第19話 義母と義子

 「駄目だ。」


 「ふぇ・・・?」


 あ、あれ?おかしいな。ここはこう、ハンターになって、修行が始まる流れでは。


 「駄目なんですか・・・?」


 「そうだ、ハンターは危険な職業だ。モンスターと戦うという事がどういう事なのか、バティルはその身を持って経験しているだろう。」


 それは確かに知っている。しかし、力を付けないとこの世界では生きていけないという事も、あの森では学んだ。


 「危険なのは分かってます。でも―――」


 「いや、分かっていない。」


 今までの口調とは違う。ピンッと張り詰める様な重い口調でキッパリと否定される。


 言葉足らずな一面があり、表情もあまり動かない事で冷たい印象があるエルザだが、実際に話してみると優しい一面の方が多い印象の彼女だった。


 そんな彼女から来る冷たい口調に、俺は言葉を続ける事が出来なかった。


 「・・・。」


 「あ、いや、すまん。少し強く言い過ぎたな。・・・もう少し時間をくれないか。弟子を取った事が無いから、私も正直困惑しているんだ。」


 俺が縮み上がっているのを見て、エルザはすぐに柔らかい口調に切り替わる。


 「いえ、こちらこそ急にすいません。・・・でも、本当に強くなりたいと思ってるんです。」


 「・・・そうか。」


 俺の意志は変わらないというのを見て、エルザの顔が少し曇る。なぜそこまで嫌がるのだろうか、そんな疑問を口に出せる雰囲気では無かった。


 「取り敢えず、この件はソフィアに相談してみる。この後、ソフィアの家に届け物を持って行くつもりだから、その時にじっくり考えて決める。それで良いか?」


 「・・・分かりました。」


 結局はハンターになる事はできずに、一旦保留という結論になった。ただ、確かにすぐに決められる物でもないのは確かだ。俺が楽観的で軽率だった。


 居候の身なのだから、もう少し謙虚に迷惑を掛けない様な生活を目指すべきだったのかもしれない。


――――――――――


 ーエルザ視点ー


 「どうしたのこれ、高級な茶葉じゃない!」


 バティルに弟子の志願をされてから、バティルに説明した通り、ソフィアの家に出向いている。


 バティルには届け物を届けに行くと言ったが、実際はそんな物は無かった。


 ただ、弟子にして欲しいというバティルのお願いに困惑し、要らぬ嘘が入ってしまった。それだけ動揺してしまったのだった。


 「貰い物なんだが、私はあんまりそういうのは飲まないからな、お前が飲んでくれ。」


 「そう、じゃあ遠慮なく頂きまーす。だけど、エルザも一杯くらい飲んでみなさい。美味しいでしょうから。」


 「そうだな。」


 そう言ってソフィアはテキパキと紅茶を用意する。ソフィアの研究で、よく葉っぱなどを弄っているので手慣れているのだろうか。


 「はいどーぞ。」


 「ああ。」


 目の前には赤みがかった液体が置かれる。


 その瞬間、花の香りがこの距離でも届いてくる。流石は高級な紅茶といった所なのだろうが、あまりそういった物に興味が無いのでスルーする。


 そんな私の態度に対し、ソフィアは対照的に鼻を大きく開けてスーハーと匂いを楽しんでいる。


 「流石は良質なシューミールの紅茶! すごい香りね!」


 どうやらこの紅茶はシューミールと言うらしい。興味が無さすぎて、それすらも知らなかった。色々と高級な物を知っているソフィアが、ここまで興奮するという事は結構良い物なのかもしれない。


 「美味しい、美味しいわ!」


 どうやら気に入ってくれた様だ。そんな喜んでいるソフィアに続いて私も飲んでみる。


 確かに美味しい。


 しかし、それだけじゃ無い。先程の匂いが口全体に広がり、内側から鼻腔を通って不快にならない程度の良い香りがする。


 美味しい食べ物や飲み物は沢山あるが、高級品というのはこういった味だけじゃない楽しみも提供する物なのだろうか。正直、こんな物を経験するために高い金を払いたくないと思ってしまう私は、やはり貧乏上がりの考え方なのだろう。


 ひとしきり紅茶を楽しんだ後、ソフィアから話を振られる。


 「それで、なんか話したい事あるんでしょ?」


 「ああ。」


 どうやら読まれたらしい。であれば話が早い。


 「別に紅茶なんて持ってこなくても話は聞くのに。」


 まあ、そうだろう。私たちの関係はそんな堅苦しい関係性では無い。


 「実はさっき、バティルがハンターになりたいと言ってきてな。私は駄目だと言ったんだが、どうしてもハンターになりたいんだと言っているんだ。」


 「何よ、別に良いじゃない。この村にとっても、ハンターが1人増えるのは嬉しい事でしょ。」


 「・・・ハンターは危険な仕事だ。」


 どうしても、そこで力が入ってしまう。生半可な強さでなって良い職種では無いのだ。力が無い者がハンターになってしまえば、死んでしまう可能性は高くなる。・・・アルの様に。


 「・・・。」


 バティルにしてしまった様に、ソフィアも黙らせてしまった。これではソフィアが話しづらくなってしまう。学ばないな、私は。


 「大事に思っているのね、バティルの事。」


 しかし、ソフィアは私の力の篭ってしまった声に臆さず、口を開いてくれる。


 「少し話を変えましょう。バティルの事どう思ってるの?」


 「礼儀正しい、勇敢な子供だと思う。」


 レイナを庇って、シャドウウルフ達と戦った戦場を見て、感心した者だ。


 まだ少年だが、人の為に脅威に立ち向かう事が出来るのは大人でもそう居ない。それに特段、面倒臭い所もない。本当に子供なんだろうかと思う事がある位だ。


 「そうね。勇敢な子だわ。だからこそ、ハンターになるのは向いているんじゃ無い?」


 「だが危険だ。勇敢さは時に人を早死にさせる。」


 「・・・でも、バティルはバティルの人生がある。あの子がなりたいと言うなら別に良いじゃない。あなたの子供じゃないんだし、止める理由は何なの?」


 「それは―――――」


 確かにおかしな話だ。


 ソフィアの話は確かに正しい。バティルは赤の他人だ。ハンターになりたいのであればなれば良いし、それで道半ばで死んでしまっても、そんな話はこの世界では日常茶飯事だ。


 私は何をそんなにも頑なに拒んでいるのだろうか。バティルをハンターにしたくないと思うこの気持ちは何だ? なぜ彼の夢の邪魔をする?


 「――――私は、あの子にアルの面影を重ねてしまってる・・・。」


 アルベルト。


 今は亡き、私の最愛の夫。


 邪魔をしている私のもやもやの事は、正直、自分自身分かっていた。それに目を逸らし続けていたが、ソフィアはそれを許さなかった。そこに正直に向き合うべきだと思ったのだろう。


 「だと思った。だって似てるもん、アル君に。目元なんてホントそっくり。」


 ソフィアの言う通りだ。バティルはアルにとてもよく似ている。


 まるで、アルの子供かの様に。


 アルはハンターとしては弱かった。だから死んでしまった。そんなアルに似ている子供がハンターになりたいと言っている。2度も死に掛けているのに、それでも強くなりたいと。


 バティルが土砂崩れに巻き込まれたと聞いた時、心配で心配で仕方なった。


 夜になろうが関係無く捜索し、血だらけで死に掛けているバティルを見た時、言いようの無い怒りが湧いて出て来た。


 この感情に、沢山の言い訳をしていた。


 だが、自分でも分かっていた。私はバティルにアルの面影を重ねていたのだ。


 だから、ハンターとして死んでしまった、彼の様になるのでは無いかと怯えている。


 もう二度と、あの様な悲しみを経験したく無いから。


 「エルザ、バティルを養子に迎えるのはどうかしら。」


 「・・・何?」


 「バティルと出会ったのも何かの縁よ。しばらく生活して「はい、さようなら」なんて悲しいじゃない。あなた、これから男を作るつもりも無いでしょうし、1人寂しく生きるより、愛した男に似ている子供と一緒にいる方が幸せでしょう?」


 まだソフィアは話を続ける。


 「それにきっと、バティルは神様がくれたあなたへの子供よ。アル君が死んで、悲しんでいるあなたに神様が同情してくれたのよ。あの時、あんだけ暴れ回ってたんだもの、神様だって同情するわよ。」


 暴れ回ったと言うのは、恐らく『乱獲事件』の事だろう。確かにあの頃の精神はボロボロだった。神が見てたら同情どころか引いてたのでは無いだろうか。それくらい暴れ回り、村の人たちには迷惑を掛けてしまった。


 「だが、私が子育てなんて・・・。」


 「出来るわよ。子育ては愛情さえあれば何とかなるってお母さんが言ってたわ!」


 ソフィアは親指を立ててグッドポーズする。


 「あんだけ必死に森を走り回ったり、バティルがハンターになるのを嫌がるなんて、愛情意外に説明出来ないわよ。だから大丈夫。」


 ソフィアはグイッと前のめりになり、私の目を見る。


 「それにあなたも、本当はそうしたいんでしょ。断られるのが怖いのか知んないけどね、自分の気持ちに嘘ついちゃ駄目よ。」


 ソフィアの言葉が胸に刺さる。ソフィアの言う通り、私はバティルの事を自分の子供の様に感じていた。


 ―――夢叶わなかったアルとの子供。


 あの時の幻想が現実になったかの様な感覚。アルと共に過ごしたこの家で、アルに似た子供と一緒に過ごす。この1ヶ月は私にとって夢の様な時間だった。


 ―――嬉しかったんだ。


 初めてバティルを見つけた時、運命だと感じた。


 私たちに子供がいたんじゃ無いかと思えるくらい、アルに似ている子供を見つけて心が跳ね上がった。ここにいたのかと思ってしまったんだ。


 「・・・そうだな、帰ったらバティルに提案してみる。」


 「そうしなさい。」


 ソフィアは紅茶を飲み干し、話を続ける。


 「あと、最初の話に戻るけど、私はバティルがハンターになるのは賛成よ。」


 「・・・何故だ?」


 「それもあなたは分かってんでしょ。才能があるからよ。」


 才能がある。


 その言葉を聞いて、やはりソフィアも気づいていた事を知る。


 「狼の死骸を見て、バティルの治療をして分かったわ。彼、『武気ぶぎ』を纏ってる。それも信じられない位の武気をね。」


 そう、バティルは『武気ぶぎ』を纏っている。この世界で、ハンターとして生きていくのに必須となる基礎的な物だ。


 魔法使いは『魔力』と『武気ぶぎ』を扱うが、剣士は基本的に『武気ぶぎ』だけを扱う。


 『武気ぶぎ』は身体能力を上げ、全身に鎧を身に纏ったかの様に固くする。身に纏う武気が強ければ強い程、ハンターとして高みに登って行ける。


 村長が武器も持たずに大型モンスターを討伐出来たのも、彼の武気が強力だったからだ。今でもパンチ1発で中型モンスター位なら倒せるのでは無いだろうか。


 「あなたも見たでしょ? シャドウウルフの頭が吹っ飛んでたわよ。あの年であんなパワーを出せるのは凄い事よ。」


 「確かに才能はある。だが、ハンターになると言うのは・・・。」


 ―――嫌だ。


 バティルは才能がある。それは確かだ。しかし、ハンターになると言う事は死ぬ確率が跳ね上がるという事だ。もう2回も死に掛けている所を見たのだ。これ以上彼が傷つくのを見ていられない。


 またアルの様な死を見届けたくは無い。


 「・・・エルザ、気持ちは分かる。でも、バティル自身がやりたいって言って言っているんだもん。母親としてやっていくなら応援してあげれば良いんじゃない? それとも、箱入り息子として育てて行くの? アル君はそれを望む・・・?」


 痛いところを突く。子供の教育でアルならなんで言うか。


 答えは知っている。


 『もし、子供がハンターになりたいって言ったら、エルザが教えてやってくれ。僕は教えられる程強く無いからね。』


 困り眉でそう言っていたのを思い出す。


 「エルザとの子供だから、きっと竜殺しの英雄になる位強くなるよ」と、まだ出来ていない子供の話で盛り上がったものだ。ああ、あの頃が懐かしい。・・・あの頃に戻れたらと何度思った事か。


 「・・・・・・・・・・。」


 しばらくの沈黙が流れる。


 ソフィアも今回は邪魔をする事無く、静かにジッと待つ。普段はふざけている事が多いソフィアだが、彼女は私とは違い、その場その場の空気を読む事に長けている。


 私情を取るか、愛する人との約束を取るか。


 そこまでシンプルにまとめれば、答えは自ずと決まってくる。


 「そうだな。ハンターになるのを・・・応援すべきだろうな。」


 「決まりね!」


 「ああ。」


 ソフィアは紅茶を注ぎ直し、「乾杯ー!」と言って意気揚々と紅茶を飲み干す。まるで酒を飲むかのように豪快に紅茶を飲む姿は、それだけ緊張してたことを表しているかのようだった。


 やはりソフィアに相談して良かった。


 モヤモヤとしていた頭の中が、ソフィアに相談する事で整理する事が出来た。しかし、問題はこれからだ。


 「だか、バティルは養子になってくれるだろうか・・・?」


 「大丈夫でしょ。だってアル君に似てるもん。」


 全然理屈が分からないが、ソフィアが言うと何だか大丈夫な気がして来るのが彼女の不思議な所だ。


 ・・・が、不安は不安だ。


 「あなたの子供になんかなりたく無い」なんて事を言われてしまえば、私はショックで立ち直れないだろう。


 不安だ・・・。


――――――――――


 ーバティル視点ー


 エルザがソフィアに届け物を届けに行ってから、1時間ほど経って帰って来た。


 ソフィアの家に行く前は、少し怖い顔になっていたのだが、帰って来た今はさらに怖い顔で帰って来た・・・。


 (何があったんだ。怖くて聞けねぇよ・・・。)


 ソフィアへの届け物の正体は高級な紅茶だったそうで、滅多に飲める物ではないという事で俺達にもお裾分けで分けてくれた。


 砂糖を入れている訳では無いのに甘く美味しい。香りも良く、飲めば口からいい香りが漏れ出す。口臭対策にはもってこいだ。


 しかし、怖い顔をしたエルザと対面で座っているので、目の前の高級な紅茶を楽しむ余裕なんて無い。

 

 「それでだな、ハンターになりたいと言う話だが―――」


 しかめっ面のまま、エルザは口を開く。


 紅茶の説明の時も口を開いていたので唐突にという訳では無いのだが、何だか一言の重みが違う。その怖い顔やめて・・・。


 「―――認めようと思う。戦い方は私が教える。・・・それで良いか?」


 「―――え、良いんですか!」


 「ああ。」


 エルザの怖い顔を見て、そっち関係で何か不味い事になったのかと思ったが違った様だ。


 「それと、少し話が変わるんだが―――」


 おっと、何だろう。家賃の話とか治療費の話だろうか。


 「―――私の養子にならないか?」


 唐突の事で一瞬頭が真っ白になる。


 よ、ようし?ようしって容姿?それとも用紙? 一体の何の事だ? エルザは何の話をしているんだ? 


 急なエルザの言葉に頭がこんがらがってしまう。少し話が変わると前置きしてくれたが、急カーブ過ぎて理解が追いつけなかった。


 「えっと、ようしっていうのは・・・?」


 「ああ、そうか。・・・養子と言うのは、簡単に言うと血の繋がってない人と家族になると言う話だ。」


 あ、ようしって、養子の事か。


 「・・・で、どうだろう。その・・・私とでは嫌だろうか。」


 「嫌と言うか・・・。」


 唐突の事で上手く頭が回らない。どうして俺なんかを養子にしたいと思ったのだろうか。


 「俺が居たらお荷物じゃないですか? その・・・男の人と付き合う時とか。」


 そう、エルザは見るからに20代前半だ。そんな若いのに、俺みたいな奴を養子にしてしまうなんて、お荷物でしかないだろう。


 「・・・そう言うのは知っているんだな。それに関しては問題無い。私の男は1人だけだ。これ以上増やす予定は無い。」


 そう言えばエルザは既婚者だった。


 エルザにここまで言わせる男がいるのに少し驚く。エルザはそういう色恋には興味が無さそうなのに。


 「それにソフィアに言われてな。どうせ1人で生きて行くくらいなら、居場所の無い子供と一緒に過ごしたらどうだ、と。」


 なるほど。


 エルザからの提案は魅力的な提案だ。確かに、エルザの家にお邪魔している今の環境に申し訳なさはあった。いつここを出ようかとも思っていたが、出て行った所で行くアテも無いし困っていたのだった。


 ただ、家族になってしまえば話は変わって来る。家に居ても何の問題も無い存在になれるのは、今の俺にとって魅力的以外の何者でも無い。


 前世でも養子になった事が無いから、どう立ち回れば良いか正直分からない。


 それに、母親との関わり方もよく知らずに育ってしまっている。前世の母親とはほとんど会話することが無く、時々発狂しているのを狭い部屋の隅で、母が落ち着くのを見ている事しか出来なかった。


 それに30歳のおっさんが、年下であろう女性の養子になるなんてどんな地獄絵図だ。ただ、今の俺は子供の姿なので義理セーフなんじゃないか? 気持ち悪さは俺自身も分かっているが、養子になるメリットってめちゃくちゃあるように感じる。


 上手くやって行けるか正直不安だが、この提案を断る理由が見当たらない。


 「じゃあ、その・・・ふつつか者ですがよろしくお願いします。」


 座ったままペコリと頭を下げる。顔を上げると、エルザの眉間の皺は無くなっていた。

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