終章『魔術師狩りの牡丹』
魔術師狩りの牡丹
後日談。例の戦いが終わった後、若宮と明智はお供え物をもって、地元の寺に向かっていた。事件に巻き込まれた一ノ瀬渚と斎加喜晴にお線香をあげるためだ。僅か一六歳にして亡くなった二人は悲劇のカップルとして世間の注目を浴び、学内のみならず全国各地から弔いの手紙や供物が相次いでいた。
「……京介」
「ん?」
「昨日の夜な、一ノ瀬さんのお母さんから電話がかかってきたんや。たぶん、二回目。一回目は怖くて、途中で切ってもうたから」
若宮は神妙な面持ちでそう語る。歩道は街中と違って広く、寺に近づくにつれて涼しくなる。
「最初は罵倒されると思ったんや。それでも、全部受け止めてやると思って電話に出たんやけど……」
「けど?」
「出てきたんは感謝の言葉やった。信じられんかったで。しかもうちが魔術師ってこと、向こうは知ってたみたいや。一ノ瀬さんは学校での出来事とかすごくお母さんに喋る子やったらしい。お母さんはうちに良い印象持ってたみたいやけど、──うち、感謝されることなんて一つもしてません。むしろ、約束も渚ちゃんも守れんで、ほんまに謝っても謝りきれません────電話越しに土下座したわ。けど、お母さんは上品に笑って言ったんや。──そんな風に思ってくれる友達がいるなんて、渚は幸せ者です──って」
話しているうちに、二人は寺の前までたどり着いた。若宮は立ち止まると、寺を眺めながら言った。
「うち、一ノ瀬さんと一緒に生きていくことはできひんかもしれんけど、きっと、思い出とか、後悔とか、そういうものを携えて生きていくことはできると思う。というか、それが宿命や」
「……難儀だな。ま、他人がとやかく言うのも野暮か」
「聞いてくれるだけでも嬉しいで。まぁ、とにかく……懺悔やなくて、うちは一ノ瀬さんに感謝を伝えに来た。それが、うちの寺に来た理由や」
二人は入り口付近で掃除をしていた住職に挨拶をしてから、独特のにおいがする廊下を歩いて行った。もちろん、事件は解決していない。斎加喜晴の死体はいまだ回収できていないし、冷泉院も恐らくは次なる手を打ってくる。しかし、事件の実行犯二人を殺害し、冷泉院の中枢に打撃を与えたと同時に、おまけに実行犯から彼らの情報も引き出すことができた。これからの行動抑制に向けて、大きな一歩になったと言える。
「……」
二人は仏壇の前でお線香をあげた後、パンパンと手をたたき、頭を下げ、再び手を合わせた。仏壇には斎加喜晴と一ノ瀬渚の遺影、溢れんばかりのお供え物がある。しばらくしてから明智が顔を上げてもなお、若宮は二人、特に一ノ瀬の仏壇に向かって、手を合わせ続けていた。明智はその横顔を眺めて、相当な覚悟であったのかと思うのと同時に、こいつは黙っていればかわいい奴なんだな、だとか、そういう不謹慎なことも頭によぎった。
「……よし。行こ」
若宮は顔を上げると、荷物を持って立ち上がった。「もういいのか?」と明智が訊けば、「うん」と首を縦に振る。
「まだ事件は解決してへん。事件の首謀者──冷泉院をどうにかせなあかん。足踏みしてばかりもいられんで」
「そうだな。緑髪の魔術師も結託してる科学者がどうとか言ってたし、斎加喜晴の死体もどう悪用されるかわかったもんじゃねえ」
二人は住職に挨拶して寺を出ると、そのまま日差しの照り付ける坂を一緒に下った。東京だからすべての場所が都会かと言うとそうでもなく、のどかな河川敷やたまにあるゴミ屋敷、スズメと一緒に歩く坂道とか、そういう場所でしか感じられないおいしい空気もある。若宮にとっては正直なところ、家族に魔術師の自分を否定され、ずっと迫害されていた大阪よりも居心地がいいのが事実である。
「今回のことではっきりしたな、京介」
「……何がだ」
「うちらの絆は口のうまい奴とか、テロリスト如きには到底引き裂けんってことや。そして」
若宮は口元をキュッと結ぶと、一ノ瀬のことを一旦頭の隅において置き、明智の目を見つめて言った。
「織本大河は信用できひん、ということ」
「……!」
若宮ははっきりと言い切った。明智は自分の恩人をそういう風に言われて、思わず擁護する。
「どうしてだよ。大河さんは冷泉院を憎んでるし、今回の事件解決にも協力してくれただろ。それに、満身創痍のお前にも手を出さなかったじゃねえか」
「たしかに、共通の敵を持ってるって部分には同意する。うちにも敵意を示さんかった。けど……」
若宮は言いにくそうに口をつぐんでから、眉をひそめて言った。
「織本さんがうちらの味方ってのは嘘や。昨日で確信した。あの人は何考えてるかわからんのと同時に、うちにも京介にも実はほとんど手助けしてへん。四宮から情報を引き出そうとしてくれたのは感謝してるけど……一瞬でも四宮に言いくるめられそうになったあんたに、ほとんど助け舟出さなかったらしいやん。そしてあんたの助言にも耳を貸さず、足元をすくわれかけてる。実は本気で四宮を止めようなんて考えてなかったんちゃうか。そうとしか思えん。はっきり言ってあの魔力量は異常や。味方にしたらさぞ心強いやろう。京介の言う通り、初めて会った時、うちのことも殺そうと思えば一瞬で殺せたはず。けど……やっぱり信用できひんのよ」
「牡丹……」
明智は唇をかみながら、あの人を擁護する材料を必死に探した。けれど、見つからなかった。たしかに、あの人は自分を助けようとしなかった。最後まで本気を出し渋り、四宮を異空間から解放してしまった。
「あの人が冷泉院に恨みを抱いてるのは間違いないと思うわ。でも……たぶん、将来的にうちらの敵になる。これはうまく理由が説明できひん。けどわかってほしい。うちの言いたいこと……」
若宮は苦しそうにそう言い切ると、そのまま黙り込んだ。明智が大切に思っていることを承知の上で、若宮はそれでも織本を否定した。
「なんとなく、わかるが──」
「うん、なんとなくでええよ。あと、もう一つ言わせて。西城凛音を殺したのはうち、四宮佑月を殺したのもうち。そして、一ノ瀬さんと斎加喜晴が殺されたのを偶然でもいち早く報告して、気がおかしくなったうちに家で待機するように言って、守ってくれたのはあんたや。人間、言葉で信じてとか言っても意味ない。行動がすべて。織本さんに恩を感じてるのはわかる。けど、それ以上にうちらを信じてほしい。お願い──」
まるで自分にすがるように、純真な瞳で自分を見つめてくる魔術師狩りに対して、なんて感情表現の豊かな奴なんだと思ったし、自分の『兄ちゃん』に対してなんてことを言いやがるんだとも思ったけれど、それも自分と若宮牡丹の絆に比べればちっぽけなことかと、明智はそう納得したのである。
「話変わるけどよ、牡丹」
「ん?」
「俺、実はまったく勉強とか、模試の対策とかしなくなったんだ。おかげで点数が散々だぜ」
「なんでや、あんなに勉強してたやろ……?」
若宮が不思議そうにそう聞くと、明智はふっと笑って、右手を小さく前に出した。すると、雷が空気中を走る──否。それは今までの明智の魔術とは違った。小出しにして、鋭く、何度も空気中を伝わっていく。いわば電撃であった。さすがに一般人に気づかれるとまずいため控えめではあったが、雷撃よりもスムーズに、より手数を多く繰り出せるようになっていた。明智が指をパチンと鳴らすと、そこから電撃が発生し、数十メートル先の空気中で炸裂。何か飛んでいた物体が下に落ちた。若宮は不思議に思い、目を凝らす。黄色と黒の飛翔物体。オオスズメバチだった。昆虫としては規格外のサイズだが、空中を飛んでいる蜂に狙いを定めるのは相当な鍛錬が必要なはずである。ましてや魔術師は、人間サイズの生き物に攻撃を当てられれば十分なのだから。
「夜通し鍛えて、考えた。この馬鹿みたいにカオスな世界で俺に何ができるのか──情けない雷の魔術より少し使い勝手がよくなって、進化したこの電撃がその答えだ」
早く冷泉院をぶっ飛ばしたいところだぜ、と言って明智は笑う。その横顔を見て、若宮の胸が熱くなった。
「俺には勉強なんかよりもっと大事なことがあるって思ったんだ。そして、俺と牡丹の絆なんて言うまでもない。あとはもっとお前の力になれるように鍛えないと、って感じで……」
「……京介~!」
「がはッ……おい、なんだよ!」
若宮は思い切り京介の背中を思い切りたたくと、ご機嫌そうにスキップし始めた。死んだ蜂の手前で少しリズムを崩しそうになりながら、明智の方に振り返る。
「大好き」
「何が………………は?」
明智が反射的に突っ込みを入れようしたところで、一瞬、真顔に戻った。ちょっと待て、こいつ今何を──
大好き、って言ったよな?
「魔術のことだよな。うん。牡丹、魔術師は嫌いでも魔術は好きだもんな。そう、だよな……?」
「いや、違う。あんた。うちはあんたが大好き」
若宮はそう言い放つ。明智は得意げに電撃をビリビリと掌の上に走らせているところだったが、思わず動揺で加減と狙いを見誤って、不幸にも自分の胴体に電撃を放ってしまう。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」
「京介⁉」
若宮が急いで駆けつけるのもつかの間、身体中を電撃が走り、明智は雄たけびを上げた。さながらスズメバチの巣に特攻し、怒った蜂たちにめった刺しにされる愚かな人間のようであった。
ともあれ、進化した魔術の最初の犠牲者が蜂で、その次が魔術を使用している自分自身だというのはコメディとしてもイマイチでばかばかしいと思ったけれど、唐突に告白してきた魔術師狩りが隣で楽しそうにしているし、何なら腹を抱えてまで大爆笑しているので、まぁたまにはこいつの犠牲になるのも悪かねえなと思ったり、思わなかったりした。
《魔術師狩りの牡丹 完》
魔術師狩りの牡丹 若宮 @Wakamita-Hajime
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます