマンションなんですか?」
「そうだよ」
俺が引っ越した先は偶然にも橋岡の地元だったらしい。本当に毎日
ご飯を作ってもらおうか、という考えも一瞬頭をよぎったが、それは傲慢な気がする。だが、料理を教えてもらえるのなら好都合ではあるかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は自分の家の玄関を開ける。
「お邪魔します」
橋岡はその一言を言うと、俺の家の中へ入った。リビングの方に行くとすぐに橋岡は俺に対し、まるで呆れたといったような目を向けてきた。
「どういうことかな?高宮くん」
向けられた言葉はシンプルだが、俺は返す言葉もなかった。家の中はまだ片付いていない山積みの段ボール、片付いてるとは言えない台所。ソファには畳んではいるものの置きっぱなしになっている洗濯物。
「こんなにだらしないままじゃ自立どころか堕落しちゃうよ?」
「返す言葉もないです…」
いきなり自分の家に女子を連れてくることになるなんて思いもしなかったわけだから、自分の家の整理にはそこまで頭が回らなかった。ここ2,3日は橋岡とのやりとりで頭がいっぱいだった。
「まずは荷物、整理しよっか」
「そうですね」
段ボールの中身は洋服だったり小説や漫画などの書籍だったり、まあ色々ある。まずは洋服から整理した方がいいだろう。
そんな事を考えながら橋岡と一緒に段ボールを一つ一つ片付けていく。
―――――――
「いやあ、終わりましたね」
「もしかして、早く私の料理食べたいと思っちゃってたり?」
「っ…あんまからかわないでください…」
お互い話すのも慣れてきていたせいか、橋岡は俺に対していじってくることが多くなっていった。
「じゃあ、今から作るから待っててね」
「楽しみにしてますよ」
橋岡が料理を作っている間、俺は自分の部屋に向かった。洋服や割れ物、その他諸々は整理し終えたが、漫画や小説の量があまりにも多いから後回しにしていた。
全部段ボールから出して整理していくとなると、本棚を丸々使うくらいの量はある。
それらを片付けているうちに、橋岡が「出来上がったよー」と呼びかけてくれたのでリビングに向かった。
「こ、これは…!」
テーブルを見ると、いかにもジューシーであろう唐揚げ、ピーマンやキャベツを中心とした野菜炒め、そして新鮮なトマトが主役のサラダ。
そして何より、引っ越してからしばらく飲んでいない味噌汁だ。具材は豆腐に人参、大根といったシンプルなものだが、これが1番美味しいのだ。白米に1番合うものと聞かれたら真っ先に味噌汁と答えるだろう。
「どう?」
「とっても美味しそうです…!」
「でしょ!」
俺は多分、子供のように目を輝かせているだろう。それくらい美味しそうだ。
「じゃ、食べよっか」
橋岡がそう言った瞬間、インターホンが鳴った。
インターホンを覗くと、妹の
「こんなタイミングで…」
「知り合い?」
「まぁ、そんな感じです」
妹は一つ年下の高校一年生だ。勉強があまり得意ではない妹に頼まれ、時々勉強を見てあげている。俺が引っ越した後も勉強やわ見て欲しいと言われたので、引っ越す時に合鍵を渡していた。
とりあえず今日のところは帰ってもらおうと思ったのだが、妹がその合鍵で玄関を開けた。
「ちょっと、せっかく来てあげたのになんで早く開けないの!」
「待てって、今は人が来てるから!」
「ひと?」
妹は急にポカンとした顔でこちらを見る。
「家に呼ぶような友達できたの?!」
「お前、それは失礼だろ…」
「高宮くん?これは誰かな?」
「うわぁっ!」
急に後ろからも別の声が聞こえてきた。
「いや、違いますよこれは」
「何が違うのか説明してもらえるかなあ?」
