第44話 クエストの準備
レイナがクエストに出る許可を得てから2日が経った。
「明日、全員でクエストに出よう。」
午前の稽古が終わり、昼食を食べている俺にエルザが口を開く。
「どうやら、シャドウウルフがまた出たらしい。明日にはクエストが発行されるだろうから、私達が受注しよう。」
「分かりました! 先に取られないようにしないとですね。」
「いや、今回は全員シャドウウルフのクエストが出たら譲ってくれるらしいから、急がなくても先に受注されないみたいだ。」
「あ、そうなんですね。」
これが村の付き合いと言うやつなのだろうか。なんだか借りを作った様な気持ちがして素直に喜べないのは、そういったご近所付き合いという事をしてこなかったからなのだろう。この村の人達が悪い人たちじゃない事は分かっているので、こういったご近所付き合いにも慣れていかなくてはいけないな。
「じゃあ、レイナに報告しに行こうぜ!」
隣で一緒に昼食を食べているアレックスがそう提案する。
何故、アレックスが俺達家族の団らんの場にいるのかと言うと答えは単純で、アレックスと俺は一緒に稽古をしているからだ。模擬戦の時なんかは、今まではエルザとやっていたのだが、アレックスが来てからはアレックスとばかりやるようになっていた。
「そうだね。………レイナの所に行ってきて良いですか?」
「ああ。明日の為にも今日はもう休みにしよう。」
「分かりました!」
――――――――――
食事を終えてソフィアの家の前に着く。
「ワン、ワン!」
今日は門番がいるようで、元気に声を出して出迎えてくれる。
「おぉ〜テアン〜、よしよし〜。」
俺がプレゼントとしてあげた骨を咥えたままこちらに走ってくる。もう犬系の動物に対して恐怖心という物は無くなり、テアンに関しては愛くるしいと思えるくらいだ。なんなら、いつか犬を飼いたいとすら思っている。
犬系の動物に対して、殺されかけたからと言う理由で恐怖心があったのだが、それが無くなったのを自己分析したことがある。
答えから言ってしまうと「対抗出来る力を持ったから」なんじゃないかという結論になった。
前世では、筋トレしている人は心に余裕が出来るという話を聞いた事がある。なにかの動画で見たのだが、ムカつく上司がいたとしても「喧嘩になったら筋トレをしている俺の方が勝つ」という気持ちになり、心に余裕が出来ると言うのを見た事がある。その時は何を言っているのか分からなかったが、今なら何となくその気持ちが分かる気がする。
別に、目の前にいるテアンに対し、暴力を振るおうなんて微塵も思ってないのだが、襲われても勝てると思うと恐怖心が自然と出てこなくなる。
「結構ガタイ良いよな〜。」
俺に続いてアレックスもテアンを撫でる。
テアンとアレックスはまだ会ったばかりという事もあり、テアンは人間で言う真顔の顔になり、スンッという感じで俺とは違う反応をしている。まあ、威嚇とかをしない所を見るに、飼い主の仲間だという事は分かっているのだろう。その内アレックスにも心を開いてくれるだろう。
そんなテアンとアレックスに関して気になった事があり聞いてみた事がある。
それは、アレックスは犬の言っている事が分かるのかという事だ。
よくゲームや漫画などの創作では、その動物に近い種族は、その動物が何を言っているのか分かるという設定があるので、もしかしたらこの世界の人物も出来るのではと思ったのだった。アレックスは犬人族なので、テアンが何を言っているのか分かるかも知れない。内心ではそれってめっちゃ良いな〜なんて思っていたのだが………。
アレックス曰く、分からないという事だった。
確かに犬人族は犬に近い種族ではあるのだが、だからと言ってワンワンと吠えられても理解できないそうだ。猿人族だって猿にキーキーと鳴かれても分からないように、犬人族だってそこは同じだと言われた。
なんだかナチュラルに差別発言をしたような気がしたので謝ったのだが、アレックスは気にしている様子はなかった。差別の話になったので追加で聞いてみたのだが、昔はこの世界にも差別はあったらしい。
しかし、モンスターが大繁殖して被害が1つの種で止められる物では無くなってしまった時代があったそうで、その時に団結して対処していった結果、差別は次第に無くなったそうだ。
その時代はいつ頃の話なのかと聞いてみた所、正確な年数は忘れたそうなのだが、数千年前の事だとアレックスは言っていた。そこの詳しい所はソフィアが知っていそうだ。………ただ、まあ聞かなくてもいっか。
でも、数千年も前の記録が残っていると考えると、この世界も相当歴史がある世界なのかも知れない。ただ、俺は考古学者になるつもりは無いのでそこらへんで話を切り上げたのだった。
「あら、いらっしゃ〜い。入って入って〜。」
目の前のテアンとアレックスを見て、ちょっと前に聞いた時のやり取りを思い出している中、家の扉の前からソフィアの声がする。
「あ、はい。お邪魔しま〜す!」
――――――――――
「明日、みんなで狩りに行くってさ!」
ソフィアの家の扉を潜るなり、アレックスがウキウキした声で中にいたレイナに声を掛ける。
「あ、そうなんだ。何を狩りに行くの?」
「シャドウウルフだってさ。明日にはクエストが張り出されるらしいから、準備しておけってさ。」
「うん、分かった!」
急な予定だが、レイナは動揺すること無く受け入れている様子だ。
「シャドウウルフが出たのね。初クエストにしてはハードル高いけど、レイナならやれそうね!」
クエストの内容を聞いたソフィアも行けると踏んだようで、以前の俺のように試すような事は言わなかった。まあ、あれだけ魔法を扱えるのを目の前で見て、実際に正面から受けたのだから再び試すような事はしないだろう。
「じゃあ、レイナにはこれを上げるわ!」
そう言って、クローゼットの中から茶色のマントの様な服を出す。
そのマントは大人用のようで、レイナには大きすぎる様な気がするのだが、それを見たレイナは驚いていた。
「えぇ!? そんな凄いの貰えませんよ!」
(え? そんな凄いものなの………?)
パッと見なんの変哲もないマント、いや、これは恐らくケープコートと言うやつだろう。マントっぽいんだけど肘とか手首くらいまでしか無くて、前世ではおしゃれな雨具だな〜なんて感想を持った覚えがある。ソフィアが持っているのは大人用なので、今のレイナが着たら腰くらいまで覆いかぶさるのではないだろうか。
そんなコートを見ても、普通のコートにしか見えない。
「良いのよ。この色、私好みじゃないから使わなかったんだけど、捨てるのも勿体無いと思って取っといたの。どうせ使わないなら、レイナの身を守るのに使ったほうが良いわよ。」
そう言ってソフィアはコートをレイナの肩に掛ける。
「杖から………コートまで………ありがとうございます!」
「良いのよ。あなたには才能があるわ。才能がある子にはね、一級品の物、一級品の知恵、一級品の経験を早い段階で学ぶべきよ。………それで私みたいに天狗になって失敗する事もあるけど、あなたはその経験と知恵を私から学んでるし、これからも天狗になる事は無いでしょ。」
「はい! ソフィアさんに追いつけるように頑張ります。」
それを聞いたソフィアは、愛弟子を優しく撫でて返答した。
「そう、じゃあまずはクエストをクリアしないとね。」
「それは大丈夫ですよ! 俺達がいますもん、なあバティル!」
アレックスは急に俺に話を持ってくる。
なぜ俺に話を振ったのか分からないが、明日討伐するモンスターは俺が1度狩った事があるシャドウウルフだ。それにアレックスがいる。アレックスの剣術が加わったら、恐らく前回よりもスムーズに戦闘が出来るだろう。
アレックスの言う通り、何の問題も無いと思える。
「そうですね。僕も1度狩ってますし、アレックスもいますからね。先日のレイナの戦闘も見ると、もしかしたらレイナが一撃で終わしちゃうかも知れないですよ。」
先日のレイナの戦闘を思い出しながら軽口を言う。
でも実際、今のレイナはそれが出来る実力は持っているだろう。アレックスと俺とで注意を引いて、レイナが重い一撃を叩き込めば、瞬時に終えてしまう可能性だってある。
「いや〜、それは無いよ。当てられるかも分かんないし。」
「いや、大丈夫だって! レイナはもうBランクの域にいってるぜ!」
「いやいやいや」と謙遜するレイナと「絶対大丈夫!」と太鼓判を押すアレックスで押し問答が始まる。俺はそんなやり取りを微笑みつつ眺めていると、
「………………………………そうだと良いわね。」
俺だけがなんとか聞こえるくらいの声でソフィアはぼそりと呟いた。
それに反応しようとしたのだが、瞬時にソフィアは俺達を両腕でガバッと囲み、ハグをする。
「ミスとかもあるでしょうけど、最初はそんなもんよ! 楽しんできなさい!」
(うおぉぉぉ!! む、胸がっ!!!)
ムギュッとした感触が顔面を覆い、電気信号が下半身に集中して流れ始める。
ソフィアの呟きが何を意味していたのかという疑問はあったが、瞬時に下半身に向かう電気信号によってかき消された。
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