第47話 トラウマは深く広く
―レイナ視点―
体が揺れる感覚がして目を覚ます。
「あれ………?」
視界には夜の草原と茶色い髪がユラユラと揺れていた。
「あ、起きた。」
茶髪の髪から聞き覚えのある声が聞こえる。
「レイナ! 大丈夫か!?」
そして横から慌てた声でバティル君の声がする。
そちらを振り向くと、バティル君はとても心配そうにこちらを見ている。一体何があったのかが分からず困惑していると、
「急に過呼吸みたいになってビックリしたよ。」
とバティル君が言った事で、忘れていた記憶を取り戻す。
「そうだ! クエスト、クエストはどうなったの……!?」
バティル君達の様子を見るに、どうやら帰宅途中の様だった。辺りは森ではなく草原だし、私をおんぶしてくれているという事は周囲に危険は無いのだろう。
「クエストは……失敗だよ。」
『失敗』という言葉が脳内に響く。
「レイナが目を覚ました事だし、少し休むか。」
視界には映らなかったが、どうやら後ろにエルザさんがいたようだ。失敗したというのに、その声色は怒りや落胆の声では無かったのだが、逆にそれが怖くなるのは何故だろう。
――――――――――
バティル君は荷物を置き、アレックス君は私を慎重に降ろしてくれる。
4人で円を囲み、ようやく全員の顔が見える形になった。
恐る恐る全員の顔を覗くが、全員私を責めるような目をしていなかった。
『なんか、思ってたより使えないね。』
夢で言われた言葉が脳裏をよぎる。
その言葉に心臓は跳ね上がり、額には脂汗がブワッと溢れ出す。
「わ、私まだやれます! ちょっと驚いただけで、次はあんな事にはなりません! なのでお願いします、やらせてください!!」
懇願するようにお願いする。
まさかあの時の悪夢のようになるとは思っていなかった。あの悪夢の続きを忘れるはずもなく、もしかしたらあの続きが始まってしまうのではと思うと泣きそうになる。
「ちょちょちょ、レイナ落ち着いて……!」
前のめりになる私を宥めるように、バティル君は私の肩を抑える。
「いや、一旦帰る。」
エルザさんは私の目を見て冷静に言葉を続ける。
「こういう時は落ち着くべきだ。」
まるで私が落ち着いていないかのような言葉だ。いや、かのようなじゃなく誰が見ても今の私は落ち着いていないだろう。
でも、落ち着いてなど居られない。
只でさえハンターとして遅れを取っているのに、クエストの失敗までしてしまったとなると本当にお荷物じゃないか。……そんなの絶対に嫌だ。
「エルザさん、私は落ち着いています。エルザさんのお陰で落ち着きました。なので、戻りましょう。次は失敗しません……!」
そうアピールしてもエルザさんは首を縦に振ってはくれなかった。
(ダメダメダメ……! 嫌だ、このまま終わりなんて嫌だ……!)
あの時の悪夢が断片的にフラッシュバックし、脳内でぐるぐるとループしだす。
『なんか、思ってたより使えないね。』
『だな〜。魔法の習得が速くても、実戦で使えないんじゃ意味ないぜ。』
『まさか、ここまでとはな。レイナ、お前にハンターは向いてない、諦めた方が良い。』
『時間の無駄だったわ。こんな事なら初めから教えなきゃよかった。』
『じゃあ、俺達は俺達でやっていくから。』
必死になって頑張った。
1日中魔法のことを考えて行動し、毎日魔力不足で気絶する寸前まで魔力を出し切り、死物狂いで魔法を習得していった。
ソフィアさんとも戦った。
尊敬するソフィアさんに楯突いてまで自分の意見を押し通した。今思えば、恐らくあれでもソフィアさんの本気ではなかったと後から気が付いたが、それでも私にからしたら限界の先に行った戦いだった。
それもこれも全部、この日の為だったのに……。
「お願いします……やらせてください……! この日の為に頑張ってきたんです……! もう…置いていかれるのは嫌なんです……!」
頭を下げてお願いした。
心からのお願いだった。しかし―――
「……駄目だ。」
エルザさんは首を振った。
その目は真剣に私の目を見ていた。まるで私を射抜くような鋭い眼光、いや違う、観察と言ったほうが適切だろう。私の挙動や思考までも観察されている様な、全てを見透かされている様な感覚になる。
そんなエルザさんの眼光に怯みそうになるが、反撃の手立てはまだある。
エルザさんの目から逃げるように、隣にいるバティル君に視線を動かして言う。
「私、全然やれるよ! ちょっとミスしちゃったけど、ほら、魔力だって全然残ってるし――――」
大袈裟に体を動かして魔法を見せるが、バティル君の顔は暗いままだった。
「レイナ……。」
「援護もだいぶ良かったでしょ? まだ一回もバティル君達に当ててないし、当てない自信はあるんだよね……!」
言葉を続けようとするバティル君の話の間に割り込んで「全然いける」と自己アピールをする。理由は、バティル君の表情から何を言うか大体想像出来たから……。
―――ガバッ…!
