第40話 レイナの焦り
―レイナ視点―
私はハンターになった。
だが一度もモンスターと戦っていない。
私がハンターになる切っ掛けになった人はメキメキと成長し、私が逃げる事しか出来なかったシャドウウルフのボスを討伐したそうだ。
それを聞いた私は、天才はいるんだなと思った。
たった1ヶ月で初心者の壁を悠々と乗り越えたのだ。天才と言わずして何なのか。村の人もおじいちゃんもその人の事を凄い才能だと驚いていた。
私は魔法使いになった。
そんな天才とパーティーを組み、ハンターとして生きていく為に役割を決める事になり、試しに魔法適性を調べてみた所、私には魔法の才能がある事が分かった。魔力や武気の感覚を掴むのに少々手こずりはしたが、感覚を掴めたらすんなりと扱えるようにはなった。
それから実技や座学が始まった。
実技では魔力を物質化する練習やそのコツ、座学では魔法体系やハンターとしての魔法使いの立ち回りなどだ。魔法を教えてくれるソフィアさんの授業は面白く、それでいて分かりやすかった。
分かりやすいのは立ち回りの授業の時で、実際にあった事なので興味深いし、連携ミスでおかしな事になった失敗談なんかも包み隠さず教えてくれるので楽しく学ぶ事が出来ている。
そんな中、毎日のように天才でありパーティーメンバーのバティル君はソフィアさんの家に顔を出していた。
理由は簡単で、手のマメが潰れたので治療魔法で治しに来たのだ。
ソフィアさんは、そんなバティル君に「普通はこのレベルで治療なんてしてもらえないからね〜」とボヤいていたが、本気で嫌がっている訳ではなさそうだった。
余談になるが、バティル君はこのやり取りを毎日している内に閃いた事があったそうで、ソフィアさんにそれを聞いてみていた。
その閃いた事というのが「トレーニングをして、すぐ食事を取り、すぐに治療魔法を掛けて貰うという事を繰り返せば、最短で最強になれるのでは」という考えを思い付いたらしい。それを聞いた私も「確かに」と思ったのだが、ソフィアさんがそれを否定した。
と言うのも、それを先に試した人がいるらしい。
結論から先に言うと、そのやり方をした人物は死亡してしまったらしい。
確かに通常では考えられないスピードで筋肉は肥大していき、外から見たら健康的で素晴らしい体にはなったらしいが、体の中が酷い事になっていたそうだ。
死因を突き止めるために解剖してみた所、内臓の至る所がドス黒く変色し、機能していなかったのだと言う。
それ以降は誰もそのトレーニングのやり方をやろうとする人は現れなかったので、あくまで仮説ではあるが「治療魔法を掛けているのに内臓が治療されていないのは、治癒魔法が体の再生能力を向上させるやり方だから」と言う説があるらしい。
どういう事かと言うと、治癒魔法により消化や分解、再生とプロセスを加速させた事により、そのシワ寄せが内蔵に向かってしまい、酷使しすぎた結果、内臓の機能が停止してしまった可能性があるという結論になったそうだ。
それを聞いたバティル君は震え上がり、自分は大丈夫なのかと不安になっていたが、ソフィアさん曰く大丈夫だと言っていた。
その根拠は、死亡してしまった人は相当ハードなトレーニングと食事をしていたそうで、毎回全身が動かせないレベルまで追い込んでいたらしい。そしてその体を治癒するといった事を、とても短い期間で繰り返していたから死亡してしまったのであって、手のマメ程度ならそこまで内蔵を酷使しないだろうとの事だった。
それを聞いてバティル君は安心していたが、それ以降、マメが潰れても治療して貰う回数が減っていた。恐らく、それでも心配だったのだろう。
そんなマメが出来て潰れるといった事を何回もしている所を見ていると、それがどれほどの物なのか興味が出てきた私は、家に帰ってからおじいちゃんが使っている木刀を貸して貰い、マメが出来るまで振ってみた事がある。
やってみた感想としては、そもそもマメが出来るまでに辛く、先に腕や肩が痛くなる。そして手のひらは摩擦で凄く熱く痛い。
