第27話 母の悩み

 ―――コトンッ。


 エルザの前に紅茶を注いだティーカップを置く。


 「稽古は終わったの?」


 「ああ、今は自主練習をしている。」


 稽古と言うのはバティルの稽古の事だ。ハンターになりたいと言ってから、毎日欠かさず剣を振っている。何度もマメを潰しては、私の所に来て治療しているので相当頑張っているのが窺える。


 「それにしても凄いわね。シャドウウルフのボスを狩ったんだって?」


 バティルの会話になったので、そのままバティルの話を続ける。


 「ああ、それにあのシャドウウルフは、私の目算ではBランクに行くレベルだったな。」


 「・・・え、初めての狩りでそれを倒しちゃったの?・・・エルザの援護があったとは言え・・・流石にちょっと引くわよ。」


 (あの怪我はそう言う事だったのか・・・)と、今のエルザの発言で内心思う。


 狩りに行く前のバティルの武気を見て、まあ大丈夫だろうと思っていたのに、帰ってきた時にはボロボロだったのだ。驚いたもんだ。


 初めての狩りという事もあり、パニックにてもなってしまったのだろうと考えていた。


 新米ハンターにはよく聞く話だ。


 私だって最初は恐怖に震えて死に掛けた事がある。嫌な思い出だが、あの恐怖心があったから色々と乗り越えることが出来たのだと今は思っている。


 バティルもそうなったのかと思ったが、どうやら違った様だ。


 「・・・そうだな。バティルのハンターとしての素質は凄まじい物がある。私も見ていて鳥肌が立った。」


 エルザにそれを言わせるのか。これは凄い事だぞ。


 「もしかしたら、エルザを超える逸材かもね!」


 少し冗談交じりに言ってみたが、エルザは笑う事無く答える。


 「いや、『かも』じゃ無いな。間違い無く私を超える逸材だ。」


 真剣な、それでいて誇らし気にエルザは言う。


 エルザの強さはこの世界で有数だ。そもそも、大型モンスターを単騎で討伐する事が出来る存在なんて稀な存在だ。


 そのレベルのエルザが、自身を超えると明言している。


 実際に戦っている所を見ていた訳では無いので、正確に判断する事は出来ないが、エルザが力量を測り間違う事など考えられない。なので本当にそうなのだろう。


 「嬉しそうね。それで、その『逸材』君との生活は順調なの? 私が言ってたプレゼントは渡せた?」


 プレゼントと言うのは、バティルがハンターとして初めて狩りができた時に「何か渡してあげたらどうだ」とエルザに助言したのだ。


 「ああ、とても喜んでいた。」


 「何を渡したの?」


 「ネックレスだ。」


 (ほう、なかなか良いじゃない。)


 ただ、男の子に装飾品を渡すのは少しどうかと思うが、喜んでいるのなら余計な事は言わないでおこう。


 「あ、あとソフィアに貰ったネックレスを改良したのを渡したのだが、問題なかったか?」


 「ん?ネックレスなんて渡したかしら?」


 身に覚えが無い。


 エルザは基本的にそういった装飾品を渡しても喜ばず、砥石や防具なんかを渡せば喜ぶような人間なので、装飾品なんてもう何年も渡していないはずなんだが。


 「お前が試作品で作った魔石のネックレスだ。」


 「あ〜、あったわね! 別に問題無いわよ!」


 そう言えばネックレスをあげていた。


 魔石に魔法を封じ込めて、いつでも魔法を出せるようにしようと研究していた時のやつだ。結局は実用的な物を作る事は出来ず、興味が今の研究に向いてしまってから放置している。その時に作ったのを、何かがあった時にとエルザに渡した時があった。


 「色は緑色でしょ?」


 「ああ。」


 「なら、全然問題無いわね。」


 「もしもの時にもなるだろう?」


 「そうね!」


 そこまで考えての行動だったか。なんと言うか、エルザも色々と成長しているのを感じる。昔は他人の事なんて考える人では無かった。何か問題があったり、ムカつく事があると、すぐに拳を振るっていたあの頃が懐かしい。


 「ふふっ。」


 「何だ・・・?」


 昔のエルザと今のエルザのギャップに笑みが溢れる。


 それに対し、エルザは眉を寄せ、少し不機嫌な顔になる。「笑う所なんかあったか?」といった感じなのだろう。


 「ごめんごめん。いや〜、あの『赤鬼のエルザ』が子育てやってんなーって思ってさ。」


 「・・・随分、懐かしいのが出て来たな。」


 その二つ名は、私たちが出会った時には既にエルザが周囲から付けられていた二つ名だ。懐かしい。


 昔の自分を思い出したからか、エルザは誤魔化す様に目の前の紅茶を口に入れる。


 「あれから色々あったわね・・・。」


 「・・・そうだな。」


 そう、色々あった。楽しい事も悲しい事も辛い事も。でも、こうして紅茶を飲んで雑談出来ている現状に感謝しなくてはいけない。私たちはハンターでもあるのだ、いつどっちかが死んでもおかしくはなかった。


 『私を、殺してくれ・・・。』


 1年前の、あの日のエルザの言葉を思い出す。


 1年前、アル君が死んでからエルザの情緒はおかしくなり、盛大な自殺未遂をしたあの光景が頭をよぎる。それを何とか止める事が出来たが、それからは魂が抜けたように動かない時期もあった。


 廃人同然だったエルザが、ここまで立ち直れたのは素直に嬉しい。


 だが、未だにアルベルトの部屋と、アルベルトの墓には行けていない。エルザはアル君の死を受け入れる事が出来ず、葬式にすら参加できなかった。アル君の部屋は私が掃除をしているのが現状だ。


 彼女は未だに、完全には向き合えていない。


 それでもきっとエルザなら乗り越えられると信じている。あの状態からここまで来れたのだ、きっと乗り越えられる。


 そして、その鍵になるのがバティルの様な気がしたので、ずっと一緒に居られるように養子にする提案をしたのだ。


 実際、効果的面だった。


 エルザの笑顔がここまで増える事があるなんて、あれ以降、思っても見なかった。


 「そう言えば、バティルってもしかしたら覚者なんじゃない?」


 少ししんみりとしてしまったので話を変えてみる。


 『覚者』。


 それはこの世界で特異な力を持つ者の事を言う。魔力保有量が信じられ無いレベルの者や、炎に対し異様に耐性がある者、異様に視力が良い者などさまざまだ。


 この世界には、そう言った者達がごく稀に誕生する。


 あの歳であの武気の保有量を持っているのは異常だ。もしかしたら、将来的には大型モンスターの攻撃すら通用しないレベルになるのでは無いだろうか。エルザの口から出た絶賛からも、そう思えてしまうほどの物を持っている。


 「それは私も考えたが、正直よく分からん。覚者になんて会った事が無いから比較が出来ない。」


 「確かに、覚者がどれくらい他の人と違うのか見た事ないわね~。」


 「ああ。」


 本や、現在存在している人の話などは聞いた事があるが、私たちは実際に見た事がない。なので断定は出来ないが、私の考えとしては、恐らくバティルは覚者で確定だと思っている。


 「でも良かったわ。実際、本当にバティルは強いみたいだし、家族仲も良いし、まさに順風満帆ね!」


 家族になる事を勧めたのは私だが、本当は不安もあった。バティルに断られたらどうしようとか、家族になったは良いけど、修復不可能な喧嘩が起きたらどうしようとか様々だ。


 だが、それよりも今のエルザには変化が必要だと思った。


 もしかしたら、エルザがまた傷付く事になるかも知れないとも思ったが、それもまた良い刺激になるのではと思ったのだ。


 「・・・・・・・・。」


 そんな私の言葉に、エルザならすぐに「そうだな。」とか返してくれると思ったが、難しい顔になって黙っている。


 「何よ。何か問題でもあったの・・・?」


 「いや、問題と言うほどのものじゃ無いんだが・・・。」


 なんだが言葉を詰まらせている。エルザがこんなモゴモゴするのは珍しい。


 「なによ、ハッキリ言いなさいよ!」


 それからも、モゴモゴと言おうか言わないかで迷っているのを黙って待っていると、ようやくエルザが口を開く。


 「・・・『お母さん』と呼んでくれない。」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


 なるほど。確かにエルザから見たら愛しの夫に似た子供だ。さぞ可愛かろう。最近は、母親としてどうすればいいかよく相談されているので、バティルの事を相当可愛がっているのが窺える。


 だが、バティルからしたらそうでは無い。


 エルザとの会話などの風景を見ていて、別にエルザの事を嫌っている訳では無いのは感じるが、『お母さん』と呼ぶにはまだ早いのだろう。


 「それは・・・・・・・まあ、これからでしょ。」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだな。」


 それからバティルに母親として見て貰うにはどうしたら良いかを話し合い、今日の茶会は御開きとなった。




 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 ここまでこの作品を読んで頂き、ありがとうございます。


 現在、続きを書いている所なのですが、初めての執筆という事もあり中々に執筆が遅くなっています。ですが、続きは書いていくつもりですので気長に待っていただけると幸いです。


 それと、ブックマークやハートマーク、レビューなどで応援して頂けると嬉しいです。


 ありがとうございました。

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