第34話 ラントウルス戦1
【 ラントウルスの討伐 】 【Cランク】
『ラントウルス』
デンゼア町の森側に生息しているモンスターで、ビエッツ村にも出現するのだが、今の生息区域はデンゼア町の南側にいるそうだ。
ラントウルスは主に肉食なのだが、魚や果実なども食べるそうで、特に甘い物には目が無いという話だった。蜂の巣を食い荒らして、果実が取れなくなってしまう年もあった事から、定期的に討伐などをされているそうだ。
「いたぞ、あれがラントウルスだ。」
俺とアレックス、そしてエルザと珍しく――と言うか初めて――ソフィアまでいる。
ラントウルスは、前世の世界で言う所の『熊』だった。
ただ、もちろん前世の世界の熊より一回りくらい大きい。体毛は焦げ茶色をしていて、前世と違う所は異様に腕が太いと言った所だろうか。
狼と言い、本当にこの世界の生き物はでかいな。あんな太い腕と爪で引っ搔かれてみろ、間違い無く引っ搔かれた箇所は真っ二つにされちゃうよ。
「さあ、チャッチャとやっちゃいなさい………!」
ソフィアは、雑魚狩りかのように簡単に言ってくる。
今回はアレックスとのパーティーでの戦闘をやってみるという趣旨になったので、エルザとソフィアは戦闘に参加しない。じゃあ何でソフィアがいるんだと言う話なのだが、それはソフィアが「私もバティルの戦闘シーンを見てみた〜い」と言って付いて来たのだった。
「よぉし、俺はバティルに合わせるから自由に動いて良いぜ………!」
「………わかった。」
先程、良いように振り回されたからアレックスに技術がある事は分かっている。そこにカバーを上手く出来る技術があるのかはまだ分からないが、恐らくあそこまで技術を持っている事だし、信用しよう。
―――タンッ!
茂みから顔を出し躊躇なく走る。
接近してみて、改めてラントウルスの巨体に驚く。と言っても、大きさで言えばシャドウウルフと同じくらいだ。なのだが、シャドウウルフよりも骨格が太い事で、より大きく見えるのだ。
明らかにパワー寄りだと分かるからこそ、近づくにつれて緊張感が増す。
物音に気が付いたラントウルスはこちらに振り向くが、それと同時に首元を剣で捌く。
―――スパッ!
奇襲により良い角度で入ったのだが、ラントウルスの首からはそこまで血が出ていない。傷が浅かったのだ。
決して、怖気づいて弱気な斬撃になってしまった訳では無く、予想以上に硬かったのだ。いや、硬いというよりは厚いと言った方が良いだろう。
一発で終わらせるつもりで放った斬撃だったのだが、シャドウウルフの時の感覚でやった所、ラントウルスの脂肪の厚みで剣が通らなかった。
「――――ッ!」
ラントウルスが短い悲鳴を上げた。
傷は浅いと思ったが、その浅い傷でも痛みは感じるのだろう。急な攻撃による驚きと共に、それに対する憤怒に表情が変わる。
「ゴガァァァァァァ!!!」
戦闘態勢に入ったラントウルスは、すぐさま俺にその太い腕を振って来た。
―――ボギッ!
ラントウルスの横薙ぎの攻撃をバックステップで回避する。
思い切りの良いラントウルスの攻撃は空を切ったものの、攻撃は近くにあった木の幹に着弾し、その木は轟音と共にへし折れる。
(ヤバイヤバイ、あんなの当たったら骨折どころじゃ済まないぞ!)
俺の中の警戒心がより跳ね上がる。
前回の戦闘でも1発でボロボロにされた経験から、今回も集中していたのだが今回はその1発がヤバい。
シャドウウルフの攻撃は立ち上がる事が出来たが、今のラントウルスの攻撃は下手したら1発で死ぬ可能性がある。もし頭に当りでもしたら、首が千切れてゲームオーバーだってあり得るんじゃないか。
ラントウルスは立ち上がり、俺の事を睨んで再び咆哮をする。
「ゴガァァァァァァ!!!!!」
立ち上がったその姿は威圧的で、咆哮は森全体をビリビリと震わせる。
こちらから走り出そうとしたが、ラントウルスの方が血気盛んなご様子なので、向こうから血走った目でこちらに突進してくる。
――――ゴォン!!