しかし、そんな私の抵抗も虚しく、バティル君が私を抱き締める事で止められる。
「置いていかないよ……! 置いていかない、だから、1回村に戻ろう……!」
抱き締められている事で表情は見えなかったが、その声は今にも泣き出しそうな位だった。
『置いていかない』という言葉を聞いた事で体の緊張が消え、取り憑かれたようだった私は落ち着きを取り戻す。
「………うん。」
そうして、私の初クエストは失敗した。
――――――――――
村に着き、家の扉を開く。
バティル君達は私の事が心配なのか、私の家まで着いて来ていた。
「ただいま………。」
「おぉ! おかえり、どうだった!」
扉を開くと家族のみんながテーブルの周りに座っていて、ソフィアさんまで座っていた。そして、いの一番におじいちゃんが席を立ち上がって1番に出迎えてくれる。
しかし、そんなおじいちゃんよりも注目してしまう物がテーブルに並べられていた。
扉を開けた瞬間、出迎えてくれるかのように香ばしい匂いで鼻腔を刺激し、テーブルには見ただけでお腹が一杯になりそうな豪勢な食事が並べられていた。
その料理たちは手を付けられておらず、まるで誰かが来るまで待っていたかの様だった。
誰を待っていたのか。
この料理達を見れば、その祝われる人物が相当頑張って来たのだろうと推測できる。家族みんなで席に着き、食べたいだろうに我慢して待ち、結果を知る前からこんな準備をするくらいに信頼して貰えてる。
今日、ここまで豪勢に祝われる人物は誰か。
答えは明白だった。
「ああ、エルザさん。ありがとうございました! 無事に狩れたみたいですね。怪我もないみたいで良かったです。」
何も知らないおじいちゃんは私達に向かってそう言う。
その、クリアして当然と言うような口ぶりが私の胸に突き刺さる。だが、おじいちゃんを責める事は出来ない。
今回のクエストはクリアして当然なのだ。
実質的にSランクのエルザさんが居て、一度クリアしているバティル君とアレックス君も居るのだ。そこに初心者の私が入った所で、負けようが無いのは経験者である者ほどそう思うだろう。
しかし、そうはならなかった。
私が足を引っ張り、撤退させてしまった。
それが怪我などして撤退せざるを得なかったならまだ良い方だろう。であれば、次は気を付けようで終わる話だ。しかし、今回の撤退の理由は私がビビってしまった事が原因だった。ハンターとしてあるまじき物だろう。
「……いえ、クエストは失敗しました。」
「……え?」
その顔はあり得ないと言うような顔をしていて、「またまた〜」と冗談だと思っていたようだが、エルザさんが冗談ではない事を伝えるとその顔は疑問の顔に変わった。
それ以降の記憶があまり無い。
理由を聞いたおじいちゃんやお父さん、ソフィアさんや別れ際にバティル君達が何か言ってくれたが、何を言ってくれたのかが分からなかった。なんとか相槌だけはしていたような気がするが、なんて返したのかは覚えていない。
気が付くと自分のベットの上に居た。
村に戻るまで出ていた月は雲が掛かり、部屋はより一層暗く重い。
ベッドに横になるが眠りたくても寝る事が出来ず、脳内で自分への罵詈雑言が止まる事が無い。……今までの頑張りはなんだったのだろう。
涙が止まらなかった。
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