マメがある状態でも木刀を振ってみたが、とても痛かった。
素振りを始める前なんかは、一丁前にマメが潰れるくらい素振りをやってみようと思っていたが、そんな軽い気持ちでする物じゃなかった。初めて体の表面に皮がある事の有難みを感じた。それくらい辛かった。
バティル君は毎日これを本当にやっているのかと疑ってしまった私は、ソフィアさんに休暇を貰って1日中バティル君の稽古を見させて貰った事がある。
バティル君の1日は、ほとんど素振りの時間に使われていた。
エルザさんが見守る中、ただひたすらに木刀を振るバティル君の姿がそこにはあった。マメが出来ても振り続けて、愚直に同じ動作を繰り返している姿を目の当たりにした。
マメが出来た状態で木刀を振る辛さを一度体験している私は、その姿が正直怖いと感じてしまった。狂気に一歩踏み込んでいる様な、常人では踏み入れない領域にいる人を見ている感覚だった。
なので私は、バティル君に直接聞いてみた。「何故そこまで努力しているのか。」と。
それを聞いた彼はすぐに「エルザさんの様になりたいから」と答えた。
「エルザさんの様なハンターになりたい。その為には、僕のような凡人は人一倍努力しないといけない。」、それが彼の言葉だった。
そして私がその言葉を聞いたのは、彼がシャドウウルフを討伐する前の話だ。
前述した通り、彼はたった1ヶ月で初心者の壁と呼ばれているシャドウウルフを狩る事に成功した。その時の私は「天才はいるんだな」と思うと同時に、「天才も努力しているんだな」とも思った。
そして、「そんなバティル君に対して私は?」という問いが脳内で生まれる。
ソフィアさんの言っている事をやり、言われた練習法をその時間だけ練習して、家に帰ったら魔法関係の事をやっていない。
それで本当に彼の隣で戦う事が出来るのだろうか。
……………出来る訳無いだろ。
彼の隣に居たかったら彼と同じくらい、いや、それ以上に努力しなければいけないだろう。隣に立つという事は対等な関係という事を指す。彼と同じレベルになるには、彼と同じレベルの強さにならなくてはいけない。メキメキと成長する彼に追い付くくらい、私も成長しないと並べない。
そう思った私は、意外にすんなりと彼と同じ狂気に一歩踏み出す事が出来た。
怖いと思っていたその領域は、実際に入ってみるとそんなに怖くは無く、寧ろ没頭しているその時間は心地よさすらあった。
それから、時間があったら魔法の練習をする日々が続いた。
魔力切れで気絶する回数が増え、家族からも心配されるが、大事な時期だからと言って無理やり魔法を使い続けた。その甲斐あって、魔法使いとしてクエストに参加出来るレベルまでもう少しという所まで来た。
あと少しで彼の隣で戦う事が出来る。
……………そう思っていた矢先だった。
彼はアレックスと言う人物と一緒に村に帰ってきた。
アレックス君とは隣町のデンゼア町で出会ったそうで、そのままラントウルス討伐のクエストを受注し、無事討伐したそうだ。その戦闘をアレックス君の武勇伝で詳しく聞くと、どうやらバティル君が良い感じに指揮していたそうで、初めてパーティーを組んだのにも関わらず、順応が速くてやりやすかったと言っていた。
「バティル君はやっぱり凄いなぁ。」と思うと同時に、焦りも生まれてくる。
彼らは既にパーティーを組んで戦闘を経験している。そしてこれからも一緒にクエストをやっていくだろう。彼らはどんどんと実戦を経験して強くなっていく。アレックス君がどのくらい強いのかをこの目で見ていないので詳しくは分からないが、あの天才であるバティル君が認めた才能ある人物なのだ、相当凄い人物なのだろう。
しかし、そこに私はいない。
私が彼らの隣に立つ事が出来る様になるのは
そういった疑問が脳内で湧き出てくる。
彼は「焦らなくていいよ。」と繰り返し言ってくれるが、どうしても焦ってしまう。早く実戦に参加させて貰えないと、取り返しがつかないくらい距離が離てしまいそうで怖くなる。
