第39話 犯罪者って?
結成祝いも終わり、レイナ達と別れてエルザと共に帰路に着く。
「ラントウルスとの戦闘はどうだった?」
就寝前に俺の髪をブラシで
俺は女の子じゃないので、髪の手入れとかは正直いらないと考えているのだが、エルザがやりたい様子だったのでされるがままになっている。
「そうですね。開幕の印象では一発の重みが凄かったですけど、スピードがそこまで無かったので、シャドウウルフよりは簡単なのかなって思ってたんですけど、全然違いましたね。一発の重みに怯えてチマチマ攻撃してたら、多分体力差で負けてました。」
俺の武気のおかげか、ラントウルスの攻撃は確かに痛かったのだが立ち上がれないと言う程ではなかった。それでも、あの豪快なスイングをするラントウルスの懐に入るのはなかなか勇気がいる。
「それにアレックスの存在は大きかったですね。注意を引いてくれる味方がいるだけでここまで違うのかと思いました。」
そう、アレックスの存在により格段に戦闘がやりやすくなっていた。それに注意を引くのに長けた戦闘スタイルなだけあって、その効果は絶大だ。
最後にデカい一発を入れたのは俺だ。
しかし、その一発を入れる事が出来たのはアレックスが道を作ってくれたからだ。アタッカーである俺がその役目を果たす為に誘導されたと言っても良い。
「そうだな。アレックスの戦闘センスは光る物がある。あの年であれだけの水猿流を使いこなしているのもそうだし、バティルもそうだが、すぐに問題を修正できたのはセンスが良い証拠だろう。」
ちゃっかり俺の事も褒めてくれる。うちのママンは気配りもしてくれます。
「そういえば気になったんですけど、『水猿流』と言うのは何なんですか?」
折角なので聞いてみる。
「水猿流は、猿人族が他の種族に負けないように、猿人族でも扱える剣術を作ろうと開発された剣術だ。他の種族はそれぞれ、私たちと同じレベルの身体能力に加えて長けている物があるが、私たちには無かった。だから私達が彼らと対等になれるようにと猿神が作ったらしい。」
「えっと………アレックスは犬人族だと思うんですけど、良いんですか?」
「ああ、昔は種族間での争いがあったそうだから秘匿性があったらしいんだが、種族間の争いが無くなった現代からはそういった物も無くなっている。今じゃあパーティーに1人は欲しいと言われるくらいには広まっているな。」
「まあ、いなくても別に狩りは出来るがな」とエルザは付け加える。
話の流れ的に「今日の出来事を振り返ろう」という流れのようだ。
であれば、1番聞きたい事を聞こうと思う。今はエルザと二人きりなので俺以外に聞く人はいないのだから。
「あの………昼間の話で思い出したんですけど、「犯罪者」ってどういう事ですか………?」
遠回しに聞く事なんてしない。ド直球だ。
「……………………。」
俺の髪を
俺は振り返り、真後ろにいたエルザの顔を真っ直ぐ見る。そんな俺の目を見てエルザは何を思ったのか、下を向いて目を逸らした。
「何か理由があるのはソフィアさんの言葉からも分かります。だから聞かせてください。」
『何も知らないくせにっ―――!』というソフィアの言葉を思い出す。あの激昂を見るに、相当な理由があったのだと分かる。
「昼間のアイツが言っていた『犯罪者』と言うのは、1年くらい前の話だ。」
それからエルザは1年前に何があったのかを聞かせてくれた。
「アルベルトと結婚をして1周年の記念日だった。・・・アルは肉を
エルザは当時の事を思い出すかの様に遠い目をする。
「それから、いくら待っても帰って来なくて、ソフィアが慌てて家に駆け込んできたんだ。「大変だ!」って言ってな。どうやらアルは、帰って来る道中にモンスターに襲われている人を見掛けて飛び込んだらしい。」
「……………。」
「当時のアルはBランクだった。そして相手は「ガノテルデ」。…………大型モンスターだった。」
Bランクの適正は中型モンスターだ。ランクの上のモンスターとの戦闘………それも一人で。
「無事でいてくれと思って全力で走って向かったよ。…………でも間に合わなかった。ガノテルデは粘液で行動力を奪ってくる奴だ。だから逃げられなかったんだろうな…………。」
格上な上に、行動を阻害してくる系のモンスター。襲われている人が逃げる時間を稼いで、それから自分も逃げようとするがそれが出来なかったと言う事か。
「着いた時にはガノテルデは狩られていた。そしてアルも……―――ッ!!。」
その時のショックが脳裏を過ぎったのか、エルザは頭を抱える。
「大丈夫ですか!?」
「ウッ………ああ、大丈夫だ。」
エルザは顔を伏せたまま話を続ける。
「アルは…………相打ちでガノテルデを狩っていた。……………それからは正直、私自身あまり覚えていないんだ。」
ストレスによる記憶障害。聞いた事がある。
「気が付いたら牢屋に入れられていた。ソフィアに聞いたら、どうやら私は森のモンスターを許可なく狩りまくっていたらしい。乱獲したというのはその事らしいんだ。」
「ライセンスは剥奪されなかったんですか………?」
確か乱獲や密猟は重罪になる。どちらもハンターライセンスは剥奪になり、事が事なら永久に剥奪されると聞いた。
「………ああ、剥奪された。永久にな。」
「え、でも今はCランク………。」
「ああ、村の人達が抗議活動をしてくれたんだ。賠償金も村の人達が集まって払ってくれた。…………ハンター協会側の偉い奴から直接言われたんだが、特別対応だと言われたよ。」
「凄いですね。それだけ凄い抗議だったんですか?」
「いや、私は牢屋にいたからそこは分からない。だが、ハンター協会側も私を手放すのが嫌だったらしい。私の前では「優秀なハンターをこのまま無くすのは心苦しい」と言っていたが、単に稼ぐ奴がいなくなるのが嫌だったんだろうな。」
