第35話 ラントウルス戦2

 ―エルザ視点―


 私達は今、茂みに隠れてバティル達の戦闘を静かに見守っている。


 バティル達の連携は初めてという事もあり、あまり上手くは無いのだが「初めから連携を上手くやれ」なんて事を私が言えた事じゃ無いのでそこはスルーする。私だって初めてだったら上手く出来る自信はない。


 バティルとの連携の時は、完全にカバーに入るという事だけに集中しているのでそこまで難しくは無い。だが、今のバティル達がやっているようにお互いが接近型でヘイトを交互に変えるとなると結構難しい。


 「へ〜、本当にバティルは良い感じに動けているわね。」


 「だろう? 剣を持って2ヶ月と考えると凄い事だ。」


 「確かにそうね。」


 ソフィアは自身もハンターだからか真剣な表情でバティル達を見ている。


 「それにアレックスって子も中々良いじゃない。対人だけじゃないみたいだし、誰に教わったのかしら?」


 「………分かんないな。変な癖が見当たらない所を見るに、本殿にいた奴から教わってそうだな。」


 「アグネスとか?」


 「いや、あいつのはもっと雑な感じだ。あいつに教わってあんなに綺麗にはならないだろうな。」


 「ふ〜ん。いまいちそこら辺は分かんないのよね。」


 「まあ、そうだろうな。」


 水猿流の現当主の剣術を直接見た私だから分かる事だ。あれを基準に考えると、アグネスの剣は「モンスターにはこれくらいで十分だろ。」という感じの雑さがある。

 それに対して、アレックスの剣はそれを許されなかった様な綺麗さが見え隠れしている。恐らく、教えた人物はそれなりに水猿流をやり込んでいる人物なのだろう。もしかしたら上猿クラスの可能性もある。


 「あれはもう、パーティーで考えたらBランクレベルね。―――あっ……。」


 「いだあぁぁ!!!」


 「あ、ごめんっ―――!」


 ソフィアが言った側から2人の連携のミスでアレックスが吹っ飛ばされる。鈍い音が森に響いたが、アレックスは武気も1人前の様ですぐに立ち上がった。


 「んんっ―――大丈ぉぉぉぉぉぉ夫!!!」


 頭から血を垂らしながらも元気な声を出して再び盾を構える。駆け寄るバティルの背後からラントウルスは腕を振り下ろすが、2人は瞬時に気持ちを切り替えて対応をする。


 ――――ゴンッ!


 「ぐぼらッ!!」


 「ごめぇぇぇぇぇぇん!!!!」


 再びミスの連続により、コントの様な光景が繰り広げられる。バティルが吹っ飛んでしまった事で心配になったが、すぐに立ち上がった所を見ると駆け付ける程の事ではない様子だったので茂みで待機を続ける。


 「そう言えば、なし崩し的に犯罪者発言を追求されて無いが、間違い無くバティルは不審に思うよな。」


 「まあ………そうでしょうね。」


 「みんなのお陰でランクの初期化と罰金で済んだが、牢屋にいてもおかしくは無かった。」


 なので、周りから犯罪者と呼ばれても仕様が無いのだが、折角バティルにお母さんと呼んで貰える状態になったのに、また関係にヒビが入る事になり心配になって来る。もしかしたら犯罪者の子供は嫌だと言う事になり、バティルが家を出て行ってしまうかも知れない。


 「犯罪者の子供は嫌だって言われたらどうしよう………。」


 「………そこはもう、分かって貰うしか無いわよ。」


 いつものソフィアなら「大丈夫でしょ!」なんて元気に返してくれると思ったのだが、なんだかソフィアの表情が暗い。


 (………ああ、そうか。あれの事も考えているのか。)


 『犯罪者』


 私には2つの罪がある。

 1つは乱獲。

 これはバティルにも言える事だが、もう一つは一生言えない。

 いや、言いたくない事だ。姉さんがあの時言い出さなければ、アルにだって隠していた。


 「………あれだけは、どうしても言えないな。」


 「………………………言わなくても良いわよ。」


 先日は「お母さんと呼んで貰いたかったら、正面から言って受け止めて貰え」的な事を言っていた人物とは思えない発言だ。ただ、それとこれとは話が違う事は私も分かっているので、詰めるような事はしない。


 「そうだな………アルの時みたいに進まない可能性もあるしな。」


 「…………………………………。」


 それ以降、何も言葉を発すること無くバティル達を見守った。


――――――――――


 ―バティル視点―


 「ゴガアアアアアアアア!!!」


 何度も斬り付けているのに元気なラントウルスは、俺に激怒の状態で突進してくる。アレックスがヘイト先を自身に変えようとするのだが、ラントウルスはそれを無視して俺に向かってくる。相当、俺が邪魔だったのだろう。「邪魔じゃボケェ!!!」とでも喋るんじゃないかと思うくらいブチギレている。


 ――――ブォン!


 接近して来た所で、太い右腕を叩き付けるように振り下ろしてくる。

 しかし当たらない。

 だが、こちらも動き続けている事で息が切れ、段々と反応やスピードが落ちてきている事でギリギリの回避になる。


 「はあ、はあ、はあ、あっぶねぇ………!」


 「はあ、はあ、大丈夫か!」


 アレックスが息を切らして近づいてくる。お互いに息が切れ、額に汗が流れ始めている。

 ラントウルスの攻撃が直撃したのはお互いに1回だけなのに対し、ラントウルス自身は俺たちの攻撃を数え切れないくらい受けている。なのにラントウルスは未だに怒り心頭で元気に追撃をして来ていた。


 そこで人間とモンスターの違いをジワジワと実感してくる。


 まず耐久面が違いすぎる。個体やモンスターの種類にも違いがあるだろうが、Cランクのラントウルスでこれだけ耐久があるのであれば、BランクやAランクのレベルになるともっとスタミナがあり、耐久力があるに違いない。

 そしてパワーが違う。人間の大人を軽く超えているモンスターは、当たり前だが質量がある分だけ伝わるエネルギーが全然違う。今回は武気のおかげでなんとかなったが、中型モンスターや大型モンスターになるとどうなってしまうのだろうか。


 未だ元気なラントウルスを見ると、本当に討伐出来るのかという不安が脳裏を過ぎる。

 現に体力面の差があったのは明白で、こちらは2人とも息を切らしている状態なのだ。これから消耗戦になってしまえば不利なのは俺たちの方だ。

 そうして「本当に倒せるのか・・・?」という疑問から段々と不安が膨れ上がり、元々大きかったラントウルスの体がより大きく見え始める。


 (ああ、壁がデケェ・・・。)


 この感じは覚えがある。


 シャドウウルフがスピードだとすると、ラントウルスはパワーとスタミナだろうか。スピードによる絶望感はインパクトが大きかったが、今回のはジワジワと絶望していく感じがして嫌らしい。


 「アレックス! このままじゃジリ貧だ。だから、体力が無くなる前に終わらせる!」


 「へへ、わかった! 消耗覚悟の全力じゃあぁぁぁ!!!」


 アレックスは深い説明をせずとも理解して、ラントウルスの注意を全力で引いてくれる。攻撃を流したり盾で受け止めたりなど交互に変えて、ラントウルスに行けそうだと思わせて注意を引いてくれる。


 そして俺も走り出す。


 剣を構えて狙うは後ろ足だ。やはりラントウルスを狩るために必要なのは行動力を奪うことだろう。こいつの体力は間違いなく俺たちより上だ。しかし、動けなかったら意味が無い。

 先程は攻撃力の弱体化を目的で足を狙ったが、今回は行動力を奪うつもりで足を狙う。

 ラントウルスは俺達なんかより大きいのだが、後ろ脚は短いし、毛皮のせいでどこからどこまでが後ろ脚なのかが分かりにくい。だが、まあここらへんだろうといった感じで剣を振る。


 俺にヘイトが向かない為にすべき行動は何かを考える。


 アレックスは自身にヘイトを向ける為に、その場にドッシリと構えて正面からラントウルスの攻撃を捌いている。

 であれば、俺はラントウルスの視界に入らないようにしてヘイトを向けられない様にすれば良いんじゃないかという結論に至る。


 斬っては移動し、斬っては移動しという行動を繰り返す。


 武気によって強化された俺の体は加速していき、四方八方からラントウルスの後ろ脚をズタズタに切り裂く。体毛が厚かろうが、脂肪が厚かろうが関係無い。切った所を再び斬り付けて傷を少しずつ深くして行く。

 加速して四方八方から攻撃している姿は、俺がシャドウウルフにやられたあの戦術と告示していた。


 そんな高速移動をやってみて分かった事は「とにかく体力が奪われる」という事だった。


 例えるならなんだろうか。体力測定でやる反復横跳びをやっている感覚が一番近いか。それに付け足して剣を持って振り回している状態を続けている感じだ。休む暇が無いから息が上がってくるし、乳酸が溜まって体が重くなる。


 しかし、動きを止める事はしない。


 俺たちが消耗する前に、ガス欠になる前に終わらせる必要がある。アレックスもそこを瞬時に理解してくれた。それでいて俺を信頼してヘイトを集め続けている。

 俺はこのパーティーのアタッカーだ。タンクであるアレックスが頑張っているのに、アタッカーである俺が根を上げちゃ駄目だ。俺が決めきらないといけないんだ。


 (倒れろ!倒れろ!倒れろ!倒れろ!倒れろ!)


 分厚く、武気を纏っているせいで刃が通りにくいラントウルスの体を何度も斬る。

 全力疾走なんてそう長くは続かない。前世の世界でも100メートルを全力疾走したらゴールした頃には息が上がっている。この世界で武気を纏っていても今の俺ではもって数分程度だ。


 振り慣れたはずの剣の重さが倍になる感覚。肺は酸素を求め呼吸が荒くなる。


 額からは汗が流れている。単純に激しい運動による汗か、それとも倒しきれないんじゃないかと思ってしまった事による冷や汗か。

 今回のモンスターは体格差による有利不利がはっきりと理解できる相手だ。それを理解する度に、本当に狩れるのだろうかという思いが強くなる。何度斬っても倒れないラントウルスを見ると、無意味な事をしているのではないかと思えてきてしまうのだ。


 「バティル! 行けるぞ!」


 そんな事を思っている俺の気持ちを察知したかのように、アレックスは俺が今一番欲しい言葉を言ってくれる。


 「今の所をもう一回、思いっきり斬ってくれ!」


 「―――分かった!」


 正面で対峙しているアレックスだからこそ何かラントウルスの反応の違いを察知したのだろう。その言葉を信じて、重くなった体に鞭を打って剣を振るう。


 しかしラントウルスもヤバいと思ったのか、俺の方を向いてくる。


 そんな事をされても、俺の方は走り出していて避ける事が出来ない。ラントウルスの方は、嗅覚で俺の方角を読んだのか正確に俺を視界に捉えて太い腕を振り下ろしてくる。


 (―――ヤバい!?)


 ラントウルスによる完璧なカウンターパンチを視界で捉えているが、それを予期していなかった俺の体はそのままラントウルスの鋭い爪へと吸い込まれていく。なんとか体を捻って避けようとしようとした時、


 「そのまま行け!」


 アレックスは一切無駄な動きが無いステップで瞬時に移動し、俺の正面に立つ。

 俺がさっき斬った箇所はラントウルスの左脚の側面だ。

 そしてラントウルスは右腕で俺をはたき落とそうとして来ている。すなわち、アレックスが攻撃を流してしまうと俺の進行方向に爪が飛んでくる事になってしまう。


 つい数分前の光景が頭をよぎる。


 しかし、俺は止まろうとしていた足を踏み込んで前進した。

 アレックスとは今日出会った関係でしかない。連携も失敗してお互いに血を流した。性格も俺とは真反対の根明ねあかの性格をしている。元々ネガティブ思考の俺にとって天敵の様な存在だが、俺の目の前に立った背中を見て、信じようと思えた。


 ――――ガァン!!!


