第21話 パーティーメンバー

 特殊な臭いを放つ草の上で、手にその臭いが付くのを嫌そうに顔を顰めている少年と、それを微笑みながら、少年と一緒に草を摘み取っている赤い髪をした女性が、森で草を摘み取っている。


 「これ、臭い取れますよね・・・?」


 「2日もあれば取れるな。」


 「2日・・・。」


 俺は今、初めてのクエストをやっている最中だ。正直なぜ草を毟っているのか分からない。俺はハンターなんだから狩るのが本業になのではないのか。


 「あの、これってハンターがやる仕事なんですかね・・・?」


 愚痴っぽくなってしまうが、エルザには言ったほうがいいだろう。俺はハンターとして生きていく為に剣を教えて欲しいのだ。決して薬草の種類や群生地の見付け方を知りたい訳じゃない。


 「・・・。」


 そんな俺の発言に対し、エルザは手を止める。


 「ハンターはその名前の通り、狩るのが仕事であって、薬草を集めるのが仕事とは思えないのですが・・・。」


 「・・・確かにそうだ。メインはモンスターを狩るのが仕事だ。しかし、こういった作業も私たちの仕事だ。」


 エルザは俺の目を見て、子供に教える様に優しく、丁寧に言葉を続ける。


 「モンスターのいる領域は死と隣り合わせだ。だが、そんな危険な場所には、この薬草の様に、私たちの役に立つ物が存在する。全員がモンスターと戦えると言うわけでは無く、それぞれの役割があるんだ。武器を作る人、村を管理する人、村を守る人。ハンターの役割は危険な場所に行き、時には村に危険が及ばない様にモンスターを狩り、時には必要とされる物を取りに行くという役割だと私は考えている。」


 「・・・。」


 彼女は今、ハンターとしての心構えを教えてくれている。戦う事だけがハンターだと思っていた自分が恥ずかしい。


 「危険な場所で活動できない人に代わって、私たちハンターが活動する。モンスターを狩るだけがハンターじゃない。バティルには人の為に活動出来るハンターになって欲しいと思っている。」


 「はい。すいません、浅はかな考えでした。」


 「いや、一般的にはバティルの様な考えが普通だ。実際、昔は私も同じ考え方をしていた。偉そうに言葉を並べたが、この考えは受け売りなんだ。」


 エルザは遠くを見て想いに耽っている。彼女にこの精神を教えた人を思い出しているのだろう。『人の為のハンター』素晴らしい考え方だと思う。尊敬しているエルザがそういうハンターになって欲しいと言っているのだ、俺もそういうハンターにならなければ。


 「じゃあ、必要としてる人の為にも沢山採らなきゃですね!」


 「はは、そうだな。」


――――――――――


 背中に籠いっぱいの薬草を背負い、村に帰る。


 クエストの薬草を集会所の受付に届ければクリアとなる。


 「あら、薬草のクエストをやってくれたのね。ありがとう〜助かるわ。」


 村に入り、集会所に行く道中、薬剤師のおばちゃんに声を掛けられる。おばちゃんの発言から察するに、恐らくクエストの依頼主だろう。


 「いえいえ、その為のハンターですから!」


 エルザに教えられた、ハンターとしての心構えを早速披露してみる。そんな俺の発言におばちゃんは少し驚き、エルザの方を見る。


 「あらやだ、アルベルトさんみたいな事を言うのね。」


 「さっき教えたんです。・・・理解が早くて助かります。」


 「ふふ、子育ては大丈夫そうね。」


 やはり俺が養子になったという事を知っているようだ。おばちゃんは微笑みながら「良いハンターになりそうね〜。」と言って去って行った。


 「アルベルトさんって誰ですか?」


 突然の知らない人名が気になり、彼女達の会話に入る事が出来なかったので聞いてみる。


 「アルベルトは私の夫だ。『人の為のハンター』と言う心得は、アルからの受け売りなんだ。」


 エルザの旦那さんってアルベルトって名前なのか。こんな美人な女性の心を射止めた人物。私、気になります!


 っとなるが、これ以上踏み込むのは止めておこうと思う。


 子供の好奇心という特権で聞いてもエルザは優しく答えてくれるだろうが、精神的に辛い時期があったと言っていたし、掘り返す事はあまり良く無い。


 今回の様に、知らずに踏み込んでしまった場合は仕方ないけれど、それがエルザの亡き夫の話だと分かればスッと引くべきだろう。


 「そうなんですね。じゃあ僕も、アルベルトさんに恥じない様なハンターになります!」


 エルザは何も言わずに微笑んでいた。そして俺の頭をポンポンと軽く手で叩き、


 「別にそこまで固く考えなくても良いぞ。この考えは大分マイナーな考えだしな。」


 「基本的には力自慢とか暴れたい奴ばっかりの業界だ。」と俺たちが向かっているハンター集会所を見ながら愚痴っぽく言う。


 「私から言えるのは、モンスターを狩るだけの殺戮マシーンにはなるなと言う事だけだ。」


「・・・。」


 重みのある発言に、エルザの過去に何かがあったのだろうと察する事は出来る。結構気になるが、そういうのはもっと親交を深めてからの方が良いだろう。まだ家族になって1日しか経っていないのだ。そういった暗い話は、踏み込むには速すぎる。


――――――――――


 【クエスト:薬草を籠1個分採取】【済】


 「クエスト完了です。お疲れ様でした。」


 籠いっぱいに入った薬草を受付嬢に渡し、特殊な臭いを放つ薬草の籠を嫌な顔をせず、むしろ笑顔のまま受け取るその姿に仕事魂の様なものを感じる。


 普通であれば、近くのテーブルにまだ居座って酒を飲んでいるサイモンの様な反応になる筈だ。


 「折角ハンターになったんなら、モンスター狩って来いよ~。薬草取りなんて女々しい奴がやるもんだろが~。・・・・・てか臭っせえよぉぉオオオロロロローーー・・・。」


 酔いと薬草の臭いがミックスする事により、サイモンの胃が悲鳴を上げ、そばに置いてあるバケツに放出する。臭いと文句を言って来るが、サイモンだって吐瀉物の所為で臭いだろうがと文句を言ってやりたい。


 「サイモンさんだって臭いの出してるじゃないですか。それに女々しくなんて無いです。困っている人、必要としてくれている人の為にハンターがあるんです。クエストであれば、モンスターのうんちだって持ってきますよ!」


 1日中ビールを飲んでいる人間には、この考え方は分からんだろう。まあ、この考えはさっき教えて貰った事なんだけど・・・。


 「・・・お前、それはあいつの―――」


 ―――ガシッ!


 サイモンが言い終わる前に、いつの間にかサイモンの背後に移動していたエルザが、肩を掴み、青筋を立てて睨んでいた。


 「サイモン、女々しい奴が何だって・・・?」


 殺気を纏ったエルザが、サイモンの肩をメキメキと嫌な音をさせている。


 「ヒエッ・・・スイマセン・・・。」


 サイモンの顔は青ざめ、大の大人が叱られた子供の様に縮こまってしまった。その顔からは酔いを感じない程に。


 エルザは「ふん。」と鼻を鳴らし、


 「バティル、帰るぞ。晩ご飯を作らないとな。」


 ウチのママンは逞しいな。


――――――――――


 集会所を出ると、丁度鉢合わせる形でレイナがいた。


 「・・・バティル君。」


 「あ、レイナ。」


 レイナは俺の腰に刺してある剣と、手に持っていたハンターカードを見て、少しだけ目を見開く。


 「本当にハンターになったんだ・・・。」


 「うん。どう、ハンターらしい?」


 何だかレイナのテンションが暗めなので、少しおちゃらけてみる。


 今の俺はエルザの様な防具なんかは無く、ただ腰に剣がある、ハンターごっこをしている子供にしか見えない。だからハンターらしい訳が無いのだ。


 だが、レイナはそんな俺の冗談を無視して、深刻そうに目を落とす。


 「バティル君は凄いね・・・。あんな事があったのに、剣を握れるなんて・・・。」


 そんなレイナの発言で、何となくレイナの気持ちを察する事が出来た。


 「もちろん今も怖いよ。でも、戦える力が無いと、この世界では生きて行けないんだって気付かされたんだ。」


 この世界はモンスターが跋扈する弱肉強食の世界だ。特に1回目に死に掛けた時は、それを身を持って知る事が出来た。もちろん戦える力が無くても生きてはいけるが、対抗する力ぐらいは欲しいのだ。もう、モンスターに蹂躙されるのは御免なんだ。


 「そう・・・だよね。」


 レイナは下を向いて、力無く返答する。


 「・・・。」


 レイナは暫く固まっていて、俺もエルザも何も言えずにいた。ただ、気まずかったのは俺だけだった様で、エルザは焦る様子は無く真剣な表情でレイナを見ていた。


 そして、余りにも動かないレイナに対し俺がオロオロとし始めた頃、レイナは覚悟した様に顔を上げ、真剣な顔で俺を見る。


 「私もハンターになる!・・・だから今度は、私も隣で戦わせて欲しい!」


 目に涙を溜め、震える手をギュッと握りながら、レイナは俺の目を真っ直ぐ見て言う。


 『今度は隣で戦わせて欲しい』。


 その言葉は、レイナの無念が凝縮された言葉の様に感じた。


 きっと、俺を置いて逃げた事が心に傷として残っていたのだろう。だからこそ『今度は隣で』という言葉になったのだ。


 正直、子供がハンターになるのは止めた方が良いのだろうが、この世界では普通の事の様だし、何といってもレイナは村長の孫だ。恐らく俺が心配する必要が無いくらい強いと思う。


 「分かった、一緒になろうぜ! 最高のハンターに!」


 断る理由なんて無い。


 パーティーを組む予定は無かったが、組みたく無い訳では無いのだ。一緒に成長出来る仲間がいるのは、自身の成長のモチベーションになるし、そして何より仲間が出来るのは純粋に嬉しい。


 「―――っ! うん!」


 レイナから暗い表情は無くなり、満面の笑みで返事をする。


 まだまともに戦った事が無いパーティーだが、きっと上手く行く。


 そんな気がした。

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