第42話 師弟対決2

 ―レイナ視点―


 時刻は正午。天気は晴天。


 晴れやかで気持ちの良い風が髪や肌を撫でるが、私の顔は緊張で強張っている。その原因となる人物は杖を構え、真剣な表情でこちらを見ているからだ。


 目の前にいるのは、歴戦のハンターであるソフィアさん。


 たった2人――それも女性2人――でAランクのクエストをクリアしてきた強者だ。Sランクに上がれる資格はあったが、事情があってランクを上げなかったと聞いた事がある。なので、実質Sランクの人物が私の前に対峙している。


 「基礎が出来ているのであれば、私にその実力を見せなさい!」


 最高峰にいる人物に「基礎はもう出来ている。」と実戦経験の無い人物が啖呵を切ったのだ。生意気に写っても仕方ないだろう。


 「はい! お願いします!」


 だが、私の方はソフィアさんを尊敬しているのでこれ以上は喧嘩腰で行かない。

 そんな私の気持ちが伝わったのか、ソフィアさんの眉間のシワが浅くなる。


 「30分。何をしても良いから、私の攻撃を30分間躱せたら許可してあげる。何もしないならお荷物には変わりないけど、怪我をして足を引っ張るよりはマシでしょ。」


 眉間のシワが浅くはなったが、その心情にはまだフツフツと熱を帯びているようだ。私に掛ける言葉に棘がある。しかし、それは私の事が嫌いだからじゃないのは分かっている。本気で心配してくれているからこそ、分からず屋な私に怒っているのだ。


 「レイナー、頑張れー!」


 「行けるぞー!」


 バティル君達は少し離れた所で、ソフィアさんに渡された砂時計を持って応援してくれる。それに対して私も頷いて反応する。


 (そうだ。みんなと一緒にクエストに出るんだ!)


 歴戦のハンターの圧に尻込みしていた私を奮い立たせる。


 ここで実戦に参加できず、半年、1年と時間を過ごしてみろ。天才であるバティル君達との差が埋まると思えるか?………私は思えない。だからここだ、ここなんだ。今ここでハンターにならないと、取り返しの付かない差が出来る。


 「準備は良い?」


 「はい、お願いします!」


 「そう、じゃあお願い。」


 ソフィアさんが言うと、バティル君は持っていた砂時計を逆さにする。中にあった砂はサラサラと下に流れていき、呆気なく私の分岐点は始まった。


 そして、そんな呆気なさとは対象的に、衝撃の光景が目の前に広がる。


 ソフィアさんの周りには複数の大きな水の塊が出現したのだった。それの何が凄いのかと言うと、簡単に言ってしまえば、あんなに出すとこんがらがるのだ。無数の手を扱っている感覚になり、魔法用語で言う「感覚の拡張」という現象になる。

 数が増えればそれだけ神経を使い、1個1個に集中できなくなり、水の塊であればグネグネと綺麗に形を保てなくなる。


 しかし、目の前のソフィアさんが作り出した水の塊達は綺麗な球体をしていた。

 それすなわち、完全にコントロール出来ている事を示している。


 「行くわよ。」


 ソフィアさんはそう冷たく言った後、大きな水の球体からこぶし大の水の塊を発射させる。

 その速さは辛うじて目で追えるスピードで、顔面に飛んで来た球をすんでの所でなんとか躱す。痛いでは済まされない様な球のスピードと、それを1発目から顔面に当てようとする姿勢に、「絶対にまだ狩りには行かせない」という強い意志を感じる。


 態勢を立て直してソフィアさんの方を見る。


 しかし、視界にはソフィアさんは映らなかった。

 視界にあったのは無数の水の弾。先程のこぶし大の弾が無数に飛んで来ていた。


 「――――ッ!」


 横に思いっきり飛び込み、教えて貰った正しい受け身とは似ても似つかない、汚い受け身で転がりながら体を起こす。


 さっきまで私が居た場所には無数の弾が通過して行く。


 泥で汚れた服を気にする間も無く、再び弾が飛んでくる。風を切る音がその威力を物語っており、クリアさせる気が無いのは明白だった。


 (でも、私だって本気だ。それを証明する!)


 それからはひたすら走って避け続けた。

 背後に風を切る音が迫る中を3分ほど走った位だろうか、それまで静かに見守っていたアレックスが声を上げる。


 「そこはヤバいぞ!」


 それが何を示しているのか分からなかったが、答えはすぐにやってきた。

 背後を通過していると思っていた水の弾が、私の進行方向に飛んできていたのだ。それは遊びは終わり、もしくは次のステップだと言っているかのようだった。


 3分間、その時間は次第に状況に慣れるには丁度良い時間だった。

 心の余裕が出来て思考する幅が増えたタイミングでの奇襲に、再び動揺が全身を覆う。


 飛んで来ている弾は1個。


 しかし、それが絶妙だった。大量に飛ばしてくれれば視界に多く映り、察知しやすかったのだが、それを分かっているソフィアさんは嫌らしく私の心の隙と視界の隙を突いてくる。


 もう目の前まで来ている。避けられない。


 「レイナ、避けろ!!」


 ―――バシャッ!


