第26話 目標

 「痛だだだだだ!!!」


 朝日が昇り、鳥達がチュンチュンと鳴いている中、オルドレッド家の家では悲鳴が聞こえる。


 「ほら、男の子でしょ! 頑張りなさい!」


 何処かで聞いたようなセリフの応酬が家に響く。


 シャドウウルフのボスを倒した後、無事に村に帰る事が出来た俺達はすぐにソフィアの家に行き、治療をして貰った。


 ・・・が、俺の状態は見た目よりも酷かったそうで、昨日と今日の2回で分けて治癒魔法を掛けてもらう事になった。


 アドレナリンが出ていたせいで分からなかったが、腕や手の甲なんかは骨にヒビが出来てしまっていたそうだ。


 それに全身の打撲。


 至る所が内出血で青くなり、ソフィアの家に着く頃には俺の顔はパンパンに腫れ上がっていた。鏡で自分の顔を見る余裕も無かったので分からなかったが、なかなか酷い腫れようだったそうだ。


 「良い、レイナ? 治癒魔法はこうやって魔力を流してやるのよ!」


 なぜかソフィアは「絶好のチャンスだ!」とか何とか言って、早朝からレイナを呼び、死闘を繰り広げて帰って来た俺の事を、まるで治癒魔法のお手本を見せる為の実験動物かの様に扱っている。


 (確かに一石二鳥だけども、だけどもさぁ・・・。それを一瞬で閃く、その思考回路が怖いよ!)


 そんな俺の気持ちも見ず知らず、レイナは「なるほど・・・」と真剣な面持ちで、魔力を流している箇所を凝視している。


 ソフィアに言いたい事はあるが、腕は確かで傷1つ残らず無事に治癒が完了した。


――――――――――


 「私もすぐに追いつくから! だから・・・もう少し待ってて欲しい!」


 帰り際にレイナが懇願するかの様に俺に言う。その顔は暗く、それでいて焦りを感じさせていた。別に見捨てたりするつもりは無いんだが、それでも彼女は不安なんだろう。


 「勿論。座学が必須なのはソフィアさんからも聞いてるし、焦らなくても良いよ。」


 それを聞いたレイナは顔が明るくなり、


 「―――うん! ありがとう。私、頑張るから!」


 手を振ってソフィアとレイナを見送る。


 レイナは、俺がシャドウウルフのボスを狩ったと聞いて焦ってしまっているのだろう。たが、魔法使いは結構難しそうだったから時間が掛かっても仕方ないと思っている。


 レイナの修行風景を見ていただけだが、どうやら魔力だけでは無く、武気も扱わなければいけない様だった。魔力を集中している中で武気も纏わなくてはいけないなんて、そりゃあ時間が掛かるに決まっている。


 それから魔法を覚えて、動いている敵に当てなければいけないのだ。


 その様な魔法使いに必要な事を、ものの1ヶ月で出来てしまったらそれはもう神童と呼ばれる位すごい事だ。剣士も難しい事や大変な事はあるが、魔法使いはどちらかと言うと器用さを求められるように感じる。


 それが分かっているからこそ、レイナに「速くしろ」なんて急かす様な真似はしない。


 「この後は稽古でもしますか?」


 2人を見送った後、玄関先でエルザに聞いてみる。


 ソフィアの治療のおかげで体は万全な状態なので、早速あの時の感覚を掴みたいと思ったので聞いてみた。


 シャドウウルフのボスを狩ったあの一刀は、今まで素振りでやってきた感覚とは一味違った感覚だったので、あの感覚を覚えている内に身に着けたいと思っていたのだが。


 「いや、今日は休もう。渡したい物もあるしな。」


――――――――――


 家に戻り、朝食を食べ、食後のティータイム中に、エルザが布に包まった何かを俺に手渡す。


 「これは・・・?」


 「討伐祝いだ。その・・・こういう時は何かプレゼントをした方が良いと聞いてな。」


 恐らく助言したのはソフィアだろう。


 というか、エルザがそんな粋な事をしてくれるなんて嬉しすぎる。女性からのプレゼントなんて生まれて初めてだ。それに、サンタクロースだって俺にプレゼントをくれた事は無かったので、嬉しくない訳が無い。


 「開いても良いですか!」


 「ああ。」


 綺麗に折り畳まれた布をゆっくりと開いていく。


 プレゼントは俺の手のひらに収まる位の大きさで、紫色の布に綺麗に収まっている。重さはさほど無く、片手で持てるくらいだった。


 開いてみた所、どうやら首飾りの様だった。


 「おぉ・・・!」


 「それは、昨日狩ったシャドウウルフの牙だ。受付に1本くれと言って貰って、作ってみたんだ。」


 先端を少し丸く削った牙が最初に目に付く。他には、緑色の水晶らしき物が3つ程付いていて、キラキラと光を反射している。紐は伸び縮みする事はないが、肌触りが良く、ずっと首に掛けていても気にならなそうだ。


 シンプルだがそれが良い。きっと常に首に掛けていて欲しいからシンプルにしてくれたのだろう。紐の肌触りからも、それが感じられる。


 「凄く嬉しいです!ありがとうございます!」


 実際、心から嬉しかった。


 祝勝祝いと言ってくれていたし、なんだか憧れた人からハンターとして認められた様な気がして笑みが溢れる。


 「そうか。」


 そんな俺を見てエルザも微笑む。


 「これからも格上のモンスターと戦う事があるだろうが、昨日のように、勇気を持って剣を振れば自ずと道は開ける。」


 笑みではないが、柔らかな表情で言葉を続ける。


 「討伐おめでとう。今日からお前はハンターだ。」


 プレゼントだけではなく、俺が欲しかった言葉で俺を認めてくれた。それがとても嬉しくて、俺の頑張りを認めてくれた事が嬉しくて目頭が熱くなる。


 誰も俺を見てくれなかった。誰も俺を応援などしてくれなかった。


 でも、それでも今は努力をすれば認めてくれる人がいてくれる。この環境が、どれほど幸運な事か。


 「ありがとうございます!」


 30を超えたおっさんが、プレゼントを貰って涙ぐんでいるという事実に気恥ずかしさを覚え、誤魔化すように頭を下げて感謝を述べる。あの1ヶ月の頑張りは無駄ではなかったのだと改めて実感する。


 頭を上げ、実際にネックレスを首に掛けてみる。


 少しでかいが、恐らく俺の身長が伸びた後の事も考えての事だろう。そういった所からも、エルザからの思いやりを感じられて嬉しくなる。


 「似合ってますかね!」


 「ああ。」


 返事は短いが、表情を見ればエルザも喜んでくれているのが分かる。


 まるで本当の親子の様な風景。


 まさか転生して子供になり、そして養子になってハンターになるとは思わなかった。前世の俺に、今からこうなるよと言っても信じて貰えないだろう。


 前世の世界に比べて、この世界は不自由が多い。それに危険もいっぱいだ。しかし、前世に比べて充実感は100倍はある。


 前世では惰性で生きていた。


 だが、それにより多くを学ぶ事も出来た。そしてそれより多くの後悔も出来た。今だから言える事だが、怠惰に生きていたからこそ学べたんだと思う。


 惰性で生きて、何もやって来ないと、何にもない自分が出来上がる。


 『今の自分は、過去の自分の行動の結果である』


 今の自分が酷い環境なのであれば、それは過去の自分が酷い行動をした結果であり、誰の所為でも無い。誰かを妬んだり嫉妬するのはお門違いだ。そんな事は薄々気が付いていた。


 『未来の自分は、今の自分の行動の結果で変わる』


 今に不満があるなら、今から変えるべきだったんだ。


 不満だらけの人生にしたのは過去の自分であり、その反省から学び、今から理想の環境にするために行動すべきだった。


 それを分かっていながら、あれやこれやと言い訳をして行動して来なかった。生まれた環境が~とか、才能が~とかそんな言い訳。


 だが、そんな自分はもういない。


 ―――目標が出来た。


 『エルザのような強い人になりたい』そんな目標。


 俺は過去から学びすぐに行動に移した。目標に追い付くには、今から行動しなければいけないと学んだから。


 周りは馬鹿にするかもしれない。


 何だよその目標とか、そんな危険な事をするより、転生したんだから前世の知識を生かして生きていけば良いじゃんと考える人もいるだろう。けれど、そんな言葉は関係無い。


 あの時、あのエルザの剣捌きを見てああなりたいと『俺』が思ったのだ。他人の意見はどうだって良い。


 悲観するのはもう止めだ。


 これからは、前を向いて生きて行く。


 それが、俺が前世で一番身に染みて学んだ事だから。

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