第32話 デンゼア町
『デンゼア町』
俺が暮らしているビエッツ村から見て西側にある町の名前だ。馬車で1時間ほど森を進んだ先にある町で、広い平地が広がっている場所なのだそうだ。
「着いたぞ。あれがデンゼア町だ。」
馬車の荷車に揺られ、エルザが視線を送っている場所に、俺もそれに倣ってそちらの方を見る。
「やっと着いたのね!」
俺が言葉を発する前に、隣にいたソフィアが俺の頭に乳袋を乗せて、金髪を揺らして顔を出す。
(ちょっ………! 胸っ!胸が!)
年頃の男の子なんだぞこっちは、そんな無防備な事は止めてくれ。俺の息子が起きちゃうじゃないか。
興奮して起き上がろうとする俺の息子を抑えて、気を紛らわせようと街の方を見る。そこは町と言うだけあって俺が居たビエッツ村より大きい町だったが、基本的に同じ家造りをしている感じだった。
俺たちがなぜ隣町に出向いているかと言うと、今朝の食後にエルザから「隣町でクエストをやってみよう」と提案され、断る理由も無かったので村を出てみたのだった。ついでに、なぜソフィアが同伴しているかと言うと、俺たちが朝から出発の準備をしていた所に急に登場し、
『なに! 村から出るの? 良いわね、私もついて行くわ!』
と勝手に付いて来たのだ。
レイナの修行はどうするんだと聞いた所、「自習にすれば良いじゃない。」なんて勝手な事を言っていた。まあ、レイナの魔法使いとしての成長は順調なのだそうで、「頑張りすぎているから息抜きも必要だ。」とソフィアはそれなりに真面目に答えていたので、彼女なりの考えがあるのだろう。
「エルザが村を出るのは1年ぶりね!」
「そうだな。」
なんだかソフィアは嬉しそうにエルザに語り掛け、エルザはいつも通り端的に答えていた。その端的な返答に対し、ソフィアは不機嫌になる事無く、ゆっくりと馬車で近づくデンゼア町を気分良さそうに見ていた。
――――――――――
「ここがハンター集会所だ。」
そう言われ、目の前の石造りの立派な建物を見る。
村の集会所は木の作りだった事もあり、これが村と町の差なのかと少し凹む。辺りを見渡すと木で出来た家が並んでいるのに、この建物だけ石で出来ているので結構目立つ。それだけ儲けられているという事なのだろうか。
「立派な集会所ですね。」
「そうか? まあ、確かに村よりはしっかりしているな。」
「確かにバティルはあそこしか知らないわよね。でも、都市の集会所はこんなもんじゃないわよ! 1000人が入れるくらいデカい場所だから、行ったら迷子になるでしょうね!」
そんなにデカいのか。と言うか、なんで都市なのにそんなにハンターがいるんだ? 人が多い場所ならモンスターは少ないはずだろう。
「そんなにデカイんですか。でも、都市だったらモンスターなんて少ないんじゃないんですか?」
「それは確かにそうよ。でも、都市にはその付近の高難易度クエストが張り出されるの。村のハンターが無理だったクエストなんかは難しい分、報酬が美味しいからそれ目当てで集まってくるのよ。」
ははーん、そういう事か。
でも、なんだか面倒だと感じてしまう。そのやり方だと、クエストをやる為には今日の俺の様に、長距離を移動しなければいけないのではないだろうか。下手したら寝泊りまでしなければいけないんじゃないか。
「早く入らないか………?」
エルザにそう言われ、我に返る。
扉の前で3人して仁王立ちをしている光景を、周りの通行人はチラチラと変人を見るかのような視線で俺達を見ていた。
「そうね!」
