第30話 お母さんと呼んで2

 ―バティル視点―


 なんかエルザの様子が変だ。


 最初に違和感を感じたのは朝食の時だ。

 調理中にも「なんか量が多くないか………?」と思っていたが、出来上がった時はいつもと全然違う量の料理が出て来たので、流石に何かの記念日なのかと思って聞いてみた。エルザからの返答は「こういう日があっても良いんじゃないか。」という返事で、何かおかしいと思いつつも家主が良いと言っているなら良いかと思って普通に食事をした。


 食事中に「いつもと違う焼き方をした。」とエルザが言っていたので、俺の中では「それを試してみたくてやったのか」と納得した形だ。


 フルーツポンチがなぜ追加されているのは良く分からないが、学んだ肉の焼き方を実際にやってみたかったから挑戦してみたのだろう。別に夜にやっても問題ないんじゃないかとも思ったが、エルザは朝からやってみたかったのだ。そこは人それぞれの考えや感覚があるので軽く流して終わった。


 しかしそれ以降、エルザから声が掛かる事が増え、俺の髪をとかして貰ったり、10分置きくらいにエルザの方からハグをして来ていた。仕舞には俺がトイレに行って、用を済まして扉を開けたらエルザがすぐ側に立っていた。


 これには流石に驚いて「ヒエッ……!」という変な声が出てしまった。


 なぜ扉の前にいるのかを聞いてみた所、エルザは「1人だと怖いかのでは無いかと思った」と言っていた。(扉の前に立って待っている方が怖いよ………。)と思ったが、エルザの目を見た感じ、真剣な目をしていたので本気で心配しているようだと感じたので、感謝を述べてその場は終えた。


 この時点で俺の感情は「エルザの様子が変だ」という所から「怖い」という感情に切り替わっていた。


 別にエルザが悪い事をして来る訳では無いのだが、なんだかすごい視線を感じ、監視されている感覚になってくる。トイレの扉の前に立っていたのもそうだし、朝食が豪華だったのも何か裏があるんじゃないかと思えて来てしまう。


 そして、怖くなった俺は逃げるようにソフィアの家に向かった。


――――――――――


 村から少し離れた所にあるソフィアの家が見えてくる。


 丘の上に1本だけ生えているエネルと呼ばれる魔法樹の下で、ソフィアとテアンが何やらやっている。どうやらレイナは居ないみたいだ。


 「こんにちわ~。」


 「あら、バティルじゃない。今日はレイナは来ないわよ。」


 「あ、そうなんですね。………て、それなんですか?」


 軽い挨拶をして振り返ったソフィアの手には、なにやら奇妙な液体が入ったコップを持っていた。コップの中の液体は水色をしていて、掻き混ぜるのに使ったであろう木の棒にねっとりと纏わり付いているのを見ると、粘度が高いのが見て取れる。


 「ほら、この前言ったでしょ? 魔力を回復するためのアイテムを作る研究をしてるって。これがその試作品よ!」


 「ああ! あの時言っていたのですね。魔力過多になって死に掛けたって言ってましたね。」


 「そうよ! これも調整はしたけど………恐らく失敗するでしょうからバティルは絶対に飲んじゃ駄目よ!」


 「え、もしかして、これから飲むんですか………?」


 「そりゃそうよ! そうじゃないと成功しているか分かんないもの。」


 前回、死に掛けたって言っていたし大丈夫なんだろうか。死に掛けたからもうやらないという思考になると思っていたので、調節したからもう一回試してみるという感覚に戸惑う。


 「その………大丈夫なんですか? ソフィアさんが死んだら流石に悲しいんですけど。」


 「大丈夫よ! 前回で対処法は分かっているから、流石に死にはしないわ!」


 そうか、死にはしないのか。なら良いか………じゃない! 危ないんだから止めておいた方が良いだろ………!


 (だけど、止まらないんだろうなぁ………。)


 そこらへんは暫く生活を共にしているので分かる。まあ、それに大丈夫だと言っているのだから信じよう。


 それにしても、自分の体で人体実験をしているその根性はすごいなと思う。本人からしたら、根性でやってるとか勇気を振り絞ってやってるとかでは無いのだろう。恐らく、今のソフィアの行動原理は好奇心から来ている。それでも、死に掛けた経験をしたのにもう一度やってみるというのは理解できない。


 「テアンとバティルは離れてなさい。」


 そう言われテアンと共に距離を取る。


 それを確認してから俺達に背を向ける。それからソフィアは粘度の高い水色の液体を口に流し込んだ。


 (魔力過多になった時の対処法と言うのが何なのかは分からないが、もし失敗したら急いで村に救援を呼ぼう。)


 そんな事を考えていると、ソフィアはコップにあった不味そうな飲み物をすべての飲み込み、「ふぅ………」と一息つく。


 一呼吸経ってから「うっ………」と苦しそうな声を出した。


 やばいのかもと思って身構えるのだが、ソフィアは両手を前に突き出して瞬時に魔法を放つ。


 ―――ドンッ!!!


 ソフィアが出した魔法は水の魔法で、水の柱が横に飛んで行った。


 その魔法が何という名称なのかは分からないが、その魔法はレイナが修行の時によく使っていた魔法なので見た事がある。しかし、レイナの放出する水量とは比べ物にならないレベルの物だった。


 (消防車の水、いや、それ以上の水圧だ………。)


 水圧は凄まじく、これはもうビームを出していると言っても良いかもしれない。そのぐらい凄い速度と距離を飛ばしている。ちょっとこれは桁違いだ。もし俺がこのビームを食らったら一瞬で消し飛んでいるだろう。大型モンスターの体も貫通してしまうのでは無いだろうか。


 これだけで相当の魔力を使うはずだと思うのだが、3分間ぐらいその威力の攻撃を出し続けていた。放出された地面はビシャビシャである。


 「ゲホゲホッ………、あ~胃が痛い………。」


 「大丈夫ですか?」


 「ありがと、大丈夫よ。それにしてもまた失敗ね~。う~ん、どうしようかしら。」


 「回復量が多すぎるって感じなんですか?」


 「そうなのよ! ちょっとの回復ならもう既に出来るんだけど、やっぱり許容量ピッタリにしてみたいじゃない? でも難しいのよねぇ~。」


 あ、ちょっとの回復なら出来るんだ。


 「ちょっとの回復って、そこにある花を食べれば出来るんですか?」


 「そうよ。でも私が開発したのはすぐに全回復できるポーションよ!」


 ………ん? どういう事だろう。と疑問に思ったが、すぐさまソフィアが詳細を教えてくれる。


 「昔から速く魔力を回復したい時は、そこに咲いてる「リエンス」って花を食べたりして回復してたんだけど、じわじわ回復するから戦闘向きじゃなかったのよ。でも、そこを私は改良して即効性のあるポーションを作る事に成功したのよ!」


 「ハイ、拍手!」となぜか指を差されて命令されたので、適当に拍手をしてみる。ソフィアは腰に手を当て自慢げに「うんうん!」と頷いている。


 「でも人によって魔力量が違うから、私の中の「ちょっと」がちょっとじゃない場合があったりしたのよね。だから、魔力量が違くても全員が即時全快するポーションを作ってみたいのよ。」


 なるほど、例えば俺がソフィアの「ちょっと」のMP回復ポーションを飲んだりすると、MPが豆電球レベルの俺は間違いなく魔力過多でお亡くなりになる事だろう。


 「そのリエンスって花を食べても魔力過多にはならないんですか?」


 「なるわよ。魔力が全快だったら熱が出た時みたいな感覚になるわ。だから魔法が使えない子は口に入れない方が良いわね。………でも私が作ったポーションは熱が出ってレベルじゃないのよね~。回復力が良すぎてなのかは分からないけど、内側から爆発しそうな感覚になるのよね。」


 何それ怖い。


 「えっと………本当に大丈夫ですよね………? 倒れたりしませんよね………?」


 そんな危ない物を飲んでいるという事実を聞き、物凄く心配になってくる。翌日、再び顔を出してみたら倒れていました、なんて事があったら堪ったもんじゃない。


 「まあ、大丈夫だとは思うけど………取り敢えず今日は安静にしときましょうかね。」


 「そうしてください。」


 それからソフィアに「お茶でも飲んで行きなさい。」と言われたので、お言葉に甘えて家に入った。


――――――――――


 「それで~? 何かあったの?」


 ソフィアの家に上がり、お茶を俺の前に持って来てくれたタイミングでソフィアは聞いて来る。


 「え………?」


 「何か困った事でもあるんじゃないの?」


 「いやぁ、まあそうなんですけど、よくわかりましたね。」


 「いつもより何か顔が暗かったから、そうなんじゃないかと思ったのよ。」


 普段通りで接しているつもりだったが、どうやらエルザの異変に動揺して普段通りじゃなかったのだろう。それかソフィアの観察眼が凄いのか。


 「何があったか言ってみなさい。お姉さんがチャチャッと解決してあげるわ!」


 ソフィアは「任せなさい!」とでも言うように、胸をドンッと叩いてから胸を突き出している。


 (エルザと長く付き合っているのはソフィアだろうし、今のエルザの異変も何かわかるかもな。)


 正直、何が原因であそこまで俺に優しく接するようになったのかが全く分からない。初めは「優しくしてくれて嬉し~」なんていう軽い気持ちで居たのだが、流石にトイレの前で待機しているのは怖すぎた。


 あそこで、エルザからの視線が何かを狙っている様にしか見えなくなった。


 そこで瞬時に思い当たったのは「優しくしてから何かする」という事だった。考えたくはないが、もしかしたらこれまで優しくしていたのは最後に何かするための行動で、俺をだましていた可能性もある。


 初めて会った時のサイコパススマイルは、ただ作り笑いを作るのが苦手と言う訳では無く、本当に獲物を見つけて喜んで出た笑顔と言う可能性。


 それから警戒した俺の心を少しづつ開かせていき、完全に信頼しきった所で何かをする………。


 (となると、ソフィアに相談するのは不味いんじゃないか………?)


 俺の予測が当たっていたとすると、エルザとソフィアは間違いなく結託しているだろう。ここでエルザの様子がおかしいと言ってしまえば、感づかれたと思って逃げ道を塞がれる可能性がある。ここはストレートに「エルザの様子が変だ」とは言わない方が良いだろう。


 「………エルザさんって、何で僕なんかを養子にしてくれたんでしょうか?」


 まずはここから攻めてみよう。


 実際、今まで疑問だった事だし、困った事という題材としては妥当な悩みだろう。それにエルザがなぜ俺を傍に置いているのかを知れば、エルザの目的も分かって来そうだ。


 「………えぇ! エルザから聞いてないの!?」


 ソフィアはびっくら仰天という様な感じで、机から身を乗り出して驚いている。


 「一応、「一人寂しく生きる位なら子供を育ててみたらどうだ」とソフィアさんに言われたからみたいな理由を言ってたと思います。」


 「いや~確かに言ったけども………そこを言って逸らしたのね、アイツ~……。」


 (逸らした………? という事は本心は違うのか………?)


 もしかしたら、本当にやましい事で俺を泊めたのか? それだと物凄く悲しいんだが………。


 「エルザに夫が居たのは知ってるわよね?」


 「はい、アルベルトさんでしたっけ?」


 「そう、そしてアル君は1年前に死んじゃって今は居ない。その時のエルザはそれはもう酷い有様でね。2ヶ月くらいは廃人みたいになっちゃった時もあったわ。その時のお世話は大変だったわよ。」


 「……………。」


 今のエルザからは想像できない。


 あの凛々しくて強いエルザが廃人みたいになる。それ程までにアルベルトという人を愛していたのだろう。


 「何とか普通の生活に戻れはしたんだけど、あれ以降ずっと寂しそうにしててね。………でも、そんな中で現れたのがバティル、あなたよ。」


 「僕ですか………?」


 「そう。あなたはね、アル君にそっくりなのよ。目元なんて特にね。」


 そう言ってソフィアは自身の目元をツンツンと指で突くジェスチャーをする。


 「エルザはすごい喜んでいたわ。初めは私にも隠してたんだけどね~バレバレだったわよ。【バティル】って名前も、男の子が生まれた時に付けようとしてた名前だしね。」


 そうだったのか。………あ、だから俺の名前を命名する時ソフィアは少し気まずそうにしていたのか。内心では「お前、まさか………。」って感じだったのだろう。


 「だから「養子にしたら」って言ってみたの。それなら誰も不幸にならないと思ったから。」


 なんか良い話になっている。良い話なんだけれども、俺はエルザが何か企んでいるのを探るつもりだったので、狙いと違う回答が返って来たので少し困惑する。もしかしたらソフィアが嘘をついていて俺を油断させる作戦の可能性もある。だがソフィアの目や表情を見ても、騙そうとしている感じじゃないんだよなぁ………。


 ソフィアの表情は穏やかでホッとしている様な表情をしていた。そのまま「いや~よかったよかった。」なんて言葉を言いそうな雰囲気すらある感じだ。


 (これはまさか………すれ違いが起こっているでは………?)


 似たような事案として「サイコパス殺人鬼スマイル」の件がある。あれは不器用なエルザと勘違いした俺という構図からなる物だった。

 短い間だが、一緒に過ごしたエルザとの生活に狂気のようなものは無かったし、エルザは俺に優しく接してくれていた。

 エルザは不器用な人間だ。サイコパス殺人鬼スマイルが良い例じゃないか。


 「あの~、もう一個悩みがありまして―――――」


 なので、素直に今日のエルザの不信な行動を相談してみた。なぜか朝食の量が増えている事やハグの回数が信じられないくらい多くなった事、トイレの前で待機していた事などをだ。


 「トイレの前に立ってたぁ~? 何よそれ、気持ち悪すぎでしょ!」


 俺の言葉を聞いたソフィアの反応はそれだった。どうやらやっぱり俺の考えすぎだったようだ。


 「そうなんですよね………。流石に怖くなって、逃げ出してここに来たっていう感じで………。」


 「なるほどね~。それはバティルの判断が正しいわよ! 私だってそんな事されたら逃げ出すわ!」


 そう言うとソフィアは立ち上がり、食器を片付けて杖を持つ。


 「任せなさい! 私がエルザを懲らしめてやるわ!!」


 「―――えぇ!?」


 急展開ぃ! いきなり立ち上がって杖を持ったので何をするのかと思いきや、ソフィアはまさかの戦闘態勢に入っていた。


 「いやいやいや、懲らしめるのはちょっと………!」


 「大丈夫よ。エルザはね、1発殴って教えないと分かんない人間だから!」


 酷い評価だ。


 別にそんな事は無いだろう。それに完全にDVの考え方じゃないか………。むしろ俺から見たエルザは賢い人間だと思う。話し合いで十分だと思うんだが、ソフィアのエルザに対する評価が良いのか悪いのかよく分からん………。


 「喧嘩をしたい訳じゃないんです。ただちょっと………僕から聞くのが怖くて。エルザさんに嫌われたくないですし………。」


 「そうよね………わかったわ! じゃあエルザに何があったか私が聞くから、バティルは家の外で待機してなさい!」


 俺に頼られたのが嬉しいのか、ソフィアは何故かやる気満々といった感じで興奮気味になっている。


「さあ、殴り込みよ!」


 (やめてぇ……………!!!)

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