第4話 嵐の中で

西暦2023(令和5)年8月11日 小笠原諸島沖合


 この日、海上自衛隊第31任務群は曇天の下、暴風と高波を突き破る様に西へと進んでいた。衝突のリスクを回避するべく緩く崩した輪形陣の中心で、「ほうしょう」は全長273メートルの巨体で波を踏み潰し、13500平方メートルの広大な飛行甲板を雨水と海水で濡らす。


「庫内の防水は徹底しろ!〈ライトニングⅡ〉よりかは安いが、1機90億円もする艦載機を12機も積んでんだ!ロックも確認しろよ!」


 シャッターで閉じられた格納庫内に、航空隊長の怒号が響く。「ほうしょう」の格納庫は飛行甲板に比して狭いが、それでもFA-18J〈スーパーホーネット〉戦闘攻撃機を6機、E-2D〈ホークアイ〉早期警戒機を1機、〈SH-60K〉対潜哨戒ヘリコプターを4機の軽20機を格納する事が出来る。残る18機の〈スーパーホーネット〉と1機の〈E-2D〉は遥か上空へ退避させ、〈SH-60K〉10機はミサイル護衛艦や補給艦に分散して移動させている。


「にしても、わざわざ台風のど真ん中を突っ走って行こうとは、無茶を求めましたね」


 「ほうしょう」の戦闘指揮所CICにおいて、艦長を務める今津いまづ一等海佐の言葉に、高野は鼻を鳴らす。


「航空隊の殆どは空自から転属してきた者達だ。米海軍航空隊で教習を受けたと言っても、ここまでの荒波は耐えた事が無い。今後海上自衛隊は、アメリカやその他の同盟諸国とともに、世界平和のために七つの海へ赴く事が求められる。その時に安定したパワープレゼンスが成し得る様に、全ての困難を乗り越える事が出来る様にしていかねばならん」


 実際、尖閣諸島危機以前より、中国やロシア、そしてムレア帝国といった太平洋上の国々の軍拡、中東における政情不安に対し、国際社会は全世界で手を取り合って問題に対処する事を望んでいた。海上自衛隊も、海賊対処のためにアラビア海へ出向いたり、オーストラリアやインドと演習を行うなどの行動を進めていた。


「まぁ、我が国はこの程度の嵐で弱音を吐いていられないからな。台風を潜り抜けた後は艦載機回収地点で演習を再開させる」


・・・


西暦2023年8月27日 バシー海峡


 日本の第31任務群が台風を突っ切る形で西進した16日後、中国海軍の空母機動部隊もまた、嵐に揉まれていた。


「貴様ら、気を引き締めろよ!我ら人民解放海軍の勇敢なる戦士は、長征を成し遂げた偉大なる指導者毛沢東とその同志達の如く、如何なる困難にも立ち向かっていかねばならぬのだ!」


 空母「福建」の戦闘指揮所CICにて、政治委員の劉大校は口角泡を飛ばす勢いで怒鳴る。隣に立つ艦隊指揮官のコウ少将は苦笑を漏らす。


「全く、政治委員らしい扇動の仕方だ。とはいえ、それぐらいの気概で攻めていかなければ、我が艦隊はまともに戦いにすら赴けないからな」


 一人っ子政策の弊害は大きく、軍人としての矜持をまともに持てぬ者ばかりとなってしまった状況は目を覆いたくなる酷さがあった。その嘆きを張も、艦長の劉も理解していた。


「まぁ、生半可な奴はそもそもここにいる事は出来ないのですから、心配する程の酷さにはなっていないでしょう。とにかく我らは、日本や美帝アメリカの空母艦隊にも比肩する練度を得ていかなければなりません。この程度の洗礼、苦にしてしまったら、それこそロシアの黒海艦隊以上の笑いものですよ」


 旗艦が呆気ない末路を辿ったり、自身の仕掛けた機雷で自爆する様な国の海軍をなじりつつ、張はCICを出る。外は当然ながら出歩ける状況ではないため、格納庫へ向かう。


 対爆シャッターによりデッキサイド式エレベータに通じる入口が閉じられた格納庫内には、演習に参加する艦載機、〈J-31N〉艦上戦闘機が8機、ロシアのスホイSu-33〈フランカー〉艦上戦闘機のコピー版である〈J-15〉艦上戦闘攻撃機が8機、〈KJ-600〉艦上早期警戒機が1機、〈Z-20〉多目的ヘリコプターが9機の計26機が格納されている。


「…とにかく我らは、より優秀な戦力を磨いていかなければならないのだ」

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