第6話 先島異変

西暦2024(令和6)年4月25日 日本国沖縄県先島諸島 与那国島


 その夜、海は珍しく凪いでいた。日本国の住民が存在する地域としては最西端に位置する与那国島には、陸上自衛隊の警戒レーダー基地が置かれている。尖閣諸島危機以降、東シナ海に面した地域の沿岸監視を主任務とする西部方面情報隊は増強を進め、与那国島と石垣島には新型の警戒レーダーを有する沿岸監視部隊を配置。警備隊の戦力も増強し、十分な対処能力を確保していた。


「ん…?」


 レーダーから得られる情報を知る監視所にて、隊員の一人が疑心を含んだ声を漏らし、同僚は首を傾げる。


「どうした?」


「いや、レーダーに微弱な反応が―」


 そう呟いた直後、外より爆発音が響く。その音がした方向にあるものを、彼らは知っていた。


「か、監視レーダーが…!」


「い、急ぎ市ヶ谷へ報告を送れ!第15師団の全部隊にも通達だ!」


・・・


異変は、石垣島でも起きていた。


「隊長、上空に多数の輸送機が…!」


「まさか、本当に行動に移してくるとはな…」


「総員起こせ、直ちに機密処理を実施!侵攻してきた部隊の規模次第で、対応を決める!那覇の15師司令部にも連絡!」


 命令を受け、隊員達は慌ただしくなる。と直後、外から幾つもの轟音が聞こえ、上空を複数機の戦闘機が通過。駐車場や駐屯地の門に誘導爆弾を投下して去っていく。爆発の火柱と騒音は島内の住民を叩き起こすのに十分な効果をもたらし、その場は騒然となる。


「な、何が起きたんだ…!?」


「あの方向、自衛隊の施設があるところだよな…」


 島民達が不安そうな表情を浮かべる中、輸送機からは次々と装甲車が空中投下され、兵士達とともに石垣空港へパラシュートを用いて降下していく。洋上からも数機の汎用ヘリコプターと4隻程度のエアクッション揚陸艇が展開し、浜辺やその奥地の平野に人員と車両を展開していく。それを阻止する事の出来る者は皆無だった。


・・・


30分後 東京都首相官邸地下


 遥か西より伝えられた急報は、千代田区が永田町に衝撃をもたらしていた。


「国籍不明の武装勢力が、台湾と先島諸島に向けて武力侵攻だと…」


『はっ、現時点では正体不明の武装勢力としておりますが、中国の人民解放軍である可能性が一番高いです。すでに与那国島と石垣島には戦車を含む機械化部隊が上陸しており、空挺降下も確認されております。警備隊は規模を確認し、人命を優先して投降したとの事です』


 富川とみかわ統合幕僚長の説明に、川田は驚きを隠せない様子で聞き入る。隣にはみね防衛大臣の姿。


「ともかく、直ちに緊急閣議を実施し、自衛隊には海上警備行動を発令。小笠原諸島沖合にて演習を実施している第1任務群を派遣して下さい」


『はっ…!』


 指示を出した直後、室長から不安そうな表情で見つめられる中、川田は小さく呟く。


「何故だ…何故、この時期に及んで武力侵攻に踏み切ったのだ…?」


 日本の為政者が混乱と動揺に揺れる中、港区元麻布にある中国大使館では、一組の男女が紹興酒を飲み交わしていた。


「此度は我らにとって、非常に良い日となった。破壊工作を仕掛けずともこうして正々堂々と先島を我が物とし、台湾との物理的分断を成した。沖縄でも我らの息がかかった者達が動き出しているが、今となっては用済みにしても構わん。この本州で騒ぐ連中もな」


 在日大使の張楊明チャン・ヤンメイはそう言いながら、ロックで割った紹興酒の入ったグラスを掲げる。対する駐在武官の孫耀華ソン・ヨーファ大校は小さくため息をつく。


「それにしても、よく中南海がこの計画を承認したものです。この時期に戦火を起こすなど相当なリスクであるというのに…」


「首席はどうやら、欲を抑えきる事が出来なくなったらしい。これまで党の中心となって煽ってきた『正しい歴史』の達成と、それに伴う国内状況の改善を、14億の同胞が求めてきているからな。指導者としてこれを成し得る事が出来たならば、初代国家主席にならぶ英雄となろう」


「それに、万が一負けたとしても、実際のところ我らにとって追い風が吹くだけの事。故に今、現政権の基盤を脆くするために、旗振り役を潰す準備を進めている。一方の我らは別個に諜報網を築き上げているからさして問題は無い」


「おや?我が国にとって貴重な協力者であるというのに、切り捨てるのですね。まだ有用な価値があると思いますが…」


「確かに、世論工作には欠かせない戦力ではある。が、連中は少し目立ち過ぎた。すでに大衆の幾分かは分かりやすいぐらいに右傾化を始め、子飼いの左派勢力はスキャンダルによる自滅を始めている。遅かれ早かれ、国家戦略の面から用済みとなるのは避けられまいよ」


 なればこそ、『戦後の政争』に向けて、相手に気取られる事無く布石を仕込んでおくことが必要となる。今は日本に痛打を与える事で意志を統一させているものの、同時に目的を達した後の新たな目的も円滑に行える様にしていく必要があった。


「北隣が引き際を間違えて悲惨な事になったのだ。どっちに転んでもよい様にやっていこう」



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