第46話 レイナの傷
―レイナ視点―
ボスが遠吠えすると、一斉に子分たちが動き出す。
「俺がボスの注意を引くから、先に子分を減らしてくれ!」
『了解!』
それ以上の言葉は必要ない。味方がそう動くのであれば、それに対応するだけだ。
それに、その判断は間違っていないと思う。見るからに子分の数が多いのだ。それらを無視してボスに突っ込んでしまうと、数の暴力で手痛い反撃を食らうのは目に見えている。
なのでまずは子分たちの数を減らし、ある程度になったらバティル君もボスの方へシフトして、残りは私が片付けた後に3人でボスを攻略すれば良い。
「ヤバくなったら言ってくれ!」
「そんな事ならぁぁぁん!!!!」
バティル君の心配を他所に、アレックス君はボスを捌きながら元気に返事をする。それだけ元気に返せるという事はそれだけ余裕なのか、それとも見栄なのかは分からないが、時間を掛けて良い訳がないので丁寧にしつつも、早く処理するようにしなくては。
バティル君の周囲を見る。
囲うようにして攻撃しているのだが、そこまで苦労しているといった感じではない。
それに対し、アレックス君の方は少々苦しそうだった。
と言うのも、アレックス君はボスと完全な1対1という訳では無く、その周りには多少、子分のシャドウウルフが波状攻撃で攻めているのだ。
なので、バティル君の方はさっきと同じで背後に回ったシャドウウルフだけ攻撃し、アレックス君の方は走り回っている子分の方に集中して攻撃する。
(1つの戦闘に絞ったほうが良いのかな………。う〜ん、でもアレックス君は苦しそうなんだよね………。)
ソフィアさんが言っていた、後衛の大変さというのを実感として理解する。
2人の行動に合わせて援護射撃をしなくてはいけないのだが、その2人がバラバラに行動されるとどっちに比重を置けばいいか分からなくなる。
特に今の状況は悩みどころで、アレックス君は「俺1人でボスを引き受ける」と言っていたが、実際は苦しそうな状況なようで、このままでは持ち堪えられないだろう。
だからと言って、バティル君も大丈夫なのかと言われると疑問で、数の暴力で劣勢に立たされる危険性はあるように見える。
なので自己判断で両方に手助けをするというスタイルに切り替えたのだが、これが正解なのかは正直分からない。
悩みつつも援護射撃をしていると、視界の右端の方で黒い何かが動いた。
「ガウッ!」
黒い何かはシャドウウルフだった。
手の届かない距離にいたシャドウウルフは、たった一蹴りで急速に接近し、鋭い牙を見せて突っ込んでくる。
避けられない。
少しでも遠ざかろうと反対側の左に飛ぶが、その判断も冷静に考えれば悪手だったと気が付く。このままだと、目の前まで来ているシャドウウルフが私に覆いかぶさる形になり、もっと酷い状況になるのが目に見えている。
迫り来る鋭い牙がもうそこまで来ている中、その牙が私の肌を切り裂く前にシャドウウルフの首元がキラリと光る。
そして、光ったと思ったら今度は首元から赤い血が吹き出し、首と胴体がズルリと分離する。
何が起こったのか一瞬分からなかったが、シャドウウルフの吹き出した血液とは違う赤色が目に入り、背後に居た人物が殺ったのだと分かる。
目の前で斬られたシャドウウルフとは違い、なんの予備動作が無い状態で瞬間移動をしたかのようにエルザさんが現れる。エルザさんのお陰で噛めれる事はなかったが、驚きと無理やり回避した事の組み合わせで尻もちを付いてしまう。
「―――左だ!」
「えっ?」
危険を回避したと思った矢先、エルザさんは声を張り上げる。
言われた方向を確認しようと振り向こうとするが、それよりも速くエルザさんが居た方向から衝撃がして、突き飛ばされる感じで一回転をする。
―――ガッ!
顔を上げると、シャドウウルフのボスと目が合った。
視界いっぱいにボスの頭部が映り、牙の隙間から人の手が見える。
(なっ―――!?)
何が起こったのか分からない。何故、ボスが目の前に居るんだ。さっきまでエルザさんが目の前に居たのに、今度はシャドウウルフのボスが目の前に居る。
次々と状況が切り替わる現状に頭が追い付かない。
そんなこんがらがっている状況の中、バチンッという音がしてボスの顔が跳ね上がる。
「キャンッ―――!」
図体が大きい割に可愛らしい悲鳴をして仰け反る。
口を開けて仰け反った事で、ボスの頭だけしか映らなかった視界にその先の景色が映る。
―――ドクンッ。
どうやらボスの牙が刺さっていたのはエルザさんのようで、状況からして私を突き飛ばして庇ってくれたのだろう。噛まれた腕からは、流石のエルザさんでも血を流していた。
―――ドクンッ、ドクンッ!
「うわぁ! 俺のせいだぁぁぁ!!!!」
少し離れた所でアレックス君の声がする。
物音からして恐らくアレックス君が直ぐにカバーに来てくれたようで、エルザさんが臨戦態勢から切り替わってこちらに駆け寄る。
しかし、何故かエルザさんの噛まれた左腕から目が離せなかった。
―――ドッ! ドッ! ドッ!
「大丈夫か?」
「―――えっ、あっ、はい………!」
―――ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!
エルザさんが私の事を心配して声を掛けてくれる。私の所為で腕を怪我してしまったのにも関わらず、それよりも私の心配をしてくれる所が、エルザさんの優しい所だ。
―――ドッ! ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!
「すいません! 私の所為で………!」
「いや、これは私が迷ったからだ。………判断が遅かった、レイナが気にする事じゃない。」
何に迷ったのかは分からないが、その迷いを作ってしまった原因は私だろう。
―――ドッ! ドッ! ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!
『いいから行け! 生きろ!』
ドクンッ。
――――――――――
―エルザ視点―
「レイナ!?」
さっきまで普通に会話していたのだが、突如、レイナの様子がおかしくなる。
「はっ、はっ、はっ、はっ………!」
レイナは胸を押さえて苦しそうに呼吸をしていた。顔を押さえて目を確認すると、瞳孔が開いている。
(毒を食らった………? いや―――)
毒を持つシャドウウルフなんて聞いたことが無いし、何よりレイナの体に外傷が見当たらない。
『レイナを良く見てて。』
『なんだ、そんなに心配か?』
『ええ………もしかしたら、トラウマがあるかも知れない。』
クエストに出る前にしたソフィアとの会話を思い出す。
確かにその心配はあったが、子分たちと普通に戦っていたのでその心配は杞憂だと思っていた。
しかし、何かがトリガーになってトラウマがフラッシュバックした。
レイナの状況を見るに、そうとしか考えられない。
(シクッた………良かれと思ってやった事が全部裏目に出ている………。)
レイナが周りを見えていなかったので、シャドウウルフの子分に奇襲されてしまうのは見えていたのだが、ミスをしたと体感で経験させようとギリギリまで手助けをしなかった。
それに、シャドウウルフのボスがこちらに向かって走り出したのが見えていたが、体勢的に担いで逃げられる体勢じゃなかったので、斬るか斬らないかで迷ってしまった。
私が斬ってしまうとバティル達の成長を邪魔してしまうし、斬らないとそれはそれでレイナが危なかった。
そんな事を考えてしまった事で、一番良くない中途半端な状態で行動してしまった。その結果、かすり傷程度だが怪我をし、レイナはトラウマを発症してしまった。
「レイナ、聞こえるか!」
声を掛けるが返事はない。
胸を押さえてブルブルと震え、過呼吸気味に荒れた呼吸をしている。目は虚空を見つめて焦点が合っていない。トラウマの世界から帰って来れないのだろう、何度呼び掛けても反応がない。
(これは、一旦引いた方が良いな………。)
このまま戦闘を継続する事は出来る。
………が、それは私が全てやればの話だ。
そんな事をしてしまってはバティル達の成長を妨げる事になるし、万が一の事もある。これ以上状況が悪化する前に撤退するべきだ。
現に、バティル達も戦闘をしながら違和感を感じ始めている。不安が伝播してミスが出始める前に手を打たなければならない。
「バティル、アレックス! クエスト失敗だ、撤退する!」
戦闘中の2人は何も言わずにコクリッと頷く。
「アレックスはレイナを担いで行け、バティルはレイナ達の荷物を持っていくんだ。来た方向は覚えてるな!」
「はい!」 「もちろんっ!」
2人の返事を確かに聞いた後、彼らの方向に走り出す。
「よし、交代だ。
それを聞いた2人は同時にレイナの方へ走り出し、すれ違う形で通り過ぎる。2人の顔は少し不安げで、私の判断ミスでそうさせてしまった事なので心が抉られる。
――――――――――
バティル達がレイナを連れて走り出すのを見届ける。
初めての事という事もあり少し手間が掛かっていたようだが、無事に走り出したのを見て胸を撫で下ろす。走り出した方向も、私達が来た方向をちゃんと選択できているので問題なさそうだ。
(………さて、どうするか。)
シャドウウルフの群れの前で剣を構えつつ、思考を巡らせる。
目の前のモンスターたちを狩るのは簡単な事なのだが、本当に殺ってしまっても良いのだろうかという気持ちがある。
(最近はモンスターの数も戻ってきているが、まだまだこのレベルのモンスターは少ないし、いつまたこういったクエストが出来るかも分からない。バティル達に実践経験を積ませたいが、コイツ等を放っても置けないしな………。)
クエストをクリア出来るのにクリアしないで放置し、村の人達に迷惑が掛かってしまったら本末転倒だ。ハンターのやるべき事を放棄した事になってしまう。それは私のハンターとしての生き方に反するのでしたくは無い。
しかし、それではバティル達の成長に繋がらない。
それにレイナの事もある。
レイナは一度、シャドウウルフに襲われた事がある。その時はバティルが庇ったおかげで生還できたが、その時の何かがトラウマとして脳に刻み込まれてしまったのだろう。
『私もハンターになる!………だから今度は、私も隣で戦わせて欲しい!』
あの時のレイナの言葉を思い出す。
震える体で、それでも前を進もうとするあの瞳を思い出す。あの目を出来る人間が、ハンター適正が無いとは到底思えない。
「………………………。」
シャドウウルフ達の攻撃を避けながら考えを巡らせる。
彼らの成長と村の危険を天秤に乗せて結論、いや、妥協案を出す。
(………明後日まで待って貰おう。今日と明日でレイナがダメそうだったら、残念だが私が処理する。)
そう結論を出したが、村の人達に危害が加わらない様に少し間引きするべきだろう。多少、子分たちの数を減らせば村の方まで来ないはずだ。
答えが決まり、逃げ回っていた足を止める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます