第25話 フリーター、狩人になる。

 俺を地面に叩き付けたボスは、そのまま俺の体を振り回す。


 視界がぐわんっぐわんっと目まぐるしく変化する。星が見えたと思ったら木の幹が見えたり、地面が見えたと思ったら月が見えた。


 何がどうなっているのか分からないが、ぶつかる感触的に、地面や近くにある木にぶつけている様だ。


 『何があっても剣は離すな。』


 稽古の時にエルザが言っていたのを思い出す。


 「剣を離してしまうと戦えなくなる」エルザが言っていた事だ。吹っ飛ばされようが絶対に離すなと言われた事を思い出し、必死に握っている手に力を入れる。


 (絶対に、剣を、離さな―――ぃぐぇ!)


 一向に止む事の無い攻撃に意識が飛びそうだ。


 振り回される事で頭に血液が持っていかれ、意識が朦朧としてくる。三半規管もめちゃくちゃになり、自分が浮いているのか地面にぶつかっているのか分からない。


 一方的にやられている中、ボスが俺の足を離す事で解放される。


 ブンッ!とゴミでも投げるかの様に雑な感じで投げられ、その投げられた進行方向にあった木に激突してズルズルと倒れ込む。


 全身が打撲で青くなり、顔面は腫れ上がっていた。右足はズタズタにされ、皮膚からは白い物が見え、血が止まらない。頭はガンガンと痛みの信号を常に送っている。もしかしたら脳内出血でもしているのではないだろうか。


 (つ、強ぇ・・・。)


 俺が読んでいたのを読んでいたのか、それとも偶然なのかは分からない。だが、結果が全てだ。偶然であろうが無かろうが、俺の選択は間違っていて、1個のミスで圧倒的に劣勢になってしまったのだ。


 元々俺よりも強いのは感じていた。それがこのミスにより絶望的な差を作る事になる。


 『全力でやれ。お前ならやれる。』


 先程のエルザの言葉を思い出し、エルザを見る。


 エルザはもう仕事を終え、最悪の事態を避ける為に準備をしている。周囲には子分達の死体の山が転がっていて、本当に何でCランクなんだと疑問に思う。


 エルザは準備をしているだけで、俺の前に来ようとはしない。


 ただ俺の方を見て、剣を構えているだけだった。駆け付ける事も、何だったら恐らくこのボスも狩る事が出来るのだろうが、エルザはそうはしなかった。


 エルザと目が合い、言葉では無く心で感じ取る。


 『まだやれるか?』


 エルザの目からそう言っている様に感じた。


 あの日以降、エルザの剣技が頭から離れなかった。シャドウウルフの群れを意図も容易く蹴散らすあの光景が、俺の頭から離れないんだ。


 俺もあんな風に強くなりたい。


 あんな風に強かったら、きっと生きやすい人生なんだろうなと思った。きっと前世の俺の様に周りから馬鹿にされたり、罵られたりせずに生きて来れたのだろうなと思った。


 ―――俺の人生は負け組だった。


 そしてそれを受け入れている自分がいた。


 でも、悔しかった。悔しかったんだ。


 見下されるのも、罵声を浴びされられるのも、愛情なんて生まれてこの方与えられたことが無くて、何でこんな人生なんだって思っていた。狭い部屋で何でこんな人生なんだって何度も泣いた。


 俺も強くなれば、あんな風に強くなれば、見える世界が変わるんじゃないかと思ったんだ。


 そうして、そう思ったから、その強いエルザに教えて貰った。


 ―――そうして気付く。その強さが生半可な覚悟で得られるものでは無いと。


 エルザのあの技術は、あの強さは、信じられ無いくらいの努力で積み上げたものだと。実際に剣を振り続けて、体感して理解する。


 彼女は、なにも適当にやってあそこまでの技術を手に入れた訳では無い。


 そこには血の滲む努力があり、幾つもの死線を乗り越えて手に入れた物なのだ。彼女自身が言っていたように、彼女は『生きる為に』剣を振って、今のエルザが存在しているのだ。


