第49話 痛みを知る番だ
―レイナ視点―
朝になって、私はエルザさんにもう一度クエストをやらせて欲しいと直談判した。
エルザさんは私の目を見てから「わかった」と言ってくれた。
そのあと聞いた話なのだが、もし今日までに私がもう一度やると言わなかったら、エルザさんがクエストを終わらせるつもりだったらしい。
「怖がる事は恥じゃないわ、それは生きる為に必要な事。だからコントロールしなさい。その方法はもう分かってるわね。」
「はい!」
太陽は傾き、赤く染まる空の下でソフィアさんが私の肩に手を置いて送り出してくれる。まだ言いたい事があるかのようにしていたが、グッと飲み込んで肩から手を離す。昨日もソフィアさんは顔を出してくれていたようなのだが、私が部屋から出なかった事で会えなかったらしい。
私にはその記憶が無いので悪い事をしてしまったと思い謝ったのだが、ソフィアさんは気にしている様子は無かった。寧ろバティル君達と話して元気になった私を見て「青春ね!」と喜んでいた。
「行ってきます!」
そして再び森に入った。
――――――――――
「ぅおりゃあぁぁ!!!」
森に入って数十分、無事にシャドウウルフの群れを見つけて戦闘が始まっていた。
―――キュンッ!
アレックス君の背後に回ろうとするシャドウウルフを的確に魔法で射撃する。
「ナァイス!!!」
私の魔法を見たアレックス君は声を張り上げて称賛してくれる。
正直、前回の狩りの時から思っていた事なのだが、そこまで声を張り上げ無くても良いんじゃないかと思っていた。声を出すだけで呼吸は荒れるし、その影響で体力も奪われるはずだからだ。
しかし、こうやって声を掛け合う事で連携が上手く言っていると気付かされる。
体力の事などを考えたら黙々とやっていた方が良いだろうが、声を掛け合うことで連携の息が合っていくのを感じる。アレックス君はそこを分かっているから、1番忙しい最前線でも声を出しているのだろう。
「左後方から援軍!」
『了解!』
彼らから見て左後ろにシャドウウルフがこちらに向かってくる。
私の報告で目の前のシャドウウルフを斬り終えたバティル君達は、報告をした方を向いて迎撃する。
覚悟を決めて森に来たが、もしかしたら前回のように怯えて動けなくなる可能性もあった。しかし、今のところ順調に戦闘が出来ている。視野が狭くなること無く、的確にバティル君達のサポートを遂行できていた。
(大丈夫、コントロール出来てる……!……―――ん?)
私から見て正面――バティル君達から見て右の奥――から何かがこちらに向かって来ている。
今までのシャドウウルフよりも大きい気配。
間違いない、ボスだ。
「右奥からボスが来る!」
「了解!」 「おっしゃぁ!!!」
そうすると、私の予測は正しかったようで前回対峙したシャドウウルフのボスが顔を出す。
ボスがこちらを見ると、明らかに怒っていると言わんばかりに眉間にシワを寄せ、喉を鳴らして牙を見せる。前回と違ってボスが顔を出すのが大分早い。それは恐らく、私達が子分たちを減らしたからだろう。
そしてだからこそ、ボスは怒っているのだ。
子分たちを殺られ、それでいてその獲物に逃げられたとなったらボスの面子は丸潰れだ。例えモンスターと言えど知性はそれなりにある。だから面子を潰された獲物の顔くらいは覚えているのだろう。
「ワオォォォォォォォン!!!!!」
怒りの籠もった覇気のある遠吠えが森全体を震わせる。
その遠吠えに呼応して子分たちが動き出すが、同時に私達も動き出す。正面から来る子分はアレックス君が、その少し外を回る子分はバティル君が、そしてそれよりも外を回って背後を取ろうとする子分は私が処理する。
―――ガギィン!!
静観すること無く突っ込んで来たボスをアレックス君が受け止める。
ボスの目は血走っており、出会ってそうそう本気で殺しに来ている。外から様子を見て〜とか、子分たちが獲物の体力を奪ってから〜とかでは無く、おのが爪で、おのが牙で八つ裂きにしてやるという強い意思を感じさせる。
ここからでも、その殺気は感じ取れる。
正直怖い。
でも、以前のように震えて動けないという事はない。
その事で視野も広くなり、私の方へ向かっている子分の存在も知覚出来ている。
「今、援護できない!」
「了解!」
私の方へ向かっている3匹のシャドウウルフを視認し、2人にその事を短く伝える。バティル君はチラリと一瞬こちらに視線を向けて状況を確認する。
(まずは真ん中、その次は右だ……!)
冷静に3匹の内で誰が最初に私に届くかを判断して処理する順番を考える。
一応、近距離でも戦う事は出来るが、後方支援である私が怪我をしてはいけないので、バックステップをして距離を取りながら魔法を発動する。
相手も自分も動いている状況で魔法を当てるというのは難しい。
しかし、今回は距離が近いということもあり難易度は高くない。これが、距離が離れてしまうと
面倒臭がりな人は広範囲に魔法を発動して攻撃を当てる事をしてしまうそうなのだが、それはソフィアさんに成長の妨げになるからと言われキツく禁止されている。
なので、こぶし大の水の弾を作り出して発射させる。
「キャンッ……!」
魔法は無事に着弾し、シャドウウルフは短い悲鳴を残して吹っ飛んでいく。
その吹っ飛んでいったシャドウウルフは他の子分たちとは少し違っていて、若干ほかの子分たちよりも大きかった。そんなのが先頭を切って私の方へ向かって来ていたので早めに処理しようとなったのだが―――
「んなぁ―――!?」
その直後にアレックス君の驚きの声のような、悲鳴のような声が聞こえる。
「―――レイナの方に行った!」
その言葉に反応してアレックス君達のいる方向を見ると、ボスがこちらに向かって急接近していた。
(なんで……!?)
考える暇も無く、得意の瞬足で一気に距離を縮めて接近してくる。
前には2匹の子分たち、左からはボスが私目掛けて突っ込んできていた。
(もっと……距離を取らないと……!!)
チラリとボスを見ると、漆黒の体毛の中に赤い血が滴り落ちているのが見える。あの短い時間の中でも、アレックス君がダメージを与えてくれているようだ。そのおかげで、さっきアレックス君が受け止めた時のようなスピードでは無くなっている。
……が、それでも私にとったら着いて行くのにやっとのスピードだった。
時間にして数秒、数十秒のやり取り。
バティル君達がヘイトを交換してくれるまでの僅かな時間、そんな刹那の時間でも凄まじい攻防が始まった。
初めから怒り狂っていたボスはより激怒し、憤死するのではないかと思えるくらい怒り狂いながら私を追っていた。子分たちや、少し太めな茎のある草なんかを無視して踏み抜いて追っかけてくる。
魔法を生成しようとするが、そんな時間を作る余裕なんて与えないと言わんばかりに爪や牙が私の身体を掠めていく。
『ラントウルスの爪とかシャドウウルフの牙が顔とか首元を通っていった時はヒヤリとするしね。』
バティル君が言っていた事が脳裏を過ぎる。
バティル君は「ヒヤリとする」と表現していたが、私からするとそんな生易しい物ではなかった。武気で身体能力を上げ、後ろにいるボスの挙動なんかを察知して擦れ擦れで避けられているが、耳元で風切り音が過ぎていくのを聞く度に命が擦り減っていく感覚になる。
―――ゴンッ!
寿命が縮む攻防の間にアレックス君が割り込む。
「待たs―――――ぐえっ…!」
横からアレックス君の盾で殴られたボスなのだが、それを無視して私の方へ直進してくる。それによりアレックス君はボスの前脚に吹っ飛ばされ、汚い悲鳴を残して木の幹に激突する。
(何でそんなに私を追うの……!?)
ここまで執拗に追いかけ回される事をした覚えが無い。
(いや、もしかしてあの少し大きかったシャドウウルフに攻撃したから……?)
あの群れの中で大きいという事は、それだけ食事が出来たという事だ。それ即ち、それだけ強かったか、それだけ大事にされていたのかのどちらかなのだろうか。このボスの怒りようを見るに、恐らく後者だろうか。
「クソッ、止まれ……!」
そう言って今度は横からバティル君が剣を振るう。
未だ子分たちがいる中だが、それを無視して傷つきながらもボスに何太刀も入れる。しかし、ボスもアドレナリンが出ているのだろう。ただ一心に私を食い殺そうという意思で突き進んでいる。
それを見たバティル君は機転を利かし、今度はボスの目へ目掛けて剣を振り下ろした。
それに対してボスは反射的に回避行動に移り、私を追っていたのから距離を離して今度はバティル君を睨む。バティル君の剣はギリギリ避けられたようで、瞼の下らへんから赤い血が滲んでいる。
ボスはまず、邪魔をしてくる邪魔者を排除すべくバティル君の方へ走り出す。ヘイトが切り替わって安心した………なんて悠長な事を言っては言われず、私も振り向いて杖を構える。
そしてバティル君もボスに合わせて避けようとするが、
「―――ッ!?」
バティル君が避けようとするタイミングで、まだ処理しきれていないままだった子分が足に噛み付き、重りとなって邪魔をして来た。完全に虚を突かれたバティル君は、一瞬なにが起こったのか分からずフリーズをしてしまっている。
たった一瞬。しかし、その一瞬が戦場において命取りになる。
黒い影が1本の線になる。
『杖を持つ切っ掛けがあるんだろ?』
私は走り出していた。
もう、その足に震えはない。
「バティル君!!!」
バティル君達がボスにダメージを与えてくれていたお陰でギリギリで間に合う。しかし、バティル君を担いで逃げるなんて芸当は出来るはずもなく、左手でバティル君の身体を押してボスの軌道から逃がす。
―――ザクッ!
左腕が黒い影に消える。
そして、その消えたはずの左腕から激痛が神経を伝って脳に流れ込む。
「レイナ……!?」
黒い影の先でバティル君の驚いた声が聞こえてくる。声の様子からしてそこまでの怪我はない様だった。
激痛で悶えそうになるのを我慢して、右手にある杖に魔力を込める。
この至近距離なら確実に大ダメージを与えられると踏んだ私は魔力を練る。しかし、その判断がミスだと気付くのに時間は掛からなかった。
私の身体は、黒い影から私の左腕を起点に「ブチブチブチッ!」と筋繊維が千切れる音と共に持ち上げられる。
その激痛で集中していた魔力は切れ、痛覚に染まっている私の脳は、何故か一旦冷静になり、次に起こることが予測できてしまう。
「ちょっ……待っ―――――」
言い終わる前に視界が一気に加速する。
―――ゴキッ……!
何かにぶつかった感触と共に視界が真っ暗になった。
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