剣を構えて迎え撃とうとしていたのだが、その間にアレックスが割り込み、突進してくるラントウルスの横顔をアレックスも突進しながら持っていた盾で衝突する。
生物がぶつかったとは思えない様な衝突音がする。
「うお! こいつなかなか良い個体だぜ!」
ぶつかったアレックスは、ラントウルスの硬さに驚きつつも冷静に盾を構えなおす。
ラントウルスは横から入って来たアレックスに向き直り、素早く右手を振り下ろす。ブンッと風を切る音がするほどの剛腕がアレックスを襲う。
―――ヌルッ。
しかし、その剛腕はアレックスに着弾する事無く空を切る。
ラントウルスの攻撃は確かに剛腕だが、俺とかシャドウウルフ程の速さは無い。だが、それでも当たったらヤバいのは見て分かる。
『速さは無いが恐怖がある』そんな攻撃を冷静に受け流した。
「バティル、今がチャンスだぜ!」
当たると思って振り抜いた剛腕が空を切った事で、ラントウルスの重心がズレてふらついている。
アレックスはそれを言っているのだろう。
俺はその声に反応し、ラントウルスの重心を支えている左足目掛けて剣を振るう。
「ゴガァ!?」
大きい図体を支えていた片足に痛みが走り、反射的に痛みが走った箇所から遠ざかる行動をした事で、より重心がズレて地面を揺らしながら倒れ込む。
「ナイス!」
「畳み掛けよう!」
「おう!」
ラントウルスが起き上がる前に2人で剣を叩き込む。体毛と厚い脂肪で覆われているが、きちんと剣は通っているようで、焦げ茶色の体毛から赤い色の血液の色が混ざり始める。
「うおっ!」
ラントウルスは腕を乱暴に振り回して立ち上がる。
「ゴガァァァァァァァァァァァァ!!!」
体毛に滲んでいる血が沸騰すんじゃないかと言うほどの激高。
ラントウルスは制御が出来ないほど怒り狂い、全てを粉砕するが如く太い腕を振り回し始める。
周囲にある木は、完全に折れて倒木する物やへし曲がったりしているものなどが出来てめちゃくちゃな状況になる。
そんな荒れ狂うブルドーザーがこちらに向かって進軍してくる。
「こんなの攻撃できないぞ!?」
剛腕が唸っているせいで全く入り込めない。いや、入り込めるタイミングは正直ある。だけど飛び込む勇気が湧かない。無理やり前世の世界の頃に合わせるとしたら、大縄跳びの中に入る勇気が湧かない時の感じと言えば分かってくれる人がいるのではないだろうか。
「俺に任せろぉ!」
俺が日和ってしまっている中、アレックスは前に出て木をバンバン薙ぎ倒しているラントウルスの前に立つ。
「へへっ、見とけよ! これが俺の実力だぁ!」
ラントウルスの乱打がアレックスに降り掛かる。
風を切る轟音がアレックスに目掛けて向かって行く。しかしラントウルスの攻撃は俺がやられた様にすべてがいなされて行く。空振りをした攻撃は周囲に着弾し、木の幹は折れ、地面は抉られて大きな穴を作る。
距離が離れているこちらにも風切り音がする程の剛腕が向けられている中、アレックスは冷静にそれを流していた。
俺はその光景を見て、凄いと感じたと同時に美しさを感じた。
俺は見た事は無かったが、前世では演舞という物があった。そんなものを見て何が良いんだと思ったが、ああ言うのはやった事がある人や、その道に精通している人から見たら、今の俺の様に美しいと感じるのだろう。
強靭な肉体から放たれる暴力を、流れるように軌道を変えている。
「そろそろ分かって来たぜ!」
アレックスはそう言うと、またギアを上げて行動が変化する。
先程まではただ攻撃を流しているだけだが、今度は攻撃を流した後に剣を振るい始める。攻撃を流しては一太刀入れ、流しては一太刀入れの繰り返しだ。
塵も積もれば何とやらで、ラントウルスの全身が自身の血で赤くなる。
(ラントウルスがアレックスに注目している今がチャンスだ。)
そう判断し、ラントウルスの視界外に入る。
狙うは足。
ラントウルスの攻撃の
そして、ラントウルスの攻撃は今の様に立ち上がって攻撃したり、突進して噛み付いて来るといった攻撃が主だろう。
ラントウルスの視界の外から飛び込む。
―――ザンッ!
アレックスがヘイトを集めてくれている事で、何にも邪魔されない状態からの一太刀を放つ事が出来た。ラントウルスの分厚い皮膚を裂き、体重を支えている筋繊維までをも切り裂いた。
「ゴガァァァ!!!」
―――ゴンッ!
「いだあぁぁ!!!」
個人的には良い一太刀だった………が、そのタイミングは最悪だったようで、俺が攻撃した事によりラントウルスの攻撃の軌道が変わり、軌道を読んで流していたアレックスはラントウルスの攻撃を思いっ切り体に食らってしまっていた。
ゴンッ!と言う鈍い音がした後、アレックスは茂みの方へ吹っ飛んで行く。
「あ、ごめんっ―――!」
何度かエルザと狩りに行っているが、基本的にエルザが俺に合わせて動いてくれていたので、こういったチームワークという物をやるのは初めてと言って良い。
自分のタイミングばかりで動いてしまうと、今の様な事故が起きてしまうのだと学ぶ。
「大丈夫っ!?」
凄い音で吹っ飛んで行ったアレックスが心配になり駆け寄る。
「んんっ―――大丈ぉぉぉぉぉぉ夫!!!」
俺の心配とは裏腹に茂みから元気に飛び出る。しかし、頭から血が流れており心配になる。もしかしたら空元気かも知れない。
「うおっ! 後ろっ!」
起き上がったアレックスは俺の方を見て、すぐに俺の後ろを見て驚いた声を上げる。
俺はその声に反応し、後ろを確認するとラントウルスが俺の後ろに回り込んでいた。そしてラントウルスは先程のお返しだと言わんばかりに右手を振り下ろして来る。
俺はそれをボクシングのスウェーの様に体を傾けてギリギリで避けようと体を曲げる。
それに対して、アレックスは癖かの様な反射速度でラントウルスの攻撃を流す。アレックスのその精度は抜群で、簡単そうにラントウルスの剛腕を受け流している。
――――ゴンッ!
「ぐぼらッ!!」
アレックスの攻撃を流す技術は素晴らしい物だが、今までその攻撃を流した先の事など気にした事が無いのだろう。軌道をズラされた攻撃は、スウェーで避けようとしていた俺に思いっ切り直撃する。
短い悲鳴をその場に残して、すごい勢いで視界が移動する。
「ごめぇぇぇぇぇぇん!!!!」
木の幹に激突して頭がクラクラとしている中、俺がさっきまでいた方角からアレックスの謝罪の声が聞こえてくる。
車に轢かれたかのような衝撃なのだが、この世界特有の武気いう概念があるおかげで立ち上がれるくらいで済んだ。初め見た時は、攻撃が当たってしまうと耐えられないんじゃないかと思ったが、どうやら俺の武気も成長しているようだ。
「大丈夫、大丈夫。僕もさっきやっちゃいましたし、これでお相子って事で。」
「………そ、そうか、分かった!」
アレックスはすぐに気持ちを切り替え、追撃を加えようとしてくるラントウルスに向き直る。
「よっしゃあ! 仕切り直しだぁ!!」
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