第22話 初陣の準備

 初めてハンターになり、クエストをクリアし、レイナとパーティーを組む約束をしてから1ヶ月が過ぎた。


 梅雨の時期が過ぎて、次第に日が昇る時間が伸び、夏を感じさせる。


 カンッ!コンッ!カンッ!


 朝日が昇る時間に渇いた音が響く。庭には赤毛の女性と黒髪の少年が木刀で稽古をしている。


 「はぁあっ!」


 黒髪の少年は素早く右にサイドステップし、下段から掬い上げる様に木刀を振り上げる。


 赤毛の女性はそれを避けるのでは無く、堂々と受け止める。


 ―――メキッ。


 黒髪の少年の攻撃を、木刀で受けた彼女しか気付かない小さな音。


 それをすぐに察知し、衝撃を受け流すように、少年の持つ木刀の進行方向へと瞬時にステップする。


 女性が着地をしたと同時に少年は走り出し、距離を詰めようとするが、女性は構えを解き、左手を前に出して手の平を少年の方へ向ける。


 「今日はこれぐらいにしておこう。」


 「―――分かりました。」


 そう言うと少年は構えを解いて一礼をする。


 「ありがとうございました。」


――――――――――


 ーバティル視点ー


 ハンターとしてエルザに剣を教えて貰って約1ヶ月が経った。進展は上々。大分ハンターとして様になって来ている。


 成長著しく、もうすでに武気を纏うというのも感覚を掴み、木刀にも纏わせる事が出来ている。


 初めは前世では無い感覚だったので困惑したが、内側にあるエネルギーを感じる事が出来たら、後は流れる様に進む事が出来た。


 だが、この1ヶ月で1度もモンスターと戦ってはいない。


 というのも、エルザが「武気を纏う事が出来なければ実戦はやらせない」と言ったからだ。


 (とっとと実践をやろうって言ってたじゃん・・・)という愚痴の様な感情も無くは無かったが、師匠であるエルザが決めた事だ。俺の現時点での強さをしっかりと判断しての答えなのだろう。


 この1ヶ月は薬草やら果物やらキノコやらしか採っていない。


 が、もうそろそろ実戦をする時期だろう。剣術はエルザに比べたらまだまだだが、俺が苦渋を舐めさせられた、あのシャドウウルフの子分位なら、一回も傷を付けられない自信がある。それぐらい順調に成長出来ている。


 「あの、エルザさんって子供の頃から強かったんですか?」


 不意に気になったので聞いてみる。


 「いや、小さい頃は、剣を持った事も喧嘩をした事もない子供だった。いつも姉の後ろで縮こまっていたな。」


 そうだったのか、凄く意外だ。


 「じゃあ、ハンターになるきっかけって何だったんですか?」


 「・・・私の村がモンスターに襲われて壊滅したんだ。」


 「・・・。」


 やばい、非常にやばい。確実に地雷を踏んだ。なんというか、エルザの人生ってどんだけ地雷があるんだ。ふとした会話がヤバい所に当たってしまった。


 しかし、エルザは淡々と話を続ける。


 「村の人のと両親は死に、私と姉だけが生き残った。・・・そこからも色々あったが、生きていく為にハンターになったといった流れだ。」


 そんな過去があったのか。「生きていく為に」と言うのが耳に残る。


 「すいません。不用心でした。」


 「いや、気にしてない。・・・それよりも、どうして気になったんだ?」


 「こんなに強いと・・・何というか・・・良い教育を受けて来た結果なのかなと思ってしまいまして。」


 そう、少し気になったのだ。


 前世の世界で成功している人たちは、皆、「普通の家庭だったよ」とか言っていたが、実際はそんな事は無く、「親が金持ちだった」とか、「親が先生でした」とか、「全国大会で良い成績を残してました」だとか、「監督が親でした」とか、恵まれた環境で育ち、学んでいた人達が大半だった。


 エルザも、もしかしたら良い環境で育ったのではないか思ったのだ。


 「はははは、私の人生はむしろ真逆だ。どちらかと言うとソフィアがそっち側だ。」


 辛い事も沢山あっただろうに、俺を心配されない為か、笑顔で応えてくれる。


 「やっぱり、ハンターとしてモンスターと対峙してたら、死にそうになったりした事もあったんですかね?」


 「数え切れない位あるな。」


 やはりそうなのか・・・。


 それから暫く、エルザの大変だった思い出を語ってくれた。


 姉と二人で生きて行かなければいけなかったという事で、色々と大変な人生だったようで、最初の頃は泥水を啜って喉を潤していたらしい。戦い方も自己流だったので何度も死に掛けたそうだ。そんな中、剣を教えてくれる人に出会い、今の強さになれたらしい。


 「生きていく為にハンターになった」と言っていた事をまた思い出す。エルザはあまり大変だったという事を主張していないが、相当大変な人生だった事は想像できる。温室育ちだと思ってしまった自分をぶん殴ってやりたい。


 (エルザみたいに強くなりたいと思ってたけど、先は長そうだ。)


 それから会話は早々に切り上げ、エルザに汗を流して来いと言われ風呂場へと向かう。



――――――――――


 ーエルザ視点ー


 バティルが汗を拭きに、家の中へ入るのを見送る。


 稽古に使っていた木刀を見る。


 素振りをするのに使っていたが、ボロボロという訳では無く、使い込まれたと表現した方が適している。見た目は傷一つない綺麗な木刀だが、恐らく中身は違うだろう。


 そんな使い慣れた木刀を、片手で軽く振ってみる。軽くと言うが、その速さは平均的に考えると異常な速さである。


 ――――ボキッ!


 それなりに思い入れのある木刀は、見るも無惨にへし折れてしまった。本気で武気を纏っていれば折れる事はなかったが、今回は纏わずに振ってみた所、やはり中身が折れてしまっていた。


 バティルが剣を握って1ヶ月。武気を纏って2週間。


 あの時、シャドウウルフと戦っていた時に纏っていた武気で、彼に戦いの才能がある事は分かっていた。しかし、これ程とは思わなかった。


 勿論、私は本気を出していない。


 稽古中、私は木刀に武気を纏わせていなかった。それでもあの歳で木を叩き割ったのだ。硬くコーティングされた木の棒を。これはすごい事だ。


 見た所きちんとムラ無く、全身に武気を纏わせて行動出来ている。それでいて武器にも纏わせる事が出来ているのだ、驚かない方がおかしい。


 予想した時期より大分早いが、このレベルなら次のステップに進むべきだろう。


――――――――――


 ーバティル視点ー


 エルザとの朝食を食べ終わり、食後のティータイムを2人で過ごしていると、エルザが口を開いた。


 ついでに、食後のティータイムはソフィアからの提案だ。「私は子供の頃に母親とやっていて、母と仲良くなるのに良い経験だった」とか何とか言っていたのをエルザが聞き、うちでもやってみようという事で初めてみたのだ。


 「そろそろ、モンスターを狩ってみようか。」


 唐突の提案に驚き、飲んでいた紅茶が気管に侵入しそうになる。咳き込む俺に、エルザは大丈夫かと席から立ち上がるが、大丈夫だとジェスチャーで伝える。


 「ッ――――良いんですか!」


 「ああ、今のバティルなら小型のモンスターであれば、それなりに戦える。」


 「いつ頃行きますか?」


 「今夜だ。」


 随分急なスケジュールだが、エルザの相談即決はもう慣れた。


 「となると、日中は寝た方が良いんですかね?」


 「昼寝くらいで十分だと思うが、そこはバティルの判断に任せる。夕方頃に出発だ。」


 「わかりました!」


 今夜と言っていたので、深夜の森の中を歩き回るのかと思ったが、そこまで長時間歩き回る訳では無さそうだ。


 遂に初の実戦だ。


 この1ヶ月で剣術が様になった事で、大分自信が付いている。今の剣の技術がどれ程モンスター達に通用するのか、それを考えただけでワクワクする。


 不思議な物だ。今まで喧嘩などの暴力とは無縁だった。だから戦いにワクワクする時が来るなんて思いもしなかった。


 「レイナに報告しています!」


 オルドレッド家のティータイムが終わり、洗濯物を干してから外を出る。


――――――――――


 外に出て、向かうはソフィアの家だ。


 何故、レイナの家では無いかと言うと、レイナはソフィアの弟子になったからだ。


 レイナとパーティを組む約束をした後日、レイナを何の役職にするのかという話になった。


 俺は既に剣士になる為にエルザに剣術を教えて貰っているので、レイナには後方支援をして貰うのが良いだろうと言う話になった。なので、試しにソフィアの所へ行き――俺もやった――あの魔力量を測る水晶で測ってみたのだ。


 そして測ってみた所、レイナの魔法使いの適性は十分にあった。


 ソフィア曰く、光の発光具合からするに現時点でエルザと並ぶ位だと言う。若干エルザの方が上との事だった。現時点でそのレベルという事は、これから魔力量を増やす練習をして行けば、恐らく上位のハンターと同じレベル、もしくはトップレベルになれる才能があるらしい。


 と、ここで話が逸れてしまうが、魔力量について疑問があったのでソフィアに聞いた事がある。


 と言うのも、魔力量を目で確認することは出来ないのか、という疑問だ。


 漫画やアニメとかだと、魔力がオーラの様に全身に纏っている。それを見てこいつは強いとか弱いとかを判断していたので、わざわざ水晶で確認とかしなくても良いんじゃないか思ったのだ。


 ソフィアからの答えは「魔力を意図的に体外に出さないと分からない」との事だった。


 魔力を体外に出して纏うという事は、武気と一緒で慣れれば出来る。だが、それは俺が武気を纏う練習をしたから出来るのであって、初心者はまず体外に出す事は出来ない。だから、初心者は特にどれくらい魔力があるとか、武気があるとかを知るには、出せる様にならないと分からないらしい。


 そう、この世界では基本的に、魔力や武気は『体外に出るものでは無い』のだ。まずそこから認識が違っていた。


 意図的にじゃないと体外には出ない。この言葉を聞いて、これまでの疑問が解消される。


 それは、エルザの武気の最大値がよく分からないという疑問だ。


 稽古中、エルザは武気を纏っている。しかし何となくだが、あれがエルザの本気では無い事は分かっていた。武気を纏える様になった事で、相手の武気も感じる事が出来る様になったが、相手の強さを武気では判断出来なかった。


 エルザは俺との稽古中、本気で武気を纏っていなかったのだ。


 ただ、ある程度の熟練になると、相手の強さは概ね察する事が出来る様になるらしい。ソフィアが言うには、相手の強さを測る時は、纏う武気の均一さと濃度を見ると良いらしい。


 ただ、こういう目は色々なハンターやモンスターを見る事で養われる物だから、急ぐ必要は無いとの事だった。


 モンスターを見ると養われるというのが気になり、追加で聞いてみた所、モンスターは常に武気を体外に出しているのだと言う。


 小型は出していないのが多いらしいが、中型、大型は自身の強さと縄張りの主張で常に出しているので、その個体が強いか弱いかの違いを判断する目を養う事が出来るらしい。


 こういう事はエルザに聞くべきだったのだろうが、ソフィアに聞いてしまった。まあ、怒られる事はないだろうが、不満に思ってしまうのではないだろうか。


 あと、レイナは自身の魔力量を調べる際、ソフィアによる「不意打ちバルス」をキチンと受けた。


 あの悪戯は通過儀礼だ。


 いくらレイナに魔法使いの才能があろうが、あの通過儀礼を通った者しか、魔法使いと認めるつもりはない! 絶対にだ!


――――――――――


 そんなこんなでソフィアの家の前に着く。


 案の定、レイナは朝早くからソフィアの家に行き、魔法使いの修行をしている様だ。家の中から2人の声が聞こえてくる。


 家の扉をノックしようとした瞬間、ドゴンともバキンとも聞き取れる様な重い音と共に、目の前の扉がぶち壊れる。


 「ッな――――!」


 気づいた時にはもう遅い。幾ら鍛えて回避が上手くなったとは言え、不意打ちには無意味だ。


 扉を突き破って出て来た水の塊が、俺の全身へ扉と共にぶつかって来る。


 「――――ぐべらッ!」


 短く汚い悲鳴を残して、もの凄い速さで後方へ吹っ飛ばされる。水も高速でぶつかれば痛いもので、筋肉や骨がミシミシと嫌な音がする。


 「きゃーごめんなさい! 扉壊しちゃいました!!」


 「別に問題ないわよ! それにしても、良い量と水圧ね!」


 水でビシャビシャになりながら何とか瞬間的に武気を纏い、重症を避ける事が出来た俺の耳には、2人の声が聞こえて来る。


 「きゃーバティル君! 大丈夫!?」


 「あら、来てたの? いらっしゃい!」


 扉があった場所の先に、不意打ちを喰らった俺が倒れているのを見て心配するレイナと「大丈夫でしょ」と言わんばかりのいつも通りのソフィアが顔を出す。


 「おじゃばじまず・・・。」


――――――――――


 風通しの良くなった玄関を見ながら、俺は今、ソフィアに治療魔法を施して貰っている。


 「タイミングバッチリだったわねー。で、どう? レイナの魔法を喰らってみて。結構、筋が良かったわよね。」


 何だこのサイコパス。


 「・・・まあ、そうですね。武気が間に合わなかったら気絶してたと思います。」


 ツッコミをするのも面倒なので普通に言葉を返す。


 「そうよね〜! いや〜まさか村長のお孫さんが魔法に適性があるとは思わなかったわ! 村長ってほら、あの体つきじゃない。やっぱりレイナもそっちの才能かと思うわよ!」


 それは確かにそう思う。あの歳であんなムキムキで、若い頃は素手で大型モンスターを狩ったと言うのだ。その血筋は武闘派なのだと思うのが普通だろう。


 「恐らくだけど、レイナにはどっちでも上位のハンターになれる素質があるわね。」


 そのどっちの素質もあるレイナが魔法を選んだ事が嬉しいのだろう。ソフィアは「楽しみね〜。」とご満悦な笑顔をしている。


 「それで、今日はどうしたの・・・?」


 ソフィアからのお褒めの言葉と、俺に不本意ながら魔法をぶつけてしまった事の申し訳なさで、どうすれば良いか分からずモジモジとしているレイナが声を掛ける。


 「あ、そうそう。今日の夜にモンスターを狩ることになったんだ。初めての実戦だから、一応報告して置こうかと思って。」


 「そうなんだ。早いなぁ、私はまだまだ先になりそう・・・。」


 置いて行かれていると感じたのか、レイナはしょんぼりと悲しそうな顔になってしまう。


 別に嫌味や自慢をしたかった訳では無く、純粋に同じパーティーメンバーに進捗を報告したかっただけだったので、慌てて修正をする。


 「それは始める時からわかってたじゃないか、魔法使いは座学が沢山あるって。だから焦る必要は無いし、焦らせる為に言ったんじゃ無いよ。」


 「うん、ありがとう。・・・実戦、頑張ってね!」


 「ああ!」


 そんな青春のひと時の様な状況を無視してソフィアが割り込んでくる。


 「実戦って、エルザが良いって言ってたの?」


 「そうですよ。今朝、そろそろやってみるかって。」


 「・・・。」


 (え、何、怖い。急に黙んないでよ。)


 「ふーん。武気を纏える様になったのは2週間前位だったわよね。」


 「そうですね。」


 「ちょっと今、纏ってみてよ。」


 そう言われ、素直に纏ってみる。


 ソフィアの考えている事がわからないが、話し方的に「そこまでの実力、本当にあんの?」みたいな感じなので少し怖い。


 「ふむふむ、なるほどね。じゃあ、これに武気を纏わせてみて。」


 そう言って渡してきた杖にも武気を纏わせる。


 普段ニコニコしているソフィアが、真剣な顔になってこちらを観察している。ソフィアはMPポーションを作る研究をしてる研究者だ。この顔は普段とは違う、研究者の時の顔なのかも知れない。


 「良い感じね! 2週間でこれは中々よ!」


 フッと真剣な表情は消え、いつも通りのソフィアの顔になる。


 「あのエルザが、もう実戦するって言ったっから疑ったけど、確かにこれならやって行けそうね!」


 それから、ソフィアは「魔法の避け方も学んだ方が良いわよ!」と言って、俺をレイナの魔法の的当てとして提案して来やがった。


 ソフィアが言うように一石二鳥の練習なのだが、発想が完全にサイコパスだ。というか、効率を求めたらこういう結論になるのか。頭の良い人の考えは分からん。


 そんな提案に対し、今夜クエストをやる予定だからと、まともな断りをして逃げる様にソフィアの家から退散した。

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