すごい冷静な視点でハンター協会を見ているな。
ただ、分からなくも無い。彼らも慈善団体という訳ではなく、国から補助金を貰いつつお金を稼いでいる団体だ。たしか、ランクの高いモンスターを狩れば国から協会側にお金を貰えるんじゃなかったっけ。そりゃあ、エルザのような強い人材を手放したくは無いだろう。
「村に迷惑を掛けたって言うのはそういう事だったんですね。」
「ああ、自暴自棄になって罪を犯した私を、彼らは最後まで庇ってくれた。」
「好かれているんですね。」
「………そう……だな。だが、どちらかと言うとアルが好かれていたからと言うのもある気はするな。あの事件以前の私は、モンスターから村を守る人くらいの見方をされてたと思う。抗議をして、賠償金を負担してくれるくらいの仲では無かった様に感じるな。」
本人はそう言っているが、周囲の村人たちはどうなんだろうか。アルベルトが好かれていたからと言って、その配偶者をそこまで庇うだろうか。エルザの事もちゃんと仲間として迎い入れていないとそんな事まではしないと思うんだが。
エルザは伏せていた顔を上げる。
眉間にシワは無く、苦痛の表情も無い。心につっかえていた物が取れたかのように、スッキリとした表情で俺の目を正面から見る。
「これが、私が『犯罪者』と言われた要因だ。」
初めはエルザが犯罪者と呼ばれている事に戸惑ったが、中身を聞いてしまえば毛嫌いする内容ではなかった。
寧ろ同情してしまう様な内容だ。
結婚するくらい愛していた夫が亡くなり、錯乱してモンスターを狩りまくった。
エルザはその時の内心を話さなかったが、推測するにモンスターに対して復讐の気持ちがあったのではないだろうか。
「隠していて悪かった…………。」
そう言うとエルザは頭を軽く下げた。
エルザは謝っているが、人には誰しも隠し事がある物だと思う。だからエルザを責めるつもりは無い。
(それに俺も隠し事をしてるしな・・・・。)
今の俺は子供の格好をしているが中身は30歳を超えた大人だし、異世界から来た転生者でもある。エルザ達とも仲良くなり、この世界の事も色々と理解し始めたが、混乱を避けるために俺が転生者であるという事は言わずにしている。
それに、エルザは俺の事を本当に子供だと思っていて、愛情深く接してくれている。「お母さんと呼んで欲しい」と言われた時もそうだが、子供のいる生活に憧れがあったのかも知れない。
そんなエルザに「本当は子供じゃありませんでした。」なんて事を言える訳が無い。
だから俺が転生者である事は一生言わないだろう。
「いえ、謝らないでください。………家族だからと言ってすべて話さなければいけない訳じゃないと僕は思いますから。」
「そうか。………そうだな。」
その顔は晴れやかな顔をしているように見える。しかし、エルザの手は何故か震えていた。
「…………バティルは、私が、怖くないか?」
「………怖い、ですか?」
「私の手は血で染まっている。…………そんな私を怖いとは思わないか?」
全くそんな事は無い。寧ろ大好きだ。
エルザと家族になり、一緒に時間を過ごす事は喜びだ。確かに初めて会った時はサイコパス殺人鬼だと思って怖がったが、そうでは無い事はエルザと共に時間を過ごした事で分かっている。
エルザは沢山のモンスターを狩ってきただろう。
そしてさっき話した事件の様に、感情に任せてモンスターを斬ったりもしてしまった。そこだけを見れば、確かにエルザの手は血に染まっていると言えるかも知れない。しかし、エルザは人を斬っている訳じゃない。怖がる訳が無いじゃないか。
「怖くないですよ。モンスターを沢山殺したからって、怖がる訳無いじゃないですか。」
「そう………か。」
それでもエルザの手は震えていた。その内心は分からない。
エルザは俺に「怖くないか。」と聞いていたが、目の前のエルザの手の震えから見ても、むしろエルザが怯えている様に感じる。カッコいいエルザや、可愛いエルザ、恥ずかしがっているエルザ、緊張しているエルザなど様々見てきたが、恐怖で震えているエルザは初めて見た。
そして意外でもあった。あんなに強くて芯がしっかりしているエルザでも、こうして恐怖で震える事があるのかと。
「エルz―――お母さん!」
俺は椅子から立ち上がり、正面に座っているエルザの目を見る。
そしてそのままガバッ!っとエルザの体を抱きしめる。
「―――ッ! バ、バティル?」
抱き締めているのでエルザの顔は見えない。だが、声からするにエルザは驚いているようだった。
「怖くないです! 僕、お母さんの事怖くないです!」
エルザの心的外傷が何かは分からないし、知らなくても良い。でも、エルザが不安になっているのであれば支えになりたいし、それが家族と言うものなのだと俺は思う。そして、幾ら「こうだから大丈夫だよ」と理屈を並べてもエルザの心の傷は治らないのだと思う。
だから、エルザを安心させる為にハグをした。
家族との向き合い方を俺は知らない。ずっと一人で生きてきたから。
だけど、知らないなりに考えて行動は出来る。
家族が恐怖で震えている時、家族ならこういう行動をするのだと思うし、俺はエルザにこうしたいと思った。
エルザも俺の背中に手を回す。
強く抱き締めている俺とは対象的に、エルザは繊細なものを包むかのように優しく俺を抱き締める。
「………………………。」
エルザは何も言わなかった。
ただ、恐怖は無くなったようで、背中に回されたエルザの手に震えは感じない。
その時間を噛みしめるように、エルザはずっと抱き締めていた。
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