第18話 ハンターになりたい

 「いだあぁぁぁあああ!!!」


 自室のベッドの上で、俺は痛みに絶叫する。


 「エルザ、もっと強く抑え込んで!」


 「・・・ああ、分かった。」


 俺は今、身動きができない状態で美女2人に抑え込まれ、如何わしい事をされている・・・訳では無く。


 俺は今、ソフィアから治癒魔法をかけて貰っている。


 1回目に死に掛けた時は、エルザの作り笑顔で気絶したから、そこまで死を意識する事は無かった。しかし、今回の2回目は正直死んだと思った。


 体が脱力し、全ての感覚器官がゆっくりと失われて行くのを感じた時「ああ、死ぬんだな」と確信していた。


 だが、ソフィアの治癒魔法のお陰で何とか一命を取り留める事が出来た様だった。


 「ほら、男の子でしょ!頑張りなさい!」


 「いぃぃぃだだだだだだだ!!!」


 治癒魔法のイメージといえば、光に包まれて心地良くダメージが回復するイメージを持っていたが、この世界の治癒魔法はその想像と掛け離れていた。


 傷は少しづつ回復している。


 しかし、その回復していく過程で、とてつも無い痛みという代償を払う事になる。特に怪我が酷いと、今の俺の様に絶叫をする事になる。


 痛みはどんなもんなのかと言われると、傷口に消毒液をかけられている感覚、もしくは火で炙られている感覚に近いのではないだろうか。


 特に、初めの時は傷が深かったせいか、本当に火で炙られているのではないかと思える程の痛みで気絶しかけた。それから徐々に消毒液を塗られた感覚へと変わり、今に至る。


 今は午前中の様で、日の光が部屋を照らしてくれている。


 目覚めてから直ぐに、エルザからあの後のことを聞いた。


 あの後、俺は気絶してから2日間、目を覚さなかったらしい。であれば、その間に俺の傷を全部塞いでしまえば良かったのではないかと思い聞いてみた所、そういう訳にもいかないらしい。


 というのも、この世界の治癒魔法は治癒する側の生命力も使うから、衰弱した状態で無理に再生させると死んでしまうらしい。


 俺の状態は正にそれで、最低限の治癒で留めておかないと、体が持たなくて死んでいたそうだ。


 前回の時は確かに酷い状態だったのだが、何とか1回で済ませる事が出来た。しかし、今回は違う。前回の様に1回で終わらせようとしてしまうと、まず間違いなくお亡くなりになるとの事だった。


