第50話 超えるには何か
―バティル視点―
目の前で人間が振り回されている。
鈍い音を響かせて、気持ちが悪くなる打楽器の音が耳に残る。
「このっ……離せぇぇ!!」
突き飛ばされて倒れていた身体を起こし、目の前の子分たちを力技で振り払う。足を噛まれたが、そんなのは今、気にする事じゃない。
「おらぁ!!!」
アレックスが俺の横を通り過ぎて剣を突き刺す。
「バティルはレイナを離してくれ!」
「分かった!」
アレックスの言いたい事は「ヘイトは俺が引き受けるから、レイナと一時離脱しろ」と言いたいのだろう。
俺は気絶して力が抜けている状態のレイナを掴み、ボスの口を斬って引き剥がす。
レイナの綺麗な顔には大きな打撲痕や切り傷があり、その傷は俺を庇ったからだという事実に胸が痛くなる。あの瞬間、もっと周囲を警戒できていればこういう結果にはならなかった。俺の未熟さが生んだ結果だ。
気絶したレイナを担いで距離を取る。
そこで今まで静観していたエルザが顔を出し、レイナの状態を見る。
「すいません。レイナを見ててくれませんか……?」
「……分かった。」
少し残念そうな顔をしているエルザを見て、本当はエルザ抜きでクエストをクリアして欲しかったという考えがあったのだろう。
しかし、そうも言ってられない。
アレックスだけでも何とかはなるはずだが、1人でやらせる訳にはいかない。かと言ってレイナをここに1人で置いておく訳にもいかないのだ。互いの命を掛けた戦いだからこそ、使える手札はなるべく使う。
それをエルザも分かっているだろう。だから残念な顔をしつつも引き受けてくれたのだ。
「―――待っ…て。」
「―――っ!」
レイナをエルザに渡し、アレックスの方へ行こうとした所でレイナが目を覚ます。
「まだ……やれます……!」
レイナの目は生きている。だが、ボロボロの体で言われても説得力が無い。それに俺の所為でそうなってしまったという罪悪感から休んでいて欲しいという思いがある。
「レイナ、庇ってくれてありがとう。後は俺達がやるから、休んでて良いんだ。」
そんな俺に対し、レイナは小さく首を振り、脱臼した自身の左腕に手を伸ばす。
―――ゴキッ!
レイナの手が緑色に発光したと思ったら、鈍い音を響かせて脱臼した肩や腕が元に戻る。レイナはその痛みに苦悶の表情をするが、涙を溜めたまま再び俺達を見る。
「まだやれます……!!」
それを見せられて、誰も止める事は出来なかった。
――――――――――
―レイナ視点―
再び戦場に戻ると、アレックス君がたった1人で健闘していた。
「戻ったぞ!」
「よっしゃ! ……ってレイナ!? 大丈夫なのか!?」
「うん! やれるよ!」
元気に返事をするが、実際は今にも倒れそうな状態だった。
左腕は脱臼を治しただけでズタズタな状態なままだし、頭は脳震盪でクラクラとしていてちゃんと立てているのか不安になる。
バティル君は騙す事が出来たが、恐らくエルザさんにはバレているだろう。
フラついて軸がブレブレな私を、歴戦の猛者であるエルザさんが気が付かない訳が無い。それでも私を送り出してくれたという事は、エルザさんは私の覚悟を汲んでくれたという事なのかも知れない。
「俺達はボスを一気に叩く! レイナは他を処理しちゃってくれ!」
「わかった!」
バティル君達が子分たちをを大分と狩ってくれたお陰で残りは少なくなっている。そして後衛である私が怪我をしているという事で、あまり時間を掛けたくないから2人でボスを叩くと言ってくれているのだろう。
自身に治癒魔法を掛けながら魔法を使って子分たちを狩っていく。
只でさえ全身がズキズキと痛みが走っているのにも関わらず、治癒魔法を使うとより痛みが全身を駆け巡る。脳震盪で平衡感覚が失われている中、細心の注意を払って魔法を放つ。
痛みと平衡感覚の歪み、2つの魔法を同時に扱い、魔法の生成と発射、自分の立ち位置と味方の立ち位置、敵の配置と移動の予測。
目まぐるしく変化する状況に酔いそうになる。
(でも、これがハンターなんだ……。)
おじいちゃんや他のハンターは自身の武勇伝を格好良く語る。
しかし、実際の戦闘はここまで苦しい物なのだ。
自身の命とモンスターの命が交差するこの場所が、ハンターの戦場なんだ。
『ゴールが目の前に居て、ゴールに行くためには通らなきゃいけない道がある。そこはきっと苦しいし、怖い事で一杯だけど、憧れちゃったら仕様が無い。』
『俺は兄貴を超えるハンターになる! なんなら兄貴を超えて、未だ誰も成し遂げてない龍神を討伐する!』
彼らの言葉を思い出す。
彼らはそれぞれの目標があり、その目標のために命を掛けている。
私はなんだ?
『私もハンターになる!………だから今度は、私も隣で戦わせて欲しい!』
これは確かに本心だ。その為に頑張ってきたし、それが目標でここまで来れた。
でも、それじゃあその先は行けなかった。
ここから先は命のやり取りの世界。隣で戦いたいという私の思いは、命を掛けた戦いの世界で打ち砕かれた。体は震え、死への恐怖で動けなくなった。
「クソッ! 何なんだよ……!」
「―――レイナッ!」
子分たちを全員狩る事で、私の役割は一応達成する事が出来た。
しかしそれが気に食わなかったのか、それとも1番弱っているから先に殺そうと思ったのかは分からないが、ボスは攻撃対象を変えて私に向かって走り出す。
平衡感覚が歪んでいる視界に、黒い影が拡大していく。
根性で立っているだけの私に避ける事なんて出来るはずもなく、全身の痛みが未だに残っている身体から、新たな痛みが電気信号で脳に伝わる。
きっとエルザさんなら、今のタイミングでも横から入る事は可能だっただろう。
しかし、入らなかった。
この事から考えるに、エルザさんは私が本当に死ぬというギリギリの所まで手助けしないと判断しているのだろう。
でも、私はそれが嬉しかった。
その行動は、私を1人の人間、1人のハンターとして見てくれていると思えるから。私が師匠と心から呼べるソフィアさんの、前衛を任せられているあのエルザさんに少しでも認めて貰えている。それは遠回しにソフィアさんに認められている様な気がして嬉しかった。
折角、治癒魔法で治していた左腕が再びズタズタになる。
あの時の、私を庇って逃がしてくれたあの時のバティル君も、こんな感じだったのだろうか。こんな痛みを受けてでも私を庇ってくれたと思うと涙が出てくる。……この涙が痛みから生じた物じゃない事を願いたい。
視界はグチャグチャで、もう何がなんだか分からない。
しかし今回は気絶する事なく、目の前でシャドウウルフのボスがいる事くらいは分かる。
なので、私は魔法を発動する。
杖はどこに行ったのか分からないので右腕に魔力を溜める。
シャドウウルフのボスはこのメンバーの中で私を標的にした。
その心は分からない。
何を思って私を真っ先に殺しに来たかはボスにしか分からない事だが、もし、私がビビっていたから、殺しやすいからという理由で向かってきたのであれば、舐められた物だ。
――――――――――
『おじいちゃんは何でハンターになったの?』
『おじいちゃんが若かった頃のこの村はな〜、ハンターがそこまで居なかったんだよ。』
『だから、おじいちゃんがなったんだね!』
『まあ、そうなんだけど……本当はやりたくなかったんだ。だけど村の中で1番力持ちだからって理由で無理やりやらされてね。』
『そうなの!? でもそこから活躍していったんでしょ!』
『いや、初めの頃は全然狩れなくて、無能扱いだったよ……。』
『そうなの……?』
『……うん。モンスターと対峙するとどうしても怖くて逃げ出しちゃってた。』
『………。』
『でも、そんな中で逃げられない事件が起こってね。村のすぐそこの距離に大型モンスターが現れたんだ。』
『そこで真っ先に立ち向かったんだね!』
『いや、僕は最後まで村に隠れてた………。』
『…………………。』
『他のハンターが次々に倒されていく中、最後に残ったのが僕だった。僕じゃ無理だって言ってたんだけど、村の人から「時間ぐらい稼げ」って言われてモンスターの前に引っ張り出されたんだ。』
『…………………………。』
『本当に怖かったよ。今までこんなレベルのモンスターと対峙したこと無いし、確実に死ぬと思った。』
