第24話 ボスの壁

 「ワオォォォォォォォォォォン!!!」


 ビリビリと肌を震わせる。


 子分達とは違い、威厳ある堂々とした立ち姿で周囲の森を震わせる。


 今回のシャドウウルフのボスと顔を合わせて最初に感じたのは、前回よりもでかいという事だった。前回は人間の大人位の大きさだったのに対し、目の前にいるのは明らかにそれよりも大きかった。


 そして何と言えば良いのか、前回のボスより落ち着いていて強かな感じがする。歴戦の猛者の様な落ち着き方だ。纏っている武気も、蜃気楼の様に揺ら揺らとしていて落ち着きがある。


 ――――――――――ヒュンッ。


 風を切る様な音がしたと思ったら、目の前にはパックリと開かれた口があった。


 「ぃいぃぃい―――――!?」


 状況を把握する前に危険を察知して、瞬時に後ろに下がる。カンッ!と硬いものが当たる音が俺の居た所にする。距離を取って状況が分かったが、さっき俺がいた場所には既にシャドウウルフが佇んでいた。


 威厳のある顔でこちらを冷静に観察している。


 「ふっ、ふっ、ふっ・・・。」


 バクンッバクンッ!と心臓が跳ね上がる。


 気を抜いたら一瞬で終わる。そう感じさせる初撃だった。


――――――――――


 ーエルザ視点ー


 不味い。


 シャドウウルフのボスと対峙し、最初に感じた感想はそれだった。


 シャドウウルフは基本的にCランクが倒せる位の強さだ。しかし、人間であるハンターがD〜Sランクに別れる様に、モンスターの強さも個体差がある。


 今回、目の前にいるシャドウウルフは間違い無く、適正ランク以上だ。


 対面して感じた強さは、恐らく単体ではB-、グループで考えればBランクの強さと言った所だろうか。


 初心者であるバティルが挑んで良い相手では無い。


 現にシャドウウルフの初撃を辛うじて躱せる事が出来たが、そのスピードに付いて行けていないのはすぐに分かる。


 シャドウウルフの今の攻撃も本気の攻撃ではない。相手の強さを測る位には賢いとなると厄介だ。今の攻防でバティルより上だと感づかれた。


 「バティル! 一旦、退こ―――――」


 退こうと言おうとしたのを遮る様に、バティルはボスに走り出していた。地面を蹴る後ろ姿に迷いは無い。剣を強く握り、圧倒的な体格差のシャドウウルフに突っ込んで行く。


 スピードは申し分ない。


 佇んでいたボスは、バティルのお返しとでも言える様な完璧な一刀に反応する事が出来ず、首付近を斬られる。首付近には鮮血が飛び散り、ボスは驚いた表情で後ろへ下がった。


 ―――――ブルッ!


 走り出したバティルを見て、体が震える。


 (そうか・・・前に出れるんだな。)


 初撃で相手が相当強いのは感じた筈だ。それでも尚、バティルは前に出た。


 レイナを生かす為に戦ったという話を思い出す。勇敢にもシャドウウルフの群れに単身で挑んだその勇姿を。


 『僕、ハンターになりたいです!』


 『生きて行く為にも、強くなる必要があると身に染みて分かったんです!』


 バティルが言っていた事を思い出す。稽古の時も彼は真剣だった。本気で強くなりたいというのを感じていた。


 稽古中、何度も転びそして何度も立ち上がって私に向かってきた。1日中木刀を振り、マメが潰れたらソフィアに治療をして貰い、治ったら再び木刀を振る。その繰り返し。


 だが、そんな事を言いつつもどんなに才能があろうが、実戦でビビって辞めてしまうというのはよくある話だ。死への恐怖を実際に体感した時、どんなに鍛えて、どんなに剣を振るっている奴でも逃げ出す事がある。


 だから自身より強い敵に対峙する時、そいつの本気度合いが試される。


 確実に自分よりも強いと分かり、そしてそれが生死を分ける戦いなのだと理解し、それでも前に踏み出す事が出来るか。それが出来なければ、これからハンターとして生きていく事は出来ない。いや、ハンターになるべきでは無い。


