第5話 過去のトラウマ ③
強い日差しに照らされたある夏の日。部活がオフのこの日に川井と夏祭りへ行くことになった。
あの日のことは思い出したくもないから適当にあの日を振り返る。金魚掬だったり、射的だったり、ビンゴ大会なんかも楽しんだりしたと思う。
あとはわたあめや焼きそばなんかも食べたりしたっけ…。
確か、川井が親から電話きたから少し待ってて、と言ってその場を一瞬離れている間、『私、りんご飴とか好きなんだよね〜』と川井が言っていたことを思い出し、りんご飴を急いで買ってきた。そして川井が戻ってきた時、そのりんご飴を渡したら微笑んでくれたむけ。
そういう感じで夏祭りを楽しんでいた俺だが、綺麗な場所で2人で花火を見たいと思い、祭りの会場の近くにある見晴らしのいい高台を下見していたから彼女をそこまで連れて行った。
高台に着いてからは花火が打ち上がるまで2人で他愛もない話をしていた。間違いなくいい雰囲気だと思っていた。
そして川井は俺に、
「好きだよ、高宮くん」
と囁いた。
一瞬聞き間違いだとも思ったが、俺が聞き返す間もなく、
「高宮くんの方はどう思ってる?」
と聞いてきた。答えは決まっていた。
「俺も、ずっと好きでした」
と言った。
「付き合おうよ、高宮くん」
「はい、僕でよければ」
これほど嬉しい瞬間はなかった。
が、その感情も一瞬にして崩れる。
「あは、やっぱ高宮くん、人に騙されやすいんだね」
唐突に川井から言われたその言葉の意味が分からなかった。
どういうことだ、と考える間もなく、後ろから声が聞こえてくる。
「おう高宮」
「え、武田先輩…?」
そこにいたのは同じサッカー部の先輩、武田吉貴だった。
はっきり言ってこの先輩とは関わりたく無いと思っていた。
「どういうことなんですか、これ」
「悪りぃな高宮。こいつ、俺の彼女なんだわ」
「え?」
聞き間違いであってほしかった。一瞬頭の中が真っ白になったが、怒りが込み上げてくるのも一瞬だった。
「川井さん、彼氏いるのに何で俺が夏祭りに誘った時に断らなかったんだよ」
「ごめんごめん、だってさ、不特定多数の異性から好かれるって気分がいいと思わない?」
川井の本性は、自分が周りからチヤホヤされるのが嬉しくて猫を被っているだけのクズだったのだ。
「気分がいいって…ふざけてるの?」
俺がそういうと武田先輩が、まるで何か悪いことを企んでいるかのような顔をしながらこっちに近づいてきた。
「高宮ぁ。お前さっきから生意気な態度取ってんじゃねえぞ?」
武田先輩はそう言うと、胸ぐらを掴んできた。
武田先輩は身長が高く、ガタイが良い。生まれつき恵まれた体格なんだろうけど、休日はジムに行って体を鍛えていると聞いたことがある。もし喧嘩になってしまえば間違いなく俺は負けるだろう。
何も言い返せない自分が情けなかった。
「お前が遥みたいな美人に遊んでもらっただけ感謝しとけよ。なあ?」
そう吐き捨て、胸ぐらを掴んでいた手を突き放した。
武田先輩が少し怖かったが、やはり俺は納得がいかず、川井に質問をぶつける。
「俺が川井のこと好きだって知ってて、わざわざこんなことしたのかよ」
「言ったでしょ?私はね、沢山の人間にチヤホヤされることが好きなの。高宮くんなんて遊びに過ぎないよ」
呆れた。自分が好きになった女は人を平気で誑かすのが趣味な女だった。
「武田先輩は、自分の彼女がこんな事をしておいて何で怒りもしないんですか」
「そりゃあ面白そうだからに決まってるだろ」
なるほど、こいつらはクズ同士お似合いだ。特に俺に恨みがあるわけでもなく、ただ弄ばれただけ。怒りも湧かなくなった。
そこで川井は俺に追い討ちでもかけるかのように、
「そうそう、高宮くんがバカみたいにりんご飴買ってた時、うちら我慢できなくて会いに行ったからね」
と言ってきた。
今度は武田先輩が、
「じゃあな高宮、俺らはこれからデートするからよ。あと俺らのした事をバラそうとしたら、2度と喋らないようにしてやるから大人しくしてろよ」
と言い、高台から去って行った。
それからの記憶はない。家に帰るまで頭の中は真っ白だったからだ。
だが、洗面台に映った自分の顔は、あまりにも酷い顔をしていた。自分が思っているよりも悔しい思いをしたんだと思い、喉まで突っかかっていたものを一気に吐き出してしまった。
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