第1章−2 『パーティー結成編』

第28話 母と添い寝

 窓から朝日が照らされ、鳥たちが目覚ましの様に朝を伝える。


 寝室のベッドの上には2人の男女が寝ている。


 寝巻き姿の男女は、男の方は黒い髪をした少年で、女性の方は赤い髪をした成人女性だった。


 赤髪の女性は大事な物を守るかの様に少年に抱き着き、それは正に愛を表現しているかの様だった。


 その様子は、もう普通の男女の関係では無く、それ以上の強い繋がりを感じさせる。


 ―――そう、彼らは遂に!


 家族という繋がりを超えて、禁断の扉を開いたのである!


 …

 ……

 ………

 …………

 ……………

 ………………と、言う訳では無く。


 これは1ヶ月前に初めてモンスターを討伐してから、エルザがより家族の仲を深めようという事で、『一緒に寝る』という習慣が始まったのだ。


 俺からすれば、美人と一緒に寝れるという事で「勿論OK」、いや、寧ろ「よろしくお願いします」と言いたいくらいだったのだが、それを勘付かれてしまってはいけないと思い、少し嫌だなと思っている風に了承して今に至るといった感じだ。


 初めは隣に誰かいるという事と、それが女性だという事実に慣れなくて寝付けなかったが、1ヶ月経った今では大分と慣れたもんだ。


 それなのだが、俺は今、猛烈に緊張している。


 と言うのも、俺はエルザに後ろから抱き付かれる形なのだ。こんな事はこの1ヶ月で1度も無かった事だ。


 後頭部には何やら柔らかい感触がしていて、凄い気になる。と言うかなんという柔らかさだ。少し筋肉質なエルザだが、ここだけは筋肉とは無縁の絶対領域、正しく天国だ。


 (正面で見たい…………。)


 どうやらエルザはまだ寝ている様で、俺の頭の上からはエルザの寝息が俺の髪を揺らしている。


 (折角、エルザより早起き出来たんだ。このチャンスを物にしないで男は語れない!)


 エルザは基本的に寝つきが良く、いつも俺より早く起きて家事なんかを先にしてくれているので、この1ヶ月はこんな事は出来なかった。


 (うおぉぉぉぉぉ!)


 勢い良く振り返りたいくらいの感情の昂りだが、そこをなんとか抑えてゆっくり振り返る。


 (う、うおぉぉぉぉ!?)


 や、柔らかい! なんか柔らかい物が顔面を覆っているよぉ!?


 今まで味わった事の無い感覚に胸が高鳴る。


 ふわふわとしているが張りのある感覚。エルザの胸を押している俺の顔面を、その張りのある胸が柔らかくも力強く折り返して来る。


 (これが天国かぁ………。)


 人生初のパフパフを経験し余韻に浸る。


 モンスターが跋扈するこの殺伐とした世界で、桃源郷は存在しないと思っていたが、それは間違いだった。


 ここに桃源郷があったのだ。


 灯台下暗しとは良く言ったものだ。全く気が付かなかった。もうハンターになるのは辞めよう。だって、争いの無い世界がここに存在していたんだもん。俺はここに住む!


 「む、朝か。」


 突然、おっぱいから声がしてビクンッ!と体が跳ねる。


 「………ん?」


 エルザの胸に蹲っている事で全く視界が見えないが、エルザが俺の事を見ているのを武気による身体能力の向上で察知する。


 (や、ヤバいヤバいヤバい………!)


 変な所をエルザに見られてしまった。


 これでもし気持ち悪がられて嫌われてしまったら、最悪の場合、見捨てられる可能性だってあり得る。


 顔面を胸に押し付けて出来る言い訳は何か………。


 今までに無いピンチに脳がフル回転で思考する。寝起きだとは思えない思考の速さに、自身ですら驚いているくらいだ。ピンチは人を成長させてくれる。


 (―――そうだ!)


 閃いたと同時に、直ぐに実行に移す。


 この場合、変に距離を取ってしまっては、悪い事を自覚していたと感じさせてしまうだろう。であれば、寧ろ大胆にくっ付いてしまった方が良いのではないかと思い、顔面だけで無く、全身でがっしりとエルザに抱き着いた。


 (頼む………!)


 フル回転で考えたが、結論はこの様な賭けみたいな事しか思い付かなかった。尊敬するエルザに嫌われたくは無いので、後は心の中で願うしかない。


 「………怖い夢でも見たのか?」


 そう言ってエルザは優しく俺の頭を撫でてくれた。

 どうやら、俺が怖い夢を見て怯えていると捉えてくれたらしい。確かにエルザから見たらそう捉えられてもおかしくない。そこまで考えてやった行動では無かったが、結果オーライだ。


 (よっしゃぁぁぁ! 何とか乗り切ったー!)


 絶体絶命の状況からの脱却に、心の底から安堵する。

 小踊りしてしまいそうな心理状態なのだが、それを表に出してしまうとご破算なので、そんな感情を感じさせないように、声は出さずに「コクリッ」と最小限の肯定の意味を込めて頷く。


 「………そうか、もう大丈夫だぞ。」


 撫でながら、もう片方の腕で俺を抱きしめてくれる。丁度良いくらいの優しいハグに包まれ、エルザの振動の音が聞こえてくる。それはまるで本当の母親が慰めてくれているかの様だった。


 (―――ッ! マ、ママン………!)


 こんな欲情している性獣とは対称的なエルザの純粋さに胸を打たれる。

 家族になりたいと言ってきたのはエルザの方だった。

 もしかしたら、エルザは子供が欲しかったのかも知れない。しかし、それが叶わなかった事で俺を養子にしたのかも。


 そう思うと何だか申し訳なく感じてしまう。


 「美女と添い寝出来る、ヒャッホー!」とか考えていた俺の浅はかさが憎い。俺を養子にする時、他に男を作るつもりは無いとも言っていたし、亡くなってしまった旦那さんと言うのは相当大事に思っていた人なのだろう。


 (今後はエルザに欲情するのは辞めよう。)


 ふわふわのおっぱいに顔を埋めながらそう思った。


――――――――――


 朝日が顔を出し、村を明るく照らす。


 朝起きたらまずやる事はエルザと共に稽古だ。指定された回数素振りをし、実戦を想定してエルザと剣を交えて後、各自で自由な練習をする。例えば俺ならカウンターの型はだいぶ様になって来ているので、他の型を上手くなるために反復練習している。


 師匠であるエルザも自主練習をしているので、目稽古だと思って何をしているのか見ているのだが、今日はすごい速さで移動しながら剣を振っていた。


 横に移動する距離は10メートルを超えているのではないかという距離だった。そんな距離を一瞬で移動し、剣を振っては移動し、剣を振っては移動しという人間離れした動きをしている。


 昨日は剣を構えたまま静止していただけだったので、そのギャップも相まってビックリする。


 (何じゃありゃぁ………何と戦う想定での素振りなんだ? もしかして大型モンスターと戦っているんだろうか。あれくらい出来ないと大型は狩れないとか無いよね………?)


 俺がシャドウウルフと戦った時のステップの距離はせいぜい3メートルが最大距離だったような気がする。俺が出来るのもそれが限度だったが、シャドウウルフには通用したのでまあ良いだろう。

 だがこれから先、中型モンスターや大型モンスターと戦うとなるとあれくらい一瞬で移動できないといけないのだろうか。


 (あれが出来ないといけないんだろうなぁ………。)


 俺の体はまだ子供なので成長する事は確定している。しかし、目の前にいるエルザの様になれるかは正直分からない。もちろん諦めるつもりはないが、目標であるエルザの剣と今現在の俺の状態を見ると、途方もない力量差をどうしても感じてしまう。


 俺も真似して最大限ステップしてから剣を振ってみる。


 やはりエルザの様には出来ず、足はきちんと固定されない事で軸がズレ、振った剣に力は伝わらず、ヨレヨレな状態で風切り音すら出ないレベルだった。


 (う~ん、これは足腰の問題だな。カウンターの時と同じだ。)


 シャドウウルフと戦う前にエルザに型を教えて貰った時、サイドステップをしてから斬撃をするカウンターの型を習得する時にぶつかった壁と同じだ。


 要するにもっと足腰を鍛えた方が良いという事なのだろう。


 今度はエルザの脚を重点的に観察してみる。


 剣を振る速度に目が行きがちだが、それを可能にしているのは、あのガッシリと地面に固定されている脚が在ってこそなのだろう。普段の力んでいないエルザの脚はすべすべしていて綺麗なのだが、戦闘中のエルザの脚は中に石でも入っているのではないかと思うほど堅そうだ。


 特にステップをして片足でブレーキした時の脚は凄まじかった。


 馬の脚かと思うほどの筋繊維のカットが入っていた。あれが武気と筋肉の融合からなる脚だ。俺は筋肉フェチでは無いが、トレーニングをしている身なので、あれは努力の結晶からなる物だと知っている。なので、なんだかそんな努力の結晶を見るだけで感動してしまう。


 一体どれだけの鍛錬をして来たのだろうか。


 生半可の物では無いとその脚が証明している。


 自分の脚を見てみる。まだ子供足という事もあり、まだ細く可愛らしい足だ。だがこんな足では大型モンスターは狩る事は出来ないだろう。


 自主練習の時間は足を重点的に鍛えて行こう。


 ただ、筋量を増やすというよりかはマラソン選手の様に腿上ももあげなどで鍛えて行こうと思う。実戦をやってみて、そして今のエルザの練習を見て、移動スピードの重要性を改めて感じた。


 (まだまだ目標にはたどり着けそうに無いな。)


 朝日に照らされながら、高速移動する赤い髪を見ながらそう思った。

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