 そこの塩梅は、流石ソフィアと言った所らしい。


 治癒魔法に慣れていない人だったら、余計な所を治癒してしまったり、逆に必要な箇所を治癒していなかったりと助からない可能性があった。


 それから生命力を回復させる為に朝食を食べ、ソフィアを呼び、現在に至るという感じだ。


 「はあ、はあ、はあ・・・。」


 治癒魔法が止み、叫んで出し切った肺に酸素を送り込む。


 「取り敢えず、今日はこの辺までにしましょうか。」


 「僕は、まだ行けますよ・・・。」


 痛いのが明日もあるなんて勘弁だ。だったらどんなに痛かろうが、今日中にこんな事は終わらせたい。


 「その気合いは良いけど、無理をさせる訳にはいかないわ。大丈夫、傷跡は残らない様に調節するから。」


 そういう問題じゃない。だが、「今日はおしまい。」と言って俺に包帯を巻き始める。


 ・・・残念だが仕方ない。


 「レイナは無事なんですよね?」


 一応、起きた時にエルザに無事な事は聞いている。しかし、レイナの顔を見るまで心配は尽きない。


 「ええ、擦り傷とか捻挫をしてたけど、特に問題はなかったわよ。バティルのお陰でね〜。」


 ソフィアはニヤニヤと笑いながら、肘で俺を押している。何か勘違いしてないかこの人。


 「村長にバティルが起きたことを報告するから、その時にレイナも連れて戻って来るわよ。」


 そう言って部屋から出て行った。


――――――――――


 「バティル君!」


 しばらくして、レイナと村長、そしてマリーとロイがお見舞いに来てくれた。


 レイナは走り出し、包帯でぐるぐる巻きの俺に泣きながらハグをする。


 「良かった・・・本当に良かったよぉ・・・。」


 俺もハグを返して、喜びを分かち合う。


 「レイナも無事で良かった。」


 「うん、あの後エルザさんと会って、私もバティル君の方に戻ろうと思ったんだけど、止められて、一部の人と一緒に森から出たの。」


 そして、もう一部のエルザ達が俺を探す為に森を捜索してくれたらしい。


 だからエルザ達が来た時、レイナの声がしなかったのか。というか、あんな深夜の中なのに、それだけの人達で俺たちを捜索してくれてたのか。


 「バティル君、レイナを守ってくれて本当にありがとう。感謝してもし切れないよ。」


 村長が前に出て、俺の手を握り感謝を伝える。がっしりとした手で少し強く包み込まれる。それだけ感謝しているという事だろう。


 「友達を守る。当然の事をしただけですよ。」


 その言葉を聞いて、村長や他の人達の表情が柔らかくなる。少しは認めて貰えただろうか。


 それから、マリーが言っていた「白い服の人」の事も聞いたのだが、それらしい人や物は見つける事が出来なかったそうだ。見間違いという線もあるが、土砂崩れに巻き込まれてしまったかもしれないので、一応捜索は続けていたらしい。


 マリーとロイからもお見舞いの言葉を貰い、まだ安静にしないといけないという事でお開きになった。


 今までこんなに人に感謝される事が無かったから、むず痒い感覚があったが悪い気分では無かった。


――――――――――


 翌朝。再び治癒魔法の痛みに耐え、何とか傷が残る事なく、無事に完治した。


 「次は治療費を払って貰うからね〜。」


 相場は知らないが、この村に来てソフィアしか治癒魔法をしてくれていない事から、恐らく治癒魔法が出来るだけで貴重な存在なのだろう。そう考えると、俺が簡単に払える値段では無いのではないだろうか。


 そんな怖い言葉を残し、ソフィアは家に帰って行った。


 「払えますかね・・・。」


 「冗談だから気にするな。」


 「もし本当に請求して来たら私が払ってやる」と頼もしい言葉をくれた。


――――――――――


 ソフィアを見送ってから、エルザは庭で素振りを始めていた。


 ここに来てから、何回かその風景を見ていたがしっかりと観察とかはしていなかった。


 近くで見てみたいと言ってみた所、快く承諾してくれたので地面に座ってエルザの素振りを観察してみる。


 真剣を振っているのに、全くと言って良いほど芯がブレていない。風切り音がする位のスピードで振っているのにも関わらず、振り終わった後に1ミリも体が持っていかれる事がなかった。


 1回1回、真剣な顔で剣を振る。


 素早い動きで髪が揺れ、肉が揺れる。そう、1振りするたびに脂肪の多い箇所がプルンと揺れている。体の芯がブレていないからこそ、そこが一際目立つ。


 スタイル抜群のエルザの素振りは、素晴らしいの一言だった。


 前世では腰振りダンスというものがあったが、やはり局部が揺れるている所を見て喜ぶのは、男にとって共通の嗜みだろう。


 何歳になっても変わる事の無い男のロマンだ。


 (・・・って違う違う。あまりの誘惑に思考がそっちに持って行かれてしまった。)


 もう一度真剣にエルザの素振りを見る。


 ヒュッヒュッと、キビキビした風切り音が耳を撫でる。


 まだ始めて数分という時間しか経っていないはずだが、エルザの額には汗が流れていた。それ程の集中力なんだろう。


 エルザの剣は日本刀の様な形をしている。


 一本に結った赤い髪も相まって、何だか格闘ゲームに出ていそうな格好をしている。どこの世界にいっても、こういう侍的な形に行き着くのだろうか。


 それから30分程経ったくらいで、エルザは剣を下ろし、鞘に納めた。どうやら稽古は終わった様だ。


 「エルザさん、ちょっと良いですか?」


 稽古が終わったのを見計らってエルザに声を掛ける。


 「どうした?」


 エルザは汗を拭いながら、俺の方を向く。


 「僕、ハンターになりたいです!」


 「・・・・・・・。」


 俺の言葉に、エルザはすぐには答えを出してくれなかった。腕を組み、目を瞑って考えている。


 何だか嫌そうだったので、俺は言葉を叩き込める。


 「森でエルザさんの剣撃を見てから、あの光景が頭から離れないんです。僕もあんな風に強くなりたいんです!」


 「・・・。」


 「それに、今回の件で自分の弱さと、この世界の生き方が分かりました。生きて行く為にも、強くなる必要があると身に染みて分かったんです!」


 「・・・・・・・・・。」


 尚もエルザは口を開かなかった。


 だが、それはシカトをしている訳では無いという事は分かっているので、後はエルザが結論を出すまで待つしか無い。


 しかし、正直言ってハンターになる事は出来るだろう。メタ的に言ってしまえば、俺は異世界転生者なのだ。


 異世界に転生し、剣と魔法の世界に来た。


 魔法を使えたのであれば、魔法を使って無双したかった所だが、適性が無いのなら仕方ない。


 この世界は剣と魔法の世界。


 その片方である魔法が使えないとなると、もう片方で力を付けて、ハーレム生活をするというのがお約束だろう。


 そしてハンターの、それも恐らく相当な強さのエルザに助けられ、家に泊めてもらっているのだ。


 これはもう、ハンターになるルートは既定路線だろう。


 ここでエルザに鍛えられ、最強になり、都会に出て、力を証明し、富と名声を手に入れ、ハーレムを作る。なんてわかりやすい展開だ、しかし嫌いじゃない。いや、むしろそうであって欲しいくらいだ。


 魔法が使えないとなった時は予想と違い困惑したが、よく考えればこっちのルートがあったのだ。焦る必要はない。色々と苦しい思いをしてきたが、それはここに行き着くまでの苦行だったのだ。それまでは転生させた野郎の顔面をぶん殴ってやりたい気持ちがあったが、こんな分かりやすい路線を見せられれば、許してやらん事も無い。


 それに、強くなりたいというのは本心からそう思っている。


 というのも、強くないとこの世界では生きていけないと本気で感じた。人の身長をを超える狼が人を襲う世界だ。前世では考えられない。


 それに昨日、ベッドで療養中にエルザに聞いたのだが、そのボス狼でさえ、小型のモンスターに分類されるらしい。


 ハンターであるエルザ曰く、全長10メートル位で中型モンスターと言える世界なのだと言う。


 そして、そんな馬鹿でかいモンスター達は至る所にいるらしい。


 よくそんな世界の森で、数週間も生き残れたもんだと過去の自分を思い返して感じてしまう。・・・本当に幸運だったんだな。


 前世の世界に比べると、この世界はとても危険な世界だ。例えるなら、恐竜の世界にタイムスリップした感じだろうか。


 しかし、そこで戦い、生きている人物が目の前に存在している。


 であれば、教えを乞い、生きていく術を学ぶべきだ。モンスター達に怯えて細々と生きるより、強くなり、生きていける範囲を広げていく方が絶対に良い。


 沈黙していたエルザが口を開く。


 ―――これから、俺の伝説が始まる。


 辛い修行期間があるだろうが、それを越えればきっと薔薇色の生活だ。転生物の醍醐味を存分に謳歌させて貰おうじゃないか!


 「駄目だ。」


 「ふぇ・・・?」

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