第31話 お母さんと呼んで3

 ―ソフィア視点―


 「おっ邪魔っしま〜す!」


 バーン!とオルドレット家の家の扉を勢い良く開ける。


 玄関に立つと香ばしい香りが鼻腔を刺激する。その匂いで料理をしているのがわかったので台所を見ると、案の定エルザが料理をしている最中だった。


 「おい、勢い良く開けるんじゃない。お前みたいに魔法ですぐに直せる訳じゃないんだぞ。」


 エルザはエプロン姿でこちらに振り向き、眉間にシワを寄せて睨んでくる。


 「最悪、壊れちゃったら私が直してあげるわよ。―――――って、何そのお菓子の量!?」


 台所の近くにあるテーブルの上には、今までのオルドレット家の家では見た事が無いレベルの量のお菓子が置いてあった。


 アル君とエルザは甘党と言う訳ではないので、オルドレット家にはほとんどお菓子が置かれている事はない。だが目の前のテーブルには、甘党になったのかと言うレベルのお菓子の山が積み上がっていた。


 「…………………………。」


 後ろめたい感情があるのか、エルザは私の驚愕から来る質問に対し沈黙で返してきた。


 「ちょっとエルザ、私の質問に答えなさい! このお菓子は何?」


 山積みになったお菓子を指差して「逃さねぇぞ。」と圧を掛ける。

 それに対してエルザは目を逸らし、


 「それより、バティルはどうしたんだ? レイナに会いに行くと言っていたから、お前の家に行ったんじゃないのか………?」


 私から目を逸らしたまま、エルザは苦し紛れに話を変えようとしてくる。

 しかし、それは寧ろこちらにとって好都合な話の切り替えだった。


 「バティルは家の前で待機しているわ。」


 「家の前で待機………? どういう事だ………?」


 「全く持って分からない」と言いたげにに首を傾げ、エルザは料理の手を止める。

 エルザの様子を見るに本気で理解らないという様子だ。バティルが嘘を付いていたという可能性が頭をよぎるが、目の前のお菓子の山を見てその可能性は無いと断言できる。エルザがこんなにお菓子を買い込む事なんて今まで見た事が無い。バティルの言う通り、今のエルザは何かおかしい。


 「バティルが、今のエルザは怖いって言って逃げてきたのよ。」


 「怖い………? 逃げてきた………?」


 「そうよ。心当たりが無いの?」


 私がそう言うとエルザは顎に手を持っていき、眉間にシワを寄せて目を瞑る。しばらく脳をフル回転させて考え込んいたが、やはり思い当たる節はなかったようだった。


 「分からない………嘘を付いてるんじゃないだろうな?」


 「付いてないわよ。付いてたら防具なんて装備して来るわけ無いでしょ。」


 「そう言えば、なんで防具まで付けているんだ………?」


 そう、今の私は完全フル装備の状態だった。

 普段のスカートのせいで見えにくいが、足にはプロテクターをしているし、服の下にもアーマープレートを装備している。エルザと共にクエストをする時のいつもの格好だ。


 「そりゃあ、エルザがバティルに危害を加えようとしているかも知れないから、最悪、殴って成敗してやろうかと思っているのよ。」


 おかしくなったエルザは何を起こすかわからない。もしかしたら、あの時の再来が起きるかも知れないのだ。警戒をして損はないだろう。


 そんな私の覚悟を感じ取ったのか、エルザは真剣な顔になって近くにあった椅子に座る。


 「……………詳しく聞かせてくれ。」


――――――――――


 ぐつぐつぐつとシチューが音を立てている。


 「手短にしたほうが良いわね。」


 台所を見ながら私も席に着く。


 「………ああ。」


 それから、バティルから聞いたエルザの行動や、それに対してバティルが恐怖を感じていた事をそのまま伝えた。それを聞いたエルザの顔は次第に曇り、恐怖を感じたというトイレの件を聞いた時なんかは冷や汗が滝のように流れていた。


 「これがバティルが言ってた事なんだけど、本当にしてたの?」


 「概ねは合ってる………。」


 「じゃあ、トイレの扉の前で立ってたの?」


 「それは…………その…………理由があって…………。」


 「トイレの前に待機している理由って何よ!………………まさかあなた………アル君に似てるからって、ヤろうとした訳じゃないでしょうね!?」


 「ち、違う! そういうつもりで立ってた訳じゃない! ただ……そのぉ…………怖い夢を見たと言ってたからぁ…………。」


 「怖い夢ぇ?」


 それからしばらくモジモジしていたが、流石に観念したのか口を開いた。


 簡潔にエルザの考えをまとめると、どうやら「お母さんと呼ばれたい」という理由でバティルを甘やかしているようだった。


 トイレの前に立っていたのも、今回の件のトリガーになってしまった「怖い夢を見た」という発言で、バティルを心配して出た行動らしい。「そばにいるから安心しろ。」と言うことを暗に示していたらしい。


 「それで、このお菓子の山は………?」


 「お前が昔、言ってただろ…………胃袋を掴めって。」


 「あぁ〜………。」


 確かに言っていた。

 エルザがアル君と付き合い始めた頃、「心を掴むには、まず胃袋を掴め!」と助言をし、料理なんてまともにした事がなかったエルザに料理を教えたのだ。


 そして、その作戦は成功した。


 アル君の方から告白して出来たカップルなので、元々アル君の心を掴んでいたのだが、追加で胃袋まで掴むことに成功し、見事ゴールインまでこぎつけたのだった。


 その成功体験により、エルザは今回もそれで行こうと考えたのだろう。


 「それにしても、この量は多すぎでしょ。」


 「バティルの好みが何か分からなかったから、好きそうな物を買ったらこうなってしまった。」


 「この量は結構したでしょ………。」


 「……………………………………。」


 お菓子は贅沢品だ。それを山になるくらい買い込むなんて相当な出費が予想できる。


 ただ、エルザのこういった視野が狭くなる現象はこれが初めてでは無い。


 今のエルザは、アル君と一緒にいた時のエルザを見ているようだった。付き合い始めの頃はアル君に好かれようと行動し、おかしな行動を取るになった事が何度かある。今回もあの時のように暴走してしまったのだろう。


 (おかしな行動をし始めたって聞いて1年前の再来かと思っちゃったけど、そうじゃないみたいね。まあ、おかしな行動なのは変わらないけど……警戒しすぎたわ。)


 最近でエルザの情緒が乱れた件と言えば1年前の件がある。エルザの情緒がおかしくなり、暴走してしまった件を間近で見て、その事件を対処した身からしたら警戒するのも無理はないと思う。


 エルザの力は強力だ。その力が暴走してしまったら、それはもう災害に等しい物になる。


 1年前の『乱獲事件』が良い例だ。


 この村の隣りにある森の生態系を半壊させたあの事件は、エルザがそれだけの力がある事を証明した。前回はその力がモンスターに向けられたが、もしも人間に向けられたらと考えると背筋が凍る。


 この1年でモンスターの量が少しづつ回復しているが、大型モンスターは未だに帰って来ていない。村の人達はその方が良いと言っているが、それだとシャドウウルフが大量発生してしまうので最終的に困る事になってしまうのだ。


 エルザの親友でありパーティーメンバーである私が真っ先にエルザの暴走を察知し止めに入っていれば、あの事件は起きなかったのでは無いかという反省が今もあり、少し張り詰めすぎていたようだ。


 「『お母さん』って呼ばれたいからやった行動だって言うのは分かったけど、そういうのはじっくりやって行くものだって話を私としたじゃない。」


 「それは分かっている………分かっているが………さっきも言ったがチャンスだと思ったんだ。」


 「だからと言ってトイレの前で立っているのはやり過ぎよ。普通気持ち悪いでしょ。」


 「うぐっ………。」


 バティルが私に相談する原因となったトイレの件を、気持ち悪いとバッサリ切った事でエルザは見るからに凹んだ。それは、バティルもそう思ったと言っているようなものだからだろう。


 「バティルは私を嫌いになったのか…………?」


 心を抉られたエルザは不安げにこちらを見る。その顔は今にも泣きそうで、エルザもこんな顔をするんだなと新たな発見をする。


 「そこまでは行ってないみたいよ。」


 「そうなのか………?」


 「ええ、私がエルザを成敗してやるって言ったら「そこまでしなくて良い」って言ってたわよ。あなたに嫌われたくないけど、どうすれば良いか分からないって相談してきたわ。」


 「そうだったのか…………。」


 エルザは少しホッとしたようだが依然として表情は暗い。バティルを不安がらせた事を申し訳なく思っているのだろう。


 「はぁ………あなたに悪気が無いのは分かったわ。これはもうとっととバティルに『お母さん』って言って貰った方が良いわね。」


 「…………何か良い案があるのか?」


 「あるわよ。正面から「これからはお母さんって呼んでください」って言えば良いのよ。」


 「いやぁ〜…………それは………………ちょっと………………………恥ずかしい。」


 「じゃあ、今回の件をどう説明するのよ! もうそれしか無いでしょ!」


 バティルは賢い子だ。

 剣の習得も速いし、武気だってコツを掴んだらあっと言う間に纏う事が出来た。教えた事をドンドン吸収して行く所を見るに頭が柔軟な事が伺える。


 そんな子が「なんか今のエルザは怖い」と不安を抱いている。


 それに対して適当な理由を付けて流してみろ。なんとか説得が出来るかも知れないが、出来なかった時のリスクは大きい。初めの頃のバティルは毒を警戒してご飯を食べなかったとエルザに聞いているし、本来のバティルは警戒心が高いのかも知れないのだ。

 そんな可能性がある人物に、こんなしょうもない事で2人の関係性にヒビが入るくらいだったら正面から言うべきだ。


 そんな私の考えをきちんとエルザに説明する。


 「分かるでしょ。恥ずかしいで済むんだからそっちの方が良いわよ。」


 「でも断られたら、それはそれで気まずいんじゃないか…………?」


 「好意は持っているんだよって伝えられるし良いじゃない。アル君とあなたはそうやって結ばれたんだし、今度はあなたがアル君の立場になるだけよ。」


 そう、エルザたちは最初から上手くいった訳じゃない。

 2人が付き合うまでは、アル君が告白しエルザが断るという流れが何回もあった。次第にエルザも意識しだして付き合ったと言う流れが2人の関係なのだ。今回はエルザがあの時のアル君の様に、バティルへ愛を伝える番になっただけだ。


 それから「う〜ん、う〜ん。」と思い悩んでいたが、最終的に正面から「お母さんと呼ばれたかった」とバティルに正面から伝える事を決めた。


――――――――――


 ―バティル視点―


 エルザに事情聴取をすると言ってソフィアが家に入ってからしばらく経ち、不安な気持ちが心にありつつ待っていると、ソフィアが家から出てきて俺も家に入る事になった。家に入ると真っ先にシチューの香りがしていて、料理の途中な事がすぐに分かった。


 テーブルの方には、縮こまりつつもソワソワしている見た事が無い珍しいエルザの姿があった。


 エルザの対面に座るようソフィアに促されたので指示通り座り、ソフィアは俺とエルザの間の空間に座り、俺たちを両方見れる位置に座った。傍から見たら三竦さんすくみの状態のようだった。


 そして、家に入った時に真っ先に目に入ったのはテーブルのお菓子の山だった。今までお菓子などは買って貰った事は無いし、別に要求もした事も無かったので違和感が凄い。


 やはり今のエルザは何かがおかしい。


 「エルザに聞いてみたんだけど、別に怖がらせるつもりは無かったみたいよ。」


 「………そうなんですか?」


 「ええ、急に態度が変わったから不審に思ったでしょうけど、エルザなりにあなたの事を思っての行動みたいよ。」


 そう言って2人でエルザに視線を向ける。その視線に耐えられなかったエルザは下を向いてコクリッと小さく頷いた。


 「ほらっ! 黙ってないで言いなさいよ!」


 ソフィアは小さくまとまっているエルザに容赦無く責め立てる。


 俺の中での2人の関係は、ソフィアが何か問題を起こしてそれに対してエルザが眉間にシワを寄せて責め立てるという構図なのだが、今回は全くの逆になっていた。


 「………まずは、その、怖がらせて申し訳なかった………すまん。」


 エルザはモジモジしながらも俺の方を見て謝罪をする。


 「バティルとはこれからも家族でいたいと思っていて………その………何と言うか………。」


 「…………………………。」


 何故かエルザの顔が赤くなっていく。

 普段のキリッとした顔とは違う、赤面したエルザの顔が可愛らしかった。

 そして、なんか思ってた展開と違う展開で困惑してくる。

 こちらとしては、「サイコパス殺人鬼スマイル」のエルザが本当のエルザの可能性を考慮し警戒していたのだが、なぜか今のエルザは赤面をしていてモジモジと恥ずかしがっている。

 まあ、エルザが暴力が好きなサディストでは無いだろうとは思っていたが、なんのすれ違いが起こっているのか分からない状態なので、もしかしたら険悪な雰囲気になる可能性だってあると考えていた。

 しかし、まさか普段はクールな成人女性が赤面してモジモジするのを見るとは思わなかった。


 「…………………………私の事を『お母さん』と呼んでくれないか?」


 「…………………………え?」


 エルザの言っている事を処理し切る事が出来ず、反射的にソフィアの方へ視線を動かし目で解説を求める。

 ソフィアはやれやれといった感じに肩をすくめながら説明してくれる。


 「エルザはあなたに母親として認められたかったみたいよ。そういう話は私も前から聞いてたけど、そういうのは時間を掛けてじっくり関係を築いてから出てくる物だって言ってはいたんだけどね〜。エルザは早く呼ばれたかったみたいなのよ。」


 そう言われ、今度はエルザに視線を戻して反応を見るが、何も反論をせずにモジモジしている所を見るに、どうやら本当の事らしい。


 「トイレの前にいたのも、一人で怖くないか心配して待ってたらしいわ。」


 そう言えば、エルザはあの時「1人だと怖いかのでは無いか心配だった。」と言っていた。あれは不意についた嘘なんかでは無く本心だったのだと言う。


 「あの時の言葉、本心だったんですね…………。」


 「ね〜。流石に嘘かと思うわよ。」


 「…………………………。」


 流石に傷ついたのか、下を向いていたエルザの顔が更に下へ下降する。


 「でも良かったです。僕が何か気に触る事をしちゃったんじゃないかと心配していたので、そうじゃないんだって知れて安心しました。」


 尊敬しているエルザとはこれからも仲良くしていきたいし、エルザ自身も俺の事を本当の子供のように思ってくれているのだと知る事が出来て素直に嬉しい。

 俺自身は、まだ家族という関係に対してしっくり来ていない所は正直ある。

 だがエルザは違っていて、俺と家族になりたいと本気で思ってくれているようだ。「お母さんと呼んで欲しい」という言葉がそれを表している。先程ソフィアが言っていた様に、そういった事は時間を掛けて家族になり、不意にお母さんと呼んでしまったと言うのが理想だろう。


 だがよくよく考えてみれば、それは遅かれ早かれと言う事になるのではないだろうか。


 今は家族という関係にしっくり来ていないが、このままずっと生活していけば自ずと家族関係がしっくり来る日が来るだろう。であれば、しっくり来てなかろうと「お母さん」と呼んでしまった方が良いのではないだろうか。それに呼んでいく内に慣れていくだろう。


 「それじゃあ、その、これからもよろしくお願いします。………………お母さん。」


 俺もエルザのように赤面して、気恥ずかしさからエルザの目を見る事が出来ない。それでもエルザの反応が気になりチラリと一瞬だけ視線を向けると、エルザは少し驚いた顔をしてから笑顔になった。


 「ああ……………ありがとう。」


 エルザは笑顔で感謝を述べていた。


 今夜のオルドレット家の夕食は豪華だった。

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