第33話 アレックスとの出会い

 入って来た時は、隣の人の声すら聞きにくいくらい人が居て盛り上がっていた集会所は鳴りを潜め、広い空間にはほとんど人はいなくなった。

 残り少ない客人も背を低くして怯えながら食事をしている。

 そんな中にも1か所だけ活気のあるテーブルがある。それが今、俺達が座っているテーブルだった。


 「あなたのダイビングキック、なかなか良いキックだったわね!」


 「でしょでしょ! 顎に入った時にこれは良いのが入ったって思いましたよ!」


 「でも横槍を入れるのは感心しないわね! あれは良くなかったわよ!」


 「だってあの【剣鬼】エルザを侮辱したんだぜ! 俺は許せないね!」


 「それはそうね!」


 なぜか、もう既に2人の仲が良くなり掛けている。この少年のコミュニケーション能力には脱帽だ。いや、ソフィアだったら誰でもすぐ仲良くなれそうだな。

 少年は俺くらいの身長をしていて、髪は茶髪、瞳は緑色で笑顔の似合うイケメンだ。俺もそれなりに整った顔をしているが、少年はどちらかと言うと陽キャに多そうなイケメンだと感じた。

 そして気になるのは頭部にある大きな犬の耳だ。ぴょこぴょこと動いているのを見ると、どうやら神経が通っているらしい。村の人たちはソフィアを除いて全員猿人族だったので、初めて犬人族けんじんぞくを見た。


 「………それで、なんの様なんだ?」


 少年に誉められているにも関わらず、少し不機嫌そうにエルザは口を開いた。いや、不機嫌とは少し違う気がする。何というか怯えている感じだ。

 そう感じて、すぐに先程の「犯罪者」という単語を思い出す。

 この少年の登場で一時的にスッ飛んでしまったが、エルザはその単語を覚えていて、それに対しての俺の反応をチラチラと見ているのだ。

 もしかしたら、俺がエルザの事を敬遠するかもしれないと思っているのかも知れない。このテーブルに座る時もエルザはなんだか落ち着きがなかったが、あれはそういう事だったのだろう。 


 「俺は『アレックス・ハワード』! 俺をアンタの弟子にしてくれ!」


 「アレックス」と名乗る少年は、エルザの無愛想な態度に怯む事なく元気に名を名乗って要件を話す。


 (コ、コイツ………! 俺のハーレムに穴を開けようってか………!?)


 そ、それだけは許さんぞ。この美人たちに囲まれて良いのは俺だけだ。お前みたいな陽キャに入られたら寝取られ漫画が始まってしまう可能性だってあるじゃないか。


 「………お前のその装備は『水猿流すいえんりゅう』だろ。私は確かに赤髪だが『水猿流すいえんりゅう』は齧った程度しか知らん。」


 『水猿流すいえんりゅう』と言う聞いた事がない単語が出てきたが、どうやらエルザは少年が弟子になるのを拒んでいる様だ。


 (そうだエルザ! このハーレムに風穴なんて開けさせないぞ!)


 しかし少年は諦めない様で、言葉を続ける。


 「水猿流すいえんりゅうは一応それなりに出来るから良いんだ。ただ単純に、あの伝説のハンターと一緒に狩りをしたいんだ! 戦い方は違うけど、見てるだけで学べる事は多いと思ってる。だから、教えたりしなくて良いから弟子にして欲しい!」


 眼の前の少年は俺とは違い、曇りの無い瞳でエルザを見て説得をする。「伝説のハンター」という、再び気になる単語が出てきて全く会話に着いて行けていない。

 エルザがCランクに居ると言うのはおかしいとは思っていたが、伝説と言われるレベルに強かったのか?


 「私にはもう既に弟子がいる。」


 そう言ってエルザは俺の方を見る。それに釣られてアレックスも俺の方へ視線を動かす。

 今まで空気だった俺に視線が集まったので、一応挨拶代わりに腰に手を当て、ドヤ顔でアレックスに勝利宣言をしておく。


 「ふふん、そうですよ。私が1番弟子であり、それ以降に弟子は必要ありません。このハーレ―――ゴホンッ。………パーティに入りたいと言うのであれば力を示してください。力無き者に『伝説のハンター』の修行は死を意味しますからね。」


 遠回しに「雑魚は要らないよ」と初対面にも関わらず挑発をしてしまう。


 「マジか! もう弟子がいるのか。良いなぁ! じゃあさ、俺と模擬戦やろうぜ! それで力を示せるだろ!」


 不機嫌になるかと思ったら全くそんな事は無かった。寧ろアレックスは俺の事をエルザに認められた存在として認識した様で、目をキラキラと輝かせて俺の方を見てきやがる。


 「いや、模擬戦はちょっと………。」


 俺が思ってた返しと違い、上手く返す事ができない。助けを貰おうとソフィアとエルザの方を見るが、


 「良いわね! バティル、やっちゃいなさい!」


 「私以外とやってみるのも良い事だ。それに水猿流すいえんりゅうを経験出来るチャンスだ、頑張れ。」


 と乗り気だった。


 (ハンターって、どうしてそんなに力比べしたがるの!?)


