第2話 橋岡凛の苦悩
私は多分、モテる方だと思う。
高校入学以来、多数の男子から告白を受けてきた。けれど、その告白を受け入れたことは一度もない。
自分自身、可愛くなるために努力はしてきたし、できるだけ明るく振る舞うようにしてきた。
だが、日頃から聞こえてくる私に対する声は、
『可愛いから付き合いたい』『あの容姿なら運動神経もいいだろうし勉強もできるんだろう』『橋岡が彼女になれば自分のブランドも上がる』といった感じの、軽薄な評価ばかり。
顔がいいから他のことも完璧なんて、そんなわけがないのに。自分は苦手なものが沢山あったから、その分頑張ってきたはずだ。
容姿以外のことに関しては根拠のない評価を適当にされるだけ。
1年生の時に先輩から告白されたが、その先輩が何人もの女を誑たぶらかして、家に連れ込んでは襲っているなんて噂を聞いていたから、断った。私が告白を断った瞬間、先輩は私を抑えつけ、殴ろうとした。
幸にも先生方が止めてくれたからいいものの、少しだけ男子に抵抗を感じるようになった。先輩は「お前なんか顔以外に取り柄のないビッチだろ。どうせその顔でパパ活とかしてんじゃねーのか」と、根拠のないことまで言われ、ショックを受けた。
「あーあ、何でみんな顔ばっかり見るんだろう」
朝起きて開口一番に不満を呟いた。
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新しいクラスでの自己紹介。私の番だ。
「橋岡凛です。食べ歩きが好きで、最近自分でも料理の練習をしています。みんなと仲良くなりたいと思っているのでよろしくお願いします!」
私が自己紹介を始めると、周りの男子の視線が私に集まり、男子達はざわつき始めた。
(男子とはあまり関わりたくないな…)
その思いが覆ったのは一瞬のことだった。
隣に座っている男子だけ、私に見向きもせず単語帳をずっと眺めていた。高宮くんだ。
単純に私に興味がないだけなのかもしれない。自分が自意識過剰なだけかもしれない。けれど、こうも明らかに自分に対して興味なさそうにしている男子を見るのは初めてだった。
休み時間のことだ。友人とトイレに向かっている時、その高宮くんが、同じクラスの西山くんと廊下で話しているところを偶然見かけた。
「なあ太陽。橋岡が自己紹介した時、ほとんどの男子が橋岡に見惚れてたのに、何でお前はずっと単語帳なんか見てたんだ?」
「別に…あんまし興味ないから」
「ほんと、お前は女子に興味ないんだな」
「容姿だけ見て人間そのものを判断する人間になりたくないだけ。たとえ顔が良くたって性格がアレなら関わりたくないのは当然だろ」
(やっぱりそうだ。高宮くんは人の容姿なんかに興味ないんだ)
心の中でそう思った途端、私は物凄く高宮くんに興味を持ち始めた。彼は中身で人を判断するタイプなんだと。とても嬉しくなった。
帰りのホームルームを終えたから、私は帰ろうとしている高宮くんを呼び止めた。
「ねぇ、高宮くん、だよね?」
「えっと、橋岡さん?」
高宮くんは私の苗字を覚えてくれていた。
「苗字覚えてくれてたんだ!嬉しいな」
思わず笑みが溢れてしまった。いけないいけない。
「まぁ、橋岡さん学校で有名っぽいし」
「………そっか」
少しショックを受けてしまった。悪気がないのは分かってる。だけどせめて、隣の席だから覚えてるって言って欲しかったな……なんて言うと、面倒な女だと思われてしまうのでもちろん口には出さない。
「は、橋岡さん?大丈夫?」
いけない、高宮くんは何も悪くないのに、何考えてるんだ自分は。
「あ、ごめん!何でもないよ!」
ただ、高宮くんと話してみて分かったことがいくつかある。
高宮くんは多分、あまり喋ることが得意ではないのかもしれない。そして、表情はどこか自信がなさそう。あまり自己肯定感が高くないのかもしれない。過去にどんな事があったかは今は聞けないけど、なんとなく放っておけない感じがした。
「隣の席だからさ、挨拶しておこうと思って。よろしくね、高宮くん!」
「よろしく、橋岡さん」
よし、仲良くなれそう。
「うん、よろしく!できれば、高宮くんと仲良くなりたいな」
私がそう言うと、なぜか高宮くんが少し険しい表情をし始めた。もしかして私、何か変なこと言っちゃいました……?
そんなことを思っていると、
「そうだね、仲良くしよう」
と言ってくれた。
よし、連絡先を聞くなら今だ。そう思っているのに、こっちも緊張してしまってなかなか次の言葉を言えない。喉に詰まらせてしまった。けど、ここでチャンスを逃してしまったら話しかけた意味が無くなってしまう。そう思い、連絡先を聞こうとするが、
「よかったらさ、連絡先をー」
「ごめん、今日用事あるからまた明日、じゃあね」
ああ、逃げられてしまった。待って、と言ってもすでに高宮くんは帰ってしまった。
もし私が何かしてしまっていたのなら、明日謝ろう。明日こそ、高宮くんと仲良くなりたい。私はそう思い、教室を出た。
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