『…………………………………。』
『でもその時、モンスターに対峙する前におばあちゃん、当時はまだ結婚してなかったんだけど、おばあちゃんに『村を守れるのは、あなたしか居ない』って言われたんだよ。当時から好きだったおばあちゃんにそう言われちゃったら、戦わない訳にはいかないよね。』
『怖かったのに……?』
『うん。怖かったけど、愛する人がいるこの村を失う訳にはいかないと思ったら、自然と身体が動いたんだ。いつもは逃げ回っていたけど、その時は逃げなかった。』
『それが1回目の英雄譚だね!』
『そう。それから何度かモンスターが村を襲う事があったけど、その度に僕が退けて行ったんだ。』
『すごい、すごい!!! ……でも何でそれ以降も戦えるようになったの?』
『それは、皆を守りたいと思ったからかなぁ……。』
『守る……?』
『うん。正直、自分の身の安全を考えるなら、あんな危険な場所に行かない方が良いに決まってるよね。まあ、自分から行っちゃう人がハンターになる世界なんだけど………。』
『………。』
『僕は自分の為に戦えなかった。自分の事を考えて、自分が痛い目に合わない為に逃げ回ってた。……でも、他人の事を思えたら戦えた。皆の悲しむ顔が見たくないと思えたから、モンスターの前に立てた。』
『―――っ!』
『戦う理由は人それぞれだけど、僕は皆を守りたいからって言う理由だね。』
『すごい! いつか私もおじいちゃんみたいにハンターになる!』
『犬が怖くて泣いてたのにぃ〜?』
『な、なるもん! 私もおじいちゃんみたいに『皆を守る』ハンターになる!』
『はははっ、そうか〜楽しみだね。』
――――――――――
そう、私はおじいちゃんみたいになりたかった。
おじいちゃんみたいに、皆に頼られて、皆に信頼されて、皆が安心している世界を作れる人間になりたかった。
それが、とても美しく思えたから。
そしてバティル君がこの村に来た。一目みた時からカッコいいと思った。一目惚れだった。
彼と森に迷い込んだ。
その時、彼は何の迷いもなくシャドウウルフの前に飛び込んでいた。
『レイナを守らなきゃって思いで一杯だった。』
彼のその言葉は、
彼はおじいちゃんと同じ魂があったのだ。
だから憧れた。
そして彼の側で一緒に戦いたいと思った。
私の誇りであり、憧れであるおじいちゃんの魂がある彼と一緒にいたかった。
彼と一緒にクエストに出た私は、おじいちゃんの言っていた事がようやく分かった。
それ以前は、怖いから逃げ回っていたと言うおじいちゃんの事をバカにしていた所があった。しかし、いざ自分がその戦場に立たされると、怖くて逃げ出したくなる気持ちがとても良く分かる。私はバティル君達が居たから、初めの方はそれなりに戦う事が出来ていたが、もし1人きりだったらと思うと、どうなっていたかは想像に難くない。
実際、ボスがエルザさんの腕を噛んだ事で、心の奥底に閉じ込めていた恐怖が弾け、動けなくなってしまった。
……でも、もうその時の私は居ない。
バティル君とアレックス君が、それぞれの恐怖と覚悟を教えてくれた。誰にも恐怖はあって、それでも前に進む覚悟があれば乗り越えられるのだと教えてくれた。
『焦り』があったから、ここまで成長できた。
だけど、『焦り』だけじゃ壁は超えられない。『焦り』以上の何かにしないとこの先は行けない。
『覚悟』だ。
『覚悟』が必要だった。
この先の景色を見るには、命を掛けるだけの『覚悟』が必要だったんだ。
それは人それぞれ違うものだ。地位、名声、金、後悔、復讐、様々あるだろう。
私はなんだ?