――――――――――
「なんか、思ってたより使えないね。」
「えっ・・・?」
真横にいたバティル君が声をかける。周囲には木々があり、今自分がいるのは森の中だと分かる。
前後の記憶が無く困惑している中、周囲や身の回りを確認する。手にはソフィアさんに貰った杖や防具を装備しているという事は、クエストに参加していたのだろうか。
「だな〜。魔法の習得が速くても、実戦で使えないんじゃ意味ないぜ。」
少し後ろを歩いていたアレックス君が誰に向けて言っているのか分からず、アレックスの方を見ると私を見ていた。
「えっ………えっ…………?」
言葉が出てこない。
何があったのだろうか………。思い出そうとするが、さっきまで自分が何をしていたのかが分からないので、何故ここまで辛辣な事を言われているのか分からなかった。
「まさか、ここまでとはな。レイナ、お前にハンターは向いてない、諦めた方が良い。」
アレックス君より後方からエルザの声がする。
その声は明らかに失望したような声色で、尊敬するハンターの1人であるエルザさんにそんな事を言われるとは思わなかった。
「時間の無駄だったわ。こんな事なら初めから教えなきゃよかった。」
振り向くと、エルザの隣にソフィアさんの姿があった。
2人は私の方を見て、ゴミを見るかのように見下す目をしていた。これまで優しく教えてくれていたソフィアさんからは考えられない視線に耐えられず、誰か擁護してくれる人はいないのかと周囲を見るが、みんな私を見て軽蔑の視線を送っていた。
「ま、待って、待ってください……! 私、もっと頑張るから………! だ、だから、もう一回チャンスをください………! 次だったら行けます………! だから―――――」
何がなんだか分からないが、責められているのだけは分かる。何故責められているのかも分からないが、雰囲気的に私が何か失態をしてしまったようなのでもう一度のチャンスを懇願する。
「もういいよ。」
「―――ッ……!?」
信じられないくらい冷たい声色だった。
そんな冷たい声色で言ったのはバティルだった。
命の恩人であり、尊敬する人物でもあり、好きな人でもある人からの冷たい対応に、血の気が引いていく。心臓の動悸が速くなり、現状を拒絶するように体が震え出す。
(止めて………それ以上は言わないで………!)
そんな私の心情なんて無視をして、目の前のバティルは冷たい目を向けたまま話を続ける。
「レイナには失望した。もういらないよ。」
「もういらない」その言葉が脳内でリピートしている。その言葉を私の鼓膜は正確に脳へ伝えているのにも関わらず、私の脳はその言葉を理解する事が出来なかった。
「じゃあ、俺達は俺達でやっていくから。」
思考が追い付かず停止している私を置いて、私以外の人達は歩き出す。
「まっ、待って………!!!」
彼らに着いて行こうと私も走り出すが、何故か距離が縮まらず、
「嫌っ! 嫌だ!! 嫌ぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!!!!!」
――――――――――
「―――ぁぁぁあああ!!!」
ちゅん ちゅん ちゅん。
「ぁえ………?」
気が付いたら私の部屋だった。窓からは心地良い朝日が部屋を照らし、小鳥達が朝を知らせるように鳴いている。自身の体の上に被さっていた毛布と、自身の寝間着姿を見て、ようやく自身の置かれている状況が理解できた。
「なんだ、夢かぁ…………。」
ショックすぎる所為で、未だにさっきの夢を鮮明に覚えている。
あの冷たい視線、言動、声色。そのどれもが私の心に突き刺さり、思い出しただけで体が震え、冷や汗が出る。
「はぁ、最悪だぁ………。」
この夢が正夢にならないよう、いつもより早く家を出てソフィアさんの家へ向かった。
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