 この戦闘で聞いた事の無い衝撃音が森に響く。

 アレックスは両手で盾を持ち、受け流すこと無く真正面からラントウルスの攻撃を受け止めている。先程も攻撃を受け止める事はしていたが、それでも少し流す受け止め方をしていた。


 しかし、今回は違った。


 出会ってからずっと見せていた綺麗な戦闘とは違う、がっしりと地面に吸い付くように足を広げ、両手で盾を構えて衝撃をすべて受け止めていた。

 俺たちと比べると遥かに大きいラントウルスからの一撃に、アレックスの体は少しだけ地面に沈んでいた。それだけの衝撃だったのだ。


 だが、そのお陰で俺の進行方向に障害物はなくなり、一本の線が出来上がる。


 ラスト1歩。


 重くなった脚に気合いを入れて踏み込む。


 「ふぅぅぅぅぅぅ――――――――フッ!」


 剣先はラントウルスの左脚へ到達し、屈強な体を支えている筋繊維を1本ずつ斬り落とす。ピアノの鍵盤を1番端から一気に鳴らす時に感じる指の感覚が剣を握るつかから感じる。


 「ゴガアア!?」


 体を支えていた左脚に力が入らなくなり、ガクンッと巨体が傾く。

 ドンッという音をさせて地面を揺らし、すぐさま立ち上がって自慢の腕で引っ掻こうとするがバランスを崩して再び倒れ込む。


 「よっしゃぁ! こっから先は余裕だぜ!」


 アレックスの言う通り、それ以降は一方的な展開になった。

 まあ、俺たちに甚振いたぶる様な趣味はないので、脚を斬った事により弱点である頭が降りてきた所を攻める。


 ラントウルスも最後の力を振り絞って太い腕を振るう。


 右、左、噛み付き。普段通りの攻撃を続けているが、それをするためのかなめとなっていた脚が使い物になっていない状態なので、脅威とは言えない状態だった。


 「今だ!」


 俺の進行方向を予測して、アレックスは俺が斬りやすい角度で攻撃を流してくれる。

 数時間しか会っていないのに関わらず、俺の戦い方を見てもうそこまで合わせられるのかと内心驚く。アレックスは一見、アホの子の様に見えるが実は違うのかも知れない。


 この対応力の高さからそう思えてくる。


 相手の行動や表情などから次の行動を予測し、それに合わせるというのは処理能力が良くなければ出来ないことだろう。現に処理能力の高くない俺は、未だにアレックスに合わせきれていない。…………アホの子は俺だった?


 アレックスにお膳立てされた1本の線を走る。


 モンスターと言えど生き物ではあるので、苦しまないように一太刀で終わらせるつもりで剣を握る。


 ―――ザンッ!


 俺の剣はラントウルスの首元へ吸い込まれ、なんの引っ掛かりも無く通り過ぎる。動脈を斬ったのか、切り傷からは大量の血を流して静かに倒れ込んだ。


 「はあはあはあ、よしっ………!」


 体力の違いにより焦って苦しんだが、結果的に討伐する事が出来た。


 ただ、討伐できたのはアレックスの功績がだいぶ大きい。彼がヘイトを集めてくれたおかげで俺は攻撃だけに集中できたし、それが無かったら俺はラントウルスより先に体力が尽きて終わっていただろう。


 「いえ〜い!」


 アレックスは戦闘時の冷静な立ち回りとは違い、ドカドカと歩いて来て俺の肩に手を回す。


 「最後のはすごい速さだったな! やっぱりバティルはすげぇよ!」


 「いやいや、アレックスがお膳立てしてくれたからですよ。」


 「そ、そうかな………///。いや、そうだ! 俺がパーティーに入ったらもっと快適になるぞ!」


 最終的に自己アピールになる。


 何故そこまで俺たちのパーティーに入りたいのかはよく分からないが、そんな事よりも先にラントウルスの一部を剥ぎ取って革袋に入れなければ。それが無いと今までの戦闘の意味がパーになってしまう。


 それ以降もアレックスは自己アピールをしていたが、仕事を完遂するのを優先して黙々と剥ぎ取っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る