 確かに力を示せって言ったのは俺だけどさぁ。別に俺と剣を合わせる事無くない?

 素振りを見せて貰うとかでも良い様な気がしたので提案してみたのだが、アレックスに却下された。


 ………何でお前が却下するんだよ。


――――――――――


 集会所にあった木刀を手に持ち、アレックスの前に立つ。

 集会所から出て直ぐに、丁度良く開けた場所があり、俺達は今そこで睨み合っている。

 急にこんな展開になり、困惑している俺の心情なんて無視してアレックスは盾と剣を構える。

 正直、アレックスの実力なんて別に知りたくないし、俺が今1番気になり、知りたいと思っているエルザに浴びせられた「犯罪者」発言の方が知りたい。………のだが、何でこうなってしまったんだ。


 「―――始め!」


 ソフィアが模擬戦の開始を宣言する。


 アレックスは盾を持ってドッシリと構えている。重心は低く、明らかに向こうから「仕掛ける事はしませんよ」と言っている様な格好だ。


 盾持ちと初めて対面で立った感想としては、「隙が無い」というものだった。


 アレックスの持っている盾はそこまで大きい物じゃ無いにも関わらず、左手で持っている盾が異様に大きく見える。その所為で、木刀を当てられる範囲が極端に狭まっている感覚になのだ。


 (これじゃ埒が明かないし、俺から行くしかないか。)


 このまま睨み合っても意味が無いので走り出す。

 狙うは俺から見て左。

 アレックスが剣を構えている方を選択する。理由としては、単純に盾を持っている方は防がれる様な気がしたので選択した。

 シャドウウルフのボスを狩ってから、またもや成長し、俺のスピードはそこいらの小型モンスターでは太刀打ち出来ないレベルになっている。


 なので、スピードには自信があった。


 急速に接近してアレックスの懐に飛び込む。よりアレックスの視界から外れるために、少し屈んだ状態で剣を下にして振り上げようとする。

 しかし、アレックスの懐に入ったはずの俺は、何故かアレックスの正面に立っていた。


 (―――は? なんだ?)


 異変を視覚では認識しているが、体はもう剣を振っている。止める事の出来ない腕はそのままアレックスの方へと振り抜いていく。


 ―――ヌルッ。


 表現するならそんな感じだ。

 アレックスに向かった俺の木刀は盾によって着弾する前に軌道を曲げられ、気持ち悪い感覚と共にアレックスの横へと向かい、空を斬った。


 ―――ドゴンッ!


 直後に俺はそのまま構えていた盾で突進をされ、後方へ吹っ飛ばされる。


 ぶたれた場所は腹で、内臓を押し込まれる感覚がして吐きそうになる。肺にある酸素も押し出され、一気に体が重く感じる。意識はハッキリしているのに、体がずっしりと重くなる感覚がして膝が折れてしまう。


 「はっ、はっ、はっ………。」


 呼吸を整えている間もアレックスは追撃をして来なかった。

 余裕の表れか、そういう剣術なのか。

 盾を持っているし後者の可能性が高い気がする。叩き込むなら今なのだが、彼のスタイル的にカウンター狙いの戦術なのだろう。


 彼の事は初対面なので全部を知っている訳では無い。これまでの言動や行動からして好戦的なイメージがあるが、盾を構えた彼の姿はまさに亀の様だ。しかし、その目はとても冷静で、俺の状態や一挙手一投足を冷静に判断しているのが分かる。


 呼吸を整え、再び走り出す。


 (まずは様子見だ。さっきと同じ行動をして何が起こったのか確認する。)


 相手が何をしてきたのかが分からないと対処のしようが無い。なので、さっきと同じスピード、同じ場所、同じ様に剣を振る。


 アレックスも同じく動き出す。


 そこで分かったのは、俺から見て左、アレックスから見て右に移動した俺をアレックスは右足を軸にして回転し、無駄のない動きで俺を追尾する形で移動していた。


 これが最初の違和感の正体だ。


 アレックスの横に付けたと思ったのに正面に出てしまった様に感じたのは、彼の流れる様な軸移動によるものだったのだ。

 それからは先程と同じ様に俺の剣を流され、そのまま盾を俺へとぶつける為に突き出すが、それは俺だってさっき見た。


 (―――お返しだ!)


 流された剣は俺から見て右、アレックスの真横に置いてある。

 盾が俺の腹にぶつかる前に、俺は左に移動する。


 ―――ゴンッ!


 持っていた木刀も左に移動する事で、アレックスの頭部にぶつかる。


 「いだっ!」


 そのまま左に飛んでいく中で、短い苦痛の声が聞こえてくる。


 「へへ、やるなぁ! そういや名前は?」


 頭を木刀で殴ったのに睨んでくる訳でも無く、笑顔で俺の名前を聞いて来る。


 陽キャだ。俺の苦手なタイプ。


 なのに随分と硬派な戦闘スタイルをしている。相手の攻撃に合わせてカウンターをやるなんてやり方は陽キャには無理だと思っていたが、実は違うようだ。もしかしたら、この世界の陽キャが器用なだけかも知れないが………。


 「………バティル・オルドレッドです。」


 「そうか! 俺はアレックス・ハワード! よろしくな!」


 「………よ、よろしく。」


 なんかすごい陽キャだ。

 全然、嫌味な感じが無くて俺からしたら眩しすぎる。湿度多めな俺だとこの明るさは眩しすぎる。


 「よぉし、来ぉい! 次は通さねぇぜ!」


 それ以降の彼は、正に鉄壁だった。

 何度もこちらから攻めて攻撃を加えても、その都度、攻撃を流されたり避けられたりされ、その後には彼の盾からの攻撃や木刀での斬撃が返ってくる。


 「はあ、はあ、はあ………。」


 最初に剣を交えてみた時はそれなりに良い勝負になると思ったが、結果だけを見たらそんな事はなった。

 アレックスはまだまだ余裕そうなな顔で盾を構え、対して俺は息を上げて剣を構えている。初めの方はアレックスのカウンターにやられる事があったが、後半は慣れ始めて避ける事は出来た。


 だがあれ以降、一発を入れる事が出来ない。


 (やはり上には上がいるもんだ。)


 いくらシャドウウルフのボスを狩ったからと言って有頂天になってはいけないのだと改めて分からされる。戦闘スタイルが違うとは言っても、ここまで良いように体力を奪われるという事は、もしかしたらあの時、俺が戦ったシャドウウルフも今の俺のようにアレックスに振り回されていただろう。

 少なくとも、俺のように苦戦する事は無いだろうなと感じるくらいのレベルにアレックスはいる。


 「………参りました。」


 俺は素直に負けを認めた。

 これはいずれ俺が負けると分かった。体力を奪われ、集中力が切れた所にカウンターがヒットするか、疲労した俺にラッシュを仕掛けられてボコボコにされるかの2択だ。

 俺はまだまだ弱い。同い年くらいの少年に振り回されるくらいには弱いのだ。


 「認めてくれるのか―――!?」


 「はい、完敗です。」


 「いよっしゃぁぁ!!」


 アレックスは高らかに拳を上げて喜んでいる。


 「なあ、バティルは剣を持って何年になるんだ?」


 一頻ひとしきりはしゃいだ後、アレックスは俺に聞いて来た。何年と言うか、まだ剣を握って2か月しか経っていない。


 「2ヶ月くらいですね。」


 「2か月!? 嘘だ!」


 嘘もなにも本当の事なんだが。そんな事を思っていると、アレックスはエルザの方を見て「本当か!?」とでも言うような顔をしている。


 「本当だ。」


 「武気も2ヶ月で習得したの?」


 「そうだ。」


 エルザの短い返事に対し、アレックスは信じられないと目を見開いている。それから俺の方へと向き直り、俺の目を見る。


 「なあバティル! 俺とパーティー組もうぜ!」


 俺の方へと近づいて、俺の肩に手を乗せてアレックスがそう言った。陽キャ特有の真っ直ぐな視線を俺に向けているが、俺は毅然とした態度で返事をする。


 「え、嫌です。」


 「何でだよぉ! 良いじゃん! 俺達なら最強のハンターになれるぜ!」


 (なんでも何も俺は女の子にしか興味はねぇ! 男とパーティーなんて組むか!)


 そんな本心をエルザたちの前で言える訳も無く。何か断る理由が無いかなと思い考えていると、ふとレイナの顔が浮かんだのでレイナを理由にすれば良いと思いつく。


 「僕にはレイナと言うパーティーメンバーがいますから。」


 「そのレイナって子は盾持ちなのか………?」


 「……いえ、魔法使いですね。」


 「魔法使いか………ならさならさ、俺が居たらもっと安定すると思うぜ! 俺がタンク、バティルがアタッカー、レイナって子がサブアタッカー兼ヒーラーで行けるじゃん!」


 む、確かにそれはそうだ。でも男か~、女の子が良かったんだけどな。

 だけど、このアレックスって子が強いのもこの身を持って分かっている。恐らくアレックスが注意を引いてくれたら、戦いやすさは格段に上がるのは間違い無い。


 「取り敢えず、一旦パーティーを組んでクエストをやってみるっていうのはどうだ?」


 悩む俺に、エルザがそう提案する。


 「これからクエストをやるつもりだったし、丁度良いと思うんだが。」


 「お~! やろうぜ!」


 それからもアレックスの強引な勢いに負けて、一緒にクエストに行く事になった。

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