第48話 戦う覚悟

 ―バティル視点―


 レイナとの初のクエストが失敗に終わって朝になった。


 モヤモヤとした気持ちがあってあまり寝る事出来なかったが、いつもの稽古をしないとよりモヤモヤするのでエルザと一緒に木刀を持ったが、歯切れの悪い素振りにしかならなかった。

 そんな俺に対し、エルザは何も言わなかった。

 しばらくするとアレックスも稽古に加わった。どうやらアレックスもいつものルーティーンをしないと気持ち悪いらしく、少し元気がなかったがいつも通りの稽古をこなしていた。


 「もしかしたら案外、レイナも稽古してるかもな!」


 アレックスがそう言っていて、俺も確かにと思い稽古が終わってからソフィアの家に向かったのだが、レイナは顔を出していなかった。

 ソフィアからお茶を勧められたが「気分じゃないから」と断ろうとしたのだが、レイナの魔法の先生として今のレイナをどう思っているのか気になったのでお邪魔する事にした。


 「もしかしたらそうなるかも、とは思ってたわ。」


 「そうだったんですか?」


 「ええ。……バティルみたいにすぐ覚悟決められる方が多くないわよ。レイナはまだ子供だしね。」


 そう言われ、確かにと思った。

 天才と言われ、そう言われるだけの力を持っているレイナでも、中身はまだ子供なのだ。目の前で知っている人である俺が血だらけになったのを見て、トラウマにならない訳が無い。


 「ハンターを辞めても責めないであげて。」


 ソフィアはレイナが辞めるだろうと踏んでいる様子のようだ。

 でも、確かにそう思ってしまう気持ちは分かる気がする。昨日の夜のレイナを見ると、もう戻ってきそうには思えないくらい落ち込んでいた。俺達が何を言っても「うん…うん…」としか返さないのを見て、相当ショックだったのが伺えた。


 「はい……分かってます……。」


――――――――――


 それからソフィアの家を出て、午後の稽古をした後にレイナの家に行こうかとアレックスと話したのだが、なんて声を掛ければ良いのか分からず、明日にしようという事で解散となった。


 空は赤く染まり、そして次第に藍色に変わる。


 エルザは夕食の支度をし始め、テーブルの席に着いていた俺も手伝おうと席を立とうとするが、頭の中のもやもやが「それよりも先にやる事があるんじゃないか」と訴えかけて来る気がした。


 (このままじゃいけない気がする。何を言えば良いか分かんなくても、レイナの側に居るべきなんじゃないのか?)


 俺達はパーティーメンバーだ。

 そのメンバーが落ち込んでいるなら、なんでも良いから側に居るべきだろう。掛ける言葉が思い浮かばなくても、そばに居るだけで変わる気持ちもある。


 「あの、お母さん。……ちょっと、外に出てきても良いですか?」


 そう言うと、エルザはこちらに振り向く。


 「ああ、行って来い……!」


 その顔は「待ってました」と言わんばかりの顔をしていて、怒られるかもと思っていた俺の心はホッとしていた。

 エルザは俺に何も言わなかったが、レイナの所に行くべきだとは思っていたのだろう。だが、俺自身で行くと言って欲しかったのかも知れない。


 「夕飯までは帰って来るんだぞ。」


 「はい……!」


 エルザの許可も得た事だし、急いでレイナの家に向かおうと玄関の扉を開くとゴンッ!という何かにぶつかる音がする。


 「いでぇ!?」


 「うわぁ何!?」


 突然の声に、ビックリ系や心霊系が苦手な俺は飛び上がる。


 「あれ、アレックス……?」


 誰かと思ったら、目の前には痛みで鼻を押さえて体を丸めているアレックスの姿があった。


 「痛ったぁ〜……。」


 「ご、ごめん。」


 「いや、大丈夫!」


 アレックスは丸めていた体を起こし、腰に手を置いて胸を張って元気だと主張する。


 「こんな時間にどうしたの? なんかあった……?」


 もしかしてヤバい事があったのだろうか。アレックスがこんな時間に訪問する事なんて無かったので少し不安が過ぎる。


 「いやさ、今からでもレイナの所に行かないかって言おうと思ってさ。」


 そこでアレックスも俺と同じ事を考えていたのだと知る。俺は急いでレイナの所に行こうとしか考えておらず、アレックスと一緒に行こうという考えが出て来なかった事を考えると、俺の視野の狭さが垣間見える。


 「俺も今、レイナの家に向かおうとしてたんだよ!」


 「あ、そうなの? じゃあ、行こうぜ!」


 偶然のバッティングだったが結果オーライだ。

 俺達はほとんど夕日が消えかけている中、暗い道を歩いた。


――――――――――


 ―レイナ視点―


 目が覚めても現実は変わらなかった。


 私のせいでクエストは失敗し、私は彼らに着いて行くどころか足を引っ張ったのだ。

 そんな現実を受け入れる事が出来ない私はベッドから起き上がる事が出来なかった。心と身体が切り離された感覚になり、身体は機能を停止したかのようにピクリとも動かないのに、思考は止めどなく溢れ出してくる。


 出てくる物は全てネガティブな物ばかりだった。


 失望されただろうかとか、捨てられるんじゃないかとか、なんで私はこんなに弱虫なんだとか。不安と自身への失望がグルグルと循環している。

 どれくらい時間が経ったのか分からないが、お母さんが「バティル君達が来たから下に降りて来て」と言われ、重りでも付いているのかと思うくらい重くなった身体をなんとか運んで玄関に向かう。


 玄関にはバティル君とアレックス君が居た。


 2人に「少し話そう」と言われ、もしかしたら解雇の話でもされるのかと震えたが、そうなってもおかしくはないと思い、2人に従って家を出た。


――――――――――


 「俺さ、この村に来る前は森に居たって言ったでしょ? 記憶が無い状態で森に居てさ、どこに行けば良いか分かんない、何が食えるのかが分かんない、そして水が飲みたくても飲めないみたいな状態でさ。」


 少し歩いた所に開けた空間があり、丁度クッションの様に草が生えている所があったのでそこに3人で並んで座ると、バティル君が自身の過去を語ってくれる。


 「そんで、空腹の限界になってバッタを生で食べたんだ。」


 「マジか!?」


 「マジだよ。それ以降タガが外れて食えそうな物は何でも口に入れてた。芋虫とかトカゲとか、そこら辺の雑草も口に入れて空腹を紛らわしてた。」


 「…………………。」


 この村に来る前にバティル君が森で生活していた事は聞いていたが、ここまで詳細に聞いた事はなかった。大変だったとは言っていたが、ここまでハードだとは思わなかった。


 「そして何とか川を見つけて喜んでたんだけど、その夜にシャドウウルフに襲われるんだ。」


 そう言うバティル君の目は、その時の事を思い出すかのように空へ顔を上げて遠くを見る。


 「……惨敗だったよ。初めて向けられた本気の殺意に身体が震えてさ、死ぬのが本当に怖かった。」


 勇敢なバティル君しか見てこなかったから、「怖かった」とバティル君が言った事に驚きを隠せなかった。


 「意外だった?」


 「う、うん。てっきりそういうのは無いと思ってた……。」


 あの時、シャドウウルフのボスに襲われた時、瞬時の判断でボスに飛び掛かったのを見ていた私には本当に意外に感じた。そういう恐怖が無いから前に出れたのだと思っていたのだ。


 「実際は今もあるよ。ラントウルスの爪とかシャドウウルフの牙が顔とか首元を通っていった時はヒヤリとするしね。」


 凄いと思っていた人物でも恐怖があるという事に少し安心する。


 「レイナと森に入ってシャドウウルフに襲われた時は、レイナを守らなきゃって思いで一杯だった。」


 バティル君のそのセリフが、私からしたら告白の様に感じてしまい顔が赤くなる。……でも、そういう事ではないだろうから1人で盛り上がるのは止めよう。


 「でも、そこで知ったんだ。強くないと生きていけないって。守りたくても力が無いと蹂躙されるだけなんだ。……2回シャドウウルフに殺されかけて悟ったよ。そして、目の前でエルザさんの剣戟を見て身体が震えたよ。俺をボコボコにしたシャドウウルフ達がバッサバッサと斬られていくんだ。それを見た俺は「人間はここまで行けるんだぞ」って言われた気がした。」


 そう言うバティル君の目は輝いていた。まるで憧れの人を見たかの様な瞳をしていた。


 「俺もエルザさんみたいに強くなりたいと思った。……俺は記憶が無いんだけど、何ていうか、後悔だけは残ってたんだ。何にもやって来なかったって言う後悔……。文句ばっかり言って、何もやって来なかったんだっていうモヤモヤした気持ちだけは残ってた。」


 バティル君は空を見上げて話を続ける。


 「そんな中でエルザさんに出会って、その剣を見て、憧れて、いざ自分で剣を振ってみて分かったんだ。エルザさんのあの剣は、並大抵の努力で得たものじゃないって。血の滲む努力で得た実力なんだってすぐに分かった。……そして俺もそうなりたいと思った。何もやって来てなかったからこそ、その努力の結晶が一段と輝いて見えたんだ。」


 バティル君はその輝きを見るかのように、夜空にある月をキラキラとした目で見ている。


 「モンスターは怖いし、稽古は苦しいし、死ぬのは怖い。でも、何もやらずに死ぬ事より怖い物は俺の中には無いんだ。何もやらずに後悔して死ぬより、全力でやりきってから死にたい。ゴールが目の前に居て、ゴールに行くためには通らなきゃいけない道がある。そこはきっと苦しいし、怖い事で一杯だけど、憧れちゃったら仕様が無い。「私はそこを通って来たんだよ」って言われれば、俺も通らずには居られないんだ。」


 これが、バティル君がモンスターと対峙しても剣を振れる理由なのだろう。

 彼が言っていたように、彼にも恐怖はある。

 しかし、彼は憧れの存在に追い付くために、その恐怖を押し殺して剣を振っているのだ。


 「俺は!!!!!」


 そんなバティル君のカミングアウトに感化されてか、アレックス君も口を開く。


 「俺は初めてのクエストで死に掛けて、当時の先生も助けてくんなくて、トラウマで半年間クエストに出れなかった!」


 アレックス君は顔を真っ赤にして続ける。


 「でも、俺の兄貴に「才能が無いからハンターは辞めろ」って何度も言われて、ムカついたから先生に水猿流をめっちゃ教えて貰ったんだ! そんで、怖かったけどモンスターを倒して、「兄貴を超えてやる」って言って家出した!」


 この村に来てからアレックス君とは仲良くなったが、彼の事を聞くのは野暮だと思って聞いては来なかった。でも、彼にそういった過去があるとは思わなかった。彼もまた、恐怖心が無い様な性格をしているように見えていた。


 「俺は兄貴を超えるハンターになる! なんなら兄貴を超えて、未だ誰も成し遂げてない龍神を討伐する! その為に俺もバティルと同じで、怖くても前に出るぜ!」


 アレックス君は顔を赤く染めながら立ち上がり、大きな声で夢を語っていた。


 「え! 俺達、龍神を討伐すんの……!?」


 「そうだ! 俺達で世界を平和にするんだ!」


 「そんなの聞いてないぞ!」


 「今言ったからな!」


 確かに結成祝いの時にアレックス君は「俺達が龍神を討伐する」とは言っていなかった。でも、私はてっきり私達で龍神を討伐するつもりなのだと受け取っていたが、バティル君は違っていたようだ。

 バティル君も立ち上がりアレックス君に抗議するが、フッと冷静になったバティル君は呟く。


 「でも確かに、エルザさんを超えるにはそれが良いのかもなぁ……。」


 「そうだぜ! 師匠みたいになりたいってんなら、むしろ師匠を超えて行こうぜ!」


 「なんか俺もその方が良い気がしてきた!」


 「だろぉ!」


 そう言うと2人は暫くの間盛り上がっていたが、バティル君はこちらに向き直る。


 「まあこんな感じでさ、俺達も恐怖心はあるんだよ。」


 「そうそう。それにレイナも杖を持つ切っ掛けがあるんだろ? だったらきっと、また杖を持てるぜ! 俺達はそれまで待ってるからさ、へこむこと無いぞ!」


 恐怖で震えるのは私だけじゃない。

 彼らだってそうなんだと教えてくれた。

 それを聞いて、自分を責めていたドロドロとした感情が溶けていく感覚になる。

 怖がって良いのだ。それが正常なのだと彼らの話を聞いて思えた。


 「ありがとう。私―――」


 『杖を持つ切っ掛けがあるんだろ?』


 「―――あっ……。」


 アレックス君の言葉で思い出した。

 私がハンターになりたいと思った切っ掛け。


 (そうだ。私は―――)



 『私もおじいちゃんみたいに『   』ハンターになる!』



 そうだ。忘れていた。


 確かにバティル君の隣で戦いたいという思いで杖を握った。けれど、それよりも前にハンターになりたいと言っていたのだ。だから現役であるエルザさんやソフィアさんに憧れていたし、教えて貰いたいと思っていた。


 バティル君達に追い付きたいという『焦り』でここまで成長できた。


 でも、ここからはそうじゃない。


 ここから先は、『覚悟』だ。


 「もう大丈夫。私、ハンターになるよ……!」


 2人と一緒に私も立ち上がる。

 私の覚悟が伝わったのか、バティル君達はお互いの顔を見合わせてから再び私の顔を見る。


 「そっか……!」


 「うおぉぉ! やろうぜ! そんでいつか3人で龍神の討伐だ!」


 アレックス君が私達を両手で抱き締める。


 雑で無理矢理な感じだったが嫌な気持ちは一ミリも無く、私達3人は笑顔で笑っていた。空を見上げると太陽は完全に落ち、月が私達を照らしていた。


 夜空の星は月の光で殆ど見えない。


 その光景はまるで、洞窟の出口の様に輝いて見えた。

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