 そこでまた気付かされる。


 俺は、悔しい悔しいと内心では思っていながら、何か現状を変える為に行動をやっていただろうか。眠る前に胸に手を当て、自身のこれまでの半生を振り返る。


 『エルザの様な、血の滲む努力をやって来ただろうか。』


 ―――やってなどいなかった。


 ただ現状を受け入れ、内心では文句を言って、目標も無く、悲劇のヒロインのつもりでダラダラ生きていただけだ。あいつは運が良かったとか、大した努力もしていないくせに「自分は努力をしたのに」なんて言って自分を慰めていただけだ。


 だが、それも終わりだ。いや、終わりにする。



 ―――悲観するのはもう終わりだ。



 俺は、俺が憧れたエルザの様な強い人間になる。


 そこには大きな障壁が幾つもあり、辛い事が沢山あるだろう。だが、もう前世の様に色々言い訳をし、文句を垂れて行動しない人間にはなりたく無い。


 エルザだってきっとそうだったんだ。


 いや、エルザ以外だってそうなんだろう。俺より不遇だった人は沢山いただろうし、辛い経験をした人は沢山いて、それでも俺とは違い、もがいていた人は沢山いたのだ。


 そうしてもがいた人が、努力した人間が、結果的にエルザの様に光を放つのだ。


 悲劇のヒロインを気取って何にも努力しなかった奴が、同じ立場になんてなれる訳が無い。


 ―――エルザのようになりたい。


 きっと、この障壁もエルザは乗り越えていったんだ。そして種類は違うだろうが、前世で成功していた人達もこういった障壁を超えて行ったのだろう。


 エルザもきっと辛い人生だった筈だ。だって子供の頃にモンスターに親が殺され、姉と2人で生きて来たのだ。辛く無い訳が無いだろう。


 罵倒され、悔しいと思っていながらも、何も変えようと努力しない自分を思い出す。どうせ無理だと諦め、自分は不幸な人間だと言って殻に籠る。


 だが、エルザは俺の様には腐らなかった。


 あの強さを手に入れるまで、彼女は努力し続けたのだ。現状を変えようと死に物狂いで剣を振り、そして掴み取った。


 エルザは強い人だ。


 だから憧れた。俺もエルザのようになりたいと思えた。物理的にも、精神的にも、強くなりたい。


 人生を悲観して生きて行ったら、どうなるかを俺は30年という月日から身を持って知っている。


 だからこそ、今度は人生をやり直すつもりで生きて行きたい。


 そう思いこの1ヶ月間、死に物狂いで剣を振るった。血マメが潰れようと剣を振り、体が悲鳴を上げるまで振り続けた。以前の怠けた自分を振り払うかのように。


 震える体を、後ろにある木に凭れながら立ち上がる。


 まだやれると、やらせてくれと行動で示す。言葉に出せるほど余裕が無い状態だが、気合で立ち上がる。


 剣を構え、ボスを睨む。


 でかい障壁が俺の前に佇んでいる。俺がボスに与えられたのはたったの二太刀。それに対し、俺は右足をズタボロにされ、脳震盪で頭と視界がグワングワンとしている。絶望的な状態だ。


 だが、剣を構える。もう逃げたりはしない。


 俺は前世とは違う。


 俺は壁を越える。


 そして、エルザのように―――――



 (――――――俺は、狩人ハンターになる!!!)



 「うおおおおおぉぉぉぉ!!!!」


 ズタズタにされた右足で踏み込む。


 冷静に考えれば、そこに止まった方がいいのは分かってる。前に出ずに、相手が突っ込んで来るのを待って、それにカウンターを合わせる形にした方が良い事は十分に分かっている。


 だが、前に出る。


 前に出なかったら、以前の俺の様な気がしたから。


 「グルルルルル―――――ガウッ!」


 ボスも突進して来る。まるで俺の気持ちに応えてくれるかの様だ。


 タンッタンッタンッ!とジグザグにこちらに向かって来る。右か左か。ただ前に出るのでは無く、前進しながら駆け引きをする。


 やはり強い。前回のシャドウウルフのボスはこんな事はしなかった。前回のは単純に俺へ目掛けて突っ込んで来る事しかしていなかった。


 こういった所からも、今回のボスの強さが垣間見える。


 (集中しろ、集中しろ!)


 相手は確実に格上なのだ。油断は出来ず、ミスは許されない。そのプレッシャーの所為か心臓がバクンッバクンッ!と跳ね上がる。全身に血液を循環させ、より集中力が研ぎ澄まされていくのが分かる。


 距離が縮まる。


 あと1歩で互いの攻撃の範囲内に入る。ボスは軽快なステップでジグザグに移動し攪乱かくらんしてくるが、冷静に観察すれば行動先を読む事は出来る。要は振り子運動の様に、右に行けば左に生き、左に行けば右に行く。


 そこを理解すれば、自ずと左右どちらから来るかは読むことが出来る。冷静に目で追った結果、最後は俺から見て右から来るだろうと読んだ。


 下段に置いてある剣を準備する。


 右から突っ込んできた所に下から斬り上げ、口を真っ二つにするつもりでタイミングを伺う。集中力が限界突破したのか、先程まで跳ねていた心臓は静かになっている。準備万端だ。


 「――――ッ!?」


 だが、ボスは俺の予想とは違う行動をする。


 俺から見て右に着地をしたのは予想通りだが、奴はそのまま直進した。瞬時に俺の背後、右後ろに飛び込んでいってしまった。


 見えない。


 予想とは違う行動にやはり体が硬直してしまう。もういっその事、予想なんてしなければ良いんじゃないかと思えてくる位、俺の予想は外れてばっかりな気がする。


 視覚の外に出してしまった事で、先程のやり取りが脳裏を過ぎる。


 俺は前回の反省から、その場に居てはいけないと瞬時に判断し、左後方へステップする。少しでもボスとの距離を開けて、視界に入れる必要があると判断した。左後方へ移動すると同時に、視線を移動し右後ろに飛び込んでいったボスを確認する。


 そこには、やはりボスはいた。


 それに、もうこちらに口を開いて突っ込んでいる最中だった。本当に速いなこいつは、やっぱり行動を予想しないと太刀打ちできないだろ。


 ボスの進行方向は、俺が今さっき立っていた場所。


 だが、もうそこに俺の姿は無い。ボスはそれを予想する事が出来なかったのか、そのまま俺が居た場所へと直進する。


 それを確認した俺は、ズタズタにされた右足で急ブレーキをする。


 ブチブチッと何かが切れる音と共に、血が噴き出す感覚が右足からする。しかし、それを気にせずに剣を構える。


 構えるのはいつもの型。


 攻める時の型に、守る時の型。そしてカウンターの時の型。


 エルザとの稽古ではよくカウンターの型を使っていた。と言うのも、エルザに攻め込んでも全く剣を当てる事が出来なかったし、当たるイメージが湧かなかったので、自然とカウンターにシフトしていったという流れがあるからだ。


 この1ヶ月、エルザに教えて貰い、毎日振り続けた型に入る。


 いつもやっていた型に入ったからか、頭は冷静になり、集中が加速する。


 過度な集中により、時間がゆっくりになったかの様な錯覚に陥る。ボスの毛の1本1本が風になびき、涎が重力に沿って零れ落ちるのすら視界で追えるほどの集中力。


 ボスは首元と足に一太刀づつしか攻撃されていない状態に対し、俺は全身を打撲し、右足からは骨が見えている状態だ。


 この絶望的な状態から勝つには、一刀で終わらせるしかない。


 「ふぅぅぅぅぅぅぅぅ――――――」


 最後の力みを口から放出する。心臓の高鳴りは収まり、全神経を剣へと向けて武気を纏う。一刀で終わらせる為に、あらん限りの武気を放出する。

 

 ボスを見る。


 狙うは首元。


 「――――――フッ!」


 自身の中で最高の一太刀。


 月明かりに照らされた剣は残像を残し、まるで扇でも開いたのかと錯覚するほどの綺麗な弧を描く。


 俺よりはるかに大きい体は一刀両断され、空中で2つに分かれている。


 空中を跳んでいたボスの頭部は胴体から切り離され、そのまま進行方向に飛んで行ってドシャリと地面に転がり、糸が切れたかの様に動かなくなった。


 「やった・・・。」


 (本当に起き上がって来ないよな。)と内心ビクビクしてボスの死体を見るが、首と胴体が分かれた状態のボスはピクリとも動かなかった。


 そして起き上がる事が無いと分かると、全身の力が抜けバタンッと地面に倒れ込む。たった一刀だが、その一刀にすべてを捧げた物だったので、全身が疲労感でいっぱいだった。


 強かった。相手は間違い無く、格上だった。


 1つのミスが生死を決めてしまう様な、俺にとっては高い壁だった。


 前世での俺は、そんな危険な冒険はして来なかった。いつも何の努力もした事が無く、何かを変えようとした事もない。ただ「俺は不幸な人間だ」と自分を慰めていた。


 そんな過去の自分から抜け出せた様な気がする。


 「やったぁぁあああ!!!」


 地面に仰向けで倒れながら、ガッツポーズをして、夜空に向かって吠える。


 全身の痛みを忘れるくらい、今の俺には言いようのない幸福感が湧き出て来ていた。


 人生で初めての成功体験。


 努力が報われる瞬間はこんなにも気持ちが良い物なのかと思った。生死が掛かった戦闘だったからこそ、この勝利は嬉しい物だった。


 嬉しすぎて全身が震えている。・・・この震えって、嬉しいからだよね・・・?


 「大丈夫か!?」


 ぶっ倒れてブルブルと震えている俺を心配したエルザが、こちらに向かって走って来る。


 その顔は先程のハンターとして立っていた時の顔つきとは違い、子供が怪我をした時のような不安気な顔で俺を見ていた。俺の方へ駆け出して、すぐさま出血の多い右足を包帯でグルグル巻きにしていた。


 (はは、なんか本当に母親みたいだ・・・。)


 実際の母親はこんな顔はしなかったが、普通の家庭であればこんな反応をしてくれるのかも知れない。そんな事を思いながら暫くエルザを見ていたが、本当に焦っているようだったので心配させまいと声を掛ける。


 「心配しなくても、大丈―――――ブッ!?」


  起き上がろうと体を持ち上げようとするが、ピキーンッと背中ら辺に痛みが走る。自分自身大丈夫だと思っていたが、どうやら全然大丈夫では無かったようだ。


 「バティル! 起き上がらなくて良い。私の背に乗せるから、すぐ村に戻るぞ!」


 そう言ってエルザは俺を背に乗せようとするが、「そうだった。」と言って俺が倒したボスの頭部の方へ行き、乱雑にボスの頭部を革袋へぶち込んでこちらに戻って来る。


 あれはクエストをクリアした証明として、目的のモンスターの一部を提出しなければいけないと言うルールがある。そのため、俺を心配してくれているが、その努力が水の泡にならない為にもやらなくてはいけない事だ。


 (それにしても・・・。)


 勝ったはい良いが結局ボロボロになってしまったな。技術的には上達しているのだが、毎回エルザに運ばれてしまっている。


 (次は自分で歩いて帰れるようにならないとな・・・。)


 そんな事を思いながらエルザに体を預け、ガッシリとした背中に乗せられる。


 「・・・よし、急ごう。少し揺れるが我慢してくれ。」


 そう言うと、今の俺では出せないようなスピードで森を走り抜けた。


 「少し揺れる」なんて生易しい物では無く、脳がシェイクされるんじゃないかと思えるくらい酷い物だった。1歩踏み込む度に脳が揺れる。


 乗り心地は最悪で、傷口はより悪化した。

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