第45話 順調な戦闘

 【 クエスト : シャドウウルフのボスを討伐 】


 太陽は落ち、月光が森を照らす。


 それでも視界は暗く、数メートル先から何が出てくるかは分からない。

 風によりザワザワと草木が揺れる音は、まるで周囲に何者かが居るかのような錯覚に陥る。

 そんな暗い森の中で、俺達4人はシャドウウルフを探して歩みを進める。


 「よし、居たな。」


 エルザが先頭を歩き、視線の先にはシャドウウルフが川の水を飲んでいた。


 「手筈通り行くぞ。」


 エルザがこちらに振り向いて俺達に視線を送る。それに対して全員頷いて返事をし、それを確認したエルザも頷く。


 段取りとしては前回と同じだ。


 子分たちの前に現れて、子分たちが遠吠えをして仲間を呼ばせる。その前にボスに出会えれば万々歳なのだが、大体の場合その前に子分たちに見つかるらしい。なので、初めからこちらから顔を出したほうが手っ取り早いのだとエルザは言っていた。………まあ、この考え方は強者の考え方な気がするのだが。


 俺とアレックスが川岸に降りる。

 流石は狼といった所で、俺達が降りる前に赤い瞳はこちらを向いていた。


 「へへっ、行こうぜ!」


 アレックスは戦闘が出来て嬉しようだ。森に入る前からエルザに鍛えて貰ったのを出すんだと張り切っていたので、自分の成長を早く実感したいのだろう。


 ついでに言うと、アレックスも既にシャドウウルフの討伐に成功しているらしい。


 道中聞いたのだが、どうやらアレックスは1人で討伐したらしく、俺のようなエルザみたいな先生同伴という訳では無かったそうだ。なので、シャドウウルフの行動は大体把握出来ているから安心して突っ込んで良いと言われている。


 「ワオォォォォォォォォォォン!!!」


 仲間を呼ぶ合図を森に響かせる。

 司令塔の様な子分が空を見上げて遠吠えをする中、残りの2匹は間を開けること無くこちらに走り出す。


 「俺は左をやるっ!」


 「わかった!」


 短い言葉を交わして俺達も走り出す。

 目の前には、牙を見せて怖い顔でこちらに迫ってくるシャドウウルフがいるのだが、不思議とあの時の様な恐怖というのは感じなかった。


 1度狩ることに成功したからなのか、俺が強くなったのを実感したからなのか。


 しかし、この程度で満足するつもりも無いので真剣にシャドウウルフを見る。どうやら今回の個体は左右にステップするタイプでは無いようで、そのまま直線的に俺の方へ突っ込んで来ている。

 スピードとしては今まで会った中では良い方なのだが、それよりも速いモンスターを体感している俺には物足りないスピードではあった。

 実際の時間は1秒も掛かっていないのだが、集中状態に入った俺にはそれ以上の時間を感じられる。


 なので視線を動かさずに周囲を確認する。


 周りの音や武気の気配を探り、周囲に追撃してくるモンスターが居ない事を確認し、目の前のシャドウウルフに一点集中する。

 これは余裕をかましている訳では無く、前回のシャドウウルフ戦でエルザがどうやってあそこまで正確にシャドウウルフを捌いていたのかを考えた時、恐らくこういう事をしていたのではないかと予測してやってみたのだった。

 今回は周囲に伏兵が居ないのでやらなかったが、一応、複数の敵が居たらやってみようとしている事があったのだが、今回はそれをする事なく終わるかも知れない。


 何故なら今回はレイナがいる。


 もし俺の近くに接近している敵がいれば、後方で見てくれているレイナが援護射撃してくれるだろう。


 「ガアァッ!!」


 そんな事を考えていると、シャドウウルフはすぐ目の前まで来ていた。

 赤い瞳が残像を残し、暗い森の中で1本の線がこちらに向かってくる。殺意が籠もった眼光を向けられるが、以前の様なビビっていた俺はもういない。


 その目を正面から受け止め、攻撃範囲に入ったことを確認する。


 居合の構えで溜めていた右腕を解き放つ。イメージは目に焼き付いたエルザの一刀。エルザと同じとは言えないまでも、形は出来ていると言える様な居合だった。


 ―――キンッ。


 横一閃で振り抜いた剣はシャドウウルフの頭部を捉え、大きく開けていた口を上下に分断する。武気により強度と切れ味が上がった俺の刀は、動物の柱となる骨を意図も容易く通過して行く。


 「良い感じだなぁ!」


 声のしたアレックスを見ると、俺と同じくすぐに終わらせたようでこちらを見てニコニコと笑顔をしている。


 「ラントウルス戦でまた一皮向けたかな。」


 「おお〜良いね! じゃあ、後ろは任せた!」


 「分かった。」


 と言ったが、その心配は無いだろう。


 ―――ガササッ!


 軽く話していると少し離れた所で物音がする。周りの茂みが揺れ、その揺れはこちらに向かって蠢いている。


 「ガウッ!」


 唐突に茂みから飛び出し、シャドウウルフは俺に襲いかかる。


 ―――ヒュッ!


 風切り音がしたと思えば、目の前のシャドウウルフの頭部が吹っ飛んでいた。


 「ナイス、レイナ!」


 後方で援護をくれたレイナを見て声を掛ける。

 レイナは真剣な顔でこちらに杖を向け、俺が声を掛けると緊張の糸が切れたのか杖を軽く持ち上げて返事をする。


 これがレイナにとって初めての狩りだ。


 そして、これが生き物を殺すという事の初めての経験と言う事になる。互いの命を懸けた生存競争に身を置いたのを自覚したのか、その表情は依然として硬いままだった。


 (うえぇぇぇぇぇ………あ、頭が吹き飛んでるぅぅぅぅぅ…………。)


 武気で身体能力を向上させ、周囲の行動を把握していたからレイナの行動も予測できていたが、目の前でシャドウウルフの頭部が吹き飛んでいるのを見るとやっぱり怖かった。

 レイナの硬い表情は、そのミスが無いようにするという意味も籠もっているのだろう。

 近くで一緒に行動しているアレックスの行動は、俺の視覚にも映るから比較的簡単に予測できるのだが、視覚に映りにくい後方のレイナの行動はいまいち掴みにくい。慣れれば問題ないのだろうが、初めての連携という事もあり不安が脳裏をよぎる。


 『魔法を味方に当てちゃうなんて事は耳にタコが出来る位聞いた事がある。そしてパーティーの陣形が崩壊、致命的な攻撃を食らっちゃってそのパーティーは帰って来なくなる。』


 ソフィアが言っていた言葉を思い出す。


 (でも、そこを信頼しないと何も始まらないよな。)


 俺とアレックスだって既に一度ミスしているのだ、レイナともミスし合う事になるだろう。なので俺はそのままレイナを信頼して背中を任せ、ミスしてしまったりされたりしたらその時に改善していけば良い。それにエルザがいるからソフィアが言っていたような最悪の事態というのは避けられるだろう。


 ―――ガササッ! ガササッ! ガササッ!


 今度は至る所から茂みの揺れる音がし始める。


 「増援が速いって事は、ボスも近いかもな!」


 「だね。急に来るかも知んないし、気を引き締めよう。」


 「了〜解!」


 茂みの揺れがこちらに近づき、同時に飛び上がって一斉に襲い掛かる。

 その数なんと6匹。


 「うぉ!?」


 「ちょぉ!?」


 その数の多さに二人して声を上げて驚く。

 俺は一旦状況を整理する為にバックステップをして避け、アレックスは盾で攻撃を流して回避する。

 しかしシャドウウルフ達は俺達に一息入れる事を許さず、そのままいつもの連携で前後左右様々な所から襲いかかってくる。


 それから続々と子分たちが参戦し、乱戦となった。


――――――――――


 ―レイナ視点―


 バティル君の背後に回るシャドウウルフを確認して魔法を放つ。

 私が放った水魔法は空気を切り裂いて吸い込まれるように着弾する。シャドウウルフの行動を予測し、恐らくここに来るだろうと放った魔法が着弾したことで、本当に吸い込まれていったのではないかと思えるくらい完璧な攻撃だった。


 「良いぞレイナ。」


 隣りにいるエルザさんが声を掛けてくれる。

 私の初めての狩りということもあり、今回はエルザさんが私を護衛しながら指示をしてくれるそうだ。

 エルザさんは「私は魔法使いじゃないから正しい立ち回りは分からないが、ソフィアがどういうタイミングで魔法を使っていたかは分かる。」と言っていて、それを細かく教えてくれている。

 立ち回りなんかはソフィアさんが教えてくれた事をエルザさんも言っているので、そこまで混乱する事はなかった。


 でも、いつ援護射撃をすれば良いかなどは複雑で難しかった。


 だが、エルザさんはそんな私に気が付いてくれたのか「今回はまず、背後に回る敵を処理していこう」と言う指示をくれ、それだけに集中して処理することになった事で、だいぶスムーズに動けるようになっている。


 (よし、良い感じだ………!)


 先日の夢の件もあり、少々不安を持っていたのだがその心配は不要な心配だった。

 シャドウウルフの殺意剥き出しの眼光に初めは腰が引けてしまったが、攻撃を当て、初めて狩る事が出来た時、私でも出来るんだと自信になってから気持ちが切り替わった。


 (ちゃんと通用するし、付いても行けてる………!)


 『なんか、思ってたより使えないね。』


 夢でバティル君に言われた言葉を未だに覚えている。

 狩りに出る前、なんなら戦闘が始まってからも不安が拭えなかったが、その不安が無くなった今は伸び伸びと戦闘を出来ている。視野も広くなり、ここまで順調に対応できているのに自分でも驚いているくらいだ。


 それもこれも全部ソフィアさんのおかげだ。


 ソフィアさんの「事前準備をしっかり教えてから送り出す」という教育方針のお陰で、どう立ち回ればいいか分かるし、どこを見れば良いのかも分かっている。

 基本的に前衛の背後を守り、なるべく敵の視界に入らないように立ち回る。

 魔力と体力をなるべく使わないように気をつけ、仲間の息を入れる時間を作る時に少し派手な魔法を使う。そうする事でヘイトを集めてしまうが、焦らずにそれらを避けて前衛達が援護してくれるのを待つ。そして前衛であるバティル君達が援護し、ヘイトが無くなったら、またバティル君達の背後に回る者を処理していく。


 ソフィアさんに教わった複数戦の時の立ち回りが、完璧にはまっていた。


 「ふいぃ〜〜〜。」


 追撃が途絶え、一息入れる時間が出来る。アレックス君は周囲を警戒しながら声を出して息を吐いていた。


 「後衛がいるってこんなに違うんだなぁ。凄い戦いやすい。」


 バティル君は私の方を振り向いて声を掛ける。


 「それな! 初めてなのにめっちゃ動けるじゃん!」


 バティル君に呼応してアレックス君も私を褒めてくれる。

 褒めて貰えるのは素直に嬉しい事ではあるのだが、私が手探りでやっている事ではなく、ソフィアさんの実践経験から教えて貰った物なので「どうだ!」と胸を張っては言えない。


 「ありがとう。………でも、ソフィアさんが教えてくれたからついて行けてるってのもあるかな。」


 「それでも凄いよ。」


 「そうそう! これだったらボスも一瞬だぜ!」


 気持ちよく持ち上げてくれているが、それに乗りすぎるのも良くないだろう。だって、私が居なくてもこのパーティーはこのクエストをクリア出来るのだから。


 「来るぞ。」


 そんな会話をしていると、少し離れていたエルザさんがこちらに向かって声を掛ける。

 その直後、森の奥から一際大きな黒い影が現れる。

 その体は子分たちよりも大きく、剥き出しの爪は子分たちの足くらいあるんじゃないかと思えるくらい大きい。


 その赤い眼光はこちらを睨みつけ、ビリビリと肌を刺激する殺気を放っている。


 「ワオオオォォォォォォン!!!!」

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