第43話 師弟対決3
―バティル視点―
「うへぇ………これは、ヤバ過ぎるだろ。」
横にいるアレックスが呟く。
アレックスの視線の先にはこれまで見た事の無い光景が広がっていた。
一方は水を自在に操り、上下左右あらゆる方向から攻め、対象を追いかけ回している。水以外にも、相手の進行方向を妨害するために氷の壁を作って妨害したり、近づいて光の輪っかの様な物で捕まえようとしていた。
それに対し、追いかけ回されている方も只では捕まらないと魔法を使い、様々な方法で逃げ切っていた。
相手の水魔法に対抗してこちらも水魔法を使い、飛んでくる水の弾丸を相殺してみたり、妨害で使って来る氷魔法には地面の土を盛り上げて破壊したり、近づいて捕まえようとして来たら、これも足場の地面を動かして逃げたり、相手の足場を動かして妨害していたりと様々だった。
「魔法の撃ち合いなんてホント久しぶり! やっぱり面白いわね!!!」
追いかけ回しているソフィアの顔はご満悦だった。
この村で魔法を扱えるのはソフィア意外に居るには居る。しかし、今、目の前でやっているような魔法の打ち合いが出来る人物は居ないだろう。この村に来てどれくらい経つのかは知らないが、ソフィアの興奮度合いを見るに相当やっていなかったのだろう。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・。」
対して、追いかけ回されているレイナの顔は疲れ果てていた。
額からは滝のように汗をかき、服は泥で汚れ、頬には受け身を失敗して擦り傷が出来ている。荒い呼吸がこちらまで聞こえてきて、今にも倒れそうな状態だ。
しかし、その目は死んではいない。
『手遅れになる前に、手が届かなくなる前に、早く実戦に参加したいんです。』
レイナが言っていた言葉を思い出す。
レイナからしたら置いていかれる感覚だったのだろう。才能があると分かっても、そこに自分が居ないのであれば意味が無い。彼女の焦りと覚悟が、その目には宿っていた。
いつも綺麗に整えられた髪が乱れ、泥だらけになっても立ち上がる姿を見て、込み上げてくる物がある。
天才だって壁にぶつかる。
今、レイナは壁を越えようとしている。
「レイナーーー! 頑張れーーーー!!!」
俺は立ち上がって応援していた。レイナの努力を見ていたからこそ、彼女には壁を超えて欲しいと本気で思えたから。
―――残り10分。
――――――――――
―レイナ視点―
バティル君の声援が聞こえる。
視線を外す余裕なんてものは無いので確認できないが、視界の隅に写っている彼らから察するに、どうやら立ち上がって応援してくれている様だった。………ありがたい。
「―――残り10分くらいね。」
ソフィアさんはバティル君の方と砂時計に視線を動かし、私に分かるように少し大きめに言う。
「正直ここまでやるとは思ってなかったわ。」
そう言うとソフィアさんは私を正面から見る。
「これ以上やると大怪我だってありえるわよ。………そんなにフラフラだと、当てようと思ってない所に当たっちゃって、致命傷を与えちゃう可能性だってある。……もう諦めたら?」
「はあ、はあ、はあ、はあ…………。」
話せるような余裕なんて無い。精一杯、肺に酸素を送り込む。
それでもその問いに対して答えねばならない。
なので、私は持っていた杖をソフィアさんに向けて返答する。
―――『諦めない』と。
「…………そう、分かったわ。あなたの為を思って言ってるんだけどね………魔法の撃ち合いは楽しかったけど、終わりにしましょ。」
ソフィアさんがそう言い終わると、体が震え出す。
今までのやり取りが、本当にお遊びだったのだと分かる圧倒的な威圧感。そして、周囲の気温が一気に下がっていく。真夏の昼間、晴天で太陽が頭の上をポカポカと温めているにも関わらず、口から吐く息は白く可視化していた。
『氷結の魔女』
ソフィアさんの通り名だ。
その氷は足元を凍らせて身動きを取れなくされたり、鋭利に尖らせた氷は大型モンスターの鱗を貫く。魔法学校時代は氷魔法だけで無双し、卒業前の大会では圧倒的な強さで勝ち抜いて優勝し、誰もその氷を砕く事が出来なかったそうだ。
さっきも氷魔法を使っていたが、私の進行方向の邪魔をするくらいにしか使っていなかった。あれは本気じゃなかったのだと分かる。
―――ヒュンッ!
何かがこちらに飛んで来ていた。
それが何かは分からなかった。
しかし何かは飛んできた事は分かったので、何かが来たと思った瞬間、私は全力で右に飛んだ。
ザクッ!
私が居た所に嫌な音がした。
見ると、
(は、速すぎる………!)
殺傷能力のある物を飛ばしてきた事に驚くと同時に、その速射の練度に驚かされる。生成の工程が全く見えなかった。
「痛いでしょうけど、ちゃんと治してあげるから心配しないで。」
ソフィアさんがそう言うと、今度はそんな氷柱を連射してくる。
視界には、目では追えない氷柱の先端が、辺り一面チラキラと光っていた。
――――――――――
―バティル視点―
周囲の温度が下がって5分程が経過した。砂時計の砂も残り少なくなり、あと5分ほどなのではないだろうか。
未だにレイナは攻撃を避け続けている。
あれ以降はソフィアに魔法をぶつける余裕が無いのか、すべての魔法を防御だけに使っていた。
だが、それもそうだろう。
あんな高速で発射される氷柱の弾丸を、単発ではなく連射されたら俺だって攻撃できない。全部避けきれと言われると「出来なくは無いな」といった感じなのだが、魔法使いであるレイナはきついだろうなと思う。
現にスレスレで避けてはいるが、その回避はおぼつかない。
体力が奪われて反応できないのか、飛んで来る氷柱が見えていないのか、それともその両方か。どちらにしても、残り5分を耐え切れる様には見えなかった。
「レイナー! 後ちょっとだぞー! 頑張れー!」
それでも俺は声を出して応援していた。
彼女の努力を知っているからこそ、彼女の焦りを聞いたからこそ、報われて欲しかったから。
『………うん。でも、それだけじゃ駄目だと思う。』
夜空の下で、ポツリと呟いていたレイナの顔を思い出す。
その顔はどこか悲しそうな、寂しそうな顔をしている様に写った。あの時の心情は、俺達に置いていかれているという焦りと悲しみの顔だったのだろう。
勿論、置いていくつもりなんて無いし、初めてパーティー全員でクエストに出掛け、連携ミスがあっても「最初なんてそんなもんだ」と笑い話になると思っているし、するつもりだ。
でもそれは俺目線の話であって、レイナ目線では違うのだろう。
レイナから見たら、置いていかれる恐怖で居ても経っても居られなかったのだ。
………でも、焦りはとても危険なものだ。
だから、ソフィアはこんなに強く当たっているのだろう。「もっと手加減してやれよ」と言われても仕方ないくらい大人気無い光景なのだが、本気で心配しているからこそ、レイナの焦りという熱を冷やすためにここまでやっているのだ。
その心も分かる気がする。
でも、やっぱり報われて欲しいという気持ちの方が勝っている。俺のこの心情は教える側と教わる側の違いなのだろう。俺は教える側に立った事なんて前世を足して一度も無いから分からないが、恐らくそうだと思う。
「うおぉぉ! そうだレイナ! 一緒に狩りに出掛けるぞ!」
俺の声援にアレックスも呼応する。
俺たちの声援が聞こえたのか、レイナは苦しい中でも少し口角が上がり笑顔になる。ソフィアのように否定する人物だけでは無く、肯定してくれる人物がいるのだと分かったからか、少しだけ苦しそうにしていたレイナの表情が和らいだ。
―――残り数分。
レイナの和らいだ顔は、すぐに真剣な、覚悟を決めた様な表情に切り替わる。
ギアが上がる。
目の前に広がる光景は氷と炎の打つかり合いへと切り替わり、前世では見られない、the魔法対決といえる光景が広がっていた。
レイナはガス欠覚悟で、すべての魔力をソフィアにぶつけるつもりの様だ。
ソフィアの周りを火の渦で包み、それをソフィアが氷で相殺したり、お返しとばかりに氷で道を塞ごうと囲い込みをするが、レイナは炎の魔法の力技でそれを突破していた。
「すっげぇ………。」
その言葉に反応してアレックスの方を見ると、口を開けて驚いていた。そしてそれは俺も同じ感想であり、俺もアレックス同様に口を開けて驚いていた。
(才能がある才能があるって言われてたけど、これは確かに才能があるよ………。)
氷と炎の世界が視界に広がる。
相手はAランクのハンターであり、エルザのパーティーメンバーだ。という事は、ソフィアはあのエルザの強さと速さに付いて行けている人物という事になる。
