第1話 就役

西暦2021(令和3)年10月12日 日本国神奈川県横浜市磯子区 ジャパン・マリンユナイテッド磯子事業所


 世の中が新型ウィルス感染症の蔓延により新しい生活様式を強いられる最中、横浜市から東京都沿岸部に渡って広がる京浜工業地帯の一角では、1隻の巨大な艦船の建造が進んでいた。


「1か月後には進水式か…随分と早く進んでいるもんだな」


 ドックを見渡せる場所で、技師の一人はそう言いながら、大部分が完成した巨艦を見上げる。かつて全長248メートル、基準排水量19500トンの海上自衛隊最大の護衛艦「いずも」を建造していたこのドックでは、それを遥かに上回る巨大艦の建造が進められていた。


 2015年の『尖閣諸島危機』以降、海上自衛隊はムレア帝国との小笠原諸島を巡る関係性もあり、海軍戦力の増強を基本とした新たな防衛計画、『プロジェクト・ペガソス』を起案。ムレア帝国海軍の増強や中国海軍の近代化に応じる形で戦力整備を進める事となった。


 その計画の中心となるのが、戦後日本初の、固定翼機の運用を主軸とした航空機搭載護衛艦の建造・配備であった。この計画はアメリカ合衆国からの全面的な支援が約束されており、政権交代が果たされた後も、中国の急成長とムレアの反米的姿勢を脅威と見る者達の進言によって継続されていた。


 そして今、この造船所で建造が進むのは、計画の中心たる航空機搭載護衛艦の一番艦であった。対潜哨戒ヘリコプターの複数機運用を主軸に置いたひゅうが型、それの発展型であり、水陸両用作戦における対地支援攻撃機として導入されたAV-8B〈ハリアーⅡ〉戦闘機を運用するいずも型と異なり、アメリカ海軍の正規空母と同様に、カタパルトとアレスティングギアを用いて固定翼機を運用する、CTOL空母として建造が進められていた。


 先ず船体であるが、基準排水量42000トン、全長273メートルといずも型を凌駕するサイズとなっており、右舷側の張り出し部に艦橋構造物とデッキサイド式のエレベータ2基を装備。左舷にはより大きな張り出しを設けてアングルドデッキを設けている。そのため真横から見れば、いずも型の拡大発展型の様に見えるが、真上から見ると大まかなシルエットやカタパルトの配置はフランスの原子力空母「シャルル・ド・ゴール」に近しいものがあった。


 次に空母としての能力を発揮するための装備として、アメリカ海軍にて1番艦が就役したばかりのジェラルド・R・フォード級原子力空母で採用されているEMALS電磁カタパルトとAAG先進着艦制動装置を採用。艦首側に1基、アングルドデッキに1基の計2基を搭載している。カタパルトはフォード級で用いられる94メートルタイプのものを縮小した75メートルタイプであり、サイズは「ド・ゴール」と同サイズとなっている。先進着艦制動装置も12メートル間隔で3本のワイヤが張られた構成であり、艦載機は機体下部のフックで引っ掛け、それに対してウォーター・タービンとモーターを用いてより繊細に制動を掛ける事が出来る様になっている。


 動力にはイギリスで開発された『トレント』ガスタービンと4基のディーゼル発電機、そして4基の大型電動機で構成される統合電気推進方式を採用。電磁カタパルトや先進着艦制動装置に用いられる電力も供給しつつ、いずも型以上の機動力を確保するべく、ディーゼルエンジンにはドイツのMAN社製、モーターにはまや型ミサイル護衛艦で用いられているものを採用。推進機構もいずも型が2軸なのに対し、本艦は4軸推進を導入した。これによってイギリスのクイーン・エリザベス級空母と同様の機関を採用しながら、出力は16万6千馬力と上回っており、速力も33ノットに達する。


 そして肝心の艦載機であるが、開発と配備が始まったばかりのF-35C〈ライトニングⅡ〉艦上戦闘機はいまだに生産数が少ない事もあり、就役直後は三菱重工業がライセンス生産したFA-18E〈スーパーホーネット〉を搭載。同時に〈F-2〉戦闘機の後継機として開発が進められる次期戦闘機の概念を流用した国産艦上戦闘機の開発も開始し、生産は防衛産業への関与を拡大したいスバル社が新規に工場を建設して担う事となっている。


「ともかく、コイツが戦場に出て戦う事になる日が、来ないでほしいのだがな…」


 技師は複雑な胸中を抱きつつ、仕事に取り組むのだった。


・・・


西暦2021年11月12日 小笠原諸島より南に300キロメートル沖合


 海上自衛隊第1輸送隊に属する多機能輸送艦「みうら」は、第1護衛隊群隷下の護衛艦3隻とともに、艦隊行動を取っていた。その遥か南の位置には、数隻の艦影の姿が見える。


「やれやれ…相手さんも観察に必死だねぇ」


 「みうら」の戦闘指揮所CICにて、艦長の九鬼くき一等海佐は呆れ混じりに呟く。それは、ムレア海軍の水上艦部隊である事を九鬼は知っていた。


 冷戦末期の頃、ムレア帝国がまだまともな共和制国家だった頃より、小笠原諸島とその西隣の補陀落ふだらく諸島は防衛の要所として注目されていた。実際太平洋戦争末期には米軍が本土爆撃の重要拠点として攻略戦を仕掛けてきていたし、何より補陀落諸島には豊富な海底油田が存在している。これを防衛するべく陸上自衛隊南部方面隊が設置されているのだが、増援を効果的に送り込む手段はどうしても必要だった。


 そこで3年前の西暦2018(平成30)年に就役したのが、多機能輸送艦「みうら」であった。全長250メートル、基準排水量24000トンに達する強襲揚陸艦である本艦は、おおすみ型輸送艦と共に行動する事を前提に設計されており、2隻のLCACエルキャックエアクッション式揚陸艇を用いて1個普通科連隊を輸送・揚陸する能力を持つ。現在は2番艦の建造も進んでおり、水陸両用作戦において高い能力を発揮できると見込まれていた。


 だが、離島における防衛戦とは、陸戦部隊の上陸を阻止する事こそが必勝の条件となる。よって本心としては揚陸艦よりも護衛艦の増数に注力してほしいところなのだが、中国やムレアは水陸両用作戦によって離島を占領するための戦力拡充が著しく、海上自衛隊は同様の戦力を持つ事を強いられていた。


「こちらは今、離島を守るための訓練で忙しいんだ。適当に放置しても大して問題とはならない筈なんだがね…」


 九鬼はそうぼやきつつ、艦長としての使命を果たすのだった。


・・・


西暦2022(令和4)年12月27日 神奈川県横須賀市 海上自衛隊横須賀基地


 進水から凡そ1年後、巨艦は横須賀市の海上自衛隊基地に錨を降ろし、2千人程度の関係者を集めて就役式典を執り行っていた。


「去る2015年の尖閣諸島危機以降、我が国は常に、近海における領土・主権を巡る緊張と対峙している。そして此度は、米政府からの支援もあって新たな護衛艦の就役に至った。日本近海の危機に対する新たな抑止力として、この「ほうしょう」が遺憾なく存在感を発揮できる事を心から願う」


 こうして、航空機搭載護衛艦「ほうしょう」は、海上自衛隊初の正規空母として、生誕の時を迎えたのである。

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