恥ずかしがる俺とは対称的に、ソフィアは元気に返事をしてドカドカと扉を開く。こう言う図太さは本当に見習うべきものがある。彼女にとって周りの人間はどういう風に見えているのだろうか。
――――――――――
中に入ると、肉を焼いた香ばしい匂いが鼻腔を刺激してくる。
集会所はどこも同じなようで、テーブルには肉とビールが置かれ、屈強な体をしたハンターたちが談笑をしている。村の集会所は、比較的に顔見知りばかりだったので
恐怖心とかはなかったが、今回は全員知らない顔ばかりの強面達なので、自然と目を合わせないという防御の姿勢を取ってしまう。
しかし、エルザたちは慣れた様子でズカズカとカウンターまで一直線に歩いて行く。その様子からも熟練のハンターと言う感じがして格好いい。
流石は町レベルの集会所だなと感じる所として、玄関からカウンターまでの距離が村とは違うという事からも感じる。
そんな事を考えていると、俺達、いや、エルザ達を見て周囲の強面ハンターたちが驚いた顔をしている。
「おいおいおい、【剣鬼】エルザじゃないか………?」
「【氷結の魔女】もいるぞ………!」
「『
「ライセンス剥奪されたんじゃないのか………?」
「いや、永久追放じゃなかったから、もう一回取ったって聞いたぞ………。」
「あれ以降、顔出さなかったけど村ではハンターを続けてたらしいぜ………。」
そんな声が聞こえ始め、部屋の中が段々と静かになっていく。
さっきまで、隣の人の声もまともに聞こえないくらいガヤガヤしていたのに、エルザたちの顔を見て全員が静まり返り、コツコツコツッというエルザたちの足音が聞こえる位に静まり返っていた。
「よお、エルザ。久しぶりだな、元気し―――っ!」
そんな中、エルザと仲が良かったのか、1人の女性ハンターがこちらに声を掛けて来たのだが、それを遮るかのように横に座っていた大柄な男が女性ハンターにぶつかり、立ち上がる。
その男はズカズカとエルザの前に行き、エルザの全身を舐め回す様に見てる。
「なんだ?」
エルザは怯える事無く、堂々と大柄の男に話しかける。
「お前があの【剣鬼】エルザか?」
「そんな2つ名は知らないが、私はエルザだ。」
男は筋肉隆々な腕を曲げ、皮の厚そうな手を顎に持って行く。会話をしている間もエルザの体を舐め回して見ていたが、エルザの顔なんて見ずに胸や腰なんかをジロジロと見ていて気色悪い。
男だからエルザが魅力的に映るのは理解できるが、もうちょっとこう、自然に出来ないもんかね。あからさま過ぎて性獣である俺でも引いてしまうぞ。
「噂を聞いた限りじゃ、どんなゴツイ奴なのかと思ったが合格だ。俺のパーティーに入れてやるぜ。」
エルザのたわわな胸を見ながらとんでもない事を言ってやがる。何言ってやがるんだこのゴリラ、ぶっ殺すぞ。
「結構だ。お前から見たら合格なんだろうが、私から見たら不合格だ。」
体格差に怯える事無く、むしろ眼中に無いとでも言うように目を合わせる事無く言葉を返していた。
(く~、格好良いぜエルザさん! そこに痺れる憧れるぅ!!)
「おいおい、俺はAランクのハンターだぜ? その俺様のパーティーに入れてやるって言ってんだ。入りますって言やぁ良いんだよ。体に傷を残したくねぇならさっさと言った方が良いぜ。」
DV男宣言している様なもんだ。こんな男は確かにエルザからしたら不合格だろう。
「お前がAランク? そうは見えないんだが………?」
(く~! 最高の煽りだ! 遠回しに雑魚って言ってるじゃん!)
煽っているのかとエルザの顔を見ると、エルザは本気で困惑している様な顔をしていた。どうやらエルザの今の発言は煽っている訳では無く、本心で思った事が口に出てしまったらしい。
しかし、それこそ本当の煽りになってしまったのだろう、男は青筋を立ててエルザを睨む。男は武気を纏い、完全に臨戦態勢に入っている。
そこで気付く、これは今の俺では敵わない。
本当にAランクのハンターなのかは分からない。だが、間違い無く俺よりは強いとこのゴリラの武気を見て感じた。流石に俺はその武気にたじろんでしまったが、2人はそんな事は無く、飄々とした顔をしていて、睨み返す事すらしていなかった。
「てめぇごらぁ………犯罪者のくせに粋がってんじゃねぇぞ。」
『犯罪者』
その単語が出た所で2人はピクリと反応する。それを見逃さなかった男は、そこが弱点だとすぐに理解したのだろう。そこを突いて話を続ける。
「ここに来たって事はまたハンターになったのか? あんだけ乱獲してまだ足りないってか? 犯罪者の思考は全くもって理解出来ねぇぜ!」
男はゲラゲラと醜く笑って、周囲にも「おい、そう思わねぇか?」と言っている。それに対し周囲はぎこちなく反応し、YesともNoとも言わずに流している。
(犯罪者………? 乱獲………? コイツは何を言っているんだ………?)
寝耳に水な単語に困惑しエルザ達の顔を見るが、彼女達―――特にエルザ―――の表情が硬くなっていた。
その反応で、この男が嘘を言っている訳では無いと理解できる。
(どういう事だ………?)
醜悪な顔で笑う大男に、エルザは言葉を返す。
「その話は、今は止めてくれないか。」
エルザの心からの言葉だったのだろう。だが、こういう口論になった時にそういった弱気な所を見せてはいけない。
「なんだ? もしかして子供の前では止めてくれって言いたいのか?」
俺の方を見て瞬時に判断したのだろう、またもや嫌な所を突かれる。実際に俺はその事を聞かされていなかった。そんな動揺している俺をコイツは見逃さなかったのだろう。
「もしかして、このガキもハンターか? おいおい、犯罪を教えてんじゃねぇだろうな! がははははは!!!!」
「―――っ! あんたねぇ!!!」
それに対して声を荒げたのはソフィアだった。
珍しく無言を貫いていたが、流石に今の言葉は無視出来なかったのだろう。声を荒げ、見た事が無いくらい眉間に皺をよせ激怒している。
しかし、前に出ようとした所をエルザが腕を横に伸ばして制止をする。
「エルザ、止めないで! こいつ、何も知らないくせにっ―――!」
「………いいんだ。結果だけ見たら、確かに私は犯罪者だ。」
「良くないわ! この誤解は痛みで訂正させてやる!」
杖を持った方のソフィアの手が、水色の光を纏いだす。
そこを起源に周囲の気温が下がり、夏場だと言うのに冷蔵庫の中にいるかの様な肌寒さへと瞬時に切り替わる。
俺でも魔力を視認できるほどの高密度の魔力圧縮。
それを見た周囲の反応は阿鼻叫喚だった。椅子から転げ落ちる者や、持っていたビールの瓶を投げ捨てて走り去る者、地震の時の様にテーブルの下に隠れる者など様々だった。
そんなソフィアに対し、喧嘩を吹っ掛けた大男は突っ立っているだけだった。
初めは余裕の表れかと思ったが、大男の顔を見ればそれが余裕からの行動では無いとすぐに分かる。男の顔は真っ青に青ざめ、額は脂汗を流していて表情は恐怖で歪んでいる。逃げても無駄だと本能で分かっているのだろう。
「ソフィア!」
「うっさい―――っ!」
制止しようとするエルザの言葉を無視して魔法を発動しようとする。ソフィアの手元が発光し、魔法を発動する瞬間―――視界の隅から人が飛び出してくる。
「―――――ぅおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
視界の隅から飛んで来た人物は大男の方へと飛んでいき、伸ばした足を大男の顎へとクリーンヒットする。
―――――ゴォン!
男たちはそのまま石の壁まで吹っ飛んでいき、鈍い音をさせて建物を揺らす。飛んで来た人間は、もう既にのびてしまっている大男に対して追加で何発か入れ、こちらに振り返る。
「ははははは! Aランクをぶっ飛ばしてやったぜ! これで俺もAランク確定だぁ!!!」
飛んで来た男は「だははははは!!」と手を腰に当て高笑いをしている。
男は俺くらいの少年で、腕には盾を持ち、腰には剣というオーソドックスな剣士の格好をしていた。
「【剣鬼】エルザ、会いたかったんだ!」
少年は笑顔でそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます