第15話 幸運
体の痛みで目を覚ます。
「いてててて・・・。」
周囲は暗く、月明かりと星の光でしか周囲を確認できない。
起き上がろうとするが、体の上になんかが乗っているかの様な感触がしてそちらを見る。
そこにはレイナが眠っていた。
そこでようやく何があったかを思い出す。
(そうだ、土砂崩れに巻き込まれたんだ。)
「助かった・・・のか?」
周囲を見ると木々が折れ、刃物の様に切れてしまいそうな折れ方をしている。そんな木や幹が至る所にある。
土に埋もれた木なんかもある中で、生き埋めにならずに済んだのは不幸中の幸いだ。それに俺の体にも、かすり傷がそれなりにあるが、動けないというほどではない。
「う、ん・・・あれ、ここは・・・?」
レイナが目を覚ます。
「森の中みたいだね。夜になるまで気絶してたみたいだ。」
「・・・夜? あ、ホントだ。・・・って、きゃあ!」
夜空を確認した後、俺の上にいる事を確認したレイナは、短い悲鳴と共に俺の上から素早く降りた。
「ごめん。重くなかった・・・?」
「そんな事無いよ★」
キランッ★と効果音が付きそうなスマイルで返答する。レイナの女性らしい質問に、すぐさま返答できたのは自分でも以外で、それなりに落ち着けている証拠だ。
「そっか。でも、本当に大丈夫? 体中、傷だらけだよ?」
そう言われ自分の体を見る。
そう言われると確かに、他者から見たら心配するレベルの格好をしている。服はボロボロになり、その隙間から見える肌からは、かすり傷で血が滲み出ている。もちろん痛みはあるが、動けない事もないのだが。
狼に殺されそうになってから、大分タフになった気がする。
森に放り込まれても落ち着いているし、かすり傷程度であればなんてことは無いというメンタルを持つ事が出来ている。
だが、狼や犬類は別だ。
あれにはむしろ苦手意識が植え付けられている。1ヶ月の間、テアンに会う機会は何度かあったが、やはり冷や汗が出てしまう。
触れる事は出来るが、どうしても緊張してしまうのだ。こればっかりは仕方ないだろう、なんたって殺されかけているのだ。むしろ触れ合えてるだけで進展していると自分を褒めてやりたい。
「大丈夫だよ。見た目はあれだけど、ほら、かすり傷しかしてない!」
心配いらないよと体を見せるが、レイナは申し訳なさそうな顔を止めなかった。
「ごめん。私の所為で怪我させちゃったよね・・・。」
「いやいや、俺がレイナを守りたかったからやったんだよ。レイナの所為じゃない。」
「でも・・・」とまだ納得できていない表情をしている。このままではお互いに平行線で終わりそうだ。
「まあ、その事は一旦置いとこう。それよりも、また土砂崩れが起きるかもしれないし、ここを離れよう。」
この判断が良いのかは正直分からない。
今回は、まず間違いなく救助が来るだろう。だから、この場に留まるという選択肢もありだと思うが、また土砂が流れて来てしまう可能性だってある。
今回は幸運にも生き埋めにならずに済んだが、2回目も生きていられる保証は無い。
どっちを取るか考えて、この場から離れるという判断をした。
だが、離れると言っても土砂の土から降り、少し離れた場所で救助を待つという作戦で行こうと思う。恐らく救助に来てくれる人たちは、大きな声で名前を呼んだりしてくれるだろう、その声が届きそうな位の範囲まで避難すればいい。
「うん、そうだね。」
月明かりなどでしか周囲を確認することが出来ない中、何とか土砂の上から降り、草の上にたどり着く。俺達が居た位置は、土砂崩れの最後の方まで流れていたようで、意外にもすぐに土砂の流れていない草の上に到着できた。
実際にどれくらい流されたのか分からないが、夜になっても救助が来ていないとなると、結構な長さの距離を流されたのだろうか。土砂の上は、森に比べて比較的に視界が広がっているので、落ちて来た方を確認したが暗くてよく分からなかった。
もしかしたら、夜になってしまった事で、救助を中断している可能性がある。
俺の教訓として、夜の森は危険だと言うのがある。そんなの当たり前だろと思うかもしれないが、狼に出会うまで、そこまで夜の森に対して恐怖心はほとんど無かった。ましてや、襲われるなんて考えもしていなかった。そんな事よりも腹が減ったとか、水が欲しいという考えしか頭になかった。
村に来ての1ヶ月で、エルザに森での生活について聞かれ答えた事がある。
俺の森での生活を聞いたエルザは驚いていた。
エルザ曰く、数週間森にいてモンスターに襲われなかったのは運が良いと言われた。最近は、肉食のモンスターが増え、村への被害も増えてきているという話で、ハンターとしての仕事も増えてきているとの事だった。
そんな危険が増している森に放り込まれてしまっている現状を考えると、どうしても早くこの森から抜け出したいと考えてしまう。しかし、こんな暗い中で森を歩き回ったら、ますます悪い方へ進んでしまう可能性の方が高いだろう。
だから、土砂の上から降り、少し離れた場所で待機しておく。
――――――――――
今、俺達は土砂崩れから少し離れた位置で、木に凭れながら救助を待っている。
「バティル君はすごいね、こんな状況でも冷静になれてる。」
「そうかな。まあ、森にはついこの間まで居たから、そのおかげかも。」
「そっか。・・・私はすごく怖い。暗いし、風で揺れる音が、誰かに囲まれてるみたいで全然落ち着かないよ。」
「う・・・そう言われると、確かにそんな気がしてくる。」
周囲を確認するが、生物がいそうな感じはしない。
「で、でも大丈夫! 何かあったら、また俺が守ってやるさ!」
「ハーハッハッハッ!」と空元気でレイナを励ますが、正直俺も怖くなってきた。元々俺は、怪談話や怖い話が結構苦手だ。
森にいた頃は感覚がバグってたので、暗い森でも乗り越える事が出来たが、よくよく周囲の森を見ると、暗くておどろおどろしく見えてくる。
「それにしてもさ、レイナの動き速かったな。マリーが走り出した時もそうだし、土砂崩れの時だって先に動いてたよね!」
恐怖心を紛らわせるために話題を変える。
「あーそれは、小さい子って突発的に行動しちゃうことが多いでしょ? だから、ちゃんと見張ってないとって思ってたからだと思う。」
「なるほど、子育ての差だったか。」
「親が仕事とか家事をしている間は、私が村の小さい子を見てるってことが良くあるの。だから咄嗟に体が動けたのかな。」
「その年できちんと子育てできるってすごいな。俺なんか子育てをした事無いから、マリーに振り回されっぱなしだよ。」
「ふふ、マリーは特に元気だもんね。・・・だけど、子育てをした事無いなんて、何か思い出せたの?」
「あ、いや、ジョークだよジョーク! そんな真面目に受け取らないでよ~。「お前記憶喪失やなか~い!」ってツッコミ待ちだったのに。」
「ふふ、何それ。」
レイナに笑顔が戻ってきた。
土砂崩れで死ぬかもしれない状況から、暗闇の森の中に放り込まれるという気の抜けない状況が続いているからこそ、こういう緊張をほぐす時間が大事だろう。
――――ガサッ!
気が緩んだ瞬間、近くの草から風に揺られて出来た音では無い物音がして、緊張が走る。飛び上がりそうな程ビックリしながら音がした方を見ると、小さな黒い影が見えた。
「・・・何だ、リスかよ。ビックリした~、驚かせんなよぉ・・・。」
突然の緊張に、強張った筋肉がプシューっと抜けるような感覚で木にもたれ掛かる。
「心臓止まるかと思ったよ。」
そう言ってレイナの顔を見る。
すると、レイナは目を見開き、口元を手で押さえていた。よっぽど驚いたのだろうかと一瞬思ったが、レイナと俺の視線が合っている様で合っていない。
レイナは、俺の横の奥を見ている様だった。
嫌な予感がして、レイナの視線の先へと振り返る。
「嘘だろ・・・。」
視線の先には、2つの赤い球が中を浮遊していた。いや、違う。俺は知っている。あの赤い球が何なのかを知っている。
――――あれは、狼だ。
「レイナ、走れ!」
咄嗟にレイナの手を握り、狼がいた方向の逆の方向へ走り出す。
「ワオォォォォン!!!」
後方から狼の遠吠えが聞こえてくる。レイナがきちんと付いて来ているのを確認して、レイナから手を放す。地面は木の根や草の所為で走りずらくなっているが、そんな事を気にしていられるほどの余裕は俺達には無い。
「シャドウウルフが仲間を呼んでる!」
どうやら、あの狼の名前はシャドウウルフと言うらしい。その名に似つかわしく、毎度の事、暗闇の森の中から俺を襲ってきやがる。
「とにかく全力で逃げるしかない!」
「どこに向かうの!」
「分かんない!」
もう、俺たちがどこに向かって走っているのかなんて分からない。狼を見つけて、反射的に走り出した所為で、方向感覚なんて物は吹き飛んでしまった。
「ハア、ハア、ハア――――!」
どれくらい走ったのか分からないが、段々と息が切れ始める。
レイナの顔を確認するが、やはりレイナも苦しそうな顔をしていた。普段の舗装された道では無く、凸凹とした木の根や草が生えている歩きにくい所を、歩くどころか走っているのだ。当然、体力は相当奪われる。
「ガウッ―――!!」
「きゃあっ!!」
後方からレイナの短い悲鳴が聞こえ、振り返るとシャドウウルフがレイナを襲っていた。
「レイナ!・・・このっ離れろ!!」
シャドウウルフを思いっきり蹴り上げる。
足には、今まで経験した事の無い感覚が伝わる。硬いような柔らかいような、そんな感覚。
殴り合いの喧嘩なんかをした事が無いし、動物を思いっきり殴りつけた事の無い俺にとってなれない感触だった。シャドウウルフに初めて会った時にも腹部を殴ったが、力が抜けていた所為という事もあり、ここまでの感触はしなかった。何だか嫌な感触だった。
シャドウウルフは「キャウッ」という短い悲鳴を上げ、草の中に消えていった。
「大丈夫か!? どこ噛まれた!」
レイナの状態を確認する。だが、暗くてよく分からない。
「足を噛まれたけど、大丈夫。早く行こう!」
レイナの手を握る。
レイナの手は震えていた。ただでさえ暗くて怖いと言っていたのだ、狼に襲われたらその恐怖は倍増するだろう。
「大丈夫、俺が絶対守るから。」
レイナの手をギュッと握り、体を起こしてやる。後ろの方から、草を分ける音が近づいて来ている。
「行こう!」
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