橋岡は笑いながらそう言ったが、目は明らかに笑っていない。
「ふーん…じゃあ私がもらうねっ」
好葉は見せつけると言わんばかりに腕を組んできた。
「へー、高宮くんが私を振ったのってそういうことだったんだね」
「ち、違います!妹なんです!」
「い、妹?」
「と、とりあえず説明しますから…」
――――――――――
妹が来た理由を説明し、一通り妹に自己紹介をしてもらった。
そして、妹と橋岡の3人で食卓を囲むことになった。せっかくなら好葉にも料理を食べてもらいたいとのことだ。
「「「いただきます」」」
ちゃんとしたご飯は一人暮らしをして以来初めてだ。
「これは……とっても美味しいです!」
「ほんと?高宮くん」
「はい、毎日食べたいほど」
しまった、家の中だから気が緩んでいたのか、プロポーズみたいな感じになってしまった。
橋岡の顔をチラッと
それにしても美味しい。特に味噌汁。体全体にぽかぽかと温度が染み渡るこの暖かさがたまらない。
「えーと、凛さん、でいいのかな」
「うん、そう呼んでほしいな、好葉ちゃん」
「凛さんはおにいと付き合ってるって事でいいんだよね??」
「っ……!?」
「ちょ、好葉!」
女子を家に入れて料理を作ってもらっている以上、そう思うのは仕方がないことだが…今はそういう関係ではない。
「お、俺と橋岡さんは親友なんだよ…ね、橋岡さん」
「う、うんそうだね!」
「おにいは親友にも敬語を使ってるんだね」
確かに、今まで唯一の友人である西山以外にはずっと敬語を使っている。だから橋岡に対してタメ語で話すタイミングを失ってる気がする。
「確かに高宮くん、まだ私に対して敬語だよね」
「まあ、慣れてしまったので…」
「タメでいいのに」
「なら、そうするよ」
そんな感じで他愛もない会話をしながらご飯を食べ終えた。
橋岡の料理は美味しすぎる。一瞬で胃袋を掴まれた気がする。
「美味しかったよ、橋岡さん」
「本当?それならよかった」
「好葉ちゃんはどうだったかな、私の料理」
「凛さん〜!」
好葉は急に橋岡に抱きつく。
「こ、好葉ちゃん…?」
「凛さんみたいなお姉ちゃんが欲しいなー」
「おおおおお姉ちゃん?!」
好葉はこちらを見てニヤリと笑った。
「な、何言ってるんだ好葉!変なこと言うのはやめろ!」
「変なこと言ってないよ?満更でもないくせに〜」
「お姉ちゃんなら全然…なってあげるよ?」
「っ…橋岡さんまで…」
「だっておにい言ってたじゃん、毎日凛さんの料理を食べたいって」
「確かに言ったけどさ…とりあえず好葉、今日はもう家に帰れ」
「そうだね。ごめんね凛さん、邪魔しちゃって」
「ううん!むしろ好葉ちゃんともっと仲良くなりたい!」
橋岡は好葉を抱き寄せる。好葉も橋岡のことを抱き返す。好葉もすでに橋岡にデレデレしている。二人はすでに意気投合している。
「じゃあ好葉、気をつけて帰れよ」
「じゃあ、また今度来るね…って言いたいところだけど、やっぱ今日おにいの家に泊まるねっ」
「泊まるって何言ってるんだよ、明日も平日だろ」
「明日は祝日だよ?」
「だとしても、母さんたちが心配するだろ?」
「泊まる前提で来たもん、パジャマはおにいの借りるね」
「お前なぁ…」
「おにいは自分の妹が心配じゃないんだ」
「わ、分かったよ…」
これじゃあ心休まる一人の時間が結局そんなに増えるわけでもなさそうだ。まあ、好葉とは小さい頃からずっと仲は良いから別にいいのだが。
すると突然橋岡がムッとした顔でこう言う。
「じゃ、じゃあ私も泊まる!」
「「え?」」
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