第3話 過去のトラウマ ①
新学期2日目、すでに学校へ向かうことが億劫になっていた。
初日から、校内でも美少女と名高い橋岡に話しかけられた俺は、女子が苦手な上に男子達からの目線の心地悪さに耐えきれず、強引にその場を去った。
隣の席である彼女とは嫌でも顔を合わせることになるだろう。昨日のことで何か言われたらどう返せばいいのやら。
そんな事を考えながら高校の最寄りである駅のホームを出た時、後ろから「高宮くん!」という声が聞こえてきた。
「……橋岡さんですよね」
「うん。駅で見かけたから話しかけちゃった」
「何か、用ですか」
「昨日さ、高宮くんが逃げるように帰っちゃったから、もし私が何かしちゃったなら謝ろうかなって」
どうやら彼女にあらぬ誤解をさせてしまっているみたいだ。これはいけない。
「別に逃げてはいないですよ」
「じゃあ急いでたとか?」
下手に誤魔化すのも心地悪いから、正直に言っておこう。
「絶対に、笑いませんか?」
「うん、君が真剣な顔をしてるのに笑うわけないよ」
彼女もこう言ってくれている。真剣な顔、とは言ったものの俺はただ俯いているだけだ。正直に伝えるということは、喉が詰まりそうなほど胸が苦しくなるものだ。けれど俺は、勇気を振り絞って声に出した。
「昔色々あって、女性が苦手なんです」
よし、なんとか言えた。
「そっか」
その一言だけ返ってきた。
今まで女性が苦手と言えば『コミュ障の言い訳だ』だの『自分に自信を持てないなんて可哀想』だの言われてきたから、正直笑われるのではないかと思っていた。
だが、恐る恐る顔を見上げ、彼女の顔を覗くと、クスリと笑うどころか物凄く考え込んでいるような顔をしていた。
(………気まずいな)
高校ももうすぐで着く。さっさと立ち去ろうと思った時、彼女は俺にこう言った。
「じゃあさ、私なんかで良ければだけど、昼休憩の時に私に何でも相談してよ」
「昼休憩、ですか」
「うん。これから屋上で一緒にお昼食べようよ」
ん?なぜそうなるんだ?
「私もさ、過去に色々あって男子はちょっと苦手なの。だから高宮くんと私はちょっと似てる部分があると思ったんだ」
橋岡さんが似てる?俺と?
確かに橋岡さんほど人気があれば何かしらのトラブルが起こらないとは言い切れないのか。考えすぎかもしれないが。
にしても屋上か。屋上に対してはあまりいい思い出がないからあまり気乗りではないが…橋岡さんの目を見ればわかる。嘘はついていない。彼女もきっと真剣に違いない。
「多分さ、そういう話って辛いからあまり言い出せないと思うんだ」
その通りだ。あの日のトラウマを忘れたことは一度もない。あんなことさえなければ、俺はもっと伸び伸びと学生生活を送れたに違いない。
「だから私のこと信用してほしい。私になら嫌なこと全部何でも吐き出していいんだよ?」
この言葉を聞いて俺は思った。彼女なら信頼してみてもいいのかもしれない。男子から心地の悪い目線を向けられたところでなんだって言うんだ。俺には西山がいる。1人でも2人でも信用のおける人間がいればいいじゃないか。
「わかりました。じゃあ、昼に屋上でいいんですよね?」
「うん、待ってるね」
俺も一歩進まなければならないのだろう。正直まだ拭えない不安はあるが、いつまでも踏みとどまっているままじゃ仕方がない。
「じゃあまたあとでね、橋岡さん」
「うん」
(にしても橋岡さん、いざ近くで見ると…)
そういえば昨日もそうだ。橋岡を見て、少し胸が高鳴ってしまっている自分がいた。
あいつも男子が苦手ということは、今まで無理して明るく振る舞っていたのだろうか。だとしたら俺は橋岡凛という人間を誤解していたのかもしれない。
せっかく俺は自立できるようになるためにわざわざ一人暮らしまで始めたんだ。橋岡に過去のトラウマを打ち明けることがどれだけ小さな一歩だとしても、その一歩は後で必ず大きな一歩に変わるはずだ。
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