第23話 初陣

 【 クエスト : シャドウウルフのボスを討伐 】


 日が沈み、暗くなった森の中をエルザと共に進む。


 「そろそろシャドウウルフが活動を始める。気を抜くなよ。」


 エルザの指摘に「はい。」と短く返事をする。


 今回のクエストの目標はシャドウウルフのボスを狩る事だ。


 前回エルザが討伐したシャドウウルフとは違う奴で、再び出没して人を襲ったらしい。


 この依頼をすると聞いた時、正直驚いた。


 初めての実戦なのだから、シャドウウルフの子分とかの小型のモンスターとの戦闘だと思ったからだ。


 いきなり小型のボスと戦うのかとエルザに言ってみた所、「子分は前回倒せているし、今のバティルならボスも狩る事が出来るはずだ。」との事だった。


 エルザの言う様に「子分は倒せている」は確かにそうだろう。そうなのだけど「結構一杯一杯な戦闘だったよ」と言いたい。


 剣を持って戦った事があるのは、エルザだけだという俺の不安をよそに、シャドウウルフの子分を発見する。


 3匹の内、1匹がネズミの様なリスの様な動物を捕食している最中だった。


 「準備は良いな?」


 エルザがこちらに振り向き、目を見て、俺の覚悟を確認する。


 これまでの1ヶ月の修行が本当に通用するのか分からない。エルザが言っていたように、基礎はもう出来ているはずなのだが不安はある。


 だが、ここで引き返すほど自信が無い訳では無い。


 俺の剣の先生が、今の俺ならやれると判断したんだ。信じようじゃないか。


 それに武気を習得した事で、俺の身体能力は格段に伸びた。前回の様に一方的な蹂躙はさせない。


 「はい、やれます。」


 エルザの目を見返してはっきりと答える。


 それに対してエルザはコクリと頷き、隠れていた茂みから前へ出る。


 俺もそれに続き、体を茂みから出して狼達の前に姿を現す。


 ガサガサと物音を叩てた事で、シャドウウルフ達はすぐにこちらの存在に気付き、俺と目が合う。瞬時にシャドウウルフ達は警戒態勢になり、喉を鳴らしてこちらを睨みつける。


 「ワオォォォォォォォォォォン!!」


 戦いの狼煙が上がる。


 『今回はシャドウウルフを見つけても奇襲はしない。』


 森に入る前に言っていた、エルザの言葉を思い出す。


 『シャドウウルフは狩りを始める前に、遠吠えをして周囲の仲間に知らせる。それでシャドウウルフのボスを誘い出し、狩る。』


 そういう作戦だったので、わざわざ彼らの前に堂々と姿を現したのだ。そして案の定、彼らは仲間に対し現在地を知らせてくれた。


 「剣を抜け!」


 エルザの言葉に従って、すぐに剣を抜き、構える。


 そして、シャドウウルフ達もその掛け声に呼応する。俺が剣を抜くタイミングに合わせて、こちらに走り出す。1匹は司令官の様にその場に留まり、残りの2匹はエルザの方に1匹、俺の方に1匹という形だ。


 エルザの方は一瞬だった。


 攻撃範囲に入ったシャドウウルフは、自身が気付かない内に斬られ、いつの間にか首が地面に転がっている。


 俺の方はというと、シャドウウルフが口を開いて、左足に噛み付いてこようとしたので、右へサイドステップをして回避し、下から斬り上げる。


 「キャウンッ!」


 形は良かった。


 が、稽古の時に比べて力が入っていない。完全に日和った攻撃で、予想より全然切り込めていない。


 本来ならこの一撃で終わっているはずだった。


 しかし、相手に傷を付ける事は出来ているが、傷を付けられた怒りで睨みつけて来るくらいにはピンピンしている。やはり上手く行かないものだ。


 「ガウッ!」


 シャドウウルフは再び俺の方へ走り出し、今度は一直線では無く、横にステップしてフェイントの様な事を混ぜて攻撃してくる。


 しかし、見えている。


 これが前回の俺には無かった武気の真骨頂だ。武気により身体能力が向上し、動体視力が上がっている。このレベルのスピードであれば、今の俺なら常に視界に入れる事が出来るレベルだ。


 シャドウウルフが口を開く。進行方向を予想すれば、恐らく右手首だろう。


 やる事はさっきと同じで行く。2度の失敗はしない。


 右へサイドステップし、口を開き手首を狙って宙を飛んでいるシャドウウルフの首元を目掛けて、下段に置いてあった剣先を振り上げる。


 ―――ズバッ!


 骨にぶつかる一瞬の硬さを剣先に感じる。


 振り抜いた剣はそのまま虚空を切り、狼の血は剣の軌道に沿って剣の進行方向へ登って行く。シャドウウルフはそのまま力無く倒れ、首からまだ温かい血を垂れ流している。


 まず1匹。


 エルザに教えられた型はちゃんと実戦で通用する。それがわかる一刀だった。


 凶器を持った人が、こちらに本気で危害を加えようとしている時、あなたは冷静に対処出来るだろうか。


 1回目の俺は出来なかった。


 ナイフを持った奴が、こちらに突っ込んで来た事にほんの少しだが日和ってしまい、逃げ腰で攻撃してしまってたという感じだ。そりゃあ、あのような浅い傷になるだろう。


 ただ、2回目は完璧だった。


 武気の乱れも無く、教えられた型を全集中で実行出来た。これを何回も続けてしているのがエルザなのだろう。


 実際にやってみて分かるエルザの凄さ。冷静に相手を見て、冷静に対処し、冷静に剣を振る、この繰り返し。だけれど1回するだけでとても集中する。これを集中力を切らさずに何回もしなくてはいけないのか。


 「ワオォォォォン!!!」


 残った狼が再び遠吠えをする。


 すると前回とは違い、すぐに増援が参加してきた。


 余程の大きなグループなのか、一気に6匹が茂みの中から顔を出す。それぞれが喉を鳴らし牙を見せて威嚇してくる。こいつらの牙を見せられるとやはり少しだけ日和ってしまう自分がいるが、心の中で喝を入れて勇気を振り絞る。


 ボスの姿は未だ無い。こうなってしまうと持久戦になる。


 「ワオォォォォォン!!!」


 合図と共に部下たちが突っ込んで来る。それぞれ3匹づつに分かれる形だ。疾走する黒い影がこちらに接近してくる姿は、夜の森に溶け込んで見えにくい。


 しかし、エルザは言わずもがな一瞬で片が付く。


 武気を纏って、動体視力も上がっているはずなのだが、いつエルザが剣を振っているのか分からない。何でこのレベルがCランクなのか理解出来ない。明らかに俺の1個上のランクじゃ無いだろ!


 俺はさっきと同じ様に右に移動し、剣を振り上げる。・・・が、今回はそう上手く行かなかった。


 最初の1匹目は避ける事が出来ているが、避けた先に2匹目3匹目が波状攻撃で突っ込んで来るのだ。


 横に狼が口を開いている事を察知して後方へ飛ぶ。


 俺がいた位置に2匹のシャドウウルフが通り過ぎる。その内の1匹は、首があった付近を通り過ぎていた。


 (あぶねぇ。・・・てか俺、複数戦を教えられて貰って無いんだけど!!)


 俺が教えられたのは単体戦だ。攻撃を察知して避ける事は出来たが、ここからどう行動すれば良いか分からない。


 そう思いエルザの方へ視線を送ると、「ナイス回避!」とでも言うように、頑張っている子供を見るかの様な頷きしかしてくれなかった。


 (違うんだエルザ、こっからどうすれば良いの!?)


 しかし、狼達は待ってくれない。


 混乱する俺を他所に、抜群な連携で順々に攻撃をして来る。森の中で黒い影が複数蠢いていて、何処からともなく色々な箇所を狙って飛び込んで来やがる。


 (ああくそッ、コイツら連携うますぎだろ!)


 避けても避けても、次々とあらゆる方向から牙が飛んで来る。


 こういう時の対処法はエルザのしか見た事が無い。そのエルザがやっていた事はと言うと、見えないスピードで追撃が来る前に斬り倒し、1歩も動かずに制圧するという離れ技だ。全くもって参考にならない。


 そこで知恵を絞って考えたのは、避けながら斬るというやり方だった。


 突進して来たら剣だけを残して避け、撫でるように、浅い傷でも良いから傷を付ける。


 さっきの様に一刀両断する必要は無い。そもそも俺が持っているのは、撫でるだけで切り傷が出来る危険物だ。力を込めて斬る隙が無いのであれば、最小限でも良いから全体にダメージを与え、相手の体力を奪えば良い。


 そう考え、避けながらじわじわと彼らに浅い傷を付けていく。


 やってみて分かったが、これは俺の体力も相当奪われる。傷が浅すぎて本当にダメージがあるのか分からないのだが、


 (よし、作戦成功だ。)


 見れば、狼達は切り傷だらけの状態になった。その内の1匹は足の腱に傷が入ったのだろう、歩くそぶりがぎこちない。


 今度はこちらから前に出る。


 彼らも走り出すが、初めの頃より段違いでスピードが落ちている。それぞれの連携も荒が目立ち、付け入る隙が出来る。


 こうなって仕舞えば、後は簡単だ。


 1匹目を右に避け、下段から斬り倒し、2匹目を目視で確認して上段から斬り倒す。3匹目は足がやられているので、落ち着いて剣を振るって狩る事が出来た。


 「ふーーー・・・。」


 戦闘の緊張感から解放され、少し息を整える。


 トラブルがあったり、初めてと言う事で日和ってしまう場面があったが、結果は無傷。2度の敗北から考えると、上々と言える戦闘内容だったのでは無いだろうか。


 (よしよしよし、行ける、行けるぞ!)


 狼の死骸が転がっている中、血溜まりの中心に立ち、内心でガッツポーズをする。


 戦闘による興奮で、アドレナリンがバンバン出ている。前世では喧嘩をした事がなかったので分からなかったが、興奮で手が震えるというのを経験するのは初めてだった。


 頭は冷静なのに、体が興奮して震えている。まるで自分の体じゃ無いみたいだ。


 「バティル、気を抜くなよ―――――」


 戦闘を終えた俺にエルザが声を掛ける。


 だが言葉を遮る様に、タイミング良く漆黒の巨体が茂みの中から現れる。


 真っ赤な瞳をこちらに向け、何匹もの生き物達を狩ってきたであろう鋭利な牙を見せ、ビリビリとした緊張が肌を撫でる。


 「―――本番はここからだぞ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る