私は―――
『私もハンターになる!・・・だから今度は、私も隣で戦わせて欲しい!』
大事な人に守られるだけじゃない。大事な人を守れる存在になりたい。あの日のように、大事な人を置いて逃げる様な人間にはなりたくない。
『戦う理由は人それぞれだけど、僕は皆を守りたいからって言う理由だね。』
おじいちゃんの言葉を思い出す。
皆を守りたいというカッコいい理由。
綺麗だから憧れた。
それが何なのかを、今の私は分かっていない。
でも、それを知りたいと思った。自慢のおじいちゃんの戦う理由、逃げ回っていたおじいちゃんが立ち向かえる様になった理由を知りたい。
そして、それが掴めそうな気がする。
彼らと戦い、彼らと共に成長できれば、おじいちゃんの結論に行き着く気がする。その為にも―――
『憧れちゃったら仕様が無い。「私はそこを通って来たんだよ」って言われれば、俺も通らずには居られないんだ。』
今なら、バティル君の気持ちが分かる。
答えを見せられた。
そして、その答えに憧れた。
わたしは、その答えに至った理由が知りたい。
言葉ではなく、私の経験でそれを理解したい。
その先は苦しく、死ぬような思いを何度もするだろう。
だけど、その憧れは覚悟に変わる。
覚悟に変われば、後は突き進むだけだ。
『皆を守れるハンターに』
――――――――――
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
右手に溜めた魔法を発動する。発動する魔法は、慣れ親しんだ水の魔法。
しかし、今回の魔法は今までとは違う。
今までは作り出した水を飛ばすだけだったが、今回は作り出した水を圧縮して小さくする。そして、圧縮された水を一方向にだけ開放すると―――
―――シャッ!!!
右手にあった水の球は1本の水柱が立ち、水圧でシャドウウルフのボスの身体を貫通する。
どうやら調整をミスってしまったようで、貫通した穴の大きさは私の頭がスッポリと入ってしまう程の大きさをしていた。そしてミスしたのは大きさだけでなく、頭を狙って放ったはずなのだが、大きく外れて首元から胴へ向けて一直線に穴が空いていた。
平衡感覚が狂った状態で放ってしまったせいで、下手をしたらこの攻撃を味方に当ててしまう所だった。
幸いに、この攻撃の進行方向に居たのはシャドウウルフだけだったようだが、こういった殺傷能力の高い魔法は使わない方が良かった。朦朧とした中だったという事もあり判断をミスってしまった。
「レイナーーー!!」
「うおぉー、すげー!!!」
しかし、そんな私のミスに2人は気にする様子はなく、バティル君は心配そうな声でこちらに向かってきており、そしてアレックス君はバティル君とは対象的に高揚した声で走って来ていた。
「大丈夫か……!」
「隠し玉ヤバすぎだろ!?」
受け身を取る余裕なんて無い私は、シャドウウルフに持ち上げられた身体を尻餅をついて着地し、そんな私にそれぞれの言葉を投げかけてくる。
「おまっ……怪我の心配しろよ!」
「治癒魔法を使えるんだから大丈夫だって。」
「傷が残ったらどうするんだ!」
「それはレイナの腕しだいだろ〜。」
「このやろっ……!」
私を差し置いて2人で取っ組み合いの喧嘩が勃発する。と言っても、本気の殴り合いをしている訳ではないのでスルーしようと思う。
「良くやった。傷は塞げそうか?」
後ろの方で声がする。
見るとエルザさんがいつの間にか後ろに立っていた。
「いえ、このレベルはちょっと……。」
「そうか。じゃあ、急いで村に向かわないとな。―――バティル!」
少し大きな声で名前を呼んだ事で、2人はビクンッと肩を跳ねさせてこちらを向く。何がどうなっているのか分からないが、組み技でアレックス君が苦しそうにしている。
「レイナの荷物を持ってくれ。私はレイナを担ぐ。―――急ごう。」
『はい!』
そうして3人がテキパキ行動する中、私は最後にトドメを刺したボスの遺体を見る。最後はがむしゃらに魔法を放ったので、本当に私がシャドウウルフのボスを倒したのかと疑ってしまう。しかし、ボスの身体の穴は確かに私が放った魔法による物だ。
そして、その牙は未だに月明かりで鋭く光っていた。
その牙によってズタズタにされた左腕は、今も激痛が支配をしていて辛く苦しい。
しかし、それを見ても、もう震える事はなかった。
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