そんな相手に対して、まだ実戦をした事が無いレイナが十数分間逃げ続けていて、広範囲の魔法を出して応戦している。
これを俺でやってみると考えてみよう。
俺があのエルザの攻撃を30分間躱し続けるのを想像してみて欲しい。………絶対に無理だ。エルザに追いかけ回されたら1分もつ自信が無い。それを考えると、今レイナは本当に凄い事をしている。まあ、もう避けるとか言うレベルでは無く魔法のぶつけ合いになっているのだが………。
―――残り数秒。
「はあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
レイナが声を張り上げると、レイナを囲むように魔法が発動される。すべてを拒絶するかの様な魔法の壁を作り、最後の攻防が始まる。
その魔法はとても歪だった。
土や木の根、水や氷、炎などがごちゃ混ぜになった状態でドーム状にレイナを囲っていた。
その姿は、魔法使いの人から見たら汚いと思えてしまうかも知れない。しかし、俺はその足掻きが美しいと感じた。なり踏み構わないその姿勢は、それだけ本気なんだと伝わるから。
そんなレイナの最後の足掻きに対して、ソフィアも答える。
先程までやっていたスピード重視の氷柱の弾から、人の大きさ位の氷柱を生成し、レイナが作り出したドーム状の壁に突き刺す。
ゴォォォォォォォン!!!!
土と氷がぶつかったとは思えない、鉄同士がぶつかったかの様な轟音が響く。体の芯まで響き、震える中、俺達は最後の攻防から目が離せなかった。
その衝撃で最後の防壁は崩れ、正面がガラガラと崩れ落ちる。
すぐさま追撃をしようとソフィアは杖を向けるが・・・
―――ピシュンッ!
崩れるドームから高速で何かが飛んでいき、ソフィアの頬を掠める。掠めた箇所からは血が滲みて出ていた。
「やるじゃない。」
そう言うソフィアの視線の先には、崩れるドームの中で杖を構え、レイナが魔法を発動したのが写っていた。
レイナは最後の壁を壊されるのは想定内だったのだ。
殻に籠もった様に見せかけ、最後の1発を叩き込む準備をしていた。ソフィアが見せていた様なスピード重視の1発を叩き込む為に集中し、格上であるソフィアが突破してくると信頼して、最後まで気を緩めなかったレイナが最後にソフィアの不意を突いた。
………―――サアァァァァァァァ……。
砂が落ちる。
30分という、短いようで長い戦いが幕を閉じる。
『うおおおおおおお!!!!!』
砂時計の砂がすべて落ちた瞬間、俺達は声を上げてレイナの方へ走り出していた。
それを見て終わりだと気が付いたのか、レイナの力が抜けて倒れそうになるが、正面から抱き締めるように支える。
「すげぇ! 耐えた、耐え抜いたよ!?」
興奮を抑えられないアレックスは声を上げる。アレックスの気持ちも分からなくは無いが、それよりもフラフラなレイナの状態の方が心配だった。
「レイナ、大丈夫か!?」
呼吸が整っていなのだろう、少し間を開けて返事をしてくれる。
「ハァハァハァ………うん、大丈―――」
レイナは「大丈夫」と言い切ろうとした所で更に力が抜け、俺の方へ倒れ込むように体重が移動する。慌てて俺は、レイナが滑り落ちないようにギュッと抱きしめる。
「―――やっぱり、大丈夫じゃないかも………。」
レイナは俺の腕に包まれながらそう言う。
「いや~まさかクリアしちゃうなんて思わなかったわ! でも約束しちゃったもんね。クエストに出るのを許可するわ!」
先程までの真剣なソフィアとは違い、いつもの愉快犯の様な顔のソフィアが、口角を上げてレイナに話しかける。
「ありがとうございます。………それと、反抗してすいませんでした。」
「別に謝らないで良いわよ。正直、私自身はそこまで怒ってないしね。高圧的に出たほうが諦めてくれるかなって思ってやっただけで、本気で怒ってた訳じゃ無いわよ。」
「そうだったんですね。……………未熟者ですが、これからもよろしくお願いします………!」
「ええ! 立派な魔法使いにして上げる!」
睨み合っていたさっきとは違い、2人は笑顔で顔を合わせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます