第14話 いざ森へ
俺たち一行は森へ入り、10分程歩いたところで分かれ道があった。
直進する道と左に進む道があり、一行は左へ進む。
その道は緩やかな下り坂になっていて、マリーは走りだし、平地を走る時とは違うスピード感を感じ、楽しそうにしている。
ここまで結構歩いてきたのだが、マリーはまだまだ元気の様だ。無尽蔵のスタミナではしゃいでいる。
子供の体力というは凄まじいなと思ったが、自分の体もまだまだ子供なのだから疲れ知らずなのでは無いかと思い、マリーに向かって走ってついて行ってみたが、普通に疲れた。
ペース配分を理解する様になると、子供の体だろうと疲れを自覚する様になるのだろうか。
そんなこんなで坂を下って行くと、花畑が見えて来た。広さは結構有り、グラウンドの半分位の広さは有るのではないだろうか。花畑は手入れされて無い感じからして、自然に出来た花畑の様だ。
「すげー!」
花畑は全体的に青紫の色で染まっていて、そして白やピンク色がパラパラと咲いている。高さはそこまで無く、俺の太もも位の高さだ。
「でしょでしょ!」
マリーは花畑に駆け出しながら笑顔で答える。
「夏のこの場所も良いけど、マリーはこの時期の方が好きなんだなー。」
ロイは愛娘を見ながらそう呟いた。
ここに来るまでの道中聞いた話によると、マリーを初めて花畑に連れてきたのは昨年の事だと言う。この1年で何回か連れて来ていたようだが、その中でマリーのお気に入りは今の時期の花畑の様だ。
真剣な顔でマリーを見ている。
大きくなっていく娘の一瞬一瞬を目に焼き付けている様だ。ロイは子供の成長が速いことを分かっているのだろう。
生前の俺は、子供とかは居なかったからその感覚は正直分からない。ただ、もしこんな俺にも家族が出来て子供が出来たら、その子供をここまで愛せるのだろうか。愛情を知らない俺が。
「お花の冠作ってあげるー!」
そんな大人達の感情を気にも止めずに、マリーはその場で座り込んで花を摘み始めた。
「バティルもお花選んで!」
どうやら、そのお花の冠は俺の物らしい。
そういうのは、女の子の遊びだからレイナに作って上げた方がいいのでは無いかと思ったが、レイナの方を見ると彼女は自分のを作る気満々の様だ。
「じゃあ、この青紫の花で作って貰おうかなー。」
「良いよ!お花を摘む時はねー。」
――――――――――
花畑に来てから1時間が経過した。
マリーは未だ元気に花で飾りを作ったり、俺を花でドレスアップをして遊んだりしている。
今の俺は、全身、花に覆われた花の妖精なっている。
頭には花の蜜を吸いに、蝶々達がヒラヒラと舞っていて、花の妖精感を増す手伝いをしてくれている。
「マリー、流石にオイラ恥ずかしいよ・・・。」
花の冠から始まり、花の腕輪やネックレス、腰にまで花を巻いている。
今は俺に花束を持たせようと、マリーが花を一本一本摘み取っている最中だ。
「やー、まだダメ!」
子供の、今を楽しむ力の強さを感じる。
ロイにバトンタッチをしたいのだが、彼は入り口付近の傾斜に座って、子供同士の交流を見て和んでいる。
最初の方は混ざっていたが、マリーが俺の妖精化に力を入れ始めてから、子供同士のじゃれ合いに参加するのは野暮だと思ったのだろう。「入り口に居るからそんな遠くに行かない様に」と言って、俺を置いて行ってしまった。
「バティル君、どうかな?」
俺とお揃いの冠を乗っけたレイナが気恥ずかしそうに話を掛けてきた。美形のレイナが子供らしい装飾をしているとまだまだ子供なんだなと再確認される。
「おお、似合ってる。レイナはお花が似合うね!」
「そ、そうかな。」
レイナがモジモジといる。気持ちはわかる。急に褒められると何かむず痒くなる、あの感じを体感しているのだろう。
「あれ、あの人誰?」
レイナとの会話をしていると、マリーが何やら言い出した。
俺とレイナは反射的にマリーをまず見る。すると、マリーは気になっている方向に指を指していた。
そして、その指の方向に視線を動かそうとした時に、またマリーが声を発する。
「―――あっ!」
視線が指を指す方向に追い付くと、そこには誰も居ない。マリーが指を指す方向には、花畑の先に木々が広がっているだけだ。
「森に入っちゃった!」
そんな言葉を発して直ぐにマリーは指を指していた方向へと走り出す。判断が早い。
「え、ちょ、マリー!」
マリーの判断力の高さに比べ、俺はというと全くついて行けなかった。
「マリーちゃん、待って!」
レイナは俺より早く動いた、素早く立ち上がり走り出す。それに続く形で俺もマリーを追う。
普段から外で遊んでいるからだろうか、マリーの全力ダッシュは速かった。花や葉っぱが沢山あるから走り難いのだが、そんなことを感じさせない様な走りだ。
咄嗟の事で鵜呑みにしているが、本当に人などいたのだろうか。ただの幻覚という可能性だってあるのでは無いのか。
「本当に人なんていたのか?」
マリーに向かって疑問を投げかける。
「いたよ。全身白い服でこっちを見てた!」
何それ怖い。
俺は今、幽霊を追っ掛けているかも知れない。でも、全身真っ白なのであれば随分と目立つはずだ。
森林と花畑の境目に到着する。
向こうからでは分からなかったが、どうやらここから先の森林の方は、結構な角度の斜面だった様だ。
「ここで見てたの!」
マリーは斜面方を覗きながら言う。
「それで、森の方に行ったの?」
「そう!」
マリーの返事に対し、レイナはこちらに視線向けてきた。レイナも困惑しているのだろう。ストーカーか、そうでは無いか、ストーカーなのであれば何故そんな事をするのか。
そもそも、足跡が無い。
梅雨入りという事もあり、先日も結構な雨が降っていたので地面は水を含んでいる。特にこの辺は泥の状態だ。
それなのに足跡が無い。
という事は、居なかったという方が可能性としては高いだろう。もし居たのなら、それこそ幽霊なのではないだろうか。心霊系は苦手なので勘弁してほしい。
その事をマリーに説明するが、
「居たもん。森に入って行っちゃったから、助けないと!」
もし、本当にマリーの言っている様に人がいたとしよう。俺だったら、気味が悪いから助けに行くという選択肢は出て来ない。
子供故の純粋さか、マリーの性格からきているのだろうか。どちらにしても一度村に戻るべきだ。そして捜索隊を出して貰えば良い。
森の危険性を痛いほど理解しているからこそ、マリーを絶対に森に行かせる事は出来ない。
「一旦戻ろう。村長達に詮索隊を出して探して貰った方が良い。」
「でも、そんな事じゃ夜になっちゃうよ。」
マリーは不満そうだ。
(うーん、ちゃんと説明しても、感情で動きそうだな。)
このままだと、感情のままに森に進んでしまいそうだ。もう少しキツイ命令口調とかで主導権をとった方が良いのか。子供の世話とか前世ではした事ないから、何が正解なのか分からん。
「おーい、どうしたんだー!」
説得に悩んでいると、マリーが1番言う事を聞いてくれそうなロイが小走りでこちらに向かって来た。
「どうした、どうした。」
俺達を見渡してロイが状況を聞いてくる。
「あのね、白い人がね。森に入っちゃったの。」
マリーが状況をきちんと説明して、それに対する俺の考えも最後まで聞いたロイは難しそうな顔をしてから、
「バティル君の意見に賛成だ。」
――――ズズッ。
「なんで、助けに行こうよ!」
マリーは森の方へ少し進み、森を指差してロイを説得しようとする。
「困ってるかも知れないよ。パパも言ってたじゃん、困っている人は助けようねって!」
――――ズズズズッ
「マリー、覚えててくれてるのは嬉しいけど、今回のは少し状況が特殊なんだ・・・。」
マリーのこの道徳心は、ロイの教育の賜物だったのか。
この歳で人の為に行動しようとする精神は誉められる事だ。しかし、状況が特殊だ。そこの判断の違いが、まだマリーには分からないのだろう。
しかし、マリーも賢い子だ。
不満もあるだろうが、最後は頭を縦に振って、俺たちの意見に従う事を選択してくれた。
「・・・うん、わかっ―――――」
――――ズンッ!
地面が揺れる感覚と共に、嫌な音がする。
目の前のマリーの身長が低くなった様な気がする。
いや、違う。
マリーのいる地面が沈んだんだ。
「―――マリーちゃん!」
先に動いたのは俺では無く、やはりレイナだった。
マリーが立っている地面が崩れ、落ちていく瞬間に、レイナは目の前のマリーを引っ張ろうとする。レイナがマリーの腕を掴んで引っ張り、レイナの後ろにいたロイへと強引に投げる。
しかし、逆にレイナは土砂崩れの方へ投げ出されてしまった。
それに対し、今度は俺が動いた。
といっても、俺もマリーを助けるために前に出たが、先にレイナがマリーを救出してしまい、土砂崩れにダイブする形になってしまっている所に、レイナが俺の進行方向に飛び出てきた形だった。何ともカッコ悪い感じである。
レイナに抱き着き、頭を包んであげる。「レイナの致命傷は避けなくては」と瞬間的にそう思い、レイナに覆いかぶさる。
「うおぉぉああああぁぁぁぁぁ!!!!」
ロイたちとの距離が一気に離れる。
地面が、濁流の様に俺達を連れて行く。
最悪な事に、もう二度と来たくないと思っていたあの森の奥に、強制的に入る事になった。
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