 バティルもビビって辞めてしまう可能性はあった。


 ただ、私からすればそれでもよかった。ビビッてハンターになる事を辞めてしまえば、バティルがこの前の様にボロボロになって死に掛けるなんて心臓に悪い事にならずに済むのだから。


 だが、バティルの一刀はその可能性をも一刀両断した。


 ―――彼の本気は本物だ。


 (・・・。であれば、それを支えてやるのが、師匠であり、母親である私のすべき事だろう。)


 剣を構える。


 新たなハンターの誕生を真剣に見守る。


――――――――――


 ーバティル視点ー


 ボスへと走り出し、首元へ一太刀入れる。


 前回は受け身でしか攻撃を加える事が出来なかったが、今回は俺の方から前へ出て1発入れた。


 (通用する―――!)


 こいつは恐らく相当強い。だが、俺だって鍛えて来たんだ。その証拠に、俺が握っている剣の先には赤い血がべっとりと付いている。ボスの首元には体毛から赤い血が滴れ落ちていて、確実に俺がやったと分かる。


 ボスは驚いたのか、ぎこちない形でバックステップをする。


 しかし距離は開けさせては駄目だ。開けさせてしまうと、またあの突進が来るからなるべくボスに密着した方が良い。


 そう判断し、再び俺の方から前に出る。


 しかし、そのタイミングを見計らったかの様に視界の隅で黒い影がユラリと動く。


 視線をやると、子分が動き出していた。


 そう、これは複数戦だ。ボスばかりに意識が行き、他の狼達に気が向いていなかった。暗い森の中で黒い影が地面を這って行き、その影が一斉に俺の方へ突っ込んでくる。


 不意の攻撃に反応が遅れ、子分はもうそこまで来ていた。


 ―――避けられない。


 しかし、負傷を覚悟したが俺の皮膚を貫通する事はなかった。黒い影が俺に突っ込んでくる中、赤い髪がヒラリと視界に映る。肉を斬るスパンッ!という音が耳を撫でる事には、狼は首から血を吹き出し力無く倒れていた。


 「バティルはボスをやれ。他は私がやる。」


 そんな安心感のある言葉をエルザは言う。マジでカッコ良すぎるよウチのママン・・・。


 「わかりました。」


 「全力をぶつけろ。お前ならやれる。」


 エルザは微笑みながら俺を見る。短いながらも信頼してくれているのが分かる一言。エルザも、俺では厳しい戦いになる事は分かっているはずだ。しかし、エルザは「お前ならやれる」と言ってくれた。それが嬉しかった。


 「はい!」


 再び走り出す。


 今度は一点集中、外野を意識せずにボスだけを見る。ボスは傷を付けられた事がムカついているのか、先ほどの落ち着いた顔から一変し、睨みつけるかのように眉間に皺を寄せてこちらを見ている。


 子分達がこちらに向かって来るが、全員の牙は俺に届く事はなかった。そこは完全にエルザがカバーしてくれている。左右からスパッスパッ!っと肉を切り裂く音がして、正直俺に当たらないか不安な部分もあるが、流石はエルザ、俺に当たる事は無かった。


 ボスも突進して来る。


 スピードは先ほどよりも速い。様子見は終わりという事だろう、ぶちぎれたボスはいきなりトップスピードで急接近してくる。


 「オラァ!」


 一気にボスとの距離が詰まり、俺の攻撃範囲に入ったのと見計らって全力で振り抜く。


 相手の方がスピードは速い。だが、こっちは軌道を読む頭脳を持っている。武気で高まった動体視力で軌道を読み、噛み付きをギリギリで避け、そのままの勢いでボスの足を斬る。


 「キャウンッ・・・!!」


 短い悲鳴を上げ、素早い動きでそのまま俺の後方へ走り去る。動物が通過して行ったとは思えない風切り音が耳を撫で、その進行方向に遅れて振り返る。


 「いぃ―――っ!」


 振り向いた時にはボスが目の前だった。


 鋭い牙がこちらに向かって一直線に向かって来る。視界いっぱいにボスの口が広がっていて、避ける場所が無いように見える。だが、口を広げるという事は縦に長くなるという事だ。よく観察すれば避ける事が出来る場所はある。


 ボスは頭を傾け、俺から見たら口を横に広げていた。このまま口を閉じれば俺の頭を左右に噛み砕くかたちだ。


 避けることが出来るのは上か下だ。


 そこで俺は瞬時に下を選択する。理由は上にジャンプをして避けてしまうと着地まで時間が掛かり、追撃に備える時間が無くなってしまうと考えたからだ。


 先ほど子分たちにしたように、避けながら斬るという事をすれば万々歳なのだが、そんな事が出来るほど余裕が無く、全力で屈伸をしてボスの噛み付きを避ける。通過して行く時、髪にボスの牙が当たっていく感覚がして冷や汗が流れる。


 通過していったボスの方向を見る。


 左足を軸に回転し、流れるように振り返る。さっきの様にぎこちない振り返りではない、綺麗な流れでボスを視界に入れようとするが、


 「―――うわぁ!?」


 もう目の前にいる。


 振り向いた時には既に牙が至近距離で飛んで来ていた。本当に前回のシャドウウルフのボスとは大違いだ、前回のはここまでスピードの差は無かった。綺麗に振り返る事が出来たのに、まだ追いつけないのか。


 そして、このやり方は先ほど子分たちがやっていたやり方だ。四方八方から攻撃し、手が追いつけない速さでの波状攻撃。


 (それを1人でやんのかよ!?)


 それに、子分達がやっていたのよりも速い。


 飛んで来た所に剣を置いて傷を付けてやりたいのだが、その準備が出来ないくらいにスピードが違い過ぎる。


 (だけどよぉ―――――)


 追撃を何とか避け、剣の柄を握る力を強める。


 スピードに追い付く事は出来ない。しかし、来ると分かっている攻撃であれば、そのタイミングに合わせる事は出来る。来たのを見てから剣を置けない以上、来るであろう所に剣を置くしかない。


 (―――――振り向いたら居んだろ!!)


 子分達が複数でやっていたのは、本当に何処から来るのか分からなかった。だが、今回の相手は1体だ。確かにスピードは凄まじい物がある。子分たちが複数体でやって来た事を1体でしてしまうのはすごい事だ。しかし、2度も見て仕舞えば大体予想できる。


 ボスの口を裂くつもりで全力で振り抜く。


 (―――決まったッ!)


 振り向きながら剣を振る。


 重い一撃を入れるのを確信し口角が上がる。格上だろうが頭を使えば勝てるのだ。俺の全力の剣と、ボスの加速による相乗効果で間違い無く致命的なダメージになると確信する。


 ・・・が、振り向いた先には何も居なかった。


 全力の一太刀は空を斬り、フォンッ!という空気を斬り裂く虚しい音だけがする。


 (い、いない・・・? なんでだ・・・?)


 視界の先は、ただの暗い森だけだった。あの赤い瞳や、夜に溶け込むような黒い体毛1本見当たらない。幻覚でも見ていたのかと思うほどの静寂に頭が真っ白になる。


 ――――ズキンッ!


 予想とは違う展開に困惑する中、右足首に痛みが走る。


 「――――は?」


 痛みを感じた足元を反射的に見る。


 そこには黒い影が俺の足に絡まっていた。まるで、地面から黒い何かが俺の足を引きずり込んでいる様な光景。いや、違う。これは―――


 赤い瞳と目が合う。


 血走った赤い瞳と目が合い、黒い何かでは無くボスの体毛だと気付く。ボスの牙は俺の武気を易々と貫通し、右足から俺の血を体外に放出させる。


 「うおぉ!?」


 気づいた時には剣を振り下ろしていた。


 目の前に急に表れた虫に対して手を振り払う様に、反射的に剣先をボスの顔面に振り下ろす。


 しかし、それよりも速くボスは行動する。


 俺の足を持ち上げ、それから全身を易々と持ち上げる。ボス自身も前足を上げる行動をして、更に高く俺の体を持ち上げる。その行動も一瞬の事で、さっきの視界は下を向いて地面があったのに、気付いた時には視界いっぱいに夜空が広がっていた。


 それから重力が無くなったかの様な錯覚に陥ったかと思えば、今度はすぐさま重力に引っ張られる様な感覚になる。視界が再び加速し、体はその力学に抗う事は出来ずに急降下する。


 ――――グシャッ!!!


 鈍い音と激痛の中、どっしりした大地の偉大さを体で感じた。

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