 水の弾は物体にぶつかり、弾ける。


 ソフィアさんの狙い澄ました弾丸の軌道は、流石は歴戦のハンターなだけあって正確だ。

 ………しかし、ソフィアさんの弾は私には当たらなかった。目の前には私が作り出した水の玉が浮いていて、それにぶつかったのだ。


 『何をしても良いから、私の攻撃を30分間躱せたら許可してあげる。』


 良く考えれば、ソフィアさんは何をしても良いと言っていた。であれば、反撃しても構わなかった。


 「うおおお! そうだぁ! 行ったれぇ!」


 「反撃の時間だぁ!」


 オーディエンス達は盛り上がり始める。こちらは真剣なやり取りをしているのだが………という気持ちになるが、だからこそなのだろう。真剣な勝負で、尚且つ応援している人が頑張っているとなったら、私だって声を出して応援していたと思う。

 その真剣な声援に押され、ソフィアさんの様にこぶし大の大きさの弾を発射しようとするが出来ない。


 (やっぱり難しい………―――ッ!)


 考えをまとめる暇を与えてはくれず、再び大量の弾が私目掛けて飛んで来る。

 私は地面に杖を突き立て、瞬時に魔力を流し込む。


 ――――ボゴンッ!


 流し込んだ魔力を使い、地面を盛り上げて盾を作る。まだまだ未熟なのでとても汚い形だが、とりあえず盾になりさえすれば良いので良しとしよう。


 「良い判断ね!………でも。」


 壁の向こうからソフィアさんの称賛の声が聞こえる。


 ―――キュンッ!


 その後すぐに、左右から弧を描いて水の弾が飛んできた。壁を作った事で攻撃を防ぐ事が出来たが、その代償として相手が何をしてくるかが分からなくなるのだ。ソフィアさんはそこを突いてきた。


 しかし、それは対魔法使いの戦闘で教わっていた事だ。


 この弾も、恐らくここにいるだろうという予測のもと飛ばしている。私はソフィアさんだったらそうするだろうと予測して、壁を作った時には既にバックステップをして距離を置いていた。


 目の前で2つの弾がぶつかり、弾けた後、一泊置いて右から飛び出す。


 右手に持った杖をソフィアさんの方へと向け、魔力を集中させる。水の塊を作り、そのままソフィアさんに向けて発射させる。その大きさはソフィアさんの身長くらいの大きさで、飛ばして来ている弾では相殺してしまうくらいのものだ。


 速さも十分、当たれば牛に突進された位の衝撃があるだろう。


 ―――バァン!


 しかし、それでもソフィアさんに届く前に破裂する。私がやったように壁を作る訳でも無く、何かに当たって破裂した。あの質量の水を相殺できる魔法を一瞬で発動したのだろうか。


 (―――ッ! 考えている暇なんて無い…………!)


 正直、何をして防いだんだという驚きと疑問が脳裏をよぎるが、そんな事を考えている余裕は無い。

 そして私の反撃に対して何も咎められていないという事は、ソフィアさんはそれもありだと言っている事になる。であれば、まずやるべきは――――


 再び地面に杖を突き立てる。


 ソフィアさんも次はこちらの番だと杖を構えるが、それよりも速く魔法を発動させる。


 ――――ゴォォォンッ!


 轟音と共に地面が迫り上がる。


 今回は私の目の前では無く、ソフィアさんを囲う形で円形に迫り上がらせた。30分間攻撃が当たらなければクリアという条件なのであれば、攻撃してくる対象を攻撃させなければ良い。


 (でも、まだだ………!)


 周囲を囲んだ後、真上の空いている所からさっきよりも大きい水の塊を叩き付ける。そして畳み掛ける様に追撃で先端の尖った氷の塊を作り出し、直接ソフィアさんに当たらないように落とし、中にあるであろう水を凍らせる。

 これで膝くらいの所までが凍って身動きが取れなくなっただろう。


 「はあ、はあ、はあ………。」


 魔力を一気に使いすぎて頭が痛い。


 ソフィアさんはこの感覚を「全速力で走った時に横腹が痛くなる感じ」と表現していたが、まさにそんな感じだ。しかし、魔法の場合は頭なので少々不安になる。脳にダメージとか無いか心配ではある。

 でも、ここでチマチマと魔法を使ってもソフィアさんに勝てないのは分かっていたので、一気に畳み掛けるしか選択肢が無かった。


 (これで時間を稼いで、何とか30分を乗り越えれば――――)


 …………―――バリィン!!!


 安心したのも束の間。

 今できる全力の魔法での足止めに対し、轟音と共に姿を表したソフィアさんは汚れ1つ無い姿で笑みを浮かべていた。


 「そうそう! これよこれ!」


 私の無礼とも取れる魔法の連撃に対し、ソフィアさんは気にも留めない様子でテンション高く声を上げる。


 「テンション上がって来たわ!!!」


 怒らせなかった事を喜びたい所だが、怒らせるよりもヤバい事になった。


 崩壊する土の壁と固めた氷が空中を舞っている中、中心にいる人物は再び魔法を発動する。その顔は口角が上がり、ハンターらしく獲物を狙う瞳をしてこちらを見ていた。


 「ギアを上げるわよ!!!!!!!」


 ―――残り25分。

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