第6話 一緒に背負うから
思い出したくもない話だったからかなり端折はしょってしまったが、俺が人との関わりを減らし、女性のことを苦手になった原因はだいたいこんな感じだ。
「何それ、酷いなんてもんじゃないでしょ」
橋岡の声は少し怒りが混じっているように感じた。
「でも、これで終わると思ってたら、そうでもなかったんです」
「え、どういうこと?」
「次の日学校に行くと、僕が川井に嘘告をしたとか、暴力を振られそうになったと言うデマが流れていたんです」
言うまでもなく川井と武田先輩が流したデマだろうが、あまりにもタチが悪いと思った。
先輩が部内でそのデマを流したことにより、部内では居場所はなくなった。それどころか一度広まった噂は止まることを知らず、一度付けた火のように燃え広がっていった。
「それが原因で友人が減りました。周りから冷たい目で見られるようになり、学校に行かなくなりました」
「…」
すぅ、っと深く息を吸って吐いた橋岡は真剣な顔で、自分の過去を話し始めた。
「私もね、昔から先輩に告白されて断った時、殴られかけたから、男の子は苦手なんだよね」
「橋岡さんもそんなことが…」
「うん。しかもその先輩、腹いせでデマを流したの。私が男を何人も家に連れ込むようなビッチだとか、パパ活してるとかね。ショックだった。だから高宮くんの辛さ、痛いほど分かる」
もしかしたら、橋岡に過去のことを話して良かったのかもしれない。
「だからさ、辛いことがあったり、また過去のことを思い出したりしたらさ、遠慮なく私に話してよ」
そう言われたものの、やはり不安はまだ少しだけ残る。本当に橋岡さんを信じていいのか、また騙されたりしないかとか、裏切られないかとか。一度人に裏切られた人間はどうしても捻くれてしまうようだ。
そんなことを考えていると、いきなり橋岡が俺の頭を抱き寄せてきた。
「い、いきなり何するんですか!」
「だって君、今にも泣きそうなほど辛そうな顔してたんだもん」
自分では気が付かなかったが、俺は今、相当酷い面をしていたらしい。
ただ、橋岡の声を聞くたびに安心している自分がいる。
「泣きたいなら胸を貸すからさ、我慢しなくてもいいんだよ」
そう言われた瞬間、自然と
どうやら、自分では気づいてないだけで、俺は誰かに自分のことを知ってもらいたかったのかもしれない。そして自分が思っている以上に泣き虫なのかもしれない。
「………っ……ぅ………」
橋岡はよしよし、と言わんばかりに頭を撫でる。
泣き声を押し殺すどころか情けない声を出してしまった。情けない。とても情けない。
情けないと分かっていながらも泣き声を止めることができない。ただ、自分の頭を撫でる橋岡の手はとても暖かくて、なんだか優しくて、自分の全てを受け止めてくれるような手だった。
―――――――
俺は自分の涙を拭いたあと、「すみません、泣いてしまって」と言った。
「いいよ、これくらい」
話し始めてからお互い全くご飯が進んでいない。
「昼休憩もあと10分だし、急いで食べましょうか」
「そらもそうだね…って、もしかして昼ごはんそれだけ?」
俺がコンビニで買ったサンドイッチを見ながら、橋岡は質問をしてきた。
「そうですね、地元に居づらくなったので、自立を名目に一人暮らしさせてもらってるんで…」
「じゃあ夜ご飯はどうしてるの?」
「まだ慣れていないので、カップ麺を―」
「それじゃダメだよ。ちゃんとしたものを食べなきゃ」
「はい…」
まさか親ではなく、橋岡さんに生活状況を説教されるとは。
橋岡さんは兄弟とかいるのだろうか。なんだか面倒見が良さそうだ。なんて考えていると、
「ねえ、高宮くん」
「は、はい?」
「私と付き合ってほしい」
ん?なんでそうなる?
唐突に告白されて、少し混乱している。
「嘘告の話を聞いたあとに告白するのはどうかとは思うけどさ、私は高宮くんの過去も悩みも一緒に背負うから」
「でも、俺は橋岡さんのことをまだあまり知らないし…」
「確かにそうかもしれないけど、これから知っていけばいいじゃん」
「それもそうかもしれませんが…」
「そーれーに!高宮くんがいかにも不健康そうな生活してるようだから放っておけないし!」
「ごもっともです…」
確かに今の俺は、橋岡になら心を開いていいと思っている。だけど、まだ知り合って2日目だ。付き合うなんて早すぎる気がする。
「でも今は、もっと友人として、橋岡さんとの時間を大切にしたいんです」
「んー、それもそっか。じゃあ今日から親友ってことで!」
「親友って言うのも早い気が…」
「ここまでお互いの過去を
「それもそうですね」
そんな会話をしながら、お互い顔を合わせて笑った。
本当は俺だって付き合いたい。自分の過去を一緒に背負うなんて言ってくれる人がこの先現れるかどうかは分からない。自分がヘタレなのは分かっているが、今付き合うのは少し違う気がする。
それでも、俺が橋岡と知り合えたことは、間違いなく、今後自分を大きく変